第22話 マグナカフェ1
「拝見いたします。……………確認完了いたしました! ようこそマグナカフェへ!」
香織が差し出した書状を確認した軍曹の合図で、店内にいた自衛官たちが歓迎の意を示し、俺たちも軽く挨拶を交わした。
「へー。ここ、マグナカフェって言うんだ」
「そうです! 私小さい頃から喫茶店の店員さんに憧れてまして〜、前線基地兼休憩所を兼ねた施設を作ることになった時に、立候補したんです! 私が店長になる、と!」
「そもそもなんで自衛官になったんです? しかもその若さで二尉って、軍とか自衛隊とか全然わかりませんけど結構すごいんじゃ?」
「あー、それはですねー。自衛官のお偉方の中に親戚のおじさんがいましてね〜。良い就職先が見つからず、いっそのこと自分で店を出せばと思い至ったわけです。ですが先立つ物がありません。それでいつの間にか二尉でしたね」
いつの間にか二尉って、そんな簡単なものではないのでは?
「二尉は元々エリートのレールに乗っていたんですよ。防衛大を次席で卒業してますからね」
「なるほど。それでマグナ・ダンジョンが絡んで喫茶店をしたかった店長がマグナカフェをオープンした、と」
「はい、ここは今のところ自衛官だったり許可がなければ入れない地帯ですので、自衛官であり喫茶店の店員さん志望でもある私は最適な人材というわけです!」
「紅茶しかないのが残念で……」
軍曹がボソリとこぼすが店長さんのひと睨み……いや、睨んではいないか。でもすごい威圧感みたいなものを一瞬感じ、黙ってしまうのも頷けた。
「そろそろ時間も時間ですし、周辺の案内をしてくださいます?」
香織の言葉で各々が時間を確認する。時計の針は十四時を指そうというところだ。
「はっ! これは気がつかずすみません。見目麗しい若い女性たちと見た目とは裏腹な覇気のようなものを感じる青年を前にして楽しくなってしまいましてな。それでは早速行きましょう」
軍曹のお世辞、いや、お世辞でもないか。たしかに悠里も香織も見目麗しい。しかし俺に対してはなんかよくわからないな。それこそ『強い探索者』というお世辞だろう。とはいえ見た目とは裏腹とか冗談を言ってくるあたり、軍曹って結構楽しい性格だったり? 『見た目とは裏腹とはなかなか的を得ていますね』という声が聞こえたが、まぁ無視しとこう。
喫茶店を出て徒歩3分ほどのところに軍用車が停まっていた。
「ここから先がマグナ・ダンジョンになっています。装甲車ですので問題はありませんが、頭を打たないようにお気をつけください」
俺、悠里、香織、軍曹の4人は装甲車に乗り込む。運転は軍曹だ。発進してしばらく経った車内で、俺はふとした疑問を口にした。
「ところで、杏奈ちゃんは今日は来てないのか?」
「杏奈はね。この間あんなことなったじゃん? 結構それが後からじわじわきたらしくてさ」
「なっ…! 身体に異常でも出たのか!?」
エアリスは問題無いと言っていたが、やっぱり体の一部がすぐ生えるなんて俺たちにとっては有り得ないことだ。それによって何か異常が出てもおかしくない、そう思ったのだが体の事ではなかったようだ。
「違う違う。メンタル。だって…ねぇ?」
「あぁ、まぁそうだな。腕と横っ腹もってかれたんだもんな。エアリスの話じゃ痛みを感じた記憶までは過去に戻らないらしいし、全部覚えてるんだよな」
「そゆこと。私もあんなことになったらどうなることやら」
「そうだな。でも生きてるだけいいし、御守りはちゃんともっておくんだぞ」
「うん」
「香織は、1回死んでも大丈夫なことがわかりましたし、ゆん様……悠人様に一度死ぬまで付いていけると思うと嬉しいです!」
「普通に呼ぶときは様なくてもいいんじゃ? あと考え方がなんかやばい。すっごい痛いんだからそうならないように気をつけないと」
「悠人さ…ん////」
「名前呼ぶだけで顔赤くされると俺も照れちゃうんだけど……」
”様“なんて付けられたの、年賀状とか『お客様〜?』とかしかないぞ。リアルに言われて困っていると悠里が揶揄うように言う。
「おアツいねー」
「悠里ったらぁ! えへへへー」
軽口を言った悠里の腕をペシンッと香織が叩く。だがそれは嫌だからというわけではないようだ。そんなことを言われても嫌がらないでくれる優しい人、と思うことにした。
