第26話 夜の座談会にて2

 軍曹の太い腕、その手首にこじんまりとしているように見えてしまう腕輪に触れた。


花園薫(ハナゾノカオル)


STR 42

DEX 40

AGI 41

INT 39

MND 48

VIT 52

LUC 5


能力:守ル者 (ハイノーマル)

効果:ステータスに補正



 とても普通。いや、ダンジョンに潜ったこともない人間と比べれば、いくら総合格闘技の選手であったとしても各種ステータスは20がいいところというのは判明している。昔テレビで、格闘家が握力やパンチ力を計測する番組があり、その記録と同じくらいになるステータスが18前後、高くても20くらいという結果だった。何も最近2ヶ月を、ジビエハンターとしてだけ生活していたわけではないのだ。

 同じステータスでも強さや勝負の結果に差が出るのは、それこそ長年の経験や技術といったスキルによる差が大きい。おそらく軍曹はステータス以上の能力がある、とは言っても、俺は基本をオール100にしているし悠里もINTが三桁、店長もMNDが三桁という精神力おばけだ。そのあとに見るとなんともしょぼい。そしてそのステータスというのは、例えば1に付きダメージが1増えるというものでもないらしく、何か別の要素が影響しているのだろうとエアリスは言っていた。


 ステータスを書き出した紙を受け取った軍曹は結果を見るなり言った。


 「悠人、これはどうなんだ?」


 「総合格闘技のトップ選手の2倍以上のステータスですよ」


 それを聞いた軍曹はその場の全員に見えるように紙を中央に置く。それに続いて店長も自分のステータスが書かれた紙をその隣に置いた。


 「二人で見せ合うだけでよかったんじゃ?」


 「「あっ」」


 見られて困るものではない、というかここにいる人たちがお互いに見せあってもそれが不利益になるとは思えず、それはみんなも同じだったようだ。


 「もう遅いですけどね。そうだ、店長さん。能力を使う時、できればその素材になる金属とか繊維とかの素材を使うといいかもしれないですよ」


「素材ですか? 何か利点があるんですか?」


「材料があった方が良いっていうだけで絶対ではないんですけどね」


「心に留めておくわね」


 少し反芻した店長は何かに納得したかのように頷いていた。


「二尉に腕相撲では負けないのはこのSTRっていうやつが影響してるのか」


 「そうですね。主に腕力のような筋組織の強さと思ってもらえればいいです」


「ほぉほぉ。じゃあこのMNDっていうのは?」


 「んー。なんといえばいいか。精神力とでもいうのがいいでしょうかね。もしかするとそのおかげで店長さんはオハナシが強いのかもしれません。とは言っても上官に話をつけた時点ではこんなに高くなかったとは思います。ダンジョンや能力の影響でステータスが強化されていくようなので。それに細かいところはまだわからないのでただの目安です」


 軍曹の能力は実に地味だった。身体強化系と言えばいいだろう能力のランクもハイノーマルと、字面を見た感じではいかにもありふれていそうだ。とはいえ能力は進化すればレアリティもあがるかもしれない。実際俺の能力は、【言霊】の時はユニークだったが【真言】になったときにユニーク+になった。では【守ル者】が進化すればどうなるのか。最終的に【守護神】とかになって核ミサイルを単騎で受けれるようになれるかもしれない。というのはさすがに妄想の領域か。だが可能性がないとは言い切れないように思う。


 「ところで悠人君? 私にだけこんなはずかしい数字を晒させておいて〜、自分のは秘密なのかしら?」


 「え? いや、でも見てもなにも面白くないですよ?」


 「あら〜? お姉さんに口答えするのはこの口かしら〜?」


 そう言ってほっぺたを手で掴み、強制的に窄められた口へ向けて淡色の気色を増した顔を近付けてくる。


 「だいぶ酔ってるみたいでふね。部屋に戻っへもう寝まひょ?」


 「まだそんな生意気いうわけ〜? こんな生意気な口、食べちゃおうかしら」


 扇情的な舌なめずりを見せる店長に対し、 だめー!という勢いで香織がタックル。店長にではなく、俺に。鳩尾に頭突きによる不意打ちを受けた俺は意識が少し遠のいた。

 まぁ減るものでもないし……とエアリスに頼んでスマホの画面にステータスを出してもらう。



御影悠人(ミカゲユウト)


Grade 2


STR 100

DEX 100

AGI 100

INT 100

MND 100

VIT 100

LUC 112

CHA 101


能力:

真言 (ユニーク+)


権限

支配者 No. 5 No. 6 No. 15 No. 19  No. 20



 (おや? なんか増えてるな?)


ーー Gradeの部分をモザイク処理します。CHAと権限の部分も ーー



 エアリスと話している途中で店長がグイッと覗き込んでくる。店長の襟元に釘付けになりそうになるのを抑えていると、画面を覗き込まれる直前、画面が不自然にスクロールして権限の部分が見えなくなる。みんながスマホの画面を見てため息を吐き、悠里は『またLUCあがってるしなんか増えてる』と呟いた。俺は気を取られていたためCHAというステータスが増えていることに気付いていなかった。


 「なぁに〜? この綺麗に100で揃ってるのは? それに私にはないのがあるわね〜」


 「なんだこれ。CHA ……ちゃ……チャーム? Charm?」


ーー 条件がわかりませんが、新しいステータスが解放されたようです。最初から101なのは他7つのステータスの平均値(切り捨て)かもしれませんね ーー


 (なーるほど。で? 魅力が101ってどういう感じなんだ?)


