第46話狼の集落と卑劣な話
「ワイドの縄張りはこの辺りだったわね」
白い狼達の縄張りの上空についたユーリアは狼たちを探す。
「ユーリア様、もう少しで白狼達の集落です」
フェリクスは集落の少し手前に降り立ち人型となり、そこからは徒歩で向かう。
すると、警備の狼達がユーリア達を囲った。
ニノンマノンは、警戒態勢に入り、可愛い鳥の姿で周りを威嚇し始めた。
「ウォーン」
1匹が遠吠えするとその数が一気に増えてきた。
「フェリクス、テディ連れてくるべきだったかなー? なんだかすごく気が立ってるような気がするんだけど……」
「赤い魔獣が森を荒らしていますからね……もしかすると今度は赤い鳥型の魔獣が荒らしに来たと勘違いしているからかも知れません。
ただ、ユーリア様がいらっしゃるので、襲いかかるまではしませんが、恐らくワイドを呼んでいるのではないかと思います」
しばらくすると、もうダッシュで駆けつけるワイドとその側近の狼達が来た。
「ユーリア様! こちらの森に訪れてくださったのですね! 嬉しい限りです」
尻尾を振って擦り寄ってくる。頭や喉を撫でてやっていると、ワイドが満足したのか、ワイド達の寝床の方へとユーリアを乗せて歩き始めた。
よく見るとワイドは傷だらけだ。
脇腹には獣に引っ掻かれたような傷がある。
「ワイド、赤い魔獣にやられたの? 私を乗せて傷傷まない? 私なら歩けるよ?」
ワイドは歩みを止めると、ブルっと身震いをする。ユーリアは慌ててワイドの首の毛にしがみついた。
「ユーリア様がご心配いただかなくても大丈夫です。決して赤い魔獣にやられた訳ではありませんから……」
「そう、ではワイド達の集落に着いたら、傷を癒してあげましょう」
ワイドは再び歩みを進めると、尻尾を振り、ユーリアが治療してくれる事に、喜びを感じているようだ。
「ワイド様。傷大丈夫。テディ様また怒る」
ワイドの側近が口を開く。ユーリアはその言葉の意味が分かってしまった……恐らく郊外演習の時にユーリアのところへ来たので、やられたのだ。テディは怒るとやり過ぎるので厄介だ。
「ワイド、テディに十分叱られたんでしょう……。
少しはこちらの気持ちも分かってね……。
傷は癒すから、それはテディに文句は言わせないわ」
ワイドは尻尾を丸めとことこと集落へと向かう。
ニノンにマノンはワイドの側近の上を、ポヨポヨと飛び始める。
「テディにやられたの?」
「テディ怒られるような事したの?」
ワイド達の側近は質問に律儀にも答える。
「ユーリア様、訓練中。そばにいる事知ったワイド様、ユーリアのところに行った。他の人間怖がらせた」
ニノンとマノンはクスクス笑いながら、今度はワイドの前を飛び始める。
「ユーリアの友達怖がらせたら、怒られるに決まってるじゃない」
「ユーリア、その傷治さなくていいんじゃない。テディ怒って当然じゃん」
ワイドはしゅんとなって、ユーリアは首を横に振って二人を嗜めた。
「叱ってもらうのはいいけど、こんなに深い傷を負わせて痛い思いまでさせなくてもいいの。ね、ワイド。言葉だけでも理解できるよね?」
「分かってますよ。もう、反省しました」
ワイドの頭を撫でてやり、尻尾が元の位置に戻ったのを見て満足していると、フェリクスがワイドに鋭い視線をぶつける。
「ユーリア様は甘いのです。魔獣は上の者の意向に背けば痛手を負って普通の事です。ユーリア様は甘過ぎると思います。
テディ様のご意向に背いて、この程度の傷であれば、恩情があったと思われます。
本当ユーリア様に出会われて丸くなられた」
フェリクスの言葉に瞬いていると、こちらに声がかかる。
「本当にテディ様は丸くなられた。息子がしでかしたというのに、この程度の傷で済むなど昔のテディ様では考えられませんな。
自分の意向に背けば喉元に食らいついていたでしょうに、今回は爪で薙ぎ払っただけで終わらせてしまった」
