第49話闇の組織の一人

 イルムヒルムの宿屋につくと、ジョエルによって変装道具の一式を仕入れてもらう。


 本当は自分をおとりに闇組織の構成員を呼び寄せようとしたのだが、フェリクスとエドガーに止められた。


 闇組織の拠点を暴がなければならない。


 魔力を探知するにも、今は近隣の町から魔力持ちを集めているので、どれが構成員か分からない。

 そして、街の中で下手に魔法を発動すれば、アモンの子に隠蔽魔法を使った術者には居場所がバレ、身を滅ぼし兼ねない。



「イルムヒルムに着いたのはいいけど、手詰まりだよ。私がおとりになれば手っ取り早く組織から接触してくると思ったのに……」



 独り言を漏らすと、エドガーに睨まれる。



「確かに魔獣達がいつ動くかと、あせる気持ちも分からなくもないが、そのためにおとりになったとして、無事救出できるか分からんだろ……。上位の術者がいると分かっていては悪手だ。

 まずは拠点の情報を掴み、いかに騒ぎを起こさずに救うか、考えなくてはならない」


「可能性としてはカフェよね。組織との仲介役に入ったって事は、間違いなく関係者だわ。

 魔石商か魔獣の奴隷商のどちらかになれば、話をしてくれるかしら……」



 ジョエルは二つの魔獣を従える術式の入った首輪をちらつかせる。

 小さめの召喚魔石が組み込まれており、術者より格下の魔獣を従わせる事の出来る従属の魔術具だ。



「さて、そろそろやってくるわよ……クスクス」





 *


 窓の外から猿が子犬を抱えて顔を覗かせている。



「よ、娘子」


「ユーリア様、ワイドに変わり来ましたぞ」



 窓を開けると、アモンとウルトが人型をとり部屋に入る。



「なんでアモンが……。てか、長自ら来るって……。そして、ウルトまで……」



 ユーリアはため息をつく。フェリクスは知っていたようで、特に驚きがない。

 魔獣二人で狼の集落で、何やら相談をしていたらしい。



「息子に長を引き継ぐからな。俺は2日も待ったはごめんだ。

 娘がこっちにいるって聞いたから、お前らの案に乗るのは別に問題ない。

 魔獣を魔石としてしか扱わない奴らの、顔を拝んでやるのさ!」


「私もワイドに少し長として、励んでもらいたいのですよ」



 ジョエルはニコリとして、魔獣型に戻るよう促し、ユーリアによる隠蔽魔法を施した後で、子猿と子狼の姿の二人に首輪をつける。


 もちろん奴隷としての効力は一切ないが、カモフラージュのために魔術具は発動させておく。



「ジョエルの策はいつもえげつないが……。今回は凄いものだな……」



 エドガーは自分の召喚獣を見て、諦め顔で呟く。

 主人に相談なしに、ウルトヘと話を通していたらしい。


 アモンが狼の集落を訪れるのも、計算済みだったようで、道理でイルムヒルムへ行く道のりがゆっくりとしていて、到着も夕方となったわけだ。



「たまにはゆっくりとした旅も良かったでしょ。ユーリア?

