第48話救援要請の裏側の片鱗と魔獣達の反応

 集落へと戻ると、ワイドとウルト達に睨まれた赤猿達がいた。

 ウルトのお説教が始まっている。



「全くお主らは、我々に援助を乞うてきたというのに、何故客人を巻き込む」


「我々はあなた方の偵察部隊兼情報伝達役として、今回の闘いに参戦するつもりでした……しかし、ユーリア様を戯れとはいえ、攫った」



 ワイドが大きな狼の姿をして、アモンと話している。鼻先にはシワが寄り、牙を剥き出しにしており、怒りの感情が伝わってくる。



「今回の戦いに助力する事を、我々はしない」



 冷たく言い放った言葉に、アモンは深く頷く。



「あなた方の浅はかな考えには、正直ついていけません。突発的な行動で、一族を減らすのは本意でない」



 ユーリアを攫っただけではなく、その行動自体の浅はかさに怒っているようだ。


 ワイドの言葉は長として当然だ。

 仲間の命を預かるのだ。突発的に動かれ魔獣達が危険に晒されれば、許せない。


 しかし、ユーリアはアモン達にワイド達の支援は必要だと思う。


 赤猿や赤猪はどうしても突進型で、情報のやり取りや偵察という動きはできない。

 そうなれば、赤い魔獣達は人間に滅ぼされるだけだろう。



「ワイド、力を貸してくれませんか? 私はあなた達にこちらの情報を伝達し、ただ闇雲に突き進むであろう彼らを止めたいのです。

 先程の事でわかります。彼らだけではただ無意味に命を散らせるだけでしょう。

 私はそもそもこの戦いを止めたいのです。

 人間側の思惑を突き止め、それを伝えるその役だけでもお願い出来ませんか?

 ワイド達白の魔獣に、戦いの場に直接加わる必要はありません。

 私が情報を集め、戦場に行くまでに、赤の魔獣達を足止めする役を担って欲しいのです」



 ユーリアの言葉にワイドが首を横に振った。



「それは必要ありません。人側の思惑が昨日ある程度、エドガー様よりもたらされました。

 それを説明しても尚、戦うと彼らは言ったのです。

 我々は一族を無駄死にさせる訳にはいかないのです」



 ユーリアはエドガーを見た。エドガーは顔を俯けたままだ。

 その様子を見ながらアモンは口を開く。



「我々赤猿は、猪共と共にイルムヒルムに向かう。

 娘子よ。それでいいのだ。

 奴らの思惑が分かった所で、子供達も戻ってこない。魔獣の意地だ。子がさらわれ、女達まで魔石にされたと分かって我々は黙ってはいられない。

 長居した。我々はもたらされた情報を、猪にも伝えて出立の準備をする」


 アモンはこちらを振り向かずに、お供を連れて集落を後にした。



 ジョエルは寂しげな眼差しでアモン達を見送り、エドガーに話しかけた。






「エドガー、話したのね……。それでも意思は変わらないのね……アモン」



 ユーリアはエドガーから何の話も聞いていない。

 エドガーを睨みつける。



「師匠、私は何の情報も得ていません。知っている事を教えて下さい」



 エドガーはユーリアの事を見ようとはしない。

 それでもユーリアはエドガーに詰め寄り、視線を無理矢理合わせた。



「私は知りたい。何故彼らが自ら死ににいくような事を、言っているのか。

ここまで関わっているのです。何も知らないまま、犠牲が出るのは嫌です。

師匠が言わない気なのであれば、私は今からでもフェリクスと共に情報を集めにイルムヒルムへ向かいます」


 エドガーはため息をつき、ジョエルと目を合わせる。



「ユーリアは知って置くべきよ。エドガー。

 彼らのために動こうとしてまた奴らに巻き込まれたらどうするの? 一番危険なのはユーリアよ」


「分かってはいるが……」



 言葉に詰まるエドガーを尻目に、フェリクスが口を開いた。


「私から昨晩エドガー様より聞いたお話を、お伝えします」


 フェリクスはそっとユーリアの前に足を進めると、片膝をつきユーリアを見上げる。


 エドガーもそれを見て、苦虫を潰したような顔になり俯いた。



「今回の件には闇組織が関係しているようです。

恐らくイルムヒルムの政治の内部にも入り込んでおり、今回周辺の町に救援要請を出し、都市の内部に魔力持ちを集め、赤い魔獣達とぶつかり合わせる事によって透明な魔石、赤魔石を集め、神とも崇められる赤い魔獣を召喚するつもりなのです」



 ユーリアは俯き首を力なく振る。ジョエルがさっと横に来て背中を撫でてくれている。



「神獣を召喚するつもりなのね……南のスザクか……。

 どれだけの魔石を使うつもりなの? 失敗に終わるに決まっているというのに……。核がなければ歪な魔獣が現れる。

力だけの魔獣なんて、ただの獣もいい所じゃない。

 そんなものを作り出すためにどれだけの命を奪うの……。

 それに巻き込まれた赤猿や赤猪は報われないわ。

 やはり止めなくては……」



 ジョエルに泣きつき、自分の感情を抑える事に集中する。



「赤猿達はその黒幕を引っ張り出し、一矢向くいたいのです。自分の娘や番いを、そんな浅はかな計画の一部にされたのが、許せないのでしょう」


「だってそれでは魔石が生まれるだけだわ。それこそ相手の思う壺じゃない。赤の一族をそんな馬鹿な計画で減らす訳にはいかない。私は説得する」



 泣きじゃくるユーリアの肩を、エドガーが触れる。



「無駄だ。アモンの目には諦めが出ていた。あれは長く連れ添った番いを殺され、末の娘を拐われたそうだ。息子を次の長として若い世代を残し、自分たちは戦いに行くと言っていた」


