第18話 思いがけない来訪者
ログハウスの家具は何がいいかを調べることも忘れ、他にも何かニュースはないかとパソコンの画面を見る。
(海外のダンジョンは数も少なくて実入りも少ないから封印されていることが多いみたいだな。肉とか狩って売ればいいのにな。食糧難だったとしても解消できるかもしれないし)
ーー 皆が皆、ご主人様のようにはいきません。LUCにも同じ事が言えます ーー
(あぁ、それもそうか)
ーー 悠里様のステータスを調整する際のLUCは16でした。それでもかなり高い方かと ーー
(なるほど、それでドロップ率も変わるしな。普通の人は肉を1つ得るために何匹狩らなきゃならないのやら。そうなると20層の亀からミスリルが取れるのも本来は極稀のレアドロップって感じだろうな。そういえば普通の鉄とかってダンジョンにはないのか?)
ーー いいえ。10層以降であれば壁や天井、転がっている石にも含まれています。金や銀、その他希少な金属の反応は未だ捉えておりません ーー
(一般的な金属だけでも結構儲かるんじゃ?)
ーー 搬出の手段、精製コスト、危険リスクを考慮すると難しいかと ーー
(あー。割に合わないか。そうだ、SATOに肉持っていこ)
21層で取れたウサギ肉、そしていつもの鹿熊猪の肉があることを確認し歩いて向かう。
ジビエ料理店SATOの前には見慣れない黒塗りの車が停まっていた。今日はどこかの社長さんが来ているのだろうか。店主の佐藤さんは元はフレンチのシェフだし贔屓のお偉いさんがいたって驚かないな。実際料理は美味いし。
扉を開けると、いつも通りカランカラ〜ンと音が鳴る。店主の佐藤さんは困り顔でどうやら客と話をしているようだ。俺は邪魔をしないように控えめに声を掛ける。
「こんにちは。今日はウサギ肉が手に入ったので持ってきたんですが」
「おぉ! 御影くん、ちょうどよかった。食材が足りなくて困ってたいたところなんだよ」
店主の佐藤さんはお客さんをほったらかしにする勢いでこちらへとやってくる。その様子に『やはり旧知のお客さんなんだろうな』と思った。
「そうでしたか。タイミングよかったみたいですね」
「急いで調理しちゃうから、代金は後でいいかな? せっかくだし御影君も食べていきなさい」
「あ、はい。ではお言葉に甘えて」
佐藤さんは笑顔でカウンター奥の調理場へとウサギ肉を持って入っていく。それを見届けると、先ほど佐藤さんと話していたお客さんから話しかけられる。
「やあこんにちは。君がここにジビエ肉を卸しているハンターだね?」
白い髪をオールバックに固めサングラスをかけ、それでいてスーツ姿のその男性はなんとなくどこかで見たことがある気がする。
「はい。そうですが…」
「ふむ。おっと、自己紹介が遅れたね。名刺名刺っと……あったあった。ちょっと古いのしかまだなくて申し訳ないが、こういう者です」
(なになに? 国会議員……大泉純三郎!? って最近総理になった人じゃん! めっちゃ有名人! ………ってあれ? これもしかして面倒なことになる?)
ーー 高確率かと ーー
よりにもよって総理大臣。ダンジョンで獲れる肉は国からの認可を受けていないため、俺はその事を咎められるのではないかと警戒した。
「あぁ、君は名刺持っていないだろう? あらかじめ調べさせてもらったから平気だよ。持っているなら是非もらっておきたいところだけどね。」
一国の総理大臣が俺みたいなパンピー代表を調べた? どういうことだろう。やはりジビエ肉は違法判定? それで俺を調べて……いや、それなら政治家ではなく警察が来るはず。
「それで……総理大臣が俺なんかになにか御用ですか?」
「理解が早くて助かるねぇ。」
「そりゃ何もなしに総理大臣が元ニートを調査なんてしないでしょう?」
「はっはっは! まぁそんなに警戒しないでくれ。裏の最高の冒険家を見たいと思って来ただけさ。今日のところはね」
裏の最高の? 公になっているのは悠里たち『雑貨屋連合』の事だと思う。俺は彼女たちとしかダンジョンが絡んだ交友関係はないわけで、そうなると3人のうち誰かが俺の事を話したということか。とは言え責める事もできないし、腹を括ろう。
「……何を知っているんです?」
「何を、か。そうだね。表ではここの店主の姪御さんのチームが1番だが、実のところ君はそれより先を往く者で、その実力は我が国の自衛隊ダンジョン攻略チームをも凌ぐ、と言ったところかな。実際に見た私の孫が言っていたんだから間違いはないだろう?」