白い1匹の年老いた狼に、数匹の狼が寄り添うようにこちらへやってきていた。
「父上……。本当に深く反省しているのです。ユーリア様からおいでになるまで、我慢するようにします……」
またワイドは尾を丸めて、年老いた狼の話を聞いている。
「ウルト様、突然の訪問申し訳ございません。赤い魔獣たちが暴れていると聞き、早々の解決をせねばと話を聞いてすぐ出立して参りました。
今晩はこちらで話を直接聞いて、明日この目で赤い魔獣たちの動向を確認しようと思います」
ウルトは人型を取ると、笑いながら話しかけてくれる。
「ささやかではございますが、もてなしましょう。
ワイドいつまでもそんな姿をしていないで、食事の準備とユーリア様たちの寝床も整えさせなさい」
ワイドはユーリアを下ろすと、お供を連れて先に集落へと向かった。
ユーリアはウルトとのお供の背に乗せられ、ゆっくりと進む。
「倅は本当にユーリア様に懐いておりますな。ユーリア様の魔力を頂いてからは、私の後継者として厳しく育てたつもりですが、私も年老いてから生まれた息子故に甘やかして育てすぎましたな……。
これ以上テディ様のご不興を買うわけにはいかないのですが」
ユーリアの隣を歩くウルトはワイドがいなくなった森の向こうを見つめる。
*
ワイドが長になったのはほんの数年の事なのだ。まだまだ、至らないところはあるだろう。
本来なら子供なのにユーリアの魔力を得て身体も成長し、魔力がウルトを越してしまった事で、長へと変わってしまったのだ。
心が成長するまでは仕方がない。
それを支えていくウルトも大変だろうが。
「私がクラウディア様の元へ連れて行かなければと今でも思いますよ。ユーリア様に懐いたワイドがまさかお怪我をさせるなんて……あの時は肝が冷えました。
ユーリア様が泣きもせずにワイドの事を怒るでもなく、頭を撫でた時は驚きましたな……
流石クラウディア様のご息女だと思いましたょ。
あの頃のテディ様は荒れていらっしゃいましたが、クラウディア様に止められあやつの命がつながりました。
毎回ヒヤヒヤさせられる気にもなってもらいたいものです」
ユーリアもあの時はヒヤヒヤしたものだ。足が痛むと思って起きてみれば、お気に入りの子犬が急に大型犬にっているし、とりあえず、大きくなって毛並みのよくなった犬を撫でて周りの状況を見守っていたのだ。
「ワイドが小さい時はとても可愛くて、よくボールで遊んでましたね。とても利口でしつけ甲斐がありました。
とてもいい遊び相手だったのですけれど、あの件以来テディはワイドを目の敵にしていますからね」
ウルトは首を振る。
「ユーリア様あなたの血を口にしたというのは、そういう事なのです。魔獣にとってあなたの血は魅力があり、そのかわり接種しすぎれば毒でもある。
子供だったワイドはそれを理解していなかったために起こした罪ですが、我々一族もろとも滅ぼされてもおかしくない事だったのですよ。
お優しい心は大事ですが、力のある者はそれ相応の対応をせねばならない事がある。それだけは肝にお命じください。
幼い時にクラウディア様を亡くされて、身内のものが傷つく事に抵抗はあるでしょうが、ワイドの傷はそれ相応の罰だとお思い下さい。
あれは人間との距離感というものを分かっていない。
魔獣にとっては一番大事な事なのです」
ワイドはユーリア目掛けて一直線で、他の人間など目もくれずにこちらへ走ってきた。
それにその後も生徒達の演習の手伝いをさせてしまったり、夜一緒に過ごしたりしてしまった。
本来の魔獣の姿ではない。
これはユーリアの甘やかしから来るものなのだろう。ワイドが人間と魔獣の距離を保てるようにする為には、ユーリアが厳しくしなくてはならないとウルトの話から学んだ。
