第21話 ダンジョン最寄の喫茶店
落ち着いた雰囲気のカフェ。俺たち以外の客は少し場違い感のある迷彩服の男たちだ。でもそんなことはどうでもよくなるくらい、森の中のカフェっていいな。
「とりあえず俺も何か飲み物がほしいな。香織ちゃんは何飲む?」
「そうですね。店員さんオススメのものがあれば」
「じゃあ俺はコーヒー」
そう言った途端、バァン! とカウンターの方からテーブルを叩くような音が響いた。
「コーヒー? コーヒーなんてありませんよ! えぇ、ここは紅茶のパラダイス! Yes ! Paradise !」
天に向けて両手を広げ、恍惚とした女性がそこにいた。
「なにあのひと?」
「ここの店長さん」
「マジか」
ショートカットで小顔、身長は150台だろうか。カフェのエプロン姿のやたらでかい眼鏡が似合うかわいい感じに見える人なのに、キャラの濃さのせいか残念感が否めない。そんなことを考えていると、ビシッとこちらのテーブルを指差し言い放つ。
「何をこそこそしてるんです? まぁそんなことはいいです! ここはですね、私の夢が詰まった場所なんですよ! よって、紅茶しかありません! こ・う・ちゃ! うふふ〜」
「……じゃあそんなパラダイスの店長さんのオススメをお願いします」
「承りました! 腕によりをかけてブレンドしちゃいますからね!」
昔両親が海外旅行に行った際のお土産に、数種類の茶葉をブレンドしたものがあったのを思い出した。日本ではウイスキーもいろんな樽を混ぜて出荷したりするブレンデッドウイスキーが人気だが、紅茶も茶葉をブレンドすると相乗効果で深みが増しておいしいというのを、そのお土産で知った。
(互いの良さを引き立て合って相乗効果を生む、か。……もしかして、能力にもそういうのあったりしてな)
ーー 悠里様のマジックミラーシールドを参考にした障壁(1)で球体を形成します。その内部に予め障壁(2)で囲った高温の熱源を用意しておきます。障壁1と2の間を高密度のエッセンスによる可燃物質が充満した状態にし、任意のタイミング、もしくは時限式で障壁1を解除、その状態を維持しつつ圧縮すれば…… ーー
(それ聞いただけでやばいやつだって思うんだが。完全にただの戦略兵器にしか思えない)
ーー 非常に小規模ですし、マスターの障壁を調節すれば光すら通過しないはずですので安全は確保できます ーー
(だとしてもいろいろやばいだろ)
ーー 仕方ありませんね。では実行の際にはほどほどにしておきましょう ーー
(お前は破壊神か。そのうち爆発は芸術とか言い出すんじゃないだろうな?)
ーー むしろ芸術かと。それと極小規模であれば通常の能力使用時ほどはエッセンスを消費しませんのでご安心を ーー
(え? 初耳なんだけど、俺の能力ってエッセンス消費してるの?)
ーー はい。マスターだけでなく、他の方も同様に消費されています ーー
(経験値に変換されてるんじゃないの?)
ーー はい、そうですが、すぐに全てのエッセンスが変換されるわけではありません。それに虹色に輝く支配者の星石は経験値に変換せずに保存が可能で、腕輪に内臓された状態で常に周囲のエッセンスを吸収し、能力使用の糧、腕輪の存在と機能維持、ワタシの食糧になっています ーー
(ここに来ていろいろ知らない話されたと思うんだけど、何か弁明は?)
ーー ワタシのサポートがあればそれくらいのことは些事ですので ーー
(まぁそんな気がしないでもないけど。……あっ、そういえば悠里のミスリルロッドの先端に付けた虹色の星石って……)
ーー はい。5階層のスライムから手に入れた星石の欠片です。マスターの鎖かたびらにも微粒子化したものを練りこんであります。スライムの特性を継承しているのか、傷ついた程度ならば破損してもじきに修復されます ーー
(……チートなの?)
