第18話 第二次後輩恋人大作戦


 週明けの月曜日。働いている誰もが思う憂鬱な曜日だ。

 俺も例外ではなく、まったくもって低いテンションで出社していた。原因はもちろん月宮ゆあ、ではなく田代豪太である。


 そんな落ち込んでる俺に佐藤が話しかけてくる。



「先輩、今日は食堂行かないんすか? 先輩の好きな唐揚げ定食なくなるかもしれないっすよ」


「……今日は弁当があるんだよ」


「珍しいっすね自炊するなんて。料理男子でも目指すことにしたんですか」


「俺じゃねえ。作ってもらったんだよ」



 俺の返答に佐藤はアホ面を晒しやがった。まるで宇宙人を見たかのように。



「さすが数奇な星の元に生まれし先輩っすよ。僕の知らないとこで面白そうな事件が起きてる匂いがしますね」


「当事者は笑い事じゃねえんだよバカ野郎」


「あはは、そんな怒んないでくださいって。ダッシュでパンでも買ってくるんで待っててくださいよ!」



 佐藤はこれから人の不幸話を聞けるのが嬉しいのか。スキップしながら部署を出て行きやがる。

 くそ、あいつ奥さんに束縛されてるからって俺でストレス解消しやがって。

 とりあえず待ってやるか。可愛らしいキャラクター物の風呂敷に包まれた弁当を開けずに放置しておく。


 佐藤と入れ替わりに声をかけて来たのは稲森だった。

 申し訳なさそうな恥ずかしそうな、ごちゃ混ぜにしたような顔をしていた。



「金曜日はご迷惑おかけしました……私、秋山先輩に失礼なことたくさんしましたよね。

 ごめんなさい。私、緊張してお酒飲むと酔いが早いみたいで」


「ああ、あれか。いいよいいよ飲ませすぎちゃった俺が悪いし。気にすんなって。

一応聞いとくけど酔ってる時の記憶あったりする?」


「うぅ、実は何も覚えてなくて。恥ずかしいです」


「いいんだ。でもそっか。じゃああの時の写真は俺だけの家宝にしとくかな」



 酔っ払った稲森とのツーショット。あの日の飲みは楽しかったし、後輩と仲良くなれた記念日だ。わざわざ稲森が恥ずかしがるような写真を見せる必要もないだろう。


 でも俺の言葉が気になるのか。稲森は見せてくださいと何度もねだってくる。

が、意地でも見せてやらん。俺だけの記念日なんだからな。



「もう! 秋山先輩のけちんぼ!」


「はっはっは。後輩の罵声が気持ちいいぜ。まあでも、この前の飲みは楽しかったよ。

 また今度行こうな」


「――っ、はい!」



 お酒を一緒にまた飲めるのが嬉しいのか。稲森は喜んで返事をした。

「私、今日も食堂なんですけど秋山先輩は行かな――」



 稲森の視線が俺の弁当に注がれる。

 あれ、なんか空気が重い。さっきまでのほがらかな雰囲気はどこにいったんだ。


 そんな時、ようやく佐藤がパンを袋にぶら下げて現れやがった。



「さあさあ先輩。その弁当を作ってくれた女性について面白い話を聞かせてくださいよ。

 って、あれ?稲森ちゃんもいるんだ」


 稲森は佐藤の言葉を聞いてピクリ、と体が反応していた。

 無言で俺の隣のデスクの椅子に座ると。佐藤が買ってきたパンを勝手に頬張りながらこう言い放った。



「私も気になります。早く話してください秋山先輩」


「あ、それ僕のパンなんだけど……いえ、なんでもないです」



 稲森に目で黙らせられる佐藤。よえー先輩だなおい。

 しっかし俺も謎のオーラをまとった稲森には逆らえない。


 どうしてこの弁当が作られるに至ったか。俺は懇切丁寧に話し出すのだった。




 ▼  ▼  ▼




「つまりその幼馴染の男が田舎に帰らず家に転がり込んできて同棲状態だと。

 しかも家事を全部こなしてくれて更にはこんな可愛いハートマーク付きの弁当をこさえてくれたと。

 いやはや、さすが先輩。面白いこと起きすぎっすよ」


「笑い事じゃねーっての!俺はいつ掘られるか心配でまともに寝れねえんだからな!」



 くそ佐藤め。俺の苦しみを笑いやがって。いつか痛い目にあわしたる。


 黙っていた稲森が心配そうに言ってくれた。



「その豪太って人は本当に秋山先輩が好きなんですね。

 このまま同棲を続けると結婚する可能性があるってことになっちゃいますよ。

 そうなると秋山先輩がBL……ふふ」



 前言撤回。稲森は変な妄想して笑ってやがる。俺の妹と同じ人種かこいつは。

 はぁ、俺の後輩2人が頼りにならなすぎだろ。


 しっかしどうしたものか。このままじゃいかんというのに。

 いくら可愛いゴスロリっ子でも中身は男だ。チ◯コがついてんだ。それがいいとかいう人間も巷にはいるらしいけどよ。


 俺はノーマルなんだっつーの!



「稲森ちゃんとの偽恋人が失敗してるんすもんねえ。こうなったら男の偽恋人でも作ったらどうです先輩」


「あほか! なんで俺が男と恋人にならねえといけねえんだ……いやまてよ? それが最善策かもしかして」


「いえ、絶対違うと思いますけど」



 稲森が的確にツッコムが無視だ無視。

 俺は佐藤の両肩をがっしり掴む。これでもかと言わんばかりにがっしりと。



「な、なんすか先輩……変なこと考えてないっすよね」


「いやぁ、俺はいい後輩を持ったよ。先輩のために体を捧げてくれる情のあつい男がいてくれるだなんてなぁ」


「い、いやだぁ! 僕は常に傍観者で笑っていたいんです!ホモの三角関係なんて死んでもいやぁぁぁ!!」



 ふふふ、無駄だ佐藤。社会において先輩と後輩の関係は絶対。

 お前は俺の命令を聞くしかないんだよ!



「佐藤先輩×秋山先輩。いえ、違いますね。やっぱり秋山先輩は受けだから秋山先輩×佐藤先輩しかないです、ふふふ」


「稲森ちゃんなに考えてんすかぁ!

 あ〜、どうして僕はあんな不用意な言葉を言ってしまったんだ」


「諦めろ佐藤。とりあえず今夜、俺とデートだからよろしく頼むぞ」



 真っ白に燃え尽きた佐藤はその場で崩れ落ちた。さんざん人の不幸を笑った罰だこの野郎。

 よし、これで対策案は成った。みてろよ月宮ゆあ。いや、田代豪太!


 それはそれと別にして美味いなこの弁当。豪太の愛情弁当に思わず感動してしまったじゃねえか。


 こうして騒がしい昼の休憩時間はあっという間に過ぎていった。




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