第23話 マグナカフェ2 急襲

 囲まれている悠里は若干困り顔ではあるが、聞き耳を立ててみるもトラブルというわけではなさそうなので放っておくことにした。一瞬こちらに助けを求めていそうな視線を向けてきた気がするが、それこそ気のせいだろう。悠里なら数人に囲まれて話をするくらいどうってことはないだろう。え? 香織の追求から助けてくれなかったからだって? まったくエアリスさんは、邪推だぞ邪推。


 俺は香織と軍曹と共に窓際の席に着いた。


 「ところで悠人、君はどこのダンジョンに潜っているんだ?」


 「自宅ですよ。ダンジョンができてすぐに役所にも報告してあります」


 「ほぉ。役所はなんと?」


 「自分たちの命を最優先に、近くにある学校の体育館を避難所にする準備を進めているので不安なら整い次第そこに避難してください、と。でも避難所じゃ不便しかありませんし、それ以前にダンジョンに興味があったので」


 「なるほど。ダンジョンの数が数だけに対処のしようがなかったからな。まぁその点は現状も変わらないがね。ところでご両親は?」


 「そうですね。でも俺はそれで良かったと思ってます。両親は結構暢気なのかもしれないですね、普通に生活してますよ」


 「ほほぉ。良かったと言っていたが、それはなぜだい?」


 「おかげで一応、ジビエハンターという職にも就けましたし、定期的に納品すればいいので自由にできますからね」


 「そう考えると君にとっては利点が多いな」


 「そうじゃない人の方が多いだろう現状を思うと、少し申し訳なくなってしまうこともありますけど」


 「ふむ。しかしこうなってしまっては仕方ない。それに君みたいな若者がいることは希望にもなり得るからな」


 「希望ですか。重いですね、それ。でもそうならいいですね。あ、モンスターから取れる肉を売るってだめですかね? 今更ですけど」


 「はっきりとは言えないんだが……黙認という形になっているな。ところでジビエが採れるのは稀だろう? そんなのでしっかり稼げるのか? 今なら我々と」


 「ぁー、俺の場合は結構ドロップするんですよ」


 「そ、そうなのか。我々の場合はひとつ得るまでに平均80〜100くらいだが、君はどのくらいなんだい?」


 「2、3匹で出たりしますね」


 「なん……だと……」


 「運が良いみたいで」


 「そう、なのか…」


 ”運が良い“っていうのは全くほんとのことだからな。まぁその運、つまりLUCを弄るっていうズルはしてるけど。


ーー この人間はマスターと自分たちの格差に声も出ないようですね ーー


 (んー。失敗したか。言わない方がよかったかも。いつも後悔するから人と話すのこわい)


ーー 問題ありません。なんとでもなります ーー


 (いざとなったらエアリス先生に任せるよ)


 ひっそりと反省していると店長が料理を持ってくる。


 「配膳しちゃいますね〜」


 その声とほぼ同時、エアリスの索敵に反応があった。


ーー マスター、モンスターの反応です。これは…… ーー


 (知ってる反応だな)


ーー はい。牛の群れですね。数は…約30、その中に上位個体と思われる反応があります ーー


 (上位個体? 群れのリーダーってところか。まさか支配者ではないよな)


ーー おそらくただの上位個体と思われます。19階層までであると仮定すれば狼や熊もしくはカミノミツカイが存在すればそれが支配者になっているかと ーー


 (なるほど。んで牛、まっすぐこっちに向かってくるみたいだな)


 1人で処理もできないことはないと思う。だけどもし撃ち漏らしたら大変だし、そもそも俺に向かってきてくれるかどうかわからないため知らせることにする。


 「軍曹、店長、緊急事態です。こちらにモンスターの群れが向かっているようです。まだ距離はありますし歩いているみたいなのでゆっくりですけど。数は30くらいです」


 その報せに配膳をしている店長、軍曹、そして店内の他の自衛官たちも驚きを隠せないようだった。


 「それは本当ですか? でもどうやって…?」


 半信半疑といった様子の店長に答えたのは、こちらに歩いてくる悠里だった。


 「悠人は能力で周囲の様子がわかるんですよ」


 「能力ですか」


 「なるほど。その能力でダンジョンを一人で生き延び、且つ職業にしてしまったというわけか」


 「あっ、香織も感じました! 悠人さん、あちらですよね?」


 そう言って香織が指差した方角は、まさに群れの反応がある方角だ。まだ距離は結構あるのにそれに気付くんだから、なかなか高性能な能力ではないだろうか。少なくとも20層未満の雑貨屋ダンジョンや俺の家にあるダンジョンのようなところなら充分すぎる範囲をカバーできる。


