2人の女編

第21話 久々の再会


 味気のない朝食。病院で出される食事というのはなぜこんなに不味いのか。

 骨折した足以外は平気なのだからもっと塩気の利いた飯を出してもいいと思うんだけど。

 

 食い終われば入院中にやることなんて一切ない。テレビはねえし歩いてどっかに行くことだってできないからな。

 唯一の救いはスマホだ。最近の病院は使用可能らしい。

 家族や職場の上司への連絡を済ませひと段落。やることなくなっちまったなぁ。

  

 病室の外の通路がやけに騒がしい。どうやら外来が始まる前に医者が入院患者を回診しているようだ。

 俺の担当医は新城さん。これは嫌でも顔をあわずことになる流れだな。こっちとしてはこの前の誤解のせいで多少気まずい部分があるんだが。


 白衣を着て現れた新城さんは凛々しくあいかわらず美しい。ボケっと見惚れてる俺に話しかけてきた。



「おはようございます。今朝はよく眠れました?」


「あ、はい。おかげさまで」


「そうですか。食欲はどうやらしっかりあるようね」



 空になった食器を見てそう判断したようだ。

 目も合わさずカルテを見ながら事務的に対応する新城さんは露骨に冷たい。これは前回の件が尾を引いている証拠だろこれ。



「あの、新城……先生? 昨日のことについて話をしたいんですけど」


「別に今更、先生と呼ぶ必要はないわ。今は職務中なので私的な会話をする気はありません。

 特に気になる点がないのなら終わりにしますが?」


「はい……ないです」



 ああ、せっかくの貴重な対話時間が終わってしまった。完全に塩対応だし怒りが収まるまで待った方がいいのかねえ。

 柚葉や佐藤がいれば相談できるんだが、どっちも今は忙しいだろうし。


 去り際、新城さんは小さく折りたたんだ紙をテーブルの上にこっそり置いた。

 うん? なんだろうか。とりあえず紙を見てみると『昼にまた来ます』とだけ書かれていた。



「これまだチャンスがあるんだろうか。わっかんねえな。まったく新城さんの心は秋の空って思うくらいわかんねえなぁ」



 嬉しさ半分。諦め半分。俺は珍しく弱気になっていた。

 やっぱり事故で怪我したのが意外とショックだったのかもしれない。仕事は中途半端に放り出したわけだし。溜まってた有休がどんどん消費されるわけだしな。

 

 そんなくよくよ悩んでいた時、意外な訪問者が現れた。 



「……あれ、確か井上さんですよね。なんでこんなとこに」


「お久しぶりです。一度、婚活パーティーで会っただけなんですけどね。茜から秋山さんが事故って運ばれてきたって聞いたからお見舞いに来ちゃいました」



 おどけて笑う井上さんはお茶目で可愛らしい。

「今日はリンゴを持ってきたんですよ」と言って椅子に座りリンゴを剥き始める姿は実に手慣れている。



「やっぱり新城さんと友達だったんですね。あのクリスマスの夜、ちらっと2人でいるの見えてたんですよ」


「あらそうだったんですか。あの時の茜って積極的だったでしょう? 私も学生時代からの付き合いですけどあんな茜初めて見ました」



 新城さんが俺を追いかけて来てくれて連絡先を教えてくれた時のことを言ってるんだろう。

 あの時は俺もはしゃいだなぁ、と遠い日を懐かしむかのように思いだしてしまう。あのまま行けたら新城さんとお付き合いできた気もしたんだが。現実はこれだからなあ。



「今日は秋山さんのお見舞いもあるんですけど。茜のことでお話したくて来たんです」



 切り終わったリンゴを小皿に盛ると井上さんは改めて俺の方を見つめてきた。



「たぶん迷惑をこうむってる秋山さんが一番感じてることなんだと思うんですけど。

茜ってめんどくさい子だと思いませんか?

 素直じゃないし嫉妬深いし。相手にしてらんないと思うのが普通の男性ですよ」


「それは、その。確かにそういった部分もあるかもしれないですけど――でも、新城さんは誰よりも優しい心があるのを俺は知ってます。

 ゴミ捨て場で倒れてた俺を助けてくれたのはあの人だけですから」



 そうだ。あの時プロポーズした気持ちに嘘偽りはない。それを俺は忘れてたかもしれない。

 井上さんは安心したような顔になるとさっきまでの態度がどこに行ったのか。急になれなれしくなってきた。



「やっぱり酔っ払いさんしかいないね。あの高齢処女の茜の面倒を任せられるのはさ」


「え、あの。井上さん急に口調が……」


「腹を割って話そうよ。酔っ払いさんも本当はそんな他人行儀な話し方じゃないでしょ。

 そういうよそよそしい態度じゃダメなの。茜みたいなめんどくさい子にはオラオラ系がいいんだって」



 オラオラ系って。俺は童貞なんだからその真逆の人生を歩んできた男だっての。そう気軽に女子に話しかけれない人生を歩んできたってのに。今更、修正を加えるのはなかなかに難しいぞ。



「はあ、まあ善処します。じゃない、善処するけどさ。俺ってまだ新城さんと結婚できる可能性あるのか?」


「うーん、結婚はわかんないけど付き合える可能性は高いね。でもそれは酔っ払いさんがリードしないと一生無理だね」


「で、できる気がしねえ」


「大丈夫! 茜には素直になるよう言っといたから。それにこの入院生活中はチャンスだって。この機会を逃す手はないね」



 なんだか自信満々に井上さんは喋ってるけど本当にできるんだろか。

 そんな心配げな顔を察してか。妙案を耳元で伝えてくれる。



「いやいや、ほんとにそれやるの!? 逆に嫌われる気がするのは俺だけ?」


「恋愛をまともにしたことない女は意外とメルヘンチックな部分があるからね。ぷぷぷ、茜の顔を想像したら笑えてきたかも」



 なぜだか急に始まった井上さんとの共同作戦は昼まで練られることになった。リンゴを互いにムシャムシャ食べながらの作戦会議は燃え上がり、俺の弱気な気持ちはどこかに飛んで行ってしまった。


 やってやろうじゃねえか。次こそ新城さん――いや、茜を落とす時が来たんだってな!

 決戦の火蓋は真昼間に切られようとしていた。

 

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