第20話 決着、そして
「うし、じゃあするか。キッスを」
「するわけないっすよ! なんで急に変なスイッチ入ってんすかもう!」
「いやもうこうなったらさっさとやって終わらした方がはえーだろ」
「先輩のその妙な肝の据わり方憧れないすけど尊敬はしますわ」
もうなんだか色々めんどくさくなってきた俺はやけっぱちになってんだよ。俺が覚悟を決めたんだから佐藤も覚悟を決めやがれっての。
とりあえず景気づけにビールを一気飲み。よっしゃ、これで酔いによる一時の間違いという免罪符を得た。あとは唇と唇を重ね合わせるだけだ。
「ちょ、ちょっと先輩! ほんとに顔を近づけんのやめてくださいって!」
「いいか佐藤。俺は……本気だ!」
「ほげええええぇーーー!!?」
佐藤の整った顔がだんだんと近づいてくいく。八代と最後にキスしたの八年前だから、久々のチューか。それがまさか男なんてな。
泣けてくるぜ。
唇が残り1cmと差し迫った時。今まで我慢していた豪太が爆発する。
「もういいです! もう……いいですよ。そこまでしてたっくんは私と別れたいんですね。
たっくんに好きになってもらう為に今まで頑張ってきたのがバカみたい。もう会うことはないですから安心してください、さよなら!」
豪太はそう言って出で行ってしまう。呆気にとられる俺と佐藤。これはこれで解決したってことなのか。
「やりましたね先輩。これで熱いベーゼを先輩と交わさないで済みそうっすよ」
「追いかけてくる。佐藤は先帰っていいぞ。礼は後ですっから!」
俺も急いで店を出る。佐藤が後ろで「お勘定払ってから行ってくださいよ!」と言ってるような気もするが後回しだ。
通りを窺っても豪太の姿はない。あいつガキの頃から足だけは速かったからな。
ったく、世話の焼ける奴だぜ。昔みたいに俺に迷惑ばっかかけんだから。
「あいつの行きそうな場所なんて東京じゃわかんねえからな。運に任して走るとするか」
東京の人混みをかき分けて俺は走る。携帯で連絡しても豪太はでやしない。あてもなく走り始めて数十分。どうやら俺は幸運の女神さまに愛されているらしい。
公園で1人ブランコに座る豪太がいた。
俺は黙って近づき隣のブランコに座る。存在に気づいた豪太は視線を合わせず吐き捨てる。
「私と結婚してくれないなら優しくしないでください。余計みじめになるじゃないですか」
「俺は豪太が好きだ。でもそれは人生のパートナーとしてじゃない。1人の友達としてだ。
正直、同姓に恋愛感情を持つ考えはよくわからんし理解する気もねえ。でもな、それを抜きにしなくてもお前の良いとこいっぱいあるよ。気が利くし料理は美味いし、愛嬌もある。
そこらへんの女よりよっぽど魅力的だ」
「だから友達でいようとでも言う気ですか? そんなの傲慢です。我慢しないといけない人間の立場を考えてないじゃないですか。
さっき佐藤さんとキスしそうなたっくんを見た時、私は心が張り裂けそうになったんですよ!」
目元に大粒の涙を溜めこみながら、こっちを睨んでくる。
でも、俺も折れる気はねえ。
「傲慢で結構! 俺は俺だし、豪太は豪太だ。俺から言えるのはこれからも友達でいてほしいってことだけ。
それを選ぶかどうかは、お前しだいだよ」
「たっくんはずるい。ずるいです。そんなこと言われたら私がどっちを選ぶかなんてわかりきってるじゃないですか」
うえーん、と泣き始める豪太を抱きしめてやる。今日だけは特別だ。明日からは普通の友達に戻れるよう俺も努力すっからよ。
「ぐすん、ぐすん。背中なでてください」
「しゃあねえなあ」
「あと頭も」
「おい、調子のんなし」
「えへへ、ばれちゃいましたか。