 気持ちが急く時には、優雅さを心得なくては、妙案も浮かばないのよ」



 得意げにジョエルは言っているが、さすがのユーリアでも上位種二体を餌に、闇組織とやりとりしようとは思えない。


 ユーリアとエドガーはジョエルによ変装させられ、ルーカスと訪れたカフェに向かうのであった。




 *


 夏場だと言うのに、薄手の薄汚れたフード付きの上着を羽織る者が四人もいれば、街の人たちは奇妙な目で見てくる。


 周囲の視線を感じながら、カフェへとたどり着いた。


 カフェへ入るとエドガーは上着を脱ぎ、奥の個室になっているテーブル席へと着く。ウルト達の入ったカゴを床に置き、飲み物を注文する。


 注文を取りに来たのは店員ではなく、この前の店長だ……



「お暑い中、大変でしたね。ご注文は何にしましょう。」



 4人分の飲み物を注文すると、エドガーは水を二つ多めに持ってくるよう伝える。



「商品がくたばると困るからな、水を2つ。一つは皿がいいな」



 見事に食いついてきた店長は、中身が気になるようで、中を覗こうとする。



「商品と言いますと、魔獣ですかな?少し中を確認してもいいですか? その、水を持ってくるのに、どの程度の物をお持ちすればいいか確認したいのです」


「ああいいぞ。フェン布をだけてやれ!」



 フェリクスが布をどけると、伏せをして尾を丸める白い子狼と、やる気がなさそうにダランと座っている赤い子猿がいた。



「白狼に赤猿の子供ですか? 買い手はすでについているのですか?」



 店長の質問に、エドガーは首を横に振る。



「まだ買い手はいないんだ。たまたま喧嘩しているこいつらを森で見つけて捕まえただけで、俺らはこういう仕事を生業にしているわけじゃねぇ。

 色付きって高いんだろ?

