第15話 後輩恋人大作戦


 次の日。夜の東京は暗闇を感じさせないほど光輝いている。花金だからか大勢で飲んでいる人たちがちらほらと。

 隣を歩く稲森にそのことを言うと不思議そうな顔をされてしまう。



「はなきんって何ですか?」


「あー、そっか。もう死語なんだな。俺もバブル入社組の先輩に教わった言葉だし。

 土曜日が休みでなにも気にせず酒が飲めるから、はなの金曜日ってことになったらしいぞ」


「そうだったんですか、知らなかったです。私が物心ついたとき土曜日は当たり前のように休みでしたし」



 スーツの上にグレーのロングコートを着て歩く稲森は感心しながら歩いてる。

 とても似合っているのだが、どうもまだ就活生に見えてしまうのは俺だけだろうか。まだ初々しい証拠なんだろうけど。


 さて、今俺はデートをしている。大学時代の最後のデートを考えれば8年ぶりのおデート様だ。

 相手は後輩といえどもやっぱり少し緊張する。ここは先輩として立派にエスコートしてやらないといけないからな!



「あの、先輩。今日のデートってお付き合いしている写真を撮って、婚活アプリで知り合った女性を諦めさせるのが目的なんですよね」


「そうなんだよ。付き合ってくれてありがとな。

 今も10分ごとにチャットが飛んでくるから困ってんだ。できれば穏便に解決したい」


「でもそれって火に油を注ぐ展開になるような気もするんですけど……」



 心配げにしてる後輩を安心させるように俺は自信満々に言い放つ。



「大丈夫だって。さすがに女を匂わせるような男に会いにわざわざ来る奴なんていないでしょ」


「は、はい。そうだといいんですけど」


「まあとりあえずご飯でも食べにいこっか。何か食べたいものある?」

 

「えと、じゃあイタリアンでも」


「おっけ。でも、ちょっと待ってな。俺あんまりそういう店行ったことがなくてな」



 俺が外食する時なんて牛丼屋かファーストフード、うどん屋ぐらい。そんなしゃれた店、何年も行ってねえからな。

 慌ててスマホで検索する。


 稲森はわざわざ付き合ってくれてんだ。せっかくだし美味しい店に連れてってあげたい。この際、少しくらい高くてもいいだろう。

 ちょうど星4.0の店が歩いて10分の所にある。



「待たせてすまん。いこっか」



 頷いてくれた稲森と店へ向かう。

 デートの基本は飯だしな。まずここで楽しんでもらうのがいいだろう。そう思っていたのに。



「すいません、ただいま満席でして。だいぶお待ちしてもらうことになるのですが」



 店内はカップルや夫婦で埋め尽くされている。ああ、そうだよな。花金なのは男女の付き合いだって同じことだもんな。

 今の時間、7時半。あんまり遅くまで付き合わせるわけにはいかない俺は、別の店にすることにした。



「すまん! あんまり評価高くないんだけど別の所でいいか?」


「大丈夫です。そんな気にしないでください」



 次に目を付けた店は駅の反対側。さっき来た道を戻らないといけない。

 なんとか歩いて店に着くと、そこでも満席だと告げられてしまう。


 やっちまった……こういう日は予約なりなんなりしておかないといけないんだった。しばらく男女交際してないせいでそんな基本のことすら気づけない。

 反省しないといけないな。



「本当にすまん! ヒールで歩くの大変なのに段取り悪くて。情けないよな、もうこんな歳なのにスマートじゃなくてさ」


「そんなっ、大丈夫ですよ! まだ全然歩けますから。それに情けなくなんてないです。先輩の良いところはもっと他にあるんですから。

 私はそれをわかってるつもりですよ」



 ぐだついた空気を打ち消すかのような稲森の笑顔。暖かい言葉に俺の心は暖かくなる。

 いい子だよな稲森って。こういう子と付き合える奴は幸せもんだろうな。



「ありがとな。俺も稲森のいいとこまた1つ見つけたよ」


「えぇ、どこですか!? 私、そんな褒められるところなんて」



 汗、汗と慌てている稲森。なんだかなごむなあ。

 そういえば近くにいきつけ飲み屋があるのを思い出す。前に稲森と酒を飲む約束をしたしちょうどいい。

 今日は可愛い後輩と1杯行きますか。


 稲森も居酒屋でいいみたいだ。

 店内を覗けば混んでるけど、なんとか座る場所があった。おっさんの笑い声にタバコ臭さのコンボはどうみたってデート向きじゃないけどしょうがない。

 カウンターに腰かけ頼むのはもちろんビール。



「稲森はなに飲む? ハイボールとかサワーもあるぞ」


「いえ。芋焼酎でお願いします。お湯割りで」



 ――!?? え、まさかの酒豪キャラなのか……?

 意外な注文に驚きが隠せねえ。

 

 つまみとして適当に何品か頼み、酒はすぐに運ばれてくる。コップとコップを重ねて乾杯だ。



「今週もお疲れさんでした」


「はい、お疲れ様です」



 ゴク、ゴクゴクっと飲むビールはもちろんうめえ。スピードメニューのたこわさと冷やしトマトがまたいいんだよな。

 稲森もどうだ? と、声をかけようとしたら。既にコップを空にしてやがる。


 え? ザルですかあなた?



「すいません同じのおかわり」



 はえー! なんなんだこれ。このままじゃ先輩の威厳ってもんが崩壊しちまうぜ。負けじと俺もビールを飲み干し、お代わりを注文する。



「稲森ってどこの出身だったけか?」


「鹿児島です。家族みんな芋焼酎が大好きで」


「あー、うん。なんとなくわかるよ」



 まさかの酒豪一家。サラブレットすぎるぜ。

 こんな身近に酒が大好きなやつがいるなんて。もっと早く誘えばよかったな。


 追加料理も運ばれてきて腹ペコなお腹がどんどん満たされてくる。稲森は食欲もザルらしく。刺身や焼き鳥をバクバク食べていく。

 はて? 昼の食堂じゃいつもこんな風じゃないんだけどな。



「気持ちのいい食べっぷりだな。昼でも同じくらい食えばいいのに」


「……ヒック。え、せんぱいなにか言いましたぁ?」


「もう酔ってるし!?」



 おいおいおい。ザルなのは結構だけど酔うのも早いってどういうことだよ。飯をバクバク食べるのも普段は我慢しているところを酒で解放されたに違いない。

 稲森も裏では色々と我慢してるんだな。そうしみじみ思ってると突然、肩を組まれる。


 あの……お胸が当たってるんですけども。



「せんぱいはもっと女性に自信を持てばええんれす! わざわざ婚活する必要もないれす! せんぱいは社内の女性社員の中で評判けっこういいんれすから!」


「お、おう。ありがとな。でも社内恋愛はなにかと難しいからなぁ」


「そんなことないれす!! もっと踏み込んでくれたら私だって……」



 最後の方は尻切れトンボのように聞こえない。そこで稲森は黙ったかと思うといきなり叫ぶ。



「芋焼酎お代わりれす!」


「いや、もうやめとけって。このままじゃ帰れなくなっちまうぞ」


「なんれすか。私と一緒に酒が飲めないんれすか!?」



 なぜか怒られる俺。こういうの理不尽っていうんだよな。

 結局、絡み酒全開の後輩に終点まで付き合うことになってしまった。


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