ありがとう、たっくん。私と友達でいてくれて。でも私、諦めませんよ。思い続ける権利は私にあるんですから」
目を真っ赤にしながら笑う姿はやけに美しかった。思わずうっ、と胸に衝撃を感じるほどに。いかんいかん俺はBLじゃあねえぞ。
よしよし、これにて一件落着。明日からまた婚活を再開しなきゃな。婚活アプリはもうこりごりだし。もう観念して結婚相談所にでも依頼するとしますかね。
豪太と2人で家へ帰るべく、公園から出ていく。さりげなく手を繋ごうとするが必死に回避。まったくもって油断ならねえ奴だぜ。
そんな風に意識がそっちに飛んでいたのがいけなかったのだろう。俺は暴走する自動車の存在に気づくのが遅れてしまう。
「あぶねえ豪太!」
「――きゃっ!」
とりあえず豪太だけでも逃がすしかない。突き飛ばしている間に車は目の前へ。俺は重たい衝撃と共に意識を失うことになった。
▼ ▼ ▼
目を覚ますと一面が白。どうやらここは病室らしい。
動こうとするが足に激痛が走る。目線をそっちにやればギブスで固定されている左足が目に入る。
「まじかよ……でもまあ生きてるだけ幸せか。とりあえず看護師さんを呼ばないとな」
足が固定されているせいで体勢を変えることができない。ナースコールを探したいがなかなか見つからなかった。
ごそごそ探している間に扉が開かれる。
カツカツ、と力強い足取りで現れた1人の女医。これ幸いと話しかけようとした時、俺は唖然としてしまう。
もう二度と会うことはないと思っていた意中の相手。俺が唯一プロポーズした存在――新城茜が気まずそうに立っていた。
「どうやら目を覚ましたみたいね。お久しぶり、元気にしてたかしら秋山さん」
「あ、はい。おかげさまで。足はこんな風になっちまいましたけど」
「ただの骨折だから安心して。一ヶ月もすれば歩けるようになるわ」
はい、と返事して沈黙が訪れる。
だってしょうがねえだろ。あの約束の日、新城さんは来てくれなかったんだ。今更、顔を合わしても気まずいだけだっつーの。
それは相手も同じなのだろう。新城さんは指先で髪の毛をいじっていた。
「なんというか凄い偶然ですね。ゴミ捨て場に婚活パーティー。さらには病院ってなかなかないんじゃないかな」
「ほんとね。神様ってほんと気まぐれだわ」
そう言って互いになんとなく微笑んでしまう。あれ? なんかいい雰囲気じゃね。これをきっかけにまた新城さんと関係を深められるかもしれんぞ。
だが、その希望は突然の乱入者によって簡単にぶち壊される。
「秋山先輩、大丈夫ですか!? 佐藤先輩に事故ったって聞いて慌てて駆け付けました!」
「たっくん大丈夫!? 私を庇ってくれたんだから一生面倒みます覚悟です! 尿瓶の取り扱いは任してください。得意なので!」
稲森と豪太は争うように部屋へ侵入してくる。そして俺が起きていることに気づき嬉しそうに抱きついてきた。
痛いって、こっちは折れてんだぞおい!
まあ心配してくれてたんだからしょうがないか。そう納得してた時、冷たい視線が突き刺さっていることに気づく。
「秋山さんはとっても深い関係の女性が2人もいるんですね。良かった。入院中その2人にたっぷりと甘えてくださいねっ!」
「あ、いやこれは違うですって新城さん――ああ、行っちゃったよ」
盛大な勘違いとはまさにこのこと。1人は男なんです、と誤解を解きたいのに俺の足は一歩も動かない。
ああ、もう俺は呪われてるんじゃないか。
この入院を機に俺と新城さんの関係は一体どうなるのか。波乱の入院生活がはじまるのであった。
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