孫? 誰のことだろう。あの3人のうち誰かの……悠里は違うな。なら残り2人の内どちらかだろうか。
一応名前を尋ねてみると昨日聞いたばかりの、あの女性のことだとすぐわかった。
「三浦香織、つい最近会っただろう?」
「ぁー……マジですか?」
「んむんむ! マジだよ!」
ついつい出てしまった素の口調を真似て言う総理、変な人だなぁ。
それにしても三浦香織さんか。あの小柄で顔は幼く見えたのに胸は幼く無い女性のことだな。つーかあの人総理の孫!? なんでそんなのがダンジョンとか行ってんのよ。馬鹿なの死ぬの? ってかもうひとりの女性は死にかけてたけど。とりあえず、肉の事ではないってことだよな。
「それでだ。今日君に会いに来たのは……」
そう言うと総理は、徐に腰を曲げたかと思うと空気が変わる。
「ありがとう。君のおかげで孫が命拾いした。この感謝は何を持って礼とすれば良いかわからない。故にまずは挨拶と直接礼を言いに来ました」
そんな大げさな…と言いながらまぁまぁと総理の肩に手を添える。よくある『頭を上げて下さい』というやつだ。
幸い他にお客さんがいない今、これを見ているのは俺だけ。お付きの屈強そうな人たちは店の前と車の中にいたから見てないはずだ。もしも見られてたら『なに総理に頭下げさせとんじゃぁワレェ』とか言われかねない。いや、さすがにそれはないか。
「今朝、孫から電話が来てね、周囲に対して口止めをされてしまったから私の中だけで片付けるべきなのだろうが、どうしても礼くらいは言わなくてはならないと思ってね」
一瞬眼光を鋭くした総理が続けて言う。
「それに…孫がぞっこんな男がどんな輩なのか気になったのでね」
「……ははは、何を言ってるんです?」
ゾッコン? ほんと何いってんだこのジジイ。
だって三浦さんと言えば最初塩っぽい態度だったし……あ、でも最初だけだったか? 悠里の知り合いってわかったからってのもあるかもしれないけど、話してる間に多少打ち解けたような。そ、そういえば別れ際、『ゆん様』とか呼ばれたような。でもだからと言ってゾッコンっていうわけじゃないだろ。話をしてる間だってあんまり目が合わないようにされてる気すらしてたし、そもそもあんな可愛い女の子が俺なんかに、ねぇ?
「孫のピンチに颯爽と駆けつけ、速やかに問題を解決したその姿がかっこいいかっこいいと電話口で1時間も聞かされたよ。はぁ。将来は有望な若い政治家と結婚させたいと思っていたのだが……。すまないな、今のは忘れてくれ」
「はぁ…」
「とにかく、居ても立ってもいられなくてね。たまたまこの近くに仕事で来ていて、昼食に行くと言って運転手に目的地だけを伝えて乗せてきてもらったんだよ。ほんとうにありがとう」
ふむ、なるほど。それでこの人は悠里の親戚がやってるこの店が俺の取引相手だってことまで調べたと。でもその事を知ってるのは悠里だけだから、もしかしたら自分の親戚と取引してる人だってことを教えて俺が変なやつって思われないようにしてくれた、とかか? たぶん知られて困ることじゃないし、それで悠里に渡した”狼牙の御守り“を付けてもらえたのかもしれないし。結果良ければってことかな。
とはいえ総理大臣が俺に会いに来るなんて、考えもしなかったよなぁ。
ともかくジビエ肉の件で来たわけではないとは言え、このままではその話題になってしまうかもしれない。早めにお帰りいただけるようにした方がいいか。
「俺はたまたま通りかかっただけです。それにできることをしただけです。ですがその礼は、気持ちだけ受け取っておきます」
「そうでも言わなければ帰ってもらえない、そう顔に書いてあるな?」
「……総理にもなると人の心が読めるんですか?」
「いやいや、そんなことあるわけがないだろう? だが君はどうやら肝が座っているようだし、仮にも総理の私を前に萎縮した様子もない。だが主張は控えめだ。そんな人間が思うのは…」
「面倒に巻き込まれたくない」
「面倒事はごめんだ」
「毎日平和にぼーっと暮らしたいんです、俺は」
「ま、まぁ似たようなものだな。うむ」
料理の載った皿を持つ佐藤さんも加わる。微妙にニュアンスは違うが、だいたい同じ意味だな、と三者が考えを飲み込んだと同時、佐藤さんが手に持った皿を配膳していく。俺の分もあるようだが同じテーブルに置いていくことから察するに、同席しろってことだろう。
『鹿肉のナントカカントカ、ほにゃららソースになんちゃら野菜を添えて』とかいうわけわからない文章のような料理名を言う佐藤さんはさすが様になっている。それを世代を超えた三人の男たちで世間話程度のダンジョン談義をしつつ味わうことになった。