「ウルト様、私も気をつけます。どうしても母のそばには魔獣がいて接する機会が多かったせいか、私も距離感が分かっていないのですね……ワイドが白狼の長となるべく、私も考えを改めます。
ご教示いただいてありがとうございます。
これからも、いろいろと魔獣のことお教えくださいね」
ウルトはホッホッホと笑う。
「ユーリア様に教える事など恐れ多い。
だが、あなたは幼くして母君を亡くされた。それに周りにいる魔獣達はどうもあなたを甘やかす癖がありそうだ。テディ様も含めて……。老い先短い身の上ですが、魔獣について聞きたい事があれば、私のところへいらっしゃい。
周囲の者よりは手厳しくなりますが、お教えしましょうかな」
フェリクスがジロリと見ると、ウルトは肩を竦める。
「赤の鳥よ。某らはユーリアを支えなばならん。
テディ様に歯向かえとは言わん。
だが、若い主人を支えるものとして、意見することも覚えていかねばならん。
クラウディア様とユーリア様は経験が違うのだ。
テディ様の気まぐれは分からんが、お主くらいはしっかりと支えてやれ」
フェリクスは苦い顔になるとコクリと頷き、集落の方を見据えた。
「やれやれ、今時の若いもんは何も分かっとらんからな……。クラウディア様にお仕えした身として、お主らも鍛えた方がイイかもしれぬな……」
ウルトがそう呟く頃には、集落の入り口が見えてきた。
ユーリアが実際ここへ来るのは初めてだった。
いくつか簡易に組み立てられた家が存在している。
集落の中央には木がなく開けており、月明かりが照らしていた。
人型になった女性の狼たちが大皿に果物を盛り、肉を焼いて宴の準備をしていた。
「ユーリア様こちらへ!」
人型になったワイドが手を振りよぶ。
ウルトのお供の背から降り、礼を言うとウルトと共にワイドの元へと向かった。
席がすでに用意されているようだったが、宴が始まるまでの間はまだ人型になれない小さな狼たちと遊んだり、女性陣に混ざり談笑しお肉を焼いている姿を眺めたりしていた。
フェリクスはウルトからお説教されている。
食事の準備が整い、ワイドの声によって宴が始まる。
フェリクスによって運ばれてきた酒を皆男たちは飲みながら陽気に吠えている。
フェリクスも無理矢理ウルトに酒を注がれ飲まされていた。
「ワイド、今日は森の中の魔獣たちの動きについて聞きたいことがあったのです。
赤い魔獣が縄張りを犯している事はわかりましたが、その理由は分かっているのですか?」
すると、フェリクスを酔わせていたウルトがこちらを見て口を開いた。
「ユーリア様それは某から報告いたします。テディ様が去ってからの事ですが、こちらの集落に赤猿の長自ら足を運んできたのです」
「長自らがか?」
フェリクスは赤くなった頰を引き締め、真面目な表情でウルトを見た。
通常、長はよっぽどの事がない限り縄張りをあけないのだ。
もちろんワイドは例外だ。その分ウルトが役割を果たしているのだろう。
「はい、我々も最初は自分たちの縄張りが荒らされるのではと、戦々恐々としておりましたが、何匹かの猿を連れ、奴らは憔悴した面持ちでこの集落へ参りました。
なんでも今でも暴れ回っているだけなのは、猪の方らしく、手当たり次第に森や平原を駆け回っているそうで……。
そして、双方互いにぶつかり合い、お互いの言い分を聞き合ったら、互いに暴れている理由が同じだったようです。
猪は怒り狂うと我を忘れるため、今だに走り回っていますが、猿は少しでも情報を得るべく、色付きの魔獣に声を掛けているとの事でした」
「暴れている理由ってなんなのかしら?」
ユーリアがウルトに尋ねると少し考えるとに口を開いた。
「猿に関しては長の子が、猪はほとんどの子がいなくなったそうだ。男たちが周辺の魔物が暴れ始め警備でいなくなったのを狙い、集落が襲われたそうだ。面倒を見ていたモノの魔石を残して……」
ユーリア、フェリクスは目を見開く。
「それって魔獣の仕業じゃないじゃない。魔獣なら