第15話 新生とんちゃん物語


 昨日私は10年来のネットの友人であるゆんゆんと、ダンジョンをダシに会ってきた。本当はそういうんじゃなく、普通に会いたかったなぁと思う。その際ダンジョン攻略において保険になるかもしれない御守りを貰い、ステータスを調整してもらった。

 ステータス調整は彼の懐刀とも言える不思議な存在『エアリス』によるもので、これまで貯めた”経験値のようなもの“を使って強くしてもらった。

 他にもミスリルという金属で装備を強化してもらい、それ以前と以後では比べられないくらい強くなったと思う。その後車を飛ばして帰り、少し睡眠をとったので今日のダンジョン攻略もなんとかなりそう!


 「悠里さん!」

 「悠里〜」

 私を呼ぶのはパーティメンバーである2人。坂口杏奈と三浦香織。杏奈は、私がオーナーである雑貨屋の従業員で香織は高校からの友人だ。最近テレビで話題に取り上げられることが多くなり、それによって収入も増え、ちょっと増長している節があって不安な2人だ。彼に会うことができたのはこの子たちにおかげでもあるから複雑ではあるけれど。そんな2人に対して軽い感じの返事をする。


 「ただいま〜」


 「おかえりなさい! どうでした? 十年越しの片思いの相手との密会は?」


 「そういうのじゃないから。とりあえずこれ、二人に渡しておくね。ちゃんと着けておいてね」


 「なんですこれ? 牙?」

 「あんまりかわいくないから着けたくないな〜」


 「いいから着ける。見えないところにでもいいから。これの効果を説明するとね……」


 彼女たちに狼牙の御守りに込められた効果を説明する。いまいちピンと来ないといった表情だけど着けてくれるようだから一安心かな。実際に効果があるかはわからないけど、彼のことは信用してる。


 「今の私たちには必要ないと思いますけど、せっかくなので着けておきます」

 「そだね〜。首から下げても服の中に入れちゃえば見えないし着けとこ」


 着けてさえもらえれば一安心かな。あとはもしものときにちゃんと効果を発揮してくれさえすれば。もしものときなんてなければいいんだけどね。


 「さあさあ! 今日も記録更新目指してガンガンいきましょう!」


 杏奈が元気よく拳を挙げる。

 そして私たちは今日も雑貨屋の地下にできてしまったダンジョンへ入っていく。建物の外には記者らしき人が数人待機していたけど気にしない。


 しばらく潜っていくと香織が思い出したように聞いてきた。


 「ん。そういえば悠里の彼氏、どのくらいまで潜ってる人なの? 一人じゃいいとこ10層くらい?」


 「彼氏じゃないってば。んー。16層くらいかな?」


 もっと深く潜ってると明かしてもいいとは言われてるけど、本当の事を言って対抗心を燃やされても困るし、かといって浅すぎると思われるのも困るのでほどほどかな? と思える程度にしておく。実際ちょっと前まではそうだったし嘘は言ってない。


 「16層ですか〜。結構がんばってるんすね! でも私らより進んでない人の御守りが保険になるんでしょうかね?」

 「私たちが一番なんだからそれより進んでるはずない。保険になるかどうかは同意〜」


 どう言っても変わらないと感じたのでそれに答える気にはならなかった。ダンジョンでいろいろ変わっちゃったなぁ、などと考えながら少し急ぐように進んでいくと5時間ほどで19層に到着した。私たち雑貨屋連合にとっての最高到達点。

 私が思うに、杏奈と香織が攻撃してもあまり効いているようには見えない階層だ。18層とほぼ変わらないモンスターなのに、19層ではなぜか強くなっている気がする。ゆんゆん曰く15層以降は同じモンスターでも強くなっている可能性があって『火力が足りなすぎてダメージ通ってないのでは?』と言っていた。