「なんと言いますか、香織嬢は悠人さんと話す時はすごくかわいくなりますな」
「かわいいだなんてぇ、軍曹さんお上手〜////」
お上手〜と言いつつチラッとこちらを上目遣いで見てくる仕草、悔しいがかわいいと思ってしまう。実際かわいいから思ってしまって当然な気はするのだが。しかしせっかく普通に優しい人と思う事にしたのに、こういうリアクションを見てしまうとまんざらでもないの? と思ってしまうのも仕方ない。だが本当にそうなのかという思いが拭えずにいる。
いちいち心を擽られながら、某番組で見た”ラブなワゴン“とは似ても似つかない軍用装甲車は洞穴の前で停車する。とはいえ新しいメンバーが待っているわけではなく、あるのは岩肌がむき出しの壁にあいたマグナ・ダンジョン内部へ続く暗闇だけだ。
車両が通れる大きさではないためここからは徒歩となる。それもあって自衛隊はここから先の探索に二の足を踏んでいるのだろう。さすがに不用意に突撃して初見殺しに遭う可能性もあるし、他国ならいざ知らず日本では難しいだろう。
「ここがマグナカフェから最も近い入り口です。中に入った隊員の話によれば、ただただ広い草原だったと。計測器によると気候や大気の組成はほぼこちらと変わりありません。むしろ安定しすぎていて逆に不自然と言えるかもしれません。内部では生命活動に支障がないことも、隊員が2週間キャンプをして証明しています」
2週間もいたけど全く進んでないのか。つまり環境を機器を使って計測するために入って、その場で2週間動かずに、何か現れてもすぐにこちらに戻って来れるようにしていたということだろうか。
自分の家のダンジョンから行った経験によれば入り口のすぐ傍はそもそも亀が湧かないし草食動物っぽいモンスターも近寄らないんだが、それはここが同じ場所と確定してからようやく”同じパターンと仮定できる“ようになるんだろうな。
「なるほど。いろいろ調べてるんですね。しかしキャンプできるほど安全なら、宿泊施設を建ててしまえばよかったのでは?」
「当初はそれも検討されていたんですがね、さすがに人力で建材を運ぶと言うのはなかなか。ここまでの道のりもそうですし、実際中に入って作業するにも万が一ということもありますから」
「たしかに。じゃあもし建てられるなら建ててもいいですか?」
「そんなことが可能であればどうぞどうぞ。とは言っても自分は軍曹なので権限はないんですがね」
ガハハと軍曹が笑う。
「問題ありませんわ。もしも所有権などを主張し出す者がいても、黙らせればいいのですわ。悠人さ…んなら可能でしょう?」
「可能なわけないでしょう? 俺はただのんびり過ごしたいだけの平和を愛する元ニートだよ」
「香織は信じております////」
「「「………」」」
何その謎の信頼感的ななにか。そんなことができたら会う人みんなを都合よくできちゃうじゃないか。
ーー 不可能ではありませんが ーー
そ、そうなのか。まぁとりあえずそれは横に置いとこう。
エアリスが一体どこまで本気なのかわからないが、あまりにも非現実的すぎてちょっと信じられないな。ダンジョンができたなんていうのが既に非現実的だけど、それでもな。
それはそうと、一応断りを入れておくくらいはしておこうと思う。
「とりあえず拠点は必要だし、自衛隊の世話になってばっかりってのもなんだし、中に建てられそうなら勝手に建てちゃいますね。問題があるようなら移動しますし」
「可能かどうか怪しいが了解した。さっきはちょっとビビらせようとしたんだが、実際お偉方には必要な報告以外はする必要はないから問題ないと思うぞ。そもそも二尉はその辺りうまくやるだろうからな」
それから2時間ほどかけて第二、第三の入り口の場所を巡りつつ危険なモンスターがいないか見回りをする。その道中、気になったことを聞いてみた。
「そういえばみなさんは店長さんをすごく慕ってるというか可愛がってるようですけど……」