 「うん。そっちで間違い無いよ」


 「かなり多いですね…。悠里の魔法でなんとかならないかな?」


 「うーん。どうかなぁ。そんなにたくさんを相手にしたことないし【マジックミラーシールド】がどのくらいもつかわからないよ」


 そう言った2人は揃ってこちらを見る。どうするかの判断を求めているように感じる。

 自衛官たちは若干慌てているように見えるが、武器もあるだろうし問題はなさそうに思えた。


 「うーん。その規模の群れに奇襲を仕掛けるならともかく、こちらが襲われるかもしれないとなると……まっ、私としては建物に被害が出なければどうでもいいんですけどね」


 「じゃあ悠里の【マジックミラーシールド】を使ってその中から自衛官のみなさんが攻撃する感じでどうでしょう?」


 「一応遠距離は全員できますが、スナイパー1、所謂アサルトライフルが2、オールラウンダーが1です」


 「ではその4人で。残り2人は近接ですか?」


 「そうね。軍曹はゴリゴリの近接戦闘タイプ、もう一人はどちらかといえば隠密タイプです」


 「なるほど。じゃあその2人には俺が討ち漏らした場合、悠里のシールドを突破しそうなら処理してもらうということで」


 「え? 討ち漏らし? まさか一人で先頭を務めるつもりですか!?」


 「はい。そうですけど?」


 「さすがにそれは危険では……それにお客様なわけですし…。ねぇ軍曹?」


 「そうですね。それで怪我でもされたら我々の沽券に関わります」


 沽券ねぇ。ってもそんなこと言ってる間に結構近付いてきてるんだよな。のんびりしてると店長さんの夢のパラダイスにぶちかまされちゃうよ。


 「じゃあこうしましょう。俺はただ肉を狩りたいだけのジビエハンターです。なので自己責任ということで。さあ、あと1分くらいで来るみたいですよ」


 あと1分と聞き、全員が慌てて外に出る。自衛官は武器を取り出すために車両へ向かった。店長だけはカフェのカウンターからやけに大きなスナイパーライフルとアサルトライフルを取り出していた。


 悠里と香織、そして俺も外へ出る。3人とも部屋着だったりラフな格好だったり、ダンジョンに行くような格好ではない。もちろん武器もない。だが2人は御守りだけはしっかり身につけているようだった。俺はというと、何もつけていない。あるのは【真言】だけ。


 (さすがに銀刀くらいは持ってきた方がよかったかなー)


ーー 問題ありません。不安ならワタシが変わりましょうか? ーー


 (サポートだけでいいや。とはいったものの、結構多いからなー)


ーー マスター、アレを使ってみましょう! ーー


 (アレ? アレってまさかぎゅっ! どっかーん! ってやつ?)


ーー はい、それです! コントロールの練習と思ってやってみましょう! ーー


 (失敗の許されない状況なのわかってるだろ?)


ーー 失敗はしません。あくまでマスターのイメージを固める練習であって、そのイメージがどの程度反映されるかの実験も兼ねています ーー


 (……じゃあいいか。お腹減ったしさっさと済ませないとな。あぁ、そうだ。ちょっとアレンジするからよろしく)


 【真言】で生み出せる【拒絶する不可侵の壁】は、その中のどの単語でも発動できる程度にはイメージに慣れた。『拒絶』でも『不可侵』でも『壁』でも可能だということだ。ただし使用する際にイメージを込めることは今のところ必須だ。そうでない場合は俺がその言葉から無意識に連想するものが反映されやすくなる。それはつまりイメージさえすれば不可侵の壁の形をいじれるということでもある。


 悠里は香織と並び立つ。悠里はすでに前方に向かって【マジックミラーシールド】を展開していて、自衛官が全員入っても余裕がありそうなスペースをカバーしている。悠里の魔法もどうやらイメージによる効果の増減があるようで、シールドの形、大きさも自由に変えられるらしい。しかし大きすぎたりすると疲労感が通常よりも圧倒的に多く、本人曰く『MP消費が大きい』ということだ。実際にエッセンスを大量に使うと体から何かが抜けていくような感覚と共に脱力感があるしそれだろう。

 香織は悠里の隣で微笑んでいる。あれはたぶん、何もする気がない。というかする必要がないと考えているのかもしれない。その瞳は俺をまっすぐに見ていて、かなり期待されているというか買いかぶられていると言った方が正しいか。

 後方の自衛官たちは銃やナイフ、軍曹はまさに拳を構えるといった形になっている。一般人よりも慣れているだろうし討ち漏らしてもたぶん平気だろう。


 ドドド、と地響きのような音と共に、木々の合間に牛の群れを従えた赤い上位種の牛がよく見えるようになったところで準備を始める。


 「それじゃ始めますね。もしもの時は頼みます」


 一様に頷いたのを確認することなく、牛のモンスターが向かってきている前方に集中し、空中に浮かぶ拳大の球体にした不可侵の壁をイメージする。その中身は5%の酸素、それに高濃度の水素、それを圧縮。そして不可侵の壁で封じた純粋な熱。イメージとしては500℃以上。正直なところ、その細かい数字どころか酸素や水素、熱について漠然としか理解していない。だがその辺はエアリスのサポートがあるため問題にならない。俺の役割はそれをどう使いたいか、というところにある。


 イメージの途中で、球体から任意のタイミングでビームみたいなのが出れば、などと思っていたが難しいことに気付き、少し変更する。球体を試験管で包み込むように、不可侵の壁のイメージを少し変えた、反射の壁を”Uの字“に展開する。これで準備はできた。ということで小学生の頃に理科の実験でしたことの大きい版をしてみる。


 (ポンッてなるかな?)


