第23話 きっかけは些細なことから


「へえ。まさかそんな順調に進んでいるとわ。先輩もなかなかやりますね」


「いやぁ、そうなんだよ。茜は毎日、時間作ってお見舞いにきてくれるしさ。

まさにわが世の春が来たって感じだ」



 入院して半月が経過した頃。時間を作って後輩の佐藤はがわざわざ会いに来てくれていた。



「でも先輩気をつけてくださいよ。不幸の星の元に生まれし先輩がこのまますんなり行くとは思わないんすよねえ」


「それはお前の願望も混じっとるだろ」


「へへ、バレました?」



 こいつ張り倒したろか。



「でも真面目な話、ゴスロリホモや稲森ちゃんもいるし。もう一波乱起きると思うんすよ。

 先輩を慕っている後輩としてはこのまま一途な思いを貫いて欲しいとも思いますけど」


「なんでそこに稲森の名前が出てくんだ?」


「あー、なんでもないっす。忘れてください。てか、忘れてもらはないと僕が恐ろしい目にあうん記憶からデリートしといてください」



 遠い目をしながら懇願する佐藤。なんだかわからんが悲壮感はんぱねえから言う通りにしておこう。



「そういえば足もう治ったんすね。あいかわらずミイラ男みたいに巻き巻きかと思いましたよ」


「もう治ったけどリハビリがあってな。これがまあ辛いのなんの。

 自分の足じゃねーんじゃないかと思うくらい重い。やっぱ筋力衰えるとつれえな」


「その割には元気っすよね。意中の新城さんと合法的に絡めるからだと思いますけど」


「わかる? わかっちゃう? 入院中の唯一の楽しみでさあ」


「はいはい。もうお腹いっぱいだから勘弁してください。

 じゃ、これお土産っすから。暇な時間はこれで楽しんでてください」



 飽きたと言わんばかりな顔をした佐藤は数冊の本を渡してくれた。

 週刊誌に一般小説。それにエロ本……エロ本!?


 病室に隠す場所なんてほとんどねえんだぞ。俺を社会的に抹殺するつもりかこいつは。早く持って帰れと言おうとした時には佐藤は部屋のドアへと手をかけていた。



「幸せ絶好調な先輩に後輩からのささやかなプレゼントっす。

 謝礼は回らない寿司でいいので。それじゃ退院日がわかったら連絡してくださいね〜」



「おい、バカ!いらねえもん置いてくんじゃねえっつの!

 って、行っちまったし。どうすんだよこれ」



 とりあえずエロ本を枕の下に挟んでおく。まるで思春期真っ盛りの中学生みたいな隠し場所だがしょうがねえ。背に腹は変えられんからな。


 目についた週刊誌を適当に開くと。そこには人気女子アナウンサーYと敏腕プロデューサーの熱愛疑惑が報じられていた。

 白黒写真で手を繋ぎながらホテルへ向かう2人が写っている。


 芸能人はこうやってパパラッチされちゃうから大変だよな。一般人はこういうことねえもん。

 そんな風に他人事で考えていたら写真に写る女性のぼやけた顔に見覚えがあった。



「これもしかして……八代か?あれ、変だな。だってあいつはIT社長のイケメンと婚約してるはずなのに」



 別にもう八代のことなんて気にかける必要はない。そう、わかっているのに心配してしまう俺はきっとよほふぉのお人好しなんだと思う。


 連絡先は知っている。でも行動に移すかは……。

 スマホを取り出し文章を何書くかで悩んでしまう。とりあえず『大丈夫か?』そう打ち込んでいた時。


 そんな時に扉を開いて現れたのは茜だった。



「今日はこれから学会だから次に顔を見せれるのは明日ねって……今、何か隠さなかった?」



 ぶんぶんと激しく首を横に振るが、疑惑の目は厳しくなる。

 なんだか後ろめたくて慌てて枕の下にスマホを置いただけなんだけどなぁ。



「気になるじゃない。見せなさいって」


「いや別にただのスマホだって――あ、やべ」



 そういえば枕の下にエロ本突っ込んどるんだったあぁぁぁ!!!

 バレたら塵以下の存在として扱われる気がするんだが。茜の性格的に間違いねえ。



「なにがやばいのよ。い・い・か・ら見せなさい!」


「ちょ、ほんと勘弁してくれー!!」



 意外にも金の腕力は強かった。入院で筋力が落ちているからかもしれんけど。

 枕を強引に暴かれると女性のうっふーん♡な写真が表紙のエロ本がおっぴろげになってしまう。


 ああ、終わった。せっかくここまで積み上げてきたのに台無しだよ。たぶん怒って明日から顔を見せてくれることなんて一切なくなるだろう。

 俺の入院中、唯一の楽しみだってのに。


 でも意外や意外。俺の方へ真っ赤な顔で振り向いた茜の表情は、怒りではなく羞恥の顔だった。

 まるで初めて男子のエロい物を見た女子中学生のような初々しさ。え、なんか興奮するんですけど。



「……孝之はこういうの興味あるのね」


「いやまあ。三十歳の男だったら多少はたしなむかなって。

 あはは、幻滅した?」


「べ、別に。でも、そういうのってあるわよね。お互い、いい歳なんだから。こういうの当たり前なわけだし。

 でも……」


「でも?」



 顔が伏せった茜を覗き込むように下から見ようとすると「でもこういうのは結婚してからじゃないとダメに決まってるじゃない!! バカ! 性欲魔人!」突然の大声で鼓膜が破れるんじゃないかってダメージが。

 うう、耳がキーンとするってレベルじゃねえぞ。


 顔を真っ赤にして逃げ去るように部屋を出ていく茜。いまどき珍しい貞操観念だけど身持ちが堅い女性って俺は安心する。

 いやもちろんそういうチョメチョメなことしたいんだけどさ。



「ああいう照れ顔の茜が見れるなんてな。佐藤にはちょっとだけ感謝しておくか。

 あ、そういえば八代への連絡どうしようかと思ってたんだった」



 エロ本の下にあったスマホのロックを解除させると送信済みの4文字が。やべえ、たったあれだけの文章で送っちまったのかよ。送るかどうかで迷ってたのにもう後戻りはできねえ。


 どうしたもんか。そう考えていた時にスマホに連絡が入る。送信者は八代だった。



『もう限界。助けて孝之くん』



 切羽詰まったその内容。八代の身に何が起こっているのか。 

 俺は困っている八代に手を差し伸べる選択をしてしまうのであった。



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