第17話 木を切って組み立てるお仕事


 草原の一角にある洞穴の21層への階段を降りて抜けると、すぐ目の前に森がある。広さはどのくらいだろうか。パッと見で明治神宮くらいの大きさに見えるが、奥行きもまだわかってはいないのでなんとも言えない。とはいえそのくらいの広さが木々で溢れていれば充分に森と言えるだろう。


 しばらく森の外周に沿って歩いてみると、やはり明治神宮くらいの広さに思える。索敵しつつ森の様子を窺い1時間ほど歩いたところでふと思った。


 (うーん。空から見れればなー)


ーー 空ですか。重力の鎖を断ち切ることが現在は不可能なため、上方への推力が常に必要となります。それだけであれば可能ですが、それでは姿勢制御をまともにこなすことは不可能かと ーー


 (んー。どこに飛んでいくかわからないロケットにしかならないってことか)


 その時、一瞬影が通り過ぎる。見れば上空を鳥のような生き物が旋回していた。逆光でシルエットしか見えないが、なんとなく鳥っぽい。


 (鳥? そういえば鳥って飛ぶよな。翼があれば飛べるか?)


ーー 翼と【真言】による持続的な補助により浮遊、飛行が可能になるかと ーー


 (ほー。じゃあ翼があればいいのか。翼って何があれば作れるの?)


ーー 軽量で強い骨格は必須ですね。鳥のような羽根はマスターの場合は不要です ーー


 (ほほー。じゃあ例えば、アレみたいな?)


 そう言って先ほど上空を旋回していた影の主がいる方角を見やる。こちらに近付いて来ているようで今ではその姿がはっきりと見える。大昔の地球であれば存在していたかもしれないような見た目のそれはこちらを獲物として捉えているいるように思う。


 (あれって子供の頃に図鑑で似たようなのを見た気がするんだけど、プテラノドン?)


ーー 似てはいますね。体表は黒、翼はプテラノドンというよりもドラゴンと言った感じでしょうか ーー


 (よし、あれを狩ろう。狩れるのか知らんけど)


ーー 索敵による生命反応を見るに、存在力はカミノミツカイを下回りますので可能かと。しかしこれまでにない飛行タイプですので注意が必要かと。それに ーー


 そこまで聞いた俺は、【真言】に指向性のイメージを持たせるために飛行するプテラ(仮)を指差し、意識を集中して大声を放つ。


 『落ちろ!』


ーー ………【真言】が効くかわからなかったのですが効きましたね ーー


 プテラ(仮)は急に平衡感覚を失ったように錐揉みして墜落する。少し地響きがしたところをみると、衝撃は相当なものだろう。


ーー マスター、お見事でございます。指向性を持たせた【真言】をお一人で意識的にお使いになったのは初めてですね。成功おめでとうございます ーー


 (いつもはエアリスがある程度調整してくれてるからね。それに遠すぎて効果がないなんてこともあるかなって思ったけど大丈夫だったっぽい。強いイメージとか意思とか、そういうのもやっぱり反映されるのかもしれないな)


ーー 意思と言葉から連想するイメージということでしょうか。言葉にしない部分も反映されるのはこれまで装備の製作やマスターを見ていて可能性はあると感じていましたが、確信に至りました。より幅を広げるためにも要研究ですね。ところで強い意思の原動力は何なのですか? ーー


 (翼ってかっこいいじゃん)


 ニンジャにハマっているエアリスから冷めた視線のようなものを感じたが無視する。モンスターが墜落した場所へ着くと、5メートル以上もある巨体の割に細い後ろ脚があり前脚・前腕はなく、翼に鉤爪がついた、トカゲのような頭をした巨大なモンスターが黒いモヤを纏ってピクリとも動かなくなっていた。そのモヤ、エッセンスを腕輪で吸収すると、モンスターの巨体が消えるのと入れ替わるようにドロップ品が現れる。普通の星石となめし皮のようなもの、それと薄ピンクの肉だった。


 (ラッキー。ドロップいっぱい。ウハウハだなー)


ーー エッセンスを吸収するタイミングでドロップが決定していることが判明していますので、そのタイミングだけLUCを極限まで上昇させています ーー


 (さすがエアリスさん。ところでこの皮、やたら薄いんだけど何に使えるんだ?それに肉。結構多いな、500グラムくらいはあるか)


ーー それは翼膜ですね。翼の材料にできます。肉は毒気もなさそうですし食用になるかと ーー


 (お! 翼できる? できるの?)