ーー そんなかわいらしい音ではないと思いますので、威力としては十二分かと ーー


 (ちょっと楽しみだな)


ーー エンカウントおよび熱源を囲う不可侵の壁消失まで……3…2…1…引火します ーー


 一瞬後、外側の不可侵の壁も消失し、焼滅の焔が解放される。連鎖的に引火し熱を生み続ける炎の色はほぼ無色、そのため目に見えない熱が不可侵の壁(試験管型)の内部を反射し、唯一の逃げ道である前方へ向かって殺到する。


 殺到した炎と熱はわずかに青白く発光しながら前方へ放出される。ゲームによくあるビームのようにも見えるその炎は、ほんの一瞬迸っただけで牛の群れを薙ぎ払う。予想以上の破壊力に一瞬思考が停止したが【不可逆の改竄】によってその焔を消滅させる。

 いつか映画で見た世界を破壊した巨神を思い出したが、その回想は迫る牛の気配と自ら生み出した熱波に遮られた。


 残りはおそらく最後尾の牛たちだろう。周辺はもともと荒野のようだったが、たった今荒れた地面を吹き飛ばしてしまったので走り心地は案外快適かもしれない。ただし、地面からは煙か水蒸気がもくもくと立ち上り、あまりの熱量による影響か蜃気楼が見える。それでも狂ったように突進してくる牛にどう対処しようか逡巡していると、後方から何かが爆けるような音が聴こえ、ほぼ同時に小さな物体が通り過ぎて行った。

 どうやら店長が、自分の身長ほどもあるライフルの引き金を引いたようだった。その一撃は牛の頭を吹き飛ばし、減速した牛の体はそのまま力が抜けたように倒れ込んだ。もう片方は、咄嗟に手を銀刀に見立てすり抜け様に【剣閃】をしてみたところ、問題なく首を落とすことができた。


 振り返ると、一様に驚きの表情が見て取れる。


 「ゆんゆん、今の、何?」


 「呼び方戻ってるぞ悠里。何って言われると……思いつき?」


 「「「思いつき…」」」


 (さすがにやりすぎたかな。ってかまさかあんなことになるなんて。水素ってやばいんだな。)


ーー 想像以上の火力でした。ですが殲滅できたので問題はありません。建物への被害もありません。ちなみに水素ではありません。エッセンスを可燃性のエネルギーへと改竄し圧縮したものです ーー


 (水素じゃなかったのか。俺のイメージ、意味なくね? とりまあまり使っていいものではなさそうだなー)


ーー サンプルも取れましたし、次は全てにおいて凌駕したものを使用できるでしょう ーー


 (ほぉ。期待せざるを得ない)


 暢気な俺と違い深刻そうな顔をする店長。俺は半分森みたいになっている地帯の一角を更地にしてしまったことを咎められるのではと身構えてしまう。


 「悠人君……あなたは、一体いくつの異能をもっているんですか?」


 「ひとつですけど…?」


 「ひとつ? ですが…最新鋭のレーダー設備もびっくりな索敵能力、そして最新兵器に勝るとも劣らない火力、さらに最後に牛の首を刎ねたものまであるじゃないですか」


 「えっと…元は一つの能力です」


 「はぁ…そう言い張るならそれでいいです。とにかく、おかげで助かりました。感謝するわね」


 「正直あの規模の群れは未経験でしたからね。我々だけなら何名かの犠牲は覚悟しなければならないところでしたな」


 他の隊員たちはこちらをおそろしいものでも見るかのような目で見ている。同じ人間なのだからそういうのはちょっと勘弁してほしいと思いつつも、やりすぎた感は否めない。実際人間が単体でミサイルを撃ったようなものだし、自分でも驚いている。


 「やりすぎちゃったみたいで……なんかすみません」


 少しおどけたように謝罪すると、気を取り直した隊員たちからそれぞれ声が上がる。


 「すごかったぜぇ」「くぅぅ! ドラゴンブレスみたいだったな!」「驚く二尉たんはぁはぁ」


 落ち着きを取り戻した隊員たちは案外楽しんでいるようだったが、店長と軍曹だけは後処理と報告をどうしたものかと頭を悩ませていた。


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