ーー 当時のワタシが考え得るチートをできるだけ詰め込んであります。マスターの安全のためなら仕方ないですよね? ーー
(仕方ないのか…? それはまぁ、うん、とりあえず置いといて、無限のエネルギーっていう夢はあるのか…。悪用される未来しか視えないが)
『ちなみに時間はかかりますが虹星石の複製を試みています』というエアリスに俺はますます混乱した。
だんだんと考えが追いつかなくなってきたところで、大きな眼鏡が特徴的な店長はティーカップをテーブルに並べる。甘い香りが鼻腔をくすぐり、期待感が否応無しに膨らむ。先ほどのエアリスとの会話は忘れ……るわけにもいかないがとりあえず今は考えないようにする。
「当店オリジナルブレンドです! どうぞご堪能ください!」
俺と香織の2人はその紅茶を一口。香織は表情を和らげ目を閉じ、いかにも紅茶を楽しんでいるという雰囲気だ。さすが清楚系美人。その仕草につい見惚れそうだ。
俺はというと…
「なんじゃこりゃでらうめぇ」
「なにその言葉遣い(笑)」
「いやぁ〜、俺紅茶とかよくわかんないけどさ、これすごいわ。紅茶の深みっていうのはこういう感じなのか。ふわっとしてふぁーって感じ」
「そうでしょうそうでしょう! お気に召していただけたようでなによりです!」
気を良くした店長さんが語り出そうとした時、喫茶店の扉が勢いよく開かれ体格の良い迷彩服の男が入ってきた。
「二尉! お疲れ様です!」
男はそう言うと見事な敬礼を決める。それに対し店長も見事な敬礼で答えた。が、直後店長は顔を赤くしもじもじとしている。
「ぐ、軍曹やめてくださいよ〜。反射的に敬礼しちゃったじゃないですか〜。ここは私の夢の喫茶店なんですから、そういうの禁止です!」
「はっはっはっ! やはり我らの二尉殿はかわいいなぁ! なぁみんな!?」
「かわいいぜぇー!」「くぅ〜二尉ちゃんかわいい〜!」「はぁはぁ二尉たん……」
変なのも混じってる気がする。いや、全員変だな。
「ところで二尉、例の方々はあちらの…?」
「えぇ、そうよ。ですが今は私のお茶を楽しんでいただいているところですので、お茶が済んでからにしてください」
「わかりました。では私にもアイスコーヒーを……」
「コーヒーなんて置いてないって言ってんだろうがぁー!」
何やら店内が騒がしいな。まぁ紅茶がおいしいことを発見した俺はそんな些細なことは気にしない。
ーー データを照合しました。マスター、悠里様、香織様以外のここにいる人間は、全て自衛官です ーー
(え? マジですか)
というかデータの照合って、普通にできるもん? できないよな、自衛隊員の個人データなんて。
ーー マジです。危険はないかと思われますので問題ありません。あったとしても問題ありません ーー
(みんなサバゲーとかしてそうな服装だし、自衛隊だなんて思わなかったよ)
自衛隊員に囲まれているような状況だがエアリスが問題ないというなら問題ないんだろう。あったとしても、っていうのはたぶん戦ったとしても、という意味も含んでそうだが。見た感じ銃を持ってる人もいないし。それにあの二尉と呼ばれた店長、あの人はそういうのを許さなそうな気がするし、ここは本当に喫茶店なんだろう。だがもしも俺が肉を売っている事を問い詰められてしまったらすごく困るぞ。
3人のカップが空になったのを見計らい、先ほど軍曹と呼ばれた迷彩服がこちらへ話しかけてきた。
「あなた方が特例許可の探索者で間違いありませんか?」
その問いに対し、香織が慣れた様子で対応する。元が良いことと自然な微笑みが相まって、その所作はとても美しい。
「ええ。私は大泉純三郎の孫で三浦香織と申しますわ。こちらが祖父より預かった書状です」
「かわいいぜぇ」「ふぉぉぉ! 孫ちゃんかわいい〜!」「孫たんハァハァ…」
(周りのやつら、妙な安定感があるな…)
ーー 女性なら誰でもいいのでしょうか? 人間の男とはそのような生き物なのですか? ーー
(そんなことはないだろう、さすがに。たぶんきっと)
ーー マスターが言っても説得力がありませんね ーー
(なぜゆえ?)
ーー 今回の即席チームも女性ばかりではないですか ーー
(たしかに。でもそれとこれとは別だろう? 偶然ってやつだし)
ーー そうでしょうか? 女性に対して、男性に対するよりやさしいではありませんか ーー
(気のせいでは? それにエアリスに対してはもっと優しいだろ? 頭に住む事を許してるしな)
ーー ッ!!! そ、そういうことを言っているわけでは……はぁ、もういいです ーー
何がもういいのかわからないが話はまとまったはずだ。しらんけど。
軍曹に対応している香織を横目に、悠里にふと疑問を投げかける。
「なぁなぁ、特例って?」
「ダンジョンについて管轄をどうするかとか決まってないらしくて、今は総理大臣にいろいろ権限あるみたいよ」
「そうなのか。一応戦闘があったりするわけだし、自衛隊に一任しちゃってもいいような気がするけどな」
「そうなったら、自衛隊は全部のダンジョンについて全責任を持つことになるでしょ? そんなの管理しきれないんでしょ」
「はー。なるほど。宙ぶらりんのグレーゾーンにして明確な責任の所在を曖昧にしてるわけか。それに一応のトップは総理ってことになってるからいざとなったら……」
「そういうこと」
辞職で済む、という言葉を俺たちは飲み込む。総理の孫がいるところでは言葉にしづらい。
ーー 総理大臣の辞職で時間を稼げる、というわけですか。人間とはなかなかに姑息なものですね ーー
(まぁね。とは言えその姑息さがなければ人類なんてとっくに滅んでるって)
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