ーー はい。できます ーー


 (じゃあ肉は長持ちする袋に小型化して入れてっと、翼はあとで作ってもらうとして、作業しますか)

 

 森の中に少し入り、材料になりそうな木を探す。外周は薮といった様子で、とても材料になりそうな木はなかったのだ。少し歩いたところで、両腕を回しても腕一本分足りないくらいのちょうど良さそうな太さの木々が立ち並んでいた。


 それにしても手入れなんてされていないだろうに良く育っている。更に言えば、草原があることが少し不思議でもある。草原は放っておくと木が育ちやがて森になる。そうならずに草原が草原としてあるというのが俺には疑問だったのだ。だが今はそんなことよりやるべきことがあるんだよな。


 (さてエアリス、準備はいいか?)


ーー はいマスター。いつ身を委ねていただいても結構です ーー


 (言い方がアレ。まぁいいや。やっちゃって〜)


 許可を出すといつも通り身体の自由を奪われる。視覚と聴覚だけは残っているようで、エアリスも加減が上達しているらしい。


ーー 伐採! 乾燥! 小型化! 削り! 組み立て! 完成! ーー


 (いやぁ。言っちゃなんだけど、雑。すごく雑。だけどプラモデル感覚で作ると重くないし簡単でいいな。【真言】の正しい使い方って建築なのでは)


ーー もちろん建築に適正はありますが、建築に限ったことではありません。ほぼ全てのことに対し適正があると見ています ーー


 (って言っても結局俺じゃよくわからないからエアリスが作ったんだけどな)


ーー ワタシにとっては朝飯前ですよ。食事できませんが ーー


 エアリスに身体を代行使用してもらいプラモデルサイズのミニログハウスを作ってもらった。あとはこれを元の大きさにすればいいはず。


 開けた場所でログハウスを元の大きさに戻す。結構大きい。8畳ほどの部屋が4つあり、風呂トイレを設置する場所も完備、キッチンとダイニング、そして中心に広めのリビングがある。


 俺はエアリスに、木材で家を作ってくれるように頼んだ。エアリスにとっての『家』とは、地上にある俺の実家だ。それと似たような間取りになっていて、必要とあらば2階を後から付けることも可能だとか。


 その平屋建てのログハウスにはモンスター避けの効果を付与されていて、それは最初に20層に来た時に大きいサイズのストーンネックタートルを倒して得た、20層の支配者の証でもある虹色の星石を屋根の天辺に取り付けてあることで可能になっているらしいが、細かいことはよくわからん。弱いモンスターであれば一定距離まで近付くとその場から去りたくなるような恐怖を感じるらしい。おそらく虹星石になんらかの効果を付与しているのだろう。


 ログハウスの中に入り、何が必要かを考えていく。テーブルと椅子くらいは欲しいかな。ということでエアリスに頼んで作ってもらう。ベッドとかソファも欲しいところだが、材料が足りない。今回は諦めよう。

 外に出てログハウスを掌サイズにし、木で作ったケースにぴたりと収納する。それをコートの内側に多数あるポケットの一つに入れておく。



 (うーん。必要最低限のものはあっさり手に入ってしまったな。どうしようかねー)


ーー 21階層の探索をするのも良いかと思いますが、マスターは昨日かわいい女子たちに囲まれてお楽しみでしたしお疲れでしょう。すぐに帰ることを推奨します ーー


 (ヤキモチなの?)


