第4話 始めての婚活パーティー①
日曜の朝は清々しい快晴だった。特に趣味のない俺は日課のランニングをかかさない。1人暮らしで病気になったら目も当てられないからな。社会人は体が資本なのだ。
朝食はいつもランニング帰りに買うパン屋さん。ここのカレーパンは絶品である。朝のニュース番組を観ながらパンを片手にスマホをいじる。
「婚活の心得その1。服装は無難にスーツねえ。Gパンにダウンじゃだめなのか。楽なんだけどな」
ネットで婚活パーティーの知識を学んでおく。1万円を払って失敗したら大損だからな。対策はしっかりとやってやる。
会話は相手7割、自分のこと3割とか色々書いてるけどできる気がしねえ。
そもそも俺は女性経験の少なさゆえ、異性としてみる女にはまともに喋れねえんだ。
大学時代のトラウマでいっとき女性不信だったせいもあるんだけどな。
こういう時、頼れる相手といえばあいつくらいか。スマホの電話帳から目的の相手を見つけ電話をかける。なかなか繋がらない。さてはあいつ寝てやがるな。
ん、ようやく繋がった。
「なーに兄さん、朝っぱらから。せっかく気持ちよく寝てたのにさぁ」
「もう8時なんだし普通だろ。そんなことより、俺の相談にのってくれ」
「藪から棒だなぁほんと。兄さんが私を頼るなんてスイーツを一緒に食べに行く以外にあったっけ」
俺はこう見えて甘党である。だけど1人で可憐なケーキ屋に行く勇気はない。そういう時はいつも妹の柚葉を頼っていたのだ。
「今回は別だ。実を言うとだな、俺は人生で始めての婚活パーティーに参加することになった」
「……」
「おい柚葉、聞こえてんのか」
「ぶっふうぅぅぅ!!! 兄さんが婚活パーティー!? めっちゃくちゃ笑えるんだけど!」
キャハハハとかん高い笑い声を上げる妹はたぶんすっごい馬鹿にした顔をしているだろう。
あいかわらず腹の立つやつだぜ。
「あー、笑った。ついに兄さんも結婚に前向きになるお年頃とはね」
「うっせ! こっちにも色々あんだよ!」
「はいはい。それで、私に何を手伝って欲しいの?」
なんだかんだで真面目モードに入ってくれる柚葉。兄として言いづらい部分だが意を決して伝える。
「……女とうまく喋る方法を教えてくれ」
「今喋ってんじゃん」
「お前は別腹なんだよ!! もっとこう初対面の場合に限った話だ」
「うーん、喋る方法ねえ。
私がコミュ障気味の男の子と喋る時に思うんだけど、慌てすぎなんだと思う」
こいつさりげなく俺をコミュ障にしやがったな。
「別にこっちは急いでないし。もっとリラックスしてくれたらなっていつも思うよ。
つまり自然体だよ自然体。それなら喋りたいことって勝手に出てくるから」
「なんか柚葉にしては大真面目な意見じゃねえか」
「可愛い妹もたまには兄のために真剣になりますとも」
なんかジーン、と来た。年の離れた妹のありがたさを感じるぜ。
自然体ねえ。でもそれが1番なのかもな。だって結婚相手を探してんだ。緊張してたらいつまで経っても他人のままなんだろうな。
よっしゃ、これで今日の方針は決まった。あと話しておきたいことは1つだけある。
「そういや大学受験の勉強は捗ってんのか? レベルの高いとこなら東京の大学でもいいって親父も言ってんだし頑張れよ」
「もっちろん! 最高のキャンパスライフを送るために努力は惜しみませんて」
「おう、頼もしいな。合格したらなんか欲しいもん1個買ってやるから楽しみにしてろ。
あ、でもあんまり高いもんは駄目だぞ」
「ぶー、けち。でもありがと。
今日は婚活パーティーなんだもんね。気立てのいい奥さん見つけてきてね」
「任せとけって。じゃ、またな。婆ちゃんたちによろしく言っといてくれ」
オッケー、という妹の返事を聞いてから通話を切る。
そろそろ髭剃ったりして身だしなみ整えとくか。だんだん婚活パーティーに行くという実感が湧いてきて緊張してしまう。
「こんな緊張すんの就活以来かもな、はは」
決戦は19時。俺はそれに向けて邁進するだけだった。
▼ ▼ ▼
新宿は人がゴミのように多い。日曜日だといつもの倍はいる気がするからなおさらだ。
周りはクリスマス気分で浮かれているやつばかり。1人で歩く俺の肩身はだいぶ狭い。
