第51話ラディムの交渉とフェリクスの懸念

 残った奴隷商こと闇組織の構成員と酒を飲む。

 エドガーは怒りに耐え、焼け酒が入っているようだ。飲むペースが早い。



「クラリス殿は先程から飲まれてないようですが、お気に召しませんでしたか?」



 ラディムの言葉にエドガーが答える。



「それは酒を飲めん。体質的に合わないのだ」


「そうでしたか……気づかずに申し訳ありません。今代わりのものをご用意いたします」



 ラディムが店員の元へと席を外し、自ら飲み物を運んできた。ユーリアはグラスに手を伸ばすと、少しラディムの手が触れた。



『少し、話しませんか? 赤猿と白狼がどこに運ばれたか興味があるのでは?』



 ラディムがユーリアに念話で話しかけてくる。

 ユーリアはグラスを受け取ると、ラディムを睨む。



「ありがとう。けど、もうお気遣いは結構よ」



 ユーリアは念話ではなく口頭で答える。

 これ以上単独行動を取ると、エドガーたちの逆鱗に触れる。

 それだけは御免被りたい。



「そうですか……。失礼しました……」



 ラディムは引き下がり、エドガーたちと話をし始め、ウッツと共にイルムヒルムの魔石集めの仕事をしないか話をしている。

 どうやら、2日後に参集がかかり、出立するようだ。遊べる金も出ると仄かしている。

 エドガーたちは、大金が今日手に入ったのだからと渋る真似はして見せるが、実際はそちらの方にも参戦する手筈となっている。

 実際に戦場に入って、動きを止める予定なのだ。


 新しくきた飲み物を飲んでいると、ヨウコがそばに寄ってきて話しかけてくる。



「ラディム様をあしらうとは、なかなかに気が強い女だな……。気に入った……。抜けないか? いい酒場を知っているのだが……」



 ヨウコはさっとユーリアの手に触れる。


 ユーリアは不意に触られ、ヨウコの魔力に触れてしまい、残念さを感じてしまう。


 全く見る気もなかったのだが、どうやら魔獣のようで人型をとっているが、最低クラスだ。

恐らく人型に代わるだけで魔力のほとんどを使い切ってしまうほどだと思う。


 それを顔に出さないよう、軽くあしらう。



「あなたは私を楽しませてくれるのかしら? クスクス……」


「ふん。そんな傭兵もどきよりも、金は持っているぞ……。どうだ? 楽しい夜を過ごさないか?」



 さらに触れてくる手を払い除け、フェリクスの肩に手を伸ばしそのまま頬をつける。

 妖艶な笑みでヨウコを見下し、フェリクスを見上げる。



「あら、私はお金よりも信頼できるパートナーがいいわ」



 フェリクスは少し困惑の表情は見せたものの、動じないようにしている。

 ヨウコは舌打ちすると、グラスに入っている酒を飲み干して、ユーリアの隣から退く。


 その様子を見ながら、ラディムが笑みを深める。



「クックック。私と共に過ごす夜はいかがですか? クラリス殿?」



 フェリクスとエドガーはラディムを睨む。ヨウコもラディムを見て、引きつった笑みを浮かべながら話しかける。



「ラディム様が女性を口説くとは、なかなかにない光景ですね……」



 ラディムはクスクスと黒い笑みを浮かべる。



「いえ、昨日体調が優れなくて、私の身体を診てくださったのですよ。

優秀な治癒術師の方とお見受けしました。

まだ優れないので少し診察してもらいたくてですね……。それに昨日のお礼もしたい」



 体調が優れないという言葉を聞くと、どうしても弱いのだ。

 だが、2人でこの場を抜けるという事はしない。

 保護者がうるさいのだ。

ウルトが抜けた分少し説教は減るが、フェリクスからテディに話が漏れると厄介だ。


 ユーリアは席を移動すると、ラディムの隣へ移動する。



「あら、まだ体調が優れないの? ここで少しなら診るわよ?」



 ラディムの手を取り、おでこをつけて、魔力の流れを確認する。魔獣は種族によって魔力回路が違うため、集中力が必要なのだ。


 ユーリアには見えていないが、エドガーは目を伏せ見ないようにしていると、ジョエルに笑われている。


 ユーリアがラディムの診察をし終えると、体を離し、診察結果を告げる。



「昨日は最低限しか治癒していないから、まだ本調子じゃないでしょうけど、異常はなさそうよ。

 これ以上の魔法は禁物ってとこね。自己回復を待ちなさい」



 ラディムは「そうですか」と一言言うと、ユーリアの首に手を回し、耳打ちする。



「今朝方の傷は治されてしまったのですね」


「当然よ」



 ユーリアは首に回された手を払い除けようとすると、手に触れた時にラディムで念話で話しかけられる。



『あなた方が探しているのは赤い魔獣の子らでしょ? アモンの娘なら場所を知っていますよ……。まだ餌として生かしてあります』



 ユーリアは驚きを表情に出さず、ラディムを見つめニコリと笑う。