ーー いいえ。問題ありません ーー


 エアリスが拗ねると、次に睡眠を取った時はなんといえばいいか。そう、夢の中で寝かせてもらえないのだ。それが嫌かというと……嫌なわけはないのだが。それにエアリスは夢の中であれば触れた感覚があるらしく、それが好きらしい。


 (じゃあ22層への階段が見つかるかもしれないし少し探索しようか。あとついでに支配者がいるようなら、そんで狩れそうなら狩る)


ーー わかりました。サポートはお任せください ーー


 (はいはい。頼りにしてるよー)



 ログハウスを作るため、木々を伐採して木材とした21層の森、その中を歩いていく。この森の周囲は20層と変わらず草原になっている。俺の勘では森のどこかに階段があるのではないかと睨んでいるのだが、理由がないわけではない。


 このダンジョンは『ゲームのような』ところが多い。ステータス、魔法のような各種能力、ドロップアイテム、地球には存在しないモンスターの生態系。はっきりと違うと言えるのは、キャラクターを操作するのではなく実際に自分が動くことくらいだ。そんなゲームのようなダンジョン攻略において、ゲームのような『いかにもな場所』に『いかにもなもの』があるかもしれない。この場合は22層への階段だ。


 探索中木々の間をすり抜けるように襲いかかってくるのは、小さなツノを頭に付けた小さな……ウサギだろうか。しばらくウサギを返り討ちにしつつ探索しているが階段がありそうな洞穴のようなものは見つからず、断続的にウサギが飛びかかって来てはそれを躱して斬るの繰り返し。ウサギのサイズは小型犬サイズ、世界最小と言われるチワワと同程度なのだが、動きは速い。刺さりもしない程度の小さなツノで突進してくるウサギのドロップ品は、その小さな身体から取れるであろう量と同程度のウサギ肉。それを【真言】で小さくし、肉用の袋に入れていく。

 ちなみに肉用の袋には中にあるものの状態を維持するように【真言】で付与している。これもエアリスによるもので、どういう理屈かわからない。ゲームでよくあるものだと時間の経過が遅いとか動かないとかだろう。そうだとすると時間を操れるのだろうか。エアリスが一体なんなのか、それも知れるなら知った方がいいかもしれないな。一応俺の頭の中にいるようなやつだし、それがどういうやつかを知っておくのも必要かもしれないし。



 昼をまわる頃、結局階段を見つけられなかった俺は家に帰ることにする。自室のパソコンを使ってログハウスに必要なものをネットで検索していろいろ眺めようと思っている。とはいえ最低限安全に睡眠を取れる場所であれば問題はないので、ただの箱と変わらない現状でも問題はないはずだが……人というのは不思議なもので、多少なにがしかの家具があった方が落ち着くのだ。そういうわけでエアリスの【転移】で家に帰った。


 真っ先に風呂に入り、昼食後にパソコンで調べ物をしながら久しぶりのネットサーフィンを楽しんでいる。5分ほど『ログハウスに欲しい家具100選』を眺め、ふむふむなるほど〜などと思いながらスクロールしていると、気になる記事が目についた。


 (ダンジョン出現場所の傾向? そういえばあるところにはあるけどないところにはまったくないみたいなんだよな。なになに? 大陸プレートの境界地点に集中している? フォッサマグナと呼ばれる地帯では大規模なダンジョンが発見される? ダンジョン発生地点と地図を重ねたのがこちら……ってか1ヶ月も前の記事だな……ってなんだこれ?!)


 大陸プレート同士が衝突している周辺に集中的に赤い点が打ってある。フォッサマグナと呼ばれる地帯には各プレートが集中しており、そこには無数の小さなの点の中に大きな赤い点があった。


 (この大きな点のとこが大規模ダンジョンってことか。それにしても大規模とそうじゃないのの違いってなんだろうな?)