「待って、アモンって長なの? あんなふざけた事する魔獣が? こんな一大事に人をふざけてさらうような魔獣なのに?」



 ユーリアの質問にはジョエルが答える。



「ユーリア、あなたアモンと二人でいる時に何か話をしなかった?」



 ユーリアは首を傾げ考える。確かに話をした。



「アモンに人側につくのかと聞かれ、どちらにもつかないと回答したわ。子供を探し戦いが起こらないようにしたいと……」



 ジョエルはユーリアの話を聞くと、笑顔で微笑んだ。



「ユーリア、きっとあなたの話に安堵したのよ。アモンは恐らく、最初からあなたがクラウディアの娘だって、分かって攫ったの。

 そして、二人で話してみたかった。

 あなたは言うことのきけないあいつに血の捕縛魔法をかけ、傷を癒し、立場を明確にさせたわ。

 次世代の統治者としての手腕を試されたのよ。

 時にはみ出したものを正す強さを持ち、魔獣に対しての優しさもあり、人間との間に入る事の出来るものなのか……

 それで、恐らく繁栄を次世代の息子やあなたに託す事に決めたのよ。もう、幼い子も番いもいないから守るものもない。

 もう、止めても止まらないわ。恐らく猪もそう」


「そんなぁ」







 ユーリアは泣き崩れる。人側にも魔獣側にもこのままでは損害が出る。

 闇組織の思う壺になどなりたくない。


 ユーリアには思うところがあった。アモンのあの目に似た子供を見覚えがあるのだ。

 涙を拭い、ジョエルを見上げる。



「ジョエル……子供が戻れば、頭が冷える?」


「ユーリア、何を考えている?」



 エドガーは片膝をつくと、ユーリアと視線を合わせて肩を掴む。



「ふふ。ワイド、赤猿に伝達を! 3日待ちなさい。あなたの娘を連れてくる。とね」



 ユーリアは不敵に笑い始め、ワイドを呼びつけた。ワイドはお供の白狼に命じ、赤猿の元へと向かわせる。


 エドガーは頭を抱えて、ジョエルは肩を竦める。



「お前はクラウディア様に似すぎる。やめておけ……危ない事に首を突っ込むな……」



 エドガーの悲痛な声は聞かず、ユーリアはニコリと笑うとフェリクスに命じる。



「フェリクス先程のアモンの血のついた服を持ってきてちょうだい。それからナイフも用意して……」



 その言葉に反応したのはウルトだった。



「ユーリア様、クラウディア様はどこまでユーリア様に教えているのですか?」



 ユーリアはクスクス笑うと人差し指を口に当て、ウルトにウィンクをする。



「女の秘密は暴いてはダメよ。ウルト」


「はあ、今のでなんとなく分かりましたよ。クラウディア様は本当に抜かりないのですな……」



 ウルトが遠い目をして空を仰ぎ、ユーリアは立ち上がるとフェリクスから汚れた服とナイフを預かり、周りから離れ自分の周りに火の結界を張る。



「ユーリア!」



 エドガーの叫び声が聞こえたが、魔術に集中する。



「我統べる者なり……エルキュレアス」



 自分の血を垂らした魔法陣に、アモンの血のついた服をかざし、呪文を唱える。これは特殊な魔術であるため無詠唱での発動はできない。


 魔術による確認を終えると、ユーリアは魔術と結界を解いた。


 心配そうに見るエドガーを見て、安心させるように笑みを浮かべる。



「師匠、アモンの子は生きている可能性があります。イルムヒルムのレストランで、私が闇組織の構成員に声をかけられた時に、子供連れの夫婦と一緒にいましたよね……」



 エドガーの顔が一瞬にしてひきつり、ユーリアを見つめる。



「まさか……。あれがそうだったのか? 全く魔力は感じなかったぞ」



「はい、勘ですが……。あの子からは全く魔力は感じませんでした。恐らく、キメラ同様に相当の魔術師が闇組織にいるのでしょうね。

何故表へ出したのかは分かりません。もしかすると罠かもしれませんが、あの子で間違いないでしょう。どちらにしても、イルムヒルムで生きている事は確実ですよ」


「お前の勘は外さないだろうな……。ユーリア、助けに行くと言うのだろ?」



 ユーリアがニヤリとすると、エドガーは深い溜息をつき、フェリクスに言って服を持ってこさせる。



「ユーリア俺も行く。せめてその姿は隠せ。奴らに狙われているのだろう?」



 ユーリアはフードのついた服を被らされ、フェリクス、エドガー、ジョエルと共にイルムヒルムへと向かった。

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