 それを肯定と見て、ラディムも微笑み返した。



「はあ、それにしてもクラリス殿は私の昔の知人によく似ている。昔抱いた想いを思い出させてくれる」



 その言葉にジョエルとエドガーが反応する。



「あら、想い人でもいたの? それともうちのクラリスを誘惑しているのかしら?」



 ジョエル達の鋭い視線を受け、ラディムは少し戯けた表情をしながら、昔話をする。



「いやね、赤髪で気の強い女性で最初から好かなかったのですが、何かと向こうから絡んでくるのですよ。

悪さはするなとね……。そんな言葉で更生するわけもないのですが、何度も何度も顔を合わせているとそのうち自然とそういう感情が芽生えましたね……。

あの方は本当にお美しかった。

 少しお酒を飲みすぎましたかな……」



 テーブルの下の皆から見えない位置で、自然とユーリアの手を取り握りしめてくる。


 手下2人は驚きの表情を浮かべ、ラディムを見る。



「ラディム様の昔の話なんてはじめて聞きましたね」


「ああ、てっきり金欲と忠誠心しかないのかと思ってましたよ」


「これこれ、私だって若い時はあったのだ。語る時がなかっただけだ」



 ラディムに窘められ、2人は黙った。そもそも軽口を叩く仲という訳でもないらしい。

 エドガーとジョエルは怪訝そうにラディムを見る。

 そんな話をしている中でも、念話でラディムは話しかけてくる。



『あなたの必要な情報と、私の必要な情報の交換でいかがですか?』



 ユーリアはコクリと頷くと、ラディムを見つめる。



「そんなに私はその女性に似ているのかしら? でも他の女性と比べられるのは、少し女のプライドが傷つくわね……」



 ユーリアはラディムの頬に触れ、自分の方へ顔を向けさせる。



「ほう、では貴女の事を知りたいと言えば、教えてくださるのですか?」



 ラディムはユーリアが触れている手を、自分の手で包み首を少し傾げて問う。

 ユーリアはそっと手を離すとラディムの唇に指を当てて、囁くように話しかける。



「こんなに大勢がいる中では難しいわね……」



 指を離し、そっとグラスに口をつける。すると、そのままラディムの肩に体を預け、うとうととし始める。


 エドガーがユーリアが飲んでいたグラスを取ると、自分もそれを一口飲む。



「ラディム殿。クラリスは酒が合わないといった筈だ。少しだが酒が入っているだろ?」



 ラディムは肩を竦めると、エドガーを見る。



「これは失礼。合わないとは聞いていましたが、せっかくの席ですので、薄めに酒を作ってもらったのですが……。酔われてしまっているのですか?」



 エドガーは顔を自分の手で覆い、ジョエルを見る。



「クラリスが飲んだのなら、我々はお暇しますわ。せっかくもてなしていただいていたのに、申し訳ございませんわ」



 席を立つ3人にラディムは、話しかける。



「いえいえ、別室で少しお休みになっていただきましょう。

 フェン殿もお連れすれば、ご心配はないでしょう。

 それ程までにクラリス殿が酒に弱いとは存ぜずに、申し訳ない事をした。

 お二人はこの者たちと飲んでいて構いませんよ。

 まだ先ほどの話の、いいご返事もいただいてもらっていませんし……」



 3人は顔を見合わせ頷くと、エドガーとジョエルは座り直し、フェリクスはユーリアを立たせ、ラディムと共に店員の後をついていく。


 ラディムが席を離す事で、口の軽くなった構成員から、情報を聞き出す事に専念する。


 フェリクスが入れば、何かあっても弱ったラディムでは何もできない事が分かっているからだ。


 何らかの罠である事は分かっているが、策に嵌ってみないと、ここは数日後に控えた戦いを止める事はできない。


 店員は部屋に案内すると、水差しと酒を準備し部屋から出て行った。


 ユーリアをソファへと寝かせると、すぐ眠りへと落ちた。


 フェリクスとラディムは、ユーリアが寝た事を確認すると、2人で酒を酌み交わす。



「久しぶりですねフェリクス。まさかこんな所で会うとは……。

 正直あの子供ががここまで成長しているとは思わなかったよ。

 立派に主人に使えるようになったようだ」


「奇遇ですね。私も貴方に会うことがあるとは思ってもみませんでした……。

 クラウディア様の元を何故離れたかは知りませんが、貴方さえいてくれればと何度も思いましたよ」



 隣同士で座り、眠るユーリアをそれぞれが見つめ、重い雰囲気の中、酒を飲む。



「私にも事情があってね。私がいようともクラウディア様の件は変わらなかったさ……。幾度と自分の無力さを感じたことか……」


「無力さか……。あの時はクラウディア様にお仕えするまでの力量はなかった。

 貴方を責めるなど八つ当たりだな……申し訳ない。

 貴方は何か知っているのか?何故死なねばならなかったのだ?

