第50話酒場での魔獣の売買

 ユーリアがいない中、カフェに残された面々はすぐに宿屋の一室に戻った。


 店長から翌日の酒屋の案内が書かれた紙を預かり、ウルトによる情報共有が行われた。


 一晩帰ってこないユーリアに業を煮やしていた面々だが、魔力隠蔽している上で結界まで貼っているのか、全くユーリアの痕跡が残されていなかったのだ。


 夜間の探索活動は、敵に警戒される可能性もある為、控えなくてはならない。


 肝を冷やしていれば、翌日の朝ユーリアは元気に扉を開けて部屋へと戻ってきた。





 *


「皆ごめーん。治療したらさっさと帰ってこようと思ってたのに、魔力切れで動けなくなっちゃった」


「ユーリア様! ご無事でしたか……。あの者の後を追ってなかなか帰られないから、ご心配したのです」



 フェリクスはユーリアに歩み寄り、片膝をついて安堵した表情を浮かべる。



「本当に何やってるんだ! 敵かも味方かも分からんやつに治癒魔法をかけるだけでなく、魔力切れになるなんて……。こっちは生きた心地がしなかったというのに、何を呑気な事をしているのだ!」



 エドガーからは拳骨をもらう。痛みに嘆いていると、ウルトが小狼の姿からおじいさんの姿になり、すんすんと匂いを嗅ぐ。



「全身あの狐の匂いだらけではないか?

 それにその首元の傷……。魔力を取られましたね?

 ユーリア様は、もう少しご自分のお身体を大事にされてくだされ!」



 ユーリアはウルトの言葉に首元を急いで隠すと、ジリジリと詰め寄る面々の圧力に、扉の方に後退りする。



「ユーリア! 見せてみろ! 噛まれたのか?」



 エドガーに手を掴まれ、フードをとられ髪を後ろへ退けられると、そこにはラディムによりつけられた傷痕が、そのまま残っていた。


 急いで帰ってきたので、治癒をせずに来てしまったのだ。


 ユーリアは視線を彷徨わせながら、なんと答えるか迷っていると、ジョエルがそばにやってくる。



「あら、本当……何もされていないのよね?」



 エドガーからもフェリクスからも睨まれる。

 そこにアモンが余計な一言を言う。



「いいじゃねえか、一晩男といたんだ。匂いがついてても仕方ねえだろ?

 ましてや首元に歯を突き立てられるくらいだぁ。

 野暮なこと想像すんなや。」



 今度は一斉に皆の視線がアモンへと集中する。

 ユーリアはアモンを睨みつけると、その場から逃げる。



「ラディムは全く動けないくらいに、体力も魔力も失ったのよ。

 あの魔法はそんな簡単に回復しないわ。

 魔獣であっても完治までには数ヶ月かかる。

 朝には少し動ける程度は回復してたみたいだけど、ちょっと引き寄せられて、首に歯を立てたれて、血を舐められただけだから!

 皆が誤解しそうなこと言わないで!

 お風呂いってくる!」



 ユーリアの言葉に、エドガーは再び怒りが再燃し、怒鳴る。



「お前はもう少し、身を守れ! いろいろと油断しすぎなのだ!」



 ユーリアは舌を出すと、さっさと準備して風呂場へと向かった。



「エドガー落ち着きなさい。まあ、ユーリアの無防備さなんて今に始まった事じゃないじゃない。

 それよりも、今はラディムの力が弱っている。

 今晩の話し合いもそこまで気負いしなくてもいい。いきなり、攻撃される事はないでしょう。

 奴がどんな話を切り出すかは分からないけど、ウルトの話を聞くにクラウディア様に仕えていた事があるのだから、ある程度は話のわかる奴だとは思うけど……不安ね」


「ジョエル殿、その通りじゃ。あやつは話の裏で何を考えているか分からん。

 罠なのかアイツにとってのただの暇つぶしなのかは分からんが、今のユーリアの話ではだいぶ弱っているようだ。

 通常時の奴と会う訳ではないのだから少しは安心じゃ。だが、くえんやつだからの。

 それに首元から血を啜るなど、明らかにユーリア様に興味を示しておる。

 クラウディア様が亡くなった後、退屈している奴の玩具とされないか心配じゃ」



 フェリクスはウルトとジョエルの言葉に深く頷き、エドガーは頭を抑えた。

 ユーリアはすぐ感情が表情に出てしまう。陰険なラディムには格好の標的であろう。



「まあ、行ってみてだろう。

 俺は娘の情報さえ得られりゃいいんだ。

 一時的な売られたって、すぐ情報掴んだら逃げてやるさー」



 楽観的なアモンはベットにあぐらをかいて、欠伸をしている。


 その姿に一同はため息をつき、夜の酒場への不安を膨らませるのであった。



「アモンいーい? 大人しくしてて。ラディム以外にも闇組織の人がいるかも知れないし、ウルトが言っていた通り、まだ赤猿の長って情報をラディムが、話していない可能性だってあるの……

 怒って魔法とか使っちゃダメだよ!」






 *


 変装を済ませた一向は、二つの籠を持ち酒場へと向かう。


 冒険者の装いをした4人と、籠の中には小猿と小狼だ。

 ユーリアの格好はジョエル好みなので、物凄く大人っぽい体のラインを出した服だ。



「にしても、ユーリアその格好なのか……ジョエル。

 いらぬ虫が寄ってこないか心配なのだが……」


「あら、ユーリアのお師匠様は心配性なのですね。

 この前レストランで見た可愛らしい姿から、想像つかない姿の方がいいじゃないの?