 私の腕輪はエアリスが細工してくれたこともあり、ステータスが必要に応じて調整される。2人にも調整できればいいのだけど……。そう考えながらもなかば作業地味た狩りには余裕が出ていた。2人には私の魔法【パワーレイズ】をかけている。それでも調整してもらう前までとはまるで違っているようで、2人の攻撃が以前よりも効いていることが目に見えてわかりモンスターを倒しやすくなっている。ステータスによって魔法の効果も上がるということかな。


 しばらく進んでいくと少し広くなっているところに熊が群れていた。


 「うわぁ。あれちょっとヤバくないですか?」

 「ん。あれは厳しい」


 「じゃあ私がやってみるよ。二人は少しここにいて」


 そう言って私だけが部屋に入る。気付いた熊が咆哮を上げて突進して来るけれど、私の【マジックミラーシールド】、エアリスにステータス表示してもらって初めて名前を知ったそれも効果が上がっていて、熊が押し寄せてきても問題なかった。知ったとは言ってもエアリスがその時に名前を付けたようなもので、名前があるとないとでは意識に違いが出てくるため効果の上昇が見込めるとかなんとか。


 「これを試したかったんだよね。『フリージングフィールド』」


 魔法名を言葉にする必要なんてない。しかしイメージとは大事なもので、声に出した方が良い場合が多いらしい。

 発動された魔法により、私を中心に地面が凍りついていきモンスターを飲み込んで一網打尽にした。直径15メートルくらいの範囲が氷漬けになっていて自分でも信じられない結果に驚いてしまう。

 調整前は5メートルくらいで、突っ込んできたモンスターをマジックミラーシールドで止め、そこに使うくらいしか使い道がなかったことを思うと嬉しさが勝ってくる。


 「うわぁ〜、悠里さんこれすごいっすね。冷蔵庫みたいに寒いっすよ」

 「ん。風邪ひきそう……くちゅん!」


 氷漬けになっている熊たちから吹き出るエッセンスと星石を腕輪で回収すると、風に融けるように消えていく。しかし氷漬けになりながらも生きている熊もいて、それは2人がトドメを刺していた。その様子に私は悠人とエアリスに感謝した。同時に、照れくさかったとは言えもうちょっと柔らかい態度を心がけておけばよかったなぁ、なんて思ったり。

 モンスターが空気に溶けるように消えていく。最初の頃はエッセンスを回収するまでは普通の動物の死体と変わらなくて3人共に苦い顔をしていたけど、慣れたものだね。


 その部屋を過ぎると、遂に降り階段を発見した。20層かぁ、不安だなぁ。


 階段を降りると、そこは草原だった。ゆんゆんから聞いた話から想像していたのと変わらぬ風景で、ところどころに岩が転がっている。空がありそよそよと風が吹く、そんな風景に2人も驚いている。

 少し歩いて進み、その微風(そよかぜ)を感じてみる。地下にあるはずなのに地上と錯覚してしまうような感覚に思わず首を傾げてしまう。


 「同じなのかな? もしかしてここって…」


 「同じって何がっすか〜?」


 つい口走った独り言を耳ざとく聞き取った杏奈が顔を覗き込むようにしてくる。

 こうして見ていると同じ女でもかわいいと思うけど、ダンジョンのせいで生意気さとかがプラスされてしまった。それはそれで需要はあると思うけどね。


 「なんでもないよ。それよりあの岩怪しくない?」


 「岩? ん、確かに怪しい、かも」


 先ほどの熊の大群からドロップした皮の切れ端を岩に向かって投げてみると、ガタッと岩が傾いて何かが熊皮をキャッチした。速すぎて見えないそれは首を伸ばした亀の頭だった。


 「離れて。魔法使うよ! 『フリージングフィールド』」


 ロッドを前方に向け、亀に向かうよう意識した魔法によって生み出された地を這う冷気が地面ごと亀を凍らせる。こういうのを”指向性を持たせる“っていうんだったかな? どうすれば効果を高められるのかを相談しておいてよかった。

