第16話 もしも20層が繋がっていたら
『動くな』
ボス亀は首を振り上げたまま動かない。
「『亀さん亀さん、凍ってくださいなっと』」
少し間の抜けたような声。しかし効果は覿面(てきめん)でその言葉の通りになることが当然かのようにボス亀は凍りつく。そしてその伸びきり凍りついた長い首目掛けて跳躍し、軽く小突くと冗談のように首が砕けた。
「御守りもちゃんと発動したみたいだし、無事っぽいね。よかった」
長杖を構えた女性はその声を聞くと先ほどまで半死だった女性の傷がなくなっていることに気付いた。そのまま力なく地面に座り込み、自然と溢れる涙を止められなかった。
声の主は3人を落ち着かせようと思い、心が落ち着くと言われるハーブティを水筒からマグカップに注ぎ差し出した。
3人が生きていることを確認し、その中の死にかけた1人も御守りの発動によって肉体は元通りになっていることを確認した。
黒いコートに刀だけに見えるこの格好だが、コートの内側には小型化した荷物を入れておくためのポケットがついていたり、斜め掛けの小さめのボディバッグを身につけていたりする。そのポケットとボディバッグには必要なものどころか『これいるの?』と思うものまでいろいろ入っていたりする。
御守りが発動したことで腕と脇腹を食いちぎられた活発そうな見ための女性は一命を取り留めた、というか元通りの元気な身体になっている。しかし受けた痛みは覚えているらしく、思い出される痛みと恐怖からか体を抱くようにして震えている。
もう1人の小柄な女性もなかなか心にきているようで、目を閉じて俯いている。あの時の活発そうな女性の様子が目に焼き付いて離れないのだろう。無理もない。俺も冷静を装ってる状態だしな。
「ゆんゆん……ありがとう。でもどうして?」
昨日会ったばかりの女性、とんちゃんが話しかけてきた。疑問だろうな、自分たちとは違うダンジョンに入ったはずの俺が同じ場所にいるのは。
「いやぁ、20層ってもしかしたら同じところなんじゃないかなって思ってさ。とんちゃんたちを見つけられれば実証できるから、今日は20層を夜通し散歩するつもりだったんだ」
「ストーカー?」
活発そうな、先ほどまで大怪我を負っていた女性がそんなことを言う。『あの子がここにいたりしてな〜』と思ってその近辺を徘徊するのはストーカーじゃないよな?セーフ……だよな?
「ひどいなぁ。俺、仮にも命の恩人だと思うんだけど?」
「すみません……ちょっとまだ混乱してて…」
「ま、そんなこと言えるくらい落ち着いたってことだろうしいいけどさ。とりあえずその御守りが発動したってことは、君は一度死んだようなものだよ。油断したり調子に乗るとまた死ぬよ」
エアリスが能力の発動を伝えてくる。そのままにしておくと本当に”また死ぬ“かもしれないっぽい。そんな呪いみたいなのは『解除』だ。
「は、はい、気を付けるっす」
「そういうことで、はいこれ。御守り」
「え!? でも…」
活発そうな女性は差し出した”狼牙の御守り“と俺の顔を交互に見て手を伸ばそうとしたり引っ込めたりしている。受け取っていいものかどうか葛藤があるらしい。
「いいからいいから。それに死ぬほどの痛みを経験したんだし、もう無鉄砲なことは減るでしょ? それでも、もしもの時のための御守りだよ。肌身離さず身に着けてね」
どうやらまた能力が発動したらしい。このままではいつでもどこでも、それこそお風呂に入る時も身につけていなければならない気になるらしい。ほんと呪いみたいだな。【真言】じゃなく”呪言“なんじゃないか、俺の能力。しかしそれはそれでいいのかも……いや、お洒落したい時だってあるだろうに、狼の牙のネックレスが似合わない格好だってあるだろう、解除だ解除。
「あ、ありがとうございますッ!」
よし、受け取ってもらえたし次があっても大丈夫だろう。効果のほどはたった今実証されたし、持ってて損はないはずだ。
「悠里、この人が彼氏のゆんゆんさん? 16層までしか降りてないって言ってなかった?」
小柄な……よく見るとお胸は大きな女性? 女の子? がそんなことを言う。
うーむ、子供なのか大人なのかはっきりしてほし……いや、両方の良いところを持っているということか?