 顔が知られている可能性もあるのでしょう?」



 ジョエルのメイクによって完璧別人である。ウィッグの色も赤い髪で気の強そうな女性の姿だ。


 一応フード付きの上着を羽織ってはいるが、酒場では顔を出さなくてはならない可能性があるため、念には念をとの事だ。


 そんな中、フェリクスが口を開いた。



「ジョエル様。しかしながら、あまりにクラウディア様のお若い時の姿に似せておりませんか?

 クラウディア様のお知り合いがいたら、どうされるのですか?」



 母は赤髪で気が強いのだ。自分で鏡を見て思ったが、若い頃ならこんな顔だったのかもしれない。



「そうねー。瞳の色はブルーだし大丈夫じゃないの?」


「ラディムは反応するでしょうな……。私もオリの中から奴の驚いた顔でも拝みましょうか。

 久しぶりに会ったというのに、あの反応は些か気にくわないのです」



 ウルトは可愛らしい姿と言われ、さっさと逃げたラディムに腹を立てているようだった。


 アモンは呑気に鼻をほじりながら、籠の中でまったりとしている。



「いや、しかしさすがクラウディア様の娘だよな。ラディムとかいう奴も、色仕掛けで何とかなるんじゃねえか?」



 ユーリアはその言葉にポンと手を打つ。



「その手があったか! アモン今の私色気ある? 落とせるかなー?

 やっぱり諜報活動といえば、色仕掛けよね!これで一つスキルアップだ」


「おうよ。今のお前なら大抵の男をお……」



 アモンはエドガーによって布をかけられる。



「黙れ! ユーリア余計な事は考えるな!

 その辺が必要ならジョエルの方が適任だろ!

 今回はジョエルの手腕でも見とけ!

 お前に色仕掛けはまだ早いっ!

 14のガキになびく男などいる訳がないだろ!