「ところで、たまたま通りかかった、と言ったな?」
「はい」
「それはつまり、ダンジョンは繋がっていると?」
相手が総理とは言え、判明したことを軽々しく言ってしまっていいのか。総理だからこそ、面倒ごとに巻き込まれるのではないか。そう考えたのも一瞬で、なんとかなるだろうと楽観することに決めた。正直なところ、俺の唯一の収入源であるジビエ肉の卸業さえ守れるならばそれでいいのだ。
「全てが繋がっているかはわかりません」
「君は『マグナ・ダンジョン』と呼ばれている場所を知っているかな?」
「あー、さっきちょうど調べ物をしてて知りました」
「ふむ。そこは地上なんだけどね、どうやら洞穴が何箇所かあるようなんだよ。その中に入って抜けると草原が広がっているんだってね。もしかするとそことも繋がっていたりするのかな?」
「どうでしょうね。でも可能性としては有ると思います」
俺が知る3箇所の入り口から繋がっている先が全て『草原』なのだ。関連性を疑うのは当然で、むしろ同じ場所である方が自然に思える。
「そうか。一体なんなのだろうな、ダンジョンとは」
「俺にもわかりません」
「なにはともあれ、孫が無事なのは君のおかげだ。重ねて礼を言う」
「総理に何度も頭を下げられたらさすがに恐縮してしまいますよ…」
「そうか? そうだな、すまないね。はっはっはっ」
料理を食べていると同席していた佐藤さんも談笑に加わる。2人のくだけた様子を見ていると良い友人関係なのだろうということがわかる。3人で、世代を超えたダンジョン談義から俺の個人的な話まで、総理は興味のあることを次々と聞いてきて、ときどき面接か? と思うこともあった。もちろん【真言】については伏せているし、佐藤さんも言っていいかわからないことについては俺が先に話すのを待ってくれていた。そうして時間は過ぎていく。
食後のコーヒーも済み、食事代は大泉さんが持ってくれた。大丈夫だろうか? 最近政治家の賄賂とか接待みたいなのが問題になっていたと思うが。あぁでも俺の食事代を持ったところで、政治的な価値はないから平気なのか。
「いやぁ〜佐藤君! 腕は落ちていないようで安心したよ、美味しかった! また来るからね!」
「はい、またのご来店をお待ちしております」
そう言って佐藤さんはいかにもシェフといった所作で挨拶をする。
「御影君! 君にもまた会いに来るからね。今度は孫の香織も連れて来ようか? やはり華があった方が良いだろう?」
「ははは……。ではお気をつけて〜」
愛想笑いで流し、総理は黒塗りの車で帰っていった。公用車なのかな? 俺に奢ったくらいの事でとやかく言われる事はないだろうが、それでも食事代を出してもらったのが表に出ない方が良いように思うし、車だって私用に使ったとかの問題にならなければいいが。
「御影君、なんというか…すまなかったね」
「いえいえ。タイミングもありますし。それに問い詰められても言わないでくれていたんでしょう?」
「あぁ。だが大泉さんにはお見通しだったようだがね」
「それは仕方ないでしょう。歴戦の政治家なんですから」
「そう言ってもらえると助かるよ」
「では俺も帰ります。ではまた」
帰り道、エアリスと話しながらのんびりと歩く。
ーー マスター、お疲れ様でした ーー
(今日はいろいろとあったな。まさか俺の人生に総理大臣と話すことがあるなんてな。それに三浦香織、とんちゃんのパーティメンバーの1人で、おとなしめな清楚系童顔美人の女の子が俺をね〜。いやまぁ気の迷いかなんかだろう。ほらよくあるじゃん、ピンチを助けてもらったらそのときの感情を恋と勘違いするとかさ。それに好きなわけじゃなくて、生還できて嬉しい気持ちが爆発したってだけかもしれないしな)
ーー それに間違いありません。えぇ、きっとそうです ーー
間違いないと断言されるのもなんだか悲しいものがある。
平和なのんびり生活をしたいのにできていない俺は、部屋のベッドでのんびりしてそうな雰囲気を醸し出すことにした。しかし何も考えずにいることができずひとつの疑問を反芻し、思考の渦に飲み込まれる。
ダンジョンとは何か。
結局のところ、それが現状における最終到達点なのは明らかだったが、今は情報が足りないどころか片鱗すらないと言っても過言ではない。それはつまり今はまだ早いのだと、考えるのを諦めることにした。
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