いやいや、こんなこと思ってたらまるで俺がロリコンさんみたいじゃないか。とはいえ……笑ったら、絶対かわいいんだろうな。
……って俺はなんでこの子について考えてるんだか。まぁアレか、今まで知らなかったタイプだからかもな。そんなことは今はいいとして。
どうやらとんちゃんは俺が16層までしか行っていないということにしてたらしいな。ぶっちゃけ20層に来てたって言ってもよかったんだが、何か考えあってのことだったんだろう。でもひとつ確実に間違っている。非常に残念なことに、俺に彼女はいない。
「あの時言っても信じなかったかもしれないし、変に対抗意識燃やされたら暴走するかもしれなかったからね。あと彼氏じゃないから。ほんと違うからね。ほんとに」
なるほどそういう理由で俺の到達階層を誤魔化したわけか。それにしてもそんなに否定しなくてもよくね? 事実だからいいんだけどさ。
「んー。なるほど。確かにちょっと調子に乗ってたかも」
「よくよく考えたら、私たちって悠里さんの足手まといですもんね…。熊にだって1人じゃ勝てませんし」
普通に考えて、人間が熊にタイマンで勝てるかって言ったら勝てなくて当たり前なんだけどな。それもダンジョンの発生によって変わってしまったけど。
なんだか空気が暗くなってきて、唐突に解散でもしそうな雰囲気だ。そんな空気の中、とんちゃんこと悠里が小声で話しかけてくる。
「ところでゆんゆん、話すたびになんかぼそぼそ言ってるよね?」
「あぁ、能力がな…」
「もしかして発動してるの?」
「うん。発動したら解除してるから問題ないぞ」
「危ない言葉は言わないでね。洒落にならないから」
「へいへい」
重症を負ったはずの杏奈は時折顔を顰めている。あの痛みを思い出しているのかもしれない。軽い言葉もそれを忘れるためか、それとも元々そういう性格なのか。
ともかくここは俺の家から来た20層のはずだ。しかし雑貨屋のメンバーがいる。すなわち雑貨屋ダンジョンは御影ダンジョンと同じ場所に繋がっていたということになる。しかし他のダンジョンはどうだろうか。日本各地の数多あるダンジョンのすべてと繋がっているとしたら? とはいえそれを証明するには、他のダンジョンから来た人を見つけなければならない。もしくは自分で潜るか。
(んー。自分で潜るのはなー。いろいろとめんどうだなー)
ーー 現存するダンジョン数を考えただけでも不可能なことは目に見えています ーー
(だよなー。もっとダンジョンに潜ってくれる人がいればなー)
そう、例えば他にもたくさんの人がダンジョンに入るようになって、それで肉とか皮とかミスリルみたいな新しい金属をもっと発見したりして、それで剣と魔法の……さすがに無理だろうか。でも、そうなったら……どうなるんだろうな、この世界。
考え事をしている間に3人はだいぶ落ち着きを取り戻している。今日のところは一旦帰ってもらうようにしよう。
「とりあえず、20層が他のダンジョンと同じところに通じてるっていうのはほぼ証明されたな」
『ほぼ』という言葉が引っかかったのか、3人は疑問の表情を浮かべる。
「ほぼっていうのは、そっちとこっちは同じとこでも、全部がそうとは言えないからね。実際に全部調べるわけにもいかないしわかんないから」
「こっちとそっちが同じとこってだけで私には充分よ」
「「ひゅーひゅー」」
茶化す2人にとんちゃんこと悠里の視線が突き刺さると、2人は鳴らない口笛を吹いていた。
どうしてこういう時口笛を吹いてごまかそうとする人は口笛が下手なのだろうか。それとも普段は吹けてもこういう時だけ下手になるのだろうか。まぁいいけど。
「そういえばここに来る途中、洞穴みたいになってるとこに降り階段があったから21層を覗いてきたんだけど…」
「「「21層……」」」
「木が生えてて森っぽいのが見えた。そこの木が使えそうなら小屋でも作ってどこかに置いておくから、泊まりの時はそこ使ってもいいよ。安全かどうかはわかんないから要警戒かもだけど」
親切心で言ったのだが、活発そうな女性は自分の胸を抱くようにして言う。
「ま、まさかそこでいかがわしいお礼を要求されるのでは!?」
「しねーし。死なれちゃ寝覚めが悪いだろ」
さすがにテント張って野宿よりはマシだと思うんだよ、たぶん。
「んー。でもまたモンスターに襲われないです?」
小柄な女性がそう聞いてくる。寝てたらボス亀とかな、トラウマレベルだよな。でもエアリスが大丈夫って言うし。
「それは大丈夫なようにしておけるかもしれないからそんなに心配しなくていいよ」
どうやってというと【真言】頼みなわけだが、いちいち説明する必要はないだろう。というか俺に説明できると思うてか。自慢じゃないが俺はエアリス頼みでここまで来た男だぞ。
それにしてもこの2人、このままだとやばそうだよな。いくら慢心を捨てたとしても。
ーー はい。ステータスが足りないといったところでしょうか。本来であればもっとじっくりと身体にエッセンスを馴染ませ力を発揮できるようになってからここに来るべきかと。……よろしければワタシが少し調整しましょうか? ーー
(そうだね。できる?)
