第16話 後輩恋人大作戦②
「わー、凄い。星が綺麗れす!」
「いや、あれは飛行機の明かりだって」
飲み屋を出ると冷たい風が出迎えてくれる。冬の夜の雰囲気って好きなんだけどな。泥酔した後輩でぶち壊しである。
千鳥足な後輩を体で支えるが。あっちにふらふら。こっちにふらふらでまったく進まない。
このままじゃ終電間に合わないんですけど!?
「せんぱ~い。写メ取りましょ写メ」
「今この状況で言うかそれを」
「だってせんぱいが変なメンヘラ女をひっかけるからじゃないれすか。証拠の写真が必要なんれすよね」
「ああ、そういえばそうだった。あまりの絡み酒っぷりに忘れてたよ」
しっかしこの酒で火照った笑顔満開顔と写真撮って彼女と信じてくれるのだろうか。俺が見たらただの酔っ払いどうしの写真としか思わんぞ。
だけどまあせっかくだから撮っとくか。稲森の意外な一面を知れた記念日ってことで。
カメラを向けると稲森の顔がくっつきそうなくらい近づいてくる。血色のいい白い肌はきめ細かくて。これが若さか、と言わんばかりにみずみずしい。
俺にもこういう時があったんだよな。としみじみ思う。
「ほれ、撮るぞ」
「ピースピース!」
「はしゃぎすぎだろ。キャラ崩壊してんぞって今更か。ほい、ポチっとね」
パシャリと1枚いい感じに撮れた。こうしてみると俺も楽しそうに笑ってらあ。今夜は楽しかったもんな。
よし、じゃあ帰るか。急いで帰らないと終電逃しちゃうからなって……地面に座り混むんじゃないよ稲森くん!?
「立てって。電車なくなっちゃうぞ」
「抱っこしてくらさい。あの時みたいに。抱っこ」
「幼稚園児かっつーの。そういえば抱きかかえたこともあったけか」
年が明ける前にそういえばそんなこともあった。まだ稲森と打ち解ける前だったなあの頃。
あの時はまだ意識してなかったからああいうことができたが今は……。
俺は稲森を駅に連れていくことは諦め、大通りを走るタクシーに全力で手を振る。
「ほれ、タクシーが来てくれたぞ。お金は1万渡しとくから」
「や! せんぱいも!」
「俺は逆方面だっつーの!」
押し問答しているうちにタクシー運転手がしびれを切らしている。視線がだんだんと突き刺さるように痛い。
くそ、しょうがねえ。こうなったら家へ送り届けて。そのままタクシーで家まで帰ろう。とほほ、痛い出費だよ。
稲森を抱え上げ無理やりタクシー内へ。なんとか住所を聞き出しようやく発信し始めた。
肩に重さを感じると稲森がすうすう寝ている。幸せそうに寝るねえこの子。
「あ、やべ。月宮ゆあに返信するの忘れてた」
慌ててアプリを立ち上げるが意外にも連投はされてないしリスカ痕画像もない。最後に送られた内容は『明日東京駅に11時に着きます。会ってくれますか?』だった。
ハートマークもないし真剣なのだろうか。婚活アプリに安易に登録した責任があるからちゃんと会ってみないとな。明日は明日で忙しくなるだろう。
タクシーの料金メーターが財布に痛いぐらいになった頃、ようやく稲森の家に到着した。
オートロック付きのマンション。しかも築浅っぽい。やっぱ女子だとセキュリティは気にするよな。
タクシーの運ちゃんに待ってるようお願いしておき、稲森を抱え上げマンション内へ。
鍵はポケットの中にあったから助かった。
階数は6。扉の鍵を捻る行為に、なんだかいけないことをしているような気がしてくる。そういえば八代の部屋に行ったことはなかったから。つまりこれが初めてなのでは?
「……おじゃましま~す」
謎の罪悪感を振り払いとりあえず中へ。早くしないとタクシーの料金メーターがおそろしいことになるからな。
電気をつけ明らかになった室内は、綺麗に整った1Kの部屋。年頃らしい小物も置かれているけどなにより目についたのは、ベットのに置いてある大きなカエルのぬいぐるみ。
なかなかに珍しいセンスをしてるな。
「ほら稲森。部屋に着いたぞ」
「んっ……」
なんかエロい疼き声が聞こえてくるんですけどぉー!! 童貞には目に毒ならぬ耳に毒だよこれ。
俺も男だ。変な気を起こす前にさっさと退散しよう。抱き上げていた稲森をそっとベッドに降ろす。
「……せんぱい」
ただの寝言。首に両腕がかけられるがこれはただの寝ぼけ。そう断じないと道を踏み外そうな自分がいる。
まあ童貞は踏み外そうにもやり方がいまいちわかんないんだけどな! 怖気づいちまうっての。
そっと優しく腕を解き、巨大なカエルを代わりに抱きしめさせてやる。
普段抱いているからか寝顔は気持ちよさそうにほほ笑んでる。
「黙って寝てくれて助かった。コートとスーツがよれちまうけどしょうがないよな。って、俺も急ぐか。タクシーの料金メーターは止まってくれないからな」
お休み、と小さく声をかけ俺は部屋を出ていく。カギはポストに入れておきその旨を稲森のスマホに連絡しておく。
タクシーに乗り込みようやく我が家へ。時刻はとっくに深夜を回っている。今日は予想外のいい日だった。
次会う時の稲森を楽しみにしておこう。そういい感じに1日が締まろうとしてるってのに。
「お客さん料金1万7千円ね」
「あ、はい」
最後の料金メーターは俺の財布をだいぶ軽くしてくれやがった。
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