 どこで取り扱ってもらったら、高値で買い取ってもらえるのか……。この都市で情報集めてから、売っ払おうと思ってるのさ」



 カフェへと魔獣付きで入店する者なんて、あまりいないだろう。

 エドガーの話に感心しながら聞いていると、店長がニヤリと笑う。



「それでは、お飲み物をお持ちしてから、私が存じ上げている事をお教えいたしますよ」



 こちらもニヤリと笑うと、店長はその場を去った。



「けっ、あの野郎の目、きにくわねぇぜ」



 檻の中にいるアモンが呟くと、フェリクスも同意する。



「あいつは完璧に黒ですね……。良からぬことを企てていそうですが、ユーリア様の目的は果たされそうです」



 ジョエルは水の入ったグラスを指でなぞっている。何かを考えているようである。

 時々周囲を気にしているような気がする。

 エドガーもその様子に気がついたのか、ジョエルを見る。



「ジョエル。何か感じているのか?」



 ジョエルはコクリと頷くと、視線を泳がす。



「何かに見られているような気がするのです……。ただ感覚的な物なのでなんとも……」



 店員が飲み物を運んできて、店長は現れない。

 しばらく会話もせずに、ただ飲み物を啜っていると、店長が男を連れてやってきた。





 *


「急で申し訳ありません。その……。買い手が見つかりまして、すぐに現物を確認したいとの事で……」



 エドガーとユーリアには緊張が走る。


 レストランで会った、一番底が見えない男である。


 その男は薄気味悪い笑顔をこちらに向けると、ふと籠を指差した。



「あれに赤猿がいるのですね……。ふふふ、申し遅れました。奴隷商を営んでおりますラディムと申します」



 ラディムは籠を覗き込む。



「おやおや、これは……まあ。白の狼まで……」



 急にウルトが唸り始めた。それに反応してか、ラディムは覗き込むのをやめる。


 そして、店長を見ると、手を振ってその場から追い払った。



「お前が何故ここにおるのだ! 今はラディムと言ったか! クラウディア様がお亡くなりになって、つまらぬからと事を荒立てる気か!」



 ウルトは子狼のままラディムに対して怒鳴る。

 周囲の者は呆気にとられ、ラディムは肩を竦める。



「ウルト様こんなに可愛らしいお姿でお会いできるとは……。やはり匂いまでは隠せませんか……。決して与しているわけではないのですよ。

 ただの暇潰しです。私が今支えている方はクラウディア様までは面白くはございませんが、なかなかに面白い発想をされる。

 それでは私はお暇します。早々に赤猿を手に入れてしまいましょう。

 赤猿の長を持ち帰ったとあらば、あのお方は喜ばれるでしょうね……」



 ラディムはアモンの方に手を伸ばし、従属の魔術具に魔力を注ぎ、ユーリアから主導権を奪おうとする。



「あっ!」



 ユーリアの声が漏れると、魔力が反発したようにラディムに漆黒の炎が襲い掛かる。



「何っ! クラウディアの……」



 一気に火ダルマから黒こげになったラディムは、ニヤニヤとしながら元の姿へと戻る。

 その場にいる者は目の前の光景が信じられず、驚愕の表情を浮かべる。



「この場での拘束は無理そうですね……。取引がしたいというならば、明日の夜、以前お会いした酒場でお会いしましょう。団長殿……。クックック」



 炎の反撃魔法をくらったとは思えない佇まいで、その場を去り、店長に一言告げると店を出て行った。



「アイツは何者だ? 今の炎を纏って平然としているとは只者ではない。私の本来の姿まで気づいていたとは……」



 エドガーの問いにウルトが答えようとしたが、ユーリアは立ち上がり、ラディムの後を追った。



「ユーリア! どこへ行く?」



 エドガーに止められるも、ユーリアは止まらなかった。



「あれは、あんなに簡単に解ける魔法ではないの。アイツ嫌いだけど、少し話を聞いてくる。

 皆は明日の取引に集中して策を練っていて!」



 フェリクスも後を追おうとするが、エドガー達のそばにいるよう命じる。



「これは私の役目。ついてくる事を禁ずる!」



 ユーリアの目が赤く揺らぎ、その場にいる者は動けなかった。





 *


 先程の魔法の魔力の残骸により、ラディムの位置は把握できる。


 やはり先程の魔法は、今でもラディムの体内を焼き続けているようだ。動きが鈍い。まだカフェを出てあまり進んでいない。


 走って追いかければ、角を曲がった人通りの少ない路地の壁にもたれかかっていた。



「ラディム!」



 ユーリアに声をかけられ、ラディムは振り返った。



「これはこれは、さきほどのお嬢さんか……もう追いつかれたか……」



 ラディムは力なく、その場に座り込んだ。



「まさか、貴女はクラウディアの娘ですか? 外見が大人びていて全く分かりませんでしたよ。

 まだそんな歳ではなかったでしょう?

 それにだいぶ魔力の隠蔽が上手いな……。全く見破れなかった」



 ユーリアは座り込んだラディムの服の袖をまくり上げる。

 そこには火傷跡とともに刻印が刻み込まれていた。



「やはりね……ラディム行くわよ。少し目立つけど許して」



 ユーリアは身体強化の魔法を使うと、ラディムを抱き上げ建物の屋根に飛び上がり、都市の外へと向かう。


 都市から少し離れた森の中にラディムを下ろすと、辺りに隠蔽の結界魔法をかける。



「何をする気だ。私は何も話さないよ。詳しくは何も知らないからね……。私はただ一魔力持ちとして今回の件に絡んでいるだけだ」



 ラディムはヒューヒューと呼吸をしながら、ユーリアに話しかけてくる。



「この魔法は自己修復なんて出来ないはずよ。姿を隠蔽しているのでしょう? もう魔力は使わないで! 魔石になりたいの?」



 ユーリアはまずラディムの腕にある刻印に触れ、反撃魔法を解除する。


 ラディムは自分にかけていた隠蔽魔法を解除すると、至るところに火傷の跡がある。


 呼吸器から順に、治癒魔法をかけていく。

 喉まで焼かれていたはずなのに、無理矢理言葉を発していたのはわかっているのだ。


 治療されて呼吸が楽になったのか、ラディムは話しかけてくる。



「本当にクラウディア様とエルノとかいう小僧の娘だな。

 人間でも魔獣でも構わず治療するエルノを思い出させてくれるよ。

 しかしまあ、髪色は残念だが、顔立ちはクラウディア様そっくりなもんだ。

 その凛々しい目元忘れはしない」



 ラディムは、腕を上げてユーリアの頬に触れる。

 ユーリアは一瞬ラディムを見るが、すぐに患部を見て治療に戻る。



「何故敵である私を治療しているのだお前は? この刻印の意味が分かっているのだろう?」



 火傷のある顔で、こちらを漆黒の目が見つめている。

 問われている意味は分かるが、目の前に助かる命があるなら助ける。


 母の刻印がある者は母に危害を加えるなどして、罰せられた者たちなのだ。

 敵だとしても、母の刻印があるならばある程度行動に制限もかけられる筈だ。



「母の刻印があるかぎり、私に危害は加えられない。それに、母が殺さずに刻印に止めたという事であれば、改心の余地があったという事でしょう?