ーー おそらく今の店長が酔いも相まって魅了されている状態かもしれません。しかしこれはマスターに支配されているわけではなく、色欲が刺激されて暴走しているかと ーー


 (そうかそうか。とりあえずその冷静な分析はいいから助けれ)


ーー 解決策を模索します ーー


 エアリスが解決策を探すよりも早く、店長の暴走はエスカレートする。


 「チャーム? 魅力ってことかしら? なんだか悠人君が良い男に見えるのはそのせいかしらね?」


 「いいえ、酔ってるだけですよ」


 「それが悠人、自分もなんだか……」


 え? 軍曹さん? それは洒落にならない。


 「私もちょっと……」


 お、おい悠里、冗談だろ?


 「香織は悠人さんの隣にいられるだけでやばいです////」


 「カオス…」


 店長は素敵な女性だと思うし悠里は言わずと知れた美人だ。その二人がじりじりと迫ってくるのはいろんな意味で胸が高鳴る。香織は…特に変わった様子はない気がするな。とりあえず言えることは、マッチョなナイスミドルな軍曹はシャレにならん。これは危機だ。


 とにかくCHAが悪さをしているのだけはわかる。だがどうすればいいのか。この獲物を狙うかの如き数対の目から逃れる方法は………一時的にバッドステータスのような状態になっているなら……


 「……あぁもう、とりあえずやってみるか。全員まとめて面倒みてやるよ! 『頭冷やせ』」


 少しの恐怖を感じていた俺がつい強気に言い放つと、みんな顔を青ざめさせカタカタと震えていた。震えながら、ゾンビのように徐々に近付いてくる。アカンこれ、リアルに寒いやつだ。しかも寒いだけで肝心のCHAによる影響と思われるところは全く良くならない。しかし冷えて動きが鈍ったおかげで時間は稼げている。


 「なんだか、急に、寒いわね……ねぇ悠人君、お姉さんと2人きりで、オハナシしない…?」


 時間は稼げても手を伸ばせば届く距離だ。その距離に意味があるのかが疑問だな。


 (んー、んー! どうすりゃいいのよ)


ーー ステータスを操作することができるようです。実行しますか? ーー


 (実行してください!)


 すぐに、一瞬でエアリスが調整を終えたようだ。すると先ほどまでとは打って変わり、目の色が冷静なものへと戻っていく。


 「大丈夫かな‥‥? 『冷やすの解除』」


 「はっ! なんでしょう、悠人君がすごく大好物なイケメンに見えてたのに、今は普通にちょいイケに見えます」


 「悠里と香織ちゃん、大丈夫?」


 「なんとか踏みとどまった感じよ……なんなのよ、もう」


 「はい、もう寒くないです! はぁ〜、悠人さんあったかい〜」


 そう言って香織はちょっと勢いをつけてぴょんと俺に抱きついてくる。避けたら危ないと思いそのまま受け止めたが、ふと考えてみると膝立ちからの”ぴょん“ができるって、人間の体の構造的に結構すごくないか?


 (さすがに避けたら危ないよな…。仕方ない、受け止めておこう)


ーー マスターが避けないように、わざとですね。なかなかやりますね……! ーー


 斯くして俺の平穏と貞操は守られた。しかし疑問が一つ。


 「香織ちゃん。もしかして寒いだけだった? 俺のこと、いつもと違って見えたりしなかった?」


 「いつも通り素敵でしたよ?」


 「そ、そう? ありがと…」


 やっぱり効果がないように見えたわけではなく、ほんとうに効果がなかった? でも少しだけ寄りかかられてたような気がするし。でも解除した後に”ぴょん“してきたわけだし。うーん、謎い。


 (そうだ、権限の部分、見られる直前にスクロールしたでしょ?)


ーー 余計な事をしてしまいましたか? ーー


 (いいや、グッジョブ。よくわからんものがいつの間にか増えてたらなるべく見せない方がいいかも。まぁ気がするだけだけど)


ーー ほっ。お役に立ててなによりです。ひとつお聞きしたいことがあるのですが、なぜ『動くな』と命令しなかったのです? ーー


 (……あっ。その手があったか。咄嗟の事すぎて俺も混乱してたし、それに俺がそれを使うのは大体モンスターだったしな…。実際あの時はモンスターに囲まれてる気分だったけど)


ーー そうですね。それにしてもマスターが慌てる様は童貞丸出しで少しかわいらしくて良かったと思います ーー


 (どどど童貞じゃねーし。こっちは本気で危険を感じてたんだぞ。主に軍曹に)


ーー いざとなれば消し去ってしまえばいいのですよ。それでリセットです ーー


 (‥‥なんだかエアリス、発言が過激になってるね?)


ーー 人間がたくさんいすぎてなんだかおかしいのです… ーー


 (あー。なんかうん。俺が元なんだもんな。わかる)


 全部俺を元にというわけではないようだが、やはり部分的に俺が元になっていることは間違いないエアリスに人が多いところに行くと気分が落ち込んだりする俺の悪い癖が受け継がれているとは。

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