ーー 多種多様のエネルギーが多くある場所にダンジョンが集中しているようです。その中でも特に多くのエネルギーが集まるフォッサマグナ(中央地溝帯)に出現したダンジョンは地表部分が一部ダンジョン化しているようです。その中に複数ある洞穴から内部へ侵入することが可能になっているとあります。地表部分に出現するモンスターは牛や鹿、昆虫も多く存在しており、ご主人様のダンジョン15層までに出現したものと姿形が酷似しています ーー


 (それってつまり、地表がすでに15層ってこと?)


ーー ダンジョン内部は草原という記事があることから、19階層までを含む、というのが正しいかもしれません ーー


 (未だ15層を突破できていない自衛隊や一般人にとっては最初からクライマックスなわけか。いや、自衛隊にとってはそうでもないのかな? 武器になら困らなそうだし)


ーー 内部に侵入したことの記事があります。『大規模ダンジョンの内部』で検索してみてください ーー


 (はいはい。カタカタカタ ぽちっと。これって、なんか見覚えあるな?)


ーー はい。20層の草原地帯に酷似しています ーー


 (でも岩、というか亀が見当たらないな。俺たちの20層はとんちゃんの雑貨屋と繋がっていた。ということはもしかしたらそのダンジョンとも繋がっている可能性はあるな。でも亀がいない。同じ場所の違う位置、という可能性は?)


ーー 可能性としては濃厚かと。そもそも20層の果てを見ていないので、広さは想像もつきません ーー


 (ってことは20層を探索すればそのうち大規模ダンジョンから入った人に出会うかもしれないってことだよな)


ーー 自衛隊、もしくはご主人様のような無名の強者が存在すれば或いは ーー


 ふむふむ、と調べていくと、大規模ダンジョンは近頃こう呼ばれるようになったらしい。


 『マグナ・ダンジョン』と。


 (フォッサマグナのダンジョンだからマグナ・ダンジョンか。安直な気がするけど、まぁ響きとしてはこう、唆られるものがあるな。かっこいいじゃん)


ーー はい。かっこいいと思います ーー


 (そのうちマグナ・ダンジョンにも入ってみたいもんだなー。中に入ったら結局同じとこかもしれないけどさ)


ーー ご主人様は転移で20層へ行けるので問題ありませんが、そうでない場合は大幅な時間短縮が見込めます ーー


 (なるほどたしかに。ってことはとんちゃんたちと一緒にいくことがあればそこから入るのもありなのか)


ーー ご主人様に最近知り合ったような悪い虫がつかないよう見張っていますのでご安心ください ーー


 (そういうのはいいからダンジョンの悪い虫をなんとかしてくれ)


ーー マスターが身体を委ねてくださるならば可能です ーー


 (あっ、そういう手もあるのか。オートモードみたいなもんか。想像してみると、絶対俺より強いよな)


ーー 加減を間違えなければマスターの身体が破損することもありませんので安心してお任せください ーー


 (間違えたら破損するとか怖すぎだろ。いつの間にか腕がなかったとか洒落になんねーぞ)


ーー 善処します ーー


 善処って怪しい言葉だよな。

 いざとなれば腕もくっつけますので…などと聴こえた気がしたが、気のせいに違いない。


 それにしても、この環境に慣れすぎている気がする。というか大抵のことを普通に受け入れてる自分に驚きだ。

 言葉を発することでイメージが具現化・現実化・事象化してしまう能力は便利チートだし、それで生まれたようなエアリスは存在自体がチートだし、モンスターのドロップ肉は普通にうまいし。

 いや、そうじゃない。そうじゃなくはないんだけどそれよりも、普通人って牛とか熊とか殴り倒せないし、それを殺して忌避感を感じないのもおかしいはず。最初はあったはずだと思うのだが、でも今はほとんどない。むしろ無い。


 とんちゃんこと悠里は、メンバーの2人がダンジョンに潜り始めてから変わったように感じると言っていた。もしかしたら俺も変わったんだろうか。


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