幼い子を残して……。あんなに家族を愛する姿を見せて、やっと築かれた幸せだったろうに……」



 ラディムは無言になる。フェリクスは詰め寄る。



「ラディム殿。私はずっと思っていたのです。貴方なら何か知っているのではないかと……。

 信用ならぬ奴だと大人からは聞かされていましたが、子供ながらにお二人の信頼関係は築かれていたと思っていたのです。

 それが、急にクラウディア様からお離れになったと聞けば、数年後にはクラウディア様が何者かの手で亡くなった……。

 貴方を疑う者もおりましたが、どうも納得できない」



 ラディムはフェリクスの純粋な目に苦笑すると、フェリクスのグラスに酒を注ぐ。



「まあ、飲みなさい。私が無力だったのだ。クラウディア様を死なせた事に間違いはないさ。

 それにお前が子供の頃に見ていた目より、大人達が見てきた目の方が正しいぞ。

 私はクラウディア様の行動に興味があったからそばにいただけで、忠誠を誓っていた訳ではない。

 今だって同じさ。お前たちの味方という訳ではない。現に人間側の組織に与して、お前ら赤い魔獣を狩ろうとしているのだぞ?

 そんな男の話を真に受けるなど馬鹿げているだろう。

 主人を守るためには全てを疑ってかかれ……。まだまだ若造だな」



 フェリクスがグラスの酒を飲み干す。

 ラディムを睨むが、体に力が入らない。



「クスクス。お前はまだまだ若い。白虎にしつけてもらわなかったのか? 主人など守れんな」


「何を盛った……」



 苦しげにテーブルに体を預け、座っているのがやっとのようだ。



「魔獣にとっては強い酒だな。それに薬を混ぜただけだ。思った以上に効き目が早いようだな……。まだ酒には慣れんか……」



 ラディムは席を立ち、ユーリアの寝ているソファへ座る。



「何をする気だ……」



 ユーリアの髪を撫で、髪を手に取ると口づけをする。



「何もする気はないさ。お前の返答によってはな」



 ラディムは向かい側にいるフェリクスの頭に手を伸ばすと、髪を掴み引っ張り上げる。



「クラウディア様を最後に看取ったのはあの男か?

 あれ程の魔力を保持していたというのに、魔石が見つからなかったと聞いている。

 いくら探知魔法をかけようともクラウディア様の魔石は反応しない!

 奴の腕ならば治癒魔法で魔石を取り出した後、体を綺麗に戻すことができるだろう?

 アイツが持っているのかクラウディア様の魔石を!」



 痛みに耐える表情でフェリクスは話す。



「それを聞いてどうする?もしエルノ様が持っているのであれば、正統な所有者だ。どうするも勝手だろ? 身に付けるなり破壊するなり好きにしていい」



 ラディムはフェリクスの頭をテーブルに叩きつけ、そのままテーブルに押し付ける。



「私は誰が看取ったか確認しているのだ。

無駄な話は要らない。

 それとも何か主人に危害を加えたいというのか?」



 ラディムは手にナイフを持つと、ユーリアの胸にナイフを滑らせる。薄く傷がつき、その刃を一旦離し心臓付近へと振りかざす。



「止めろ!ユーリア様と白虎だ。そう聞いている……」



 フェリクスが、必死の形相で叫ぶとラディムはナイフをしまった。



「ほう、ではこの娘は殺せんな。少し精神に干渉するか……。お前はもういい寝ていろ」



 フェリクスは幻惑魔法と睡眠魔法にかかり、テーブルの上で意識を手離した。



「青二才だなフェリクスよ。それでは主人は守れんぞ。学べばいいが、お前がそんなに弱いとこれから先つまらんであろう?

 白虎とのやり取りなんて興醒めだ。

 出来ることならお前が歯向かってきたほうが、楽しみが増える」



 ラディムはソファに寝ているユーリアを抱き起こし、眠ったままのユーリアの額に手を触れる。



「面白いものを見させて下さいよ。クラウディアの娘よ」

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