 何故貴方が赤猿を手に入れたいかは分からないわ。

 悪人なのかも善人なのかも何も分からない。

 なら、助かる命があるなら助けるだけ……。

 そして、母があなたに改心を求めたというのであればその判断を信じたい……」



 ユーリアは真剣な面持ちでラディムを見つめ、治療へと戻る。


 どれくらいの時間が立ったか分からないが、辺りは闇に包まれ夜が訪れていることは分かった。



「これでよし。もう魔石になることはないわ。母に受けた火傷と、この腹にある刺し傷による魔法の呪い部分は取り除けなかったけど、反撃魔法の部分はだいたい癒せた。

 少し体には負担は多かったでしょうから、数日は魔力は使わないで安静にしていること……。それから定期的に誰でもいいから治療を……」



 ユーリアは急に意識が遠のき、その場に倒れた。

 ラディムに抱きとめられ、そのまま抱き抱えられる。





 *


「魔力切れ寸前なのに、気づかないまま治療を続けるとは……。無理をしすぎるところは両親譲りか……。

 思慮が足りなくて周りを振り回すのは、クラウディア様譲りだな。

 全く、まだ私は動けんというのにここで眠ってどうするのだ?」



 ラディムは揺らいだユーリアの隠蔽魔法に、再度隠蔽魔法を重ね掛けして、尻尾を出しユーリアを包み込んだ。



「あなたにはまだまだ厄介ごとを持ち込まれるのですね……。クラウディア様」



 月を見上げながら、ラディムも目を閉じるのであった。



 朝目覚めると、ラディムの胸の中だった。



「ほえっ!」



 急いで起き上がるとラディムは苦笑する。



「そんなに急がなくても、あなたを殺せるほどのまだ魔力も体力も戻っていませんよ。ご安心ください」



 フワッと尻尾を消すと、ラディムは抱えていた手でユーリアの首に回し、自分の顔に近づけた。



「あなたは十分に魔力を回復されたようだ。少し分けてもらいますよ」



 ユーリアの首元に少し牙を立て、血を舐められる。



「ふがっ。ご安心くださいって魔力とってるじゃない!」


「クラウディア様の刻印が消えないかぎり、あなたに歯向かうためには、もう少し力を蓄えなければなりませんよ」



 全然安心ならない。

 ユーリアは脱兎の如くラディムから離れ、昨日癒した体を見る。



「問題なし、魔法あんまり使っちゃダメだよ。魔獣とはいえ、限界があるんだからね!」


「分かっていますよ。使いの者にここまで来させます。あなたも無理をされないでくださいね。

 今晩またお会いできるのを楽しみにしていますよ」



 肩をすくめたラディムを置いて急いで宿屋までユーリアは戻った。



「どれ、私も戻るか」



 ラディムは体を起こし、都市の中へと消えていった。





 *


 組織の拠点には1人の美しい女性がいた。



「昨日はどちらに行かれていたのですか? ご機嫌もいいようですが、昨晩は心配していたのですよ。火ダルマになったと伺っていたのですが、お怪我もないようで」



 ニコリと笑う女性は、ラディムの体に触れる。

 ラディムはその手を払うと、笑みを浮かべて女性を一瞥する。



「アルシェには関係のない事だ。お前にいちいち逢瀬の内容を告げなくてはならないのか?」



 アルシェと呼ばれた女性は笑みを深めると、そっぽを向いて歩き出す。



「ラディム様にそのようなお顔をさせた女性のことはとても気になりますが、私も任務に戻りますか……。ゴミにおべっかを使うのももう少しで終わりですからね……」


「ああ、あのお方の為にも、最善の方向に向かうよう努めておけ……」



 アルシェが扉を開けて外へ出ていくと、ラディムは深いため息をつき、椅子の背もたれへともたれかかる。



「さてさて、どう邪魔をしてくれるか楽しみですね……。あの娘の動きは読めませんからね……」



 不敵な笑みを浮かべ、また目を閉じるのであった。

 

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