 そして、アモンそろそら人通りが多くなる黙れ! もう口を開くな!」



 エドガーの怒りが爆発すると、アモンは籠の中で大人しくしている。


 裏通りを進むと地下へと進む階段が現れる。エドガーを先頭に階段を進み古びた扉を開いた。



「いらっしゃいませ」



 店員が席を勧める。そして、エドガーはカフェの店長から言われた通り隠語を店員に伝える。



「赤い光を我が神に……。照らすは混沌」


「かしこまりました。奥のVIPルームへご案内いたします」



 案内された部屋は広く。大きな黒いカーテンで仕切られ、ホールとは離れている。



「これは、ようこそおいでくださいました」



 ラディムが体など何ともない様子で、招き入れてくれる。


 中にはどっぷりとしたお腹の中年の男と美しい女性。体には複数の傷があるがっしりとした体型の男。

 それから2人チンピラのような男2人が待ち構えていた。1人はユーリアとよく合っている構成員だ。



「ああ、店長から言われたが、ここはこれを高値で取引してくれるのであろう?」



 エドガーはテーブルの上に二つの籠を置くと周囲の様子を見る。


 上位種を2匹目の前に出されたにしては、全く警戒の動きがない。


 ラディムは魔獣の正体を明かしていないらしい。



「まあ、まずは商談より乾杯いたしましょう。すぐに持ってこさせます」



 ラディムが店員に視線を送ると、店員たちがシャンパンのような酒を開け、グラスに注ぎ始める。


 エドガーは籠を床に置き、4人は顔を見合わせて頷くと席へと座る。



「では、まずはこちらの紹介から……。今回の買い手であります。イルムヒルムの宰相デニス様です。

 それからその美しい女性はアルシェ様。

 デニス様の警護をしておりますバート。

 こちらに控えております2人は、私の営む奴隷商の売人をしておりますヨウコとウッツです」



 ユーリアにつきまとっていた男は、ヨウコというらしい。

 ヨウコもウッツも薄気味悪い目でこちらを見ている。

 ラディムはニヤニヤとした顔でこちらを見ると、フードを取るよう催促してくる。



「取引相手に顔を出されないと、こちらも信用問題となりますので、支障がなければ顔をお出しください」



 エドガーはうなずくとフードを取る。その動きに合わせて3人もフードを取った。

 エドガーによるこちらの面々の偽名での紹介が始まる。



「まずは俺はイゴルだ。こっちの細腕がフェン。

 それから黒髪の女がラダで、こっちの赤髪がクラリスだ」



 でっぷりとした宰相は嫌な目で女性2人を見ている。

 チンピラに関してはユーリアの事に全く気づいていない。



「では、自己紹介も終わりましたので、乾杯といたしますか。このご縁に乾杯」



 ユーリアは口をつけた真似をして、エドガーにおいては一気に飲み干す。



「いや、うまい酒だ。これは本当にいい縁だったな。傭兵なんてしなくとも暫くは遊んで暮らせるんじゃないか? ラダ」



 話を振られたジョエルは色っぽい眼差しで宰相を見つめ、頷く。



「そうね。猿と狼を捕まえただけで、こんなにも美味しいお酒が飲めるなんて……嬉しいわ」



 見つめられている宰相はニヤニヤと下衆な笑みを浮かべ、ジョエルの事を気に入ったようだ。

 その事が分かったのか。隣に座っているアルシェが宰相の手を握る。



「デニス宰相。まずは魔獣を見せて貰いませんか? どの程度で買い取るか、決めなくてはなりませんよ?」


「それもそうだな。色付きとは聞いておるが、この目で確かめなばならぬな」



 エドガーは宰相の言葉に籠を2つ並べ布を取る。


 アモンはキーと威嚇し、ウルトは耳も尾もペタンと畳んでいる。

 2人とも演技が様になってきているようだ。

 デニスは検分すると、値を告げる。


 エドガーはもう一声と値を釣り上げ、売買は終了する。

 全くと言ってラディムは話に入ってこなかった。ただただ不敵に笑うだけだった。


 金は即金で準備していたようでこの場で受け渡しがされる。

 アモン達を預かるのは奴隷商たちのようだ。

 その様子を見てアルシェが宰相の膝に手をつきながら話しかける。



「デニス様良かったですわね。赤い魔獣が手に入って……。これでまた新しい魔術具に一歩近づきましたわ」



 デニスは妖艶な笑みを浮かべるアルシェの肩を抱くと、グラスに口をつけ、嫌な笑みを浮かべる。



「ほう、新しい魔術具か? 何だー兵器か? イルムヒルムは新しい兵器を作っているのか?

 猿共は貴重な魔石になるっていう事か」



 エドガーは話を聞くと宰相が自慢気に話す。



「そうだ。ただの魔獣からも魔石は取れるがこいつら色付きは質が違うからな……。

 それに子供を捕まえてくれば親が怒って人間に歯向かおうとするだろう?

 そこを駆除すればいくつもの質の良い魔石が手に入るって事だ」



 アモンは苛立っているのかキーキーうるさいが、怒りをとどめている。


 エドガーは宰相に酒を進めガンガン飲ませると、口が軽くなり始めたようだ。



「いや、それにしてもこえーな。

 今回の傭兵の件ももしかしてなんか魔獣捕まえた親の討伐って事か?

 最近じゃあこの近くの森や平原の魔獣が荒れてるって話だ。

 俺はそっちには混ざらねぇが、皆金回りがいいからと競ってここにくる話をしてたぜ」


「そうだ。馬鹿な魔獣たちが荒れ回っている。自分が魔石になるとも知らずにな!」



 アモンが静かになった。演技も出来ないくらいに、腹わたが煮えくりかえっているのだろう。


 エドガーはそれを感じて話を転じる。



「いや、それにしてもここはすげぇんだな。どんな技術持ってやがんだ。

 とてもじゃないけど、ここを敵に回すような仕事は選ばないようにしないとじゃねえか」



 エドガーの言葉にニヤニヤと笑みを溢す宰相はどんどん隣国の嫌味を言い始める。

 その中にはシュペルノヴェイルの話もあった。



「あの女狐め。大陸でも随一の魔力持ちがいると誇っているが、ここまでだ。

 我々が新しい魔術具を作れば、そう大きな顔をとることもできまい。

 この前送りこんだ魔獣はあやつの駒にしてやられたようだが、恐らく被害は甚大であろう。

 詳しい事は明かしておらぬが、魔獣の情報ついて躍起になって調べておるようだ。

 これも全てアルシェお前が来てくれたから、いい縁に恵まれたのだ。

 本当に私の女神だぞアルシェ」



 エドガーの動きが少し止まったが、酒を飲んで誤魔化している。宰相はアルシェの腰に手を回し引き寄せる。アルシェはイヤな顔ひとつせず、寄り添っている。



「あら、宰相そんな事はございませんわ。私はただ昔の知人にお願いしただけなのです。

 あまりにも宰相が嘆くお姿に、悲しくなってしまって、少しでもお力添えできればと……」



 アルシェは目に涙を浮かべ、ハンカチで顔を隠す。



「アルシェは可愛い事を言ってくれるのう……。ふふふ。いい話ができた我々は帰るとするか……。

 ラディムよ。この者たちを手厚くもてなしてやれ。バート行くぞ」



 宰相は2人を連れて酒場を出て行った。

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