結局、クリーニングに出していた紺のスーツを引っ張り出し明るめのネクタイに靴を用意した。
髪はワックスで固め、普段は適当に髭を剃るのだが今日は念入りに。ここまで頑張ったのは久しぶりだ。
婚活パーティーの会場は雑居ビルの一角にあった。
エレベータで3階を押し、扉を開くとそこは別世界が広がっていた。悪い意味で。
店員はサンタクロースか鹿の仮装をしているし。部屋を飾る雑貨はクリスマスのために急ごしらえで用意したのが丸見えだ。
大丈夫かこれ?と、思ったのは俺だけじゃないだろう。
2人席は大量に用意されちらほら座っている人たちがいるのがわかる。
俺も店員に誘導されるがまま席に着く。どうやら最初は男女分けているみたいだ。
友人と来ている男たちもいるようで楽しそうに雑談している。こういう気まずい場では羨ましい限りだ。
しかしまあ俺がいうのもなんだけど奥手そうなやつからネジ一本外れてそうなやつまで色々いんな。
でも、俺も人から見たら同じ部類だろう。多分、この中で俺が1番奥手で臆病なやつだから。
「それでは全員揃いましたのでグリマス婚活パーティーを始めたいと思います!
はい、みなさん拍手!」
司会の妙齢なお姉さんはゴリ押し笑顔で会場を盛り上げようとする。
まばらな拍手はまさに会場にいる人間の気分を現してるようだ。
お姉さんも若干、顔が引きつっているように見えるのは気のせいじゃないだろう。
「では、お時間も限られているので早速、始めさせていただきます!
女性陣はそのまま席にお座りいただき、男性陣が順番に5分ごとに移動してもらいます!」
おいおい5分で何を話せっていうんだよ。挨拶するだけで終わりそうだっつの。
婚活パーティーってのはだいたいこんなもんなのだろうか。
とりあえず指示された席へ移動する。机には男女両方の飲み物が置かれ、軽い軽食も置いてある。
席に座った向かいにいる女性は、ショートカットで明るそうなタイプの20代前半だろうか?
女の化粧は簡単に年齢を誤魔化せれるから困る。
「では、お互いの婚活エントリーシートを交換して、トーキングタイムスタートです!」
お姉さんがそういうと和やかな音楽が流れ始める。
唐突に始まるな、おい。
とりあえず前の席の方とエントリーシートを交換する。名前は井上美奈子28歳か。見た目が若々しいからもっと下だと思った。
仕事は歯科衛生士。自分が詳しくない業種の人は興味があるけど、何から話たもんか。
チラッとうかがい見ると井上さんはニコリ、と笑った。う、可愛い…緊張してきた。
「秋山さんは証券会社にお勤めなんですね。凄いです」
「い、いいい、いえ。名の知れたとこに比べたら三流ですから」
「そんなことないですよ。立派に働かれてる方なんだなって」
「ははは、そうですかね……はは」
シーンと、場に沈黙が訪れる。やばい、俺が全然話を膨らませてないぞ。
むしろつまんない返しばっかで恥ずかしい。何か言わなきゃと頭を回転させるがそんな簡単に出てきたら苦労はしない。
そんな風に慌てていたら井上さんが「緊張してます?」と優しく問いかけてきた。
「お恥ずかしながら女性経験が乏しくて。申し訳ないです」
「いえ、そんなことはないですよ。いつ頃から彼女とかいらっしゃらないんですか?」
「実は大学時代付き合ってからそれ以降は一切ないんです」
やばい。正直に話して引かれてないだろうか。30歳になってこんなんじゃ男として恥ずかしいよな。
だが以外にも井上さんからの反応は好意的だった。
「そういう正直なとこポイント高いな。秋山孝之さんか。覚えてきますね」
「は、はい。俺も井上さんみたいな優しい人ならすぐに結婚できると思います」
俺のその言葉に井上さんは意味ありげにニコニコしていた。ん? なんかあるんだろうか。
おかげでなんだか緊張がほどけてきた。次はこっちから話をしよう。そう思ったとき司会のお姉さんが終了を告げる。
どうやらもう席を移動しないといけないみたいだ。
井上さんにお礼を言って次の席へ。うし、じゃあ反省を踏まえて頑張っていくか!
気持ちを新たに俺は婚活パーティーの気合を入れるのであった。
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