第47話 27日目

 あまり眠れなかった。

 珍しいことだ。

 寝つきは悪い方ではない。

 ただ、アタマがよく回ったときは昂奮からかなかなか寝付けないのはままある。

 横になってもアタマは冴え、カラダも引っ張られてさほど疲れを感じず、そのままずるずると日を跨ぐまで起き越してしまう。

 そうなると、もう眠りのモードにはならず、時間を持て余すことになる。

 まとまらなかった考えをまとめたり、何か作業を進めたりして瞳か身体が根を上げるのをゆるゆると待ち続けるのだ。

 それは小石ボディになっても変わらない。

 全てが意識内で行われているのに目を瞑れば。

 俺はアタマの中で粘土を捏ねる。

 なんだか実際に手を使っていじくり回しているクオリアがある。

 仮象空間とでもいうのだろうか、それとも禁書で見たバーチャル・リアリティなのだろうか。

 とにかく俺は趣くままに土くれを弄っている。

 まるでそれがタリズマンとでもいうように。

 メタ的な頭の中も攪拌されているようだった。

 大海の大波に揉まれ、今にも溺れそうだ。

 迫り来る唸る轟音が轟く。

 俺は大海蛇をかたちづくる。

 空に向かって一鳴きする。

 稲光が暗雲から仄めき、幾度も瞬き閃いた。

 ひとつが、俺を直撃する。

 衝撃と情報が意識を貫く。

 それだけではなかった。

 大きく揺さぶられ、掻き乱され、酔うのではない一種のエアポケットがうつろんだ。

 そこでは俺は白い石を彫っている。

 無心で彫刻刀を打ち、削り出し、大きく打ち込んだところで、ガラガラガラと石が崩れ落ちた。

 あとには小石がそこにある。

 つまみ上げた。

 つまみ上げられた。

 小石だ。

 入れ子状?次元が捻じ曲がっている?

 吸い込まれるように。

 真っ暗闇だ。

 ゲフッ。

 思わずげっぷをしてしまった。

 急にこの事態に親しみがわいてきた。

 心の奥底から湧き上がってくるものがある。

 少女、リリー、サキュバス……。

 懐かしいそれらは、俺を抜けていくたびに元気をくれていた。いや、もっと根源的な力、生命だ。

 これ以上は受け取れきれないと悟ったら、意識が広がって、荒野が視界に入ってきた。

 身体の感触があるぞ。

 移動している?

 意識を広げられるみたいだ。

 う……ん、どうやら胃の中らしい。

 消化はされないようなので心配はしていないが。

 四足歩行で走っている。

 何かの動物だろう。

 聞いたことがある。

 動物は、消化を助けるためや栄養素を補うため小石を飲み込むことがあると。やれやれな習性だ。

 しかしおかげで、移動という手段を得た。

 意識も乗っかって掌握している。

 本能に引っ張られている。

 暴れ馬に乗っている気分。

 衝動も凄まじい。

 空腹が頭の大半を占めている。

 どうするもこうするもなかった。

 だからといって全てを委ねるつもりはない。

 今は意識を沈め、備えるだけだ。

 逃げ惑うネズミを追いかけるイメージが思い浮かんだ。

 なんだ。

 お前、猫か。

 馴染みの水場へ寄ってペロペロした。

 今日は収穫がないなあ。

 毛繕いをしながら、綺麗にしなきゃ……とか、においはどうかなとか、空腹もよりも競り上がってきたのは楽園のことだった。

 遥か遠い……。

 届かぬ想い。

 旅猫か。

 珍しい猫の冒険者だ。巡礼者?

 親近感がわいた。

 そうすると、このものの記憶にさらに分け入っていった。

 波乱万丈の道行だった。

 何度も死にかけ、いっときの仲間も失っていった。

 一番辛かったのは心の半分を失ったことだ。

 魂をもぎ取られていったも同然。

 だからこの旅は、その半分も探す旅。

 楽園に望みは住まう。

 道すがら、そう聞いてきた。

 失われた半身を取り戻すのだ。

 そりゃあ説得もしなきゃいけないかもしれない。

 いつもより多い魚を差し出さなきゃならんのかも。

 それでも成し遂げたい。

 メルスのためにも。

 ……ダメだ、意志を強く持たないとどっちがどっちだか分からなくなってしまう。

 いや、見た。

 洞窟の下。

 川の流れ。

 岸に流れ着く。

 なぜわかる?

 永い刻が、身体をよぎる。

 どうやら俺は、仙猫の端くれらしい。

 その俺の眼が、特別なものとしてメルスをとらまえる。

 欲しい。

 いや違う、望む、だ。

 喰らう。

 違う、会いたい。

 このいのちをのばすためにも。

 視る。

 じっくりみる。

 どこまでもどこまでも。

 岸ではない。

 外れだ。

 物語の届かないところにいるのだ。

 けど、物語への道筋はどこかにある。

 よくよく視てみれば、確かにそれらしき空間の切れ端がある。

 無限に広い世界の中に、ささやかな隙間があった。

 この世界には意志を伝達する手段があり、それは俺にも備わっているらしい。

 ただ今まで気が付かなかっただけなのだが。

 何かあれば俺はそれを伝達しようと試みただろう。

 そしてそれが叶うまで意識を凝らせば道は開けるのだ。

 凝らした先を脚に移し、力を出し切り縮地した。

 その隙間は見えていてもみることが叶わない領域なのだ。

 足を踏み





                     だった。

 これは難事だと突き当たった。

 いったん態勢を整えないといけないだろう。

 戻る途中であの妖精に出会った。

 このものも、何かを探しているようだった。

 どうにかすると、27日目続く。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る