「ああそれはな。ダンジョンができる前の大災害の時にな、カフェにいた全員が各地の災害救助に駆り出されてたんだよ。その後休む間もなく凶暴化した動物が大量にいる、つまりマグナ・ダンジョンが発見されたわけだ。知っての通り地上部分がすでに15層以上の強さだ。ダンジョンってのは深く潜れば潜るほど難敵が現れるものなんだろう? それで二尉は、装甲車も持ち込めない内部に派遣しようとしてたお偉方をどうやったかは知らないが黙らせちまった。本人は『お話したらちゃんと聞いてくれた』と言っていたがな。そのおかげで実際に救われた自衛官も多い、カフェの連中もそうだ。もしそのまま派遣されていたら……」
「たくさん、死んだかもしれませんね」
「そうだ。命令ならば受けるが、俺たちでもこの地上部分を装甲車なしで往けと言われたら死を覚悟するぞ。それを救ってくれたのは間違いなく二尉だ。それに二尉は俺たちの上司だが、あの通り見た目も性格もかわいいからな。隊のアイドルなんだよ」
「なるほど。たしかに店長さん可愛らしい人ですもんね。でも綺麗っていう方が似合うかな?」
「おぉ〜、あんちゃんもわかってるじゃないの。」
意外なところでゴリゴリマッチョな軍曹と意気投合する。しかし隣からなにやら冷たい視線を感じそちらを見ると香織が胡乱な視線をこちらに送っていた。
「悠人さん、あぁいう女性が好みなんですか?」
「そういうのじゃなく、客観的に、です」
「そうですよね! 確かに可愛らしい方ですものね!」
そうそう、客観客観〜とか言ってなんとかごまかす。ごまかせたかは知らん。でも店長さんが綺麗な人なのは事実だし、好きか嫌いかで言えば好きだろう。いや、俺に限った事ではなく、あくまで客観なのだ。うむ。客観客観〜
「大変ねー」
「なぁ悠里、友達だろ?」
「むーりー。がんば」
「…はぁ」
俺の友達はちょっとした言動にすら気をつけなければならなく感じているこの状況で、助けてくれないらしい。白状な奴め! とは言え実際助けようとしても助けられないのかもしれないしな。
他にも内部の草原に繋がっている洞穴があり、数カ所を巡って結構な距離を移動している。途中装甲車に突撃してくるモンスターもいたが、無視して走っているとそのうち諦めたようだ。
木々の間はもうすっかり暗く、ヘッドライトを付けなければ見えないほどだった。そのためここまでで切り上げると判断した軍曹が提案する。
「香織嬢、書状にあった通り、今日はこれで一度戻ってマグナカフェに宿泊するということでよろしいですか?」
「ええ、よろしいですわ」
「では急いで戻りましょう! 二尉が美味しいカレーを作ってくれていると思いますよ! 味は期待しててくださいよ! 紅茶とカレーだけは絶品なんですよ!」
そんなわけで俺たちはマグナカフェへと戻ることにした。
帰りの車中、車は通れなくてもバイクなら通れるんじゃないかと思い軍曹に尋ねる。『たしかに通れはするが』と言った軍曹は『中に入るとエンジンが動かない』と続けた。なるほど、それならますます探索なんてできないよな。
それに関してエアリスは『いずれ時が来れば解決するでしょう』と予言めいた事を俺に伝えて来たが、具体的な時期は不明とした。それはつまり、俺が考えてもわかるはずもないという事だ。
カフェに入ると相変わらず他の隊員たちが雑談しており、和気藹々としていた。戻ってきた俺たちに気付いた店長さんがこちらに駆け寄ってくる。
「特例探索者一行への現地視察案内、完了しました!」
そう言って軍曹はビシッと敬礼する。それに対し二尉である店長は一瞬敬礼をしたと思うとすぐに手を下ろした。そんな店長を見て周囲の雑談をしている隊員たちは微笑ましいといった様子で見ている。軍曹も口角を上げないように必死なようだった。
「ご苦労様です。ゆっくりやすんでください」
店長に労われ軍曹は軽く会釈をして店の奥に消えていった。それを見送った店長がこちらへ向き直り俺たちにも労いの言葉をかけてきた。それからカフェ内の宿泊可能な部屋に俺たちを案内する。
「御影さんはこちらを使ってください。相部屋で申し訳ないですが」
宿泊がメインではないカフェなのだからそれも仕方ない。部屋を覗くと、見知った顔の男が椅子に座ってこちらを見ていた。
「軍曹さん、先程はお世話になりました」
「おっ、御影悠人君」
「御影でも悠人でも、呼びやすい呼び方でいいですよ」
「では俺も悠人と呼ばせてもらおう。ところで悠人、どっちが恋人なんだ?」
