第3話 後悔先にたたず
「んで。それからどうなったんすか先輩」
「冷たくあしらわれて去って行っちゃったよ。はぁ、やっぱりあんなこと言うんじゃなかったな」
「そりゃそうですって。いきなりプロポーズされて喜ぶ女なんてそうそういませんから。
ましてやゴミ捨て場ですし」
「だよなぁ……」
オフィスビルの休憩室。昼飯を済ませた俺は佐藤とコーヒーを一服していた。
どっちもタバコは嫌いなのでこういう時はちょうどいい。
イケメンだし愚痴も聞き上手だし、モテるわけだよ佐藤は。
それに比べて俺は
「どうせ俺の顔は中の下だよこんちくしょう!」
「下の下と言わないところに先輩のプライド感じますわ」
「うっせ! 見栄ぐらいはらせろ。
あー、どうしよ。もっと上手くやれば連絡先聞けたかもしれないのによ〜」
頭をぐしゃぐしゃとかいてしまう。
後悔してもしょうがないのに。人間は後悔する生き物なんだからしょうがない。
というわけで。
「佐藤なら可愛いい女の子の友達いるだろ。誰か紹介してくれ」
「いやもう、誰でもいいんじゃないすか」
「とりあえず童貞捨てなきゃ結婚どころじゃないだろが。だから経験豊富な子頼む」
「それなら風俗行ってスッキリしてくればいいのでは」
チッチッチ、と。俺は人差し指をふるう。
「素人童貞は勘弁」
「ああもうめんどくさい人ですねほんと!
というか童貞かどうかだなんて気にしない子もいますよ。今は30代でも処女がいるっていうくらいですし」
「マジ?」
「マジよりのマジです。だからもう婚活パーティーとか行ったらいいんじゃないすか?」
佐藤がそう言って見してきたスマホのサイトはクリスマス限定婚活パーティー。
男の参加費1万円。女の参加費5千円と書いてある。
前から思ってたけどよ。男女平等とかいいつつ男ばっか値段高いのなんとかしろし。
「男女合わせて50人参加か。心細いから佐藤も来てくれよ」
「嫁に殺されますって。それくらい1人で行ってください」
「しゃあねえなあ。さっそく申し込むか」
スマホで予約しようとすると残りの参加可能者がちょうど1人しかいなかった。
「婚活パーティーって本当に流行ってんだな」
「現代人の悩める結婚事情を現してますね」
「へっ! やったろうじゃねえか。でっかい鯛を釣り上げてくるから楽しみにしてろよ」
「先輩の無駄にポジティブなところ嫌いじゃないっすよ。期待して待ってます」
両目で確認しあい腕をがっつり組みあう。これが男の友情ってもんだ。決してBLなんかではないぞ婆ちゃん。
さて。仕事をさっさと終わらせて明日の婚活パーティーに向けた準備をしますか。
そう考えていたのに、こういった時ほど事件は起きる。
「ごめんなさい、ごめんなさい! 本当にごめんなさい!
私が発注の数字をゼロ1つ間違えたからこんな時間まで秋山さんを付き合わさせちゃって申し訳ないです」
時刻は12時を回っている。今からダッシュでオフィスを出れば終電に間に合うギリギリなところ。
謝罪の言葉なんてどうでもいいから早く帰らしてくれ。今年入社の新人、稲森由香里さんよ。
「あの、お礼に今度ご飯でもどうですか? 近くに美味しいところを知ってるんです」
キッシュがチーズたっぷりで太っちゃうんですけどね、と。はにかむように笑う稲森さんは実に可愛い。
まだ学生気分が抜けてない垢抜けなさが逆に魅力的だ。
だが、俺はこの子が苦手だったりする。なんかこうやりづらいのだ。最近の若い子って何考えてるかわかんないしな。
こういうこと考え出したらもうおっさんであると思いつつも。
「いいよいいよ。新人はミスするもんだし。先輩は尻拭いするもんだ。
これからも頑張って働いてくれるのが1番嬉しいって」
「……っはい! 秋山先輩に褒められるよう頑張ります!」
「おうおうその調子だ。んじゃ時間も時間だしさっさと帰るぞ」
なんだかやる気になってくれたようだ。教育担当係としてはやる気がある新人というだけで助かる。
佐藤はやる気のない有能なやつで手を焼いたもんだ。
スーツの上にコートを羽織って外へ。走ろうと思ったが稲森はハイヒールを履いていることに気づいてしまった。
め、めんどくせえ。なんで女にハイヒールを履くことを推奨するんだ日本って国は。
流石に昨日も家まで歩いて今日も歩くなんて勘弁だ。こうなったら最終手段をとらせてもらうぞ。
「稲森、ちょっと失礼するぞ」
「へ? 秋山せんぱ――きゃっ!?」
いわゆるお姫様抱っこ。
予想よりも軽い稲森は何が起こったかわからず慌てている。
すまん。でも、こうした方が手っ取り早いんだ。これなら稲森も終電間に合うしwin-winだろ。
「しっかり掴まっとけよ稲森さん!」
「え、えええー!!?」
深夜になっても東京は絶対に人が歩いている。何事かと周りの人間が見ている気がするが関係ねえ。
こちとら終電がかかってるんだからな!
「せせせ、先輩! 恥ずかしいです!」
「我慢しろ! もうすぐ駅に着くから!」
なんとか終電3分前に駅に着いた。稲森さんを地面に降ろしてやる。
「稲森さんは確か俺の逆方面だったな。俺はこっちだから気をつけて帰れよ」
「ひゃ、ひゃい。秋山先輩も気をつけて」
さっと別れを済ませ階段を猛ダッシュ。なんだか稲森さんの顔が赤かったような気がするのが気のせいだろう。
うし、電車が来たぞ。明日に向けて色々と対策を練らなきゃな。
電車の扉に映る自分を眺めながら、昨日の水をくれた女のことを思い出す。
「……綺麗だったな。それと優しいし」
酔っ払いにも躊躇せず助けに来てくれる人間がどれほどいるだろうか。この無関心な世の中ならなおさらだ。
もしそんな人がいるなら、心が綺麗な人に違いない。
また会えたら今度こそ。大都市東京でまた会える確率はゼロに等しいけど。
俺はそう考えずにはいられなかった。
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