第22話 大きな一歩


 昼飯の時間。看護師さんによって配膳されるご飯はあいかわらず美味しくなさそうなレパートリーばかり。

 だがそんなものはどうでもいい。俺にとって本題はこのあと来るであろう新城さんだ。井上さんに入れ知恵されたわけだが、本当にこんな手段で関係が進展するのだろうか。


 とりあえず飯に手をつけずに待つこと数十分。完全に冷えた飯と睨めっこしていると髪が少し乱れた新城さんが現れた。もしかして時間を気にして急いで来てくれんだろうか。淡い期待をしちゃうぜこの野郎。



「どうしたのよ。ご飯ぜんぜん食べれてないじゃない。気分でも悪いの?」


「うん、まあ……その色々とありまして」


「ん? まあいいわ。病人食は栄養バランスを考えられて作られてるの。無理でも詰め込まなきゃダメよ」



 ベットの隣に置いてある椅子に座り、注意してくる新城さん。

 ここだ、ここしかねえ。井上さんに教えられた泣きの一手はここで発揮させるんだ。

 正直、内心ガクブルもんだが。さあ、行くぜ!



「そ、そんなに言うならよ。茜が食べさせてくれよ」


「……はぁ? 事故って頭でもおかしくなったのかしら」



 やべえ。汚物を見るかのような目で睨まれてるんですけどぉ!? 井上さん本当にこの流れで大丈夫なんすかねえ。

 もうこうなったら破れかぶれだ!



「茜が食べさせてくれるまで絶対に口にしねえ。絶対にだ」


「意味の分からないことばっかり言ってないでさっさと食べなさい!

 あ、あと何で急に下の名前で呼ぶのよ……恥ずかしいじゃない」


「俺がそう呼びたいと思ったんだがダメか? 俺も孝之でいいからさ」


「ん……別にいいけど」



 そっぽを向きながら髪をいじる茜は恥ずかしげに了承してくれた。

 あれ? これ押せば行けるじゃんか。

 


「でも食べさせるのは絶対にダメ! いい年こいて若いカップルみたいな、そんなこと。ダメに決まってるじゃない」 


「わかった。なら、ご飯を食べる時だけでいいからさ一緒にいてくれよ」


「……うん」



 なんだこの雰囲気。言われた通りオラオラしたら茜が急にしおらしい子になってきたんだけど。

 井上さんは高齢処女は夢見る乙女をこじらせてんだから、強引に引っ張ればたいがい言うこと聞くとか言ってたけど。まさか当たるとは。井上さん恐るべし。 


 箸を持ち、少しづつ食べながら会話を楽しんでいく。仕事のこと。婚活パーティーのこと。そしてデートに誘ったあの日のことも。



「あの時はごめんなさい。言い訳はしないわ。でも行くつもりだったことは本当だから」


「いいよ、もう気にしてない。それよりもこうして再会した時の気まずさの方が問題だったよ。

 それも今、無くなったけどな」


「ふふ、そうね。こうしてゆっくり話せてよかったかもしれない。私たちってすれ違ってばっかりだったから」



 そう言われてお互いに笑いあう。今思い起こせば、そんなことばっかりだったもんな。あ、でも稲森と豪太のことを一切説明してないのを思い出す。



「事故った時駆け付けてくれた2人はただの職場の後輩と男友達だから。誤解しないでくれよ」


「そう。後輩と男友達ね。ん? 男?」


「驚くよなぁ。あのゴスロリ服の方は股に立派なものがついてます。ははは」


「う、嘘でしょ……あんな可愛い子が男だなんて。正直負けたわ」



 女のプライドが傷ついたのか落ち込む茜。あれは規格外だから比較しないのが一番だと思うけど言わないでおこう。変な地雷を踏みそうだし。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。時刻は昼の1時を回りそうになり茜のPHSに着信が入る。

 会話を聞いているとどうやら入院患者の容態に変化があったようだ。

「ごめんなさい急患だわ。また時間がある時に来るから」と言って去ろうとする後ろ姿に俺は大声で伝える。



「退院したら今度こそテートしような!」


「ああもう、恥ずかしいこと大声で言わないで。看護師に聞かれたら1日で院内に広まるんだから。

 いいわよ。楽しみにしてる」

 


 振り向かずさっそうと去っていく茜。ああいう姿を見るとほんとに医者なんだなって実感する。

 仕事を全力で頑張る女性っていいもんだな。いいもんなんだが……俺はとっくに限界を迎えていた。



「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛、俺きも! なにが『俺がそう呼びたいと思ったんだがダメか?』とか『わかった。なら、ご飯を食べる時だけでいいからさ一緒にいてくれよ』だよ。

 オラオラするためにキザキャラ気どるとかキモすぎんだろ俺。茜が内心引いてないといいけどさあ」



 さっきのことを思い出し全身がかゆくなってくる。足が固定されてなきゃベットの上を転がりまくってただろうな。いくら作戦とはいえこっぱずかしすぎんだろ。

 あまりのキモさに血反吐を吐きそうなくらいだぜ。


 でもまあおかげで進展した。これなら茜とお付き合いを重ねれば結婚できる日が来るかもしれない。

 連絡を交換しておいた井上さんにお礼の連絡をしておく。するとすぐに返信がきた。



『お疲れさん。この調子で頑張ってね(⑅•ᴗ•⑅)』 


「可愛い顔文字だなおい。あー、婚活初めて色々あったけどようやく大きな一歩を進められたな。

 この調子で頑張るとすっか」



 窓から見える冬の晴天はすがすがしい。まるで俺の気持ちを代弁するかのように。俺の楽しい入院生活はまだ始まったばかりなのであった。


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