急に何を言い出すんだろうこのゴリラ。
「あんなに見目麗しい女性が二人もいるんだ、どちらかとそういう関係でもおかしくないだろう?」
いや、おかしいんだが? むしろそんな2人と俺が釣り合うように見えるのだろうか。見えるのならそれはそれで嬉しいような……それはともかく「そんなわけないじゃないですか」と言っておいた。自分でも驚くくらい声音が弱々しかったように思うが、演技ならかなりの名演技じゃないだろうか。演技なら。
「そうなのか? 特に香織嬢との線が濃いと睨んでいたんだがな」
「一方的に懐かれたと言いますか、それだけですよ」
少し手助けしただけと補足した。すると軍曹は揶揄うように『本当にそれだけか?』と聞いてくる。
実際それだけだ。俺も勘違いしてしまいそうになるが、期間限定でチヤホヤしているだけで、どうせすぐに飽きられるさ。
「それについ最近知り合ったばかりですし」
「ほぉ。では現状は様子見をしているということか」
「様子見というか、そんなわけないじゃないですか。だって雑貨屋連合ですよ? お茶の間デビューしちゃってるんですよ? 引く手数多でしょ」
「なるほど。悠人、君はよく朴念仁と言われないか?」
俺はそんな事はないと思う。だって香織の気持ちが一時的なものとは言え、現状は好感度が高いだろうとは確信してるし。でも言われはしたな。
「心当たりがあるようだな」
「最近、なぜかそう言われましたね」
「だろうな」
「そう見えますか?」
「見える。常に賢者モードというか、そういう雰囲気を感じるからな」
(賢者モードか。それは無理もないよなー。エアリスのある種のメンテナンスが効いてしまってるんだろうし)
ーー ワタシの本領発揮の成果ですね! ーー
(他のところに本領を置いてくれ…)
軍曹と世間話をしていると、ドアがノックされる。エアリスの索敵によって事前にわかっていたし、ノックの主人は少し助走を取るような姿勢になっているように感じる。嫌な予感がし、身構えながらドアを開ける。
「悠人さまぁぁぁん!」
飛び込んできたのはやはり香織だった。今朝玄関から飛び込んできた時と同じ感じがしたのだ。香織を受け止め抱きしめるような形で一回転。見事に力の分散に成功した俺に香織は頰を赤らめ、さらにその頰を両手で覆ってちょっとくねくねしている。う〜ん、変な子。
それにしてもあの勢いで吹っ飛んできたのにクッションで衝撃が緩和されていたな。すげーな香織クッション。
「抱きしめられてしまいましたぁ////」
「香織ちゃん、タックルは危ないって言ったでしょ? 俺じゃなかったら今のも危なかったかもよ?」
「悠人さんなのがわかっていたので…////」
「え? わかるの?」
「はい、わかりますよ? 近くの気配と言うんでしょうか。そういうものを感じ取れるんです」
「いつから?」
「ダンジョンができて、悠里たちと初めてダンジョンに入った頃だったかと思います。モンスターのここの部分が弱そうとか、そういうのもわかるんですよ? 杏奈の方が先にできるようになってましたけどね」
「へぇ。じゃあさ、俺の弱点とかもわかるの?」
「………/////」
香織の視線が俺の下腹部、というか股間を凝視して赤面している。そこは『俺の』というか、『俺たちの』というべきだろう。男なら誰でもそこは弱い。ちょっと強めに当たっただけで蹲るほどの鈍痛に下半身の感覚が希薄になって立てなかったり、最悪意識飛びそうになるからな。いや、むしろ意識が無くなった方が幸せかもしれん。
「まぁそれは、まぁね、うん。じゃあ軍曹のは?」
「軍曹さんは……弱点だらけですねぇ。右肘、左膝、それに腰が弱いみたいですね」
「あぁ…肘と膝は古傷だったり怪我の後遺症というか、そういうのだな」
「腰は?」
「歳だからな」
「なるほど。ところで香織ちゃん、何か用事?」
「はっ! そうでした! 夕食の準備が整ったそうなのでお迎えにあがりました!」
「もうそんな時間か。そういえばちょうどお腹減ってきてたしちょうどいい時間だなー」
香織と軍曹と共にカフェスペースへと向かうと、テーブルに着いた悠里が隊員たちに囲まれていた。
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