ーー もちろんでございます。ワタシにかかればちょちょいのちょいです ーー
ということで2人に許可を取らなければ。いきなり触ったらだめだろうし。
「あの、2人ともちょっと腕輪見せてくれる?」
「いいですけど」
「どうぞ」
了解を得て2人の手首に巻かれた腕輪に触れる。
(さてと、じゃあエアリス頼む)
ーー お任せください。お二人のステータスを少しだけ調整します。……完了しました ーー
(さっすが仕事が早いねー)
ーー 当然です。ワタシは出来るオンナですので ーー
これで少しはマシになっただろう。少なくとも帰り道くらいはそれほど苦労しないはずだ。
「ありがと。もういいよ」
「はぁ。なんだったんすかね?」
「ゆん様に手、触られちゃった…」
「え? ゆん様って…香織さんまさか…」
「颯爽と現れてピンチから救ってくれたんだよ? それに御守りでいつも見守ってくれていると言っても過言じゃない。さらに泊まるところまで用意してくれると言う。たとえ体が目的でもそんな素敵メンに様をつけるのは当然の義務じゃないかな。それに悠里は彼氏じゃないって言うし私がもらってもいいはず」
なんですかその謎理論。特に最後の”もらっていいはず“って、物ですか? 俺は物なんですか?
ーー 新たなライバル…… ーー
ライバル? 何言ってんだエアリスは。ってかなんのライバルだよ。
「ゆんゆんよかったねー?」
「お、おう? そう…なのか?」
とんちゃんの視線が冷たい。なぜだ、俺はなにもしていないのに責められているような気分だ。
いつの間にか空が白んできた。時刻は5:00を回ったあたり。ダンジョンの中で日の出を見るというのは不思議な感覚だ。と言っても太陽は出ないが。
その間、思ってみればまだしていなかった自己紹介も済ませた。
活発な女性は”坂口杏奈(さかぐちあんな)“。割と童顔なギャルっぽい印象だが悠里の雑貨屋でバイトをしていて、その仕事ぶりは普通に真面目だったようだ。
そして小柄だが胸は大柄な、女性とも少女とも判別が難しい童顔の”三浦香織(みうらかおり)“。彼女は悠里の長年の友人らしい。普段は運動音痴というか、なにもないところで躓くらしい。しかし実は彼女の祖母が何かの道場で師範をしているらしく、彼女もその弟子なのだとか。しかしそれからしばらく離れていて、ダンジョンに通い始めて最近ようやく”体を動かす感覚“を思い出してきたらしい。
あとはとんちゃん。本名は”佐藤悠里(さとうゆうり)“だ。俺が肉を買い取ってもらっているジビエ料理SATOのご主人の姪で、とりあえず美人である。ネットを介しての10年来の友人だ。それしかないのかと思われるかもしれないが、実際のところ長いが故に逆に無い。実際無いわけではなく、それを当然のように受け入れている状態になっているため敢えて挙げるのが難しいということだ。あ、そうそう、胸は結構大きいな。身長も俺よりちょっと低いくらいだから女性にしては大きい方だろうか。
そんなことを思ったのを察したわけではないだろうが、一瞬悠里に睨まれたような気がした。
それからしばらく雑談タイム。その後雑貨屋連合の3人は、今日のところは帰ることにしたようだ。というかそうするように奨めた。エアリスが2人のステータスを少しいじったとはいえ、普通に野宿するには危険な場所であることに変わりはない。
少し弄っただけというのには理由があって、急激に強くなってしまうとまた同じことが繰り返される危険を考慮してだ。その調整されたステータスに慣れるためにも比較的安全なところでモンスターに遭遇してもらおうという思惑もある。エアリス曰く、そうなれば悠里の負担も減るだろうし、それはつまりこの3人の生存率が上がることになると。
3人を上層への階段前まで送り届けた。とは言ってもすぐそこの距離だったが。
「ゆんゆんありがとうね」
「ありがとうございました!」
「ゆん様、また…」
「はいはい。気をつけて帰ってねー」
挨拶をして手を振り合うと、彼女たちは洞穴に入り19層へ戻る階段を上っていく。姿が見えなくなったところでその後を追ってみる。そうして19層に戻っても彼女たちの姿はなく、そこは俺が見慣れた19層だった。俺が降りてきた階段とは違う階段から戻ったのに、俺の19層へ戻った。どういう仕組みになっているのかわからないが、エアリスが何かしているようだ。
それについて聞いてみると、どうやら三人が入っていった洞穴は普通俺には見えないものらしく、それを無理矢理可視化したようだ。しかし入ってみれば俺の見知ったところに出たわけで、それについてもなにか法則やなんやかんやがどうのこうのと……まぁあれだ、俺には『普通は見えないものを可視化している』という時点でわからなくなっているのでエアリスに丸投げし、考える事を放棄した。
(それにしてもとんちゃん、悠里だけでも結構なルックスだと思うんだよ)
ーー はい。そうですね ーー
(他の2人もかなりだな。可愛い系元気っ子に大人しめな綺麗な上にかわいい系女子、そして我らがとんちゃんはお姉さんってとこか。バランスいいな。まったくどこのアイドルグループだよ)
ーー 連日ワイドショーで取り上げられているのも頷けますね ーー
(見た目も実力も、まぁそれなりにあるしな。でもあれで日本一か。実は世間に露出してないけどもっと先まで潜ってる人とかいるかもな)
ーー はい。実際にマスターがいますから、その可能性はあるかと ーー
(だよなぁ。さてさて、俺たちは別荘の材料でも見に行きますかねー)
そのまま20層へと戻り、それから21層へ行って木材を手に入れることにした。
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