 芯まで凍った亀、その頭を二人が叩き割って倒す。


 「首を伸ばしたのはまったく見えなかったっすけど、熊よりも簡単に倒せるんすねー」

 「ん。見えなかった。でも悠里がいれば簡単」


 ゆんゆんが教えてくれなければ怪我じゃすまなかったかもしれないのに、この二人はそれを知らないこともあって暢気そのもの。


 「周辺の亀を狩って、今日はここでキャンプにしよう」


 「あいあいさー!」

 「ん。」


 簡易テントを張り、持ってきた食材と道中で手に入れた肉を使ってジビエ鍋にした。伯父さん仕込みなのでなかなかの一品だと思う。ゆんゆんには奢るつもりだったけど結局自分で支払っていたし、お礼をしていない。前回と比べてとても楽にダンジョンを進む事ができるほどの違いに対するお礼は……ご飯作ってあげたらいいかな? それとも、やっぱりゆんゆんも男だし、そういう事の方が? いやいや、ないない。そんな枕営業みたいな事……でも実際命が賭かってると考えると、そのくらい安いものだったりするかな。でもそれじゃあ友達じゃなくなっちゃいそうだから、やっぱ無し。

 暗くなってきた頃、2人はそれを食べ終え満足げな顔でテントに入っていった。私はというと、念のための見回り。20層のモンスターの生態もわからないというのに、危機感の薄い2人はもう眠っている。


 周囲を見て回ったが、岩(亀)が近付いている様子もなくひとまずは安心といったところ。私も少し仮眠を取ることにする。本来なら見張りを交代で立てるべきなのだろうが、あの2人にそれは期待できない。


 うとうととしていると、地面が揺れた気がして急激に覚醒した。焚き火の辺りの地面が急に盛り上がり、3メートルくらいの岩が生えていた。ゆんゆんの話を思い出し、これがここのボス的な亀であると判断する。

 そっとロッドを手に持ち先に【マジックミラーシールド】を使用して守りを固めてから【フリージングフィールド】を使おうとしたところで杏奈が目をこすりながらテントから出てきた。杏奈の目はすぐそこにいる亀を捉えておらず亀の方へとふらふらと歩いていく。


 「杏奈! 逃げて!」


 そう叫んだのも虚しく、射程内に入った獲物に食らいつく巨大亀。首は普通サイズの亀よりも速く伸び、杏奈の腕と脇腹をひと噛みで持っていく。当の杏奈は何が起こったかわからないといった表情で立ち尽くしている。

 ボス亀は首を戻し、切り取った杏奈の一部を飲み込む。それと同時に杏奈は自分の身に何が起きたかを理解した。


 「ああああ痛いいだいいいいいい!!」


 地面に倒れ込み絶叫する杏奈の声で飛び起きた香織がテントから顔を出し、少しの間巨大亀と杏奈に視線を漂わせ、理解したと同時に顔色が青ざめる。


 御守りの効果に期待し、杏奈はきっと大丈夫、と自分に言い聞かせる。


 少しの間、杏奈の身体の一部を切り取ったかのように食いちぎった巨大亀と杏奈の様子に意識を持って行かれたが、とにかく今はこの亀をなんとかしないといけない。普通の【フリージングフィールド】では心許ない。必要に応じてステータスが調整されているとは言っても、それでも不安は消えない。

 私はエアリスの『状況に応じて必要なステータスに調整する』機能に語りかけるように願った。


 「お願い! この子達を守らなきゃいけないんだ! 力を貸して!」


 再度杏奈に亀が首を伸ばさないように、私は亀に近付く。マジックミラーシールドに亀が頭を何度も叩きつけるなか、ミスリルロッドが重さを増したように感じた。それに反比例したように感覚は鋭さを増し、今ならもっと強い魔法が使えるとわかる。ロッドを巨大亀に向け意識を集中し『フリージングフィールド』と言葉にする。指向性を持った氷結の力は巨大亀に向かっていき、その巨体を凍らせた。


 「凍っ…た?」


 その数瞬後、凍ったはずのボス亀が凍結の戒めを破って首を振り上げる。亀はこちらを怒りの籠ったような目で睥睨していた。


 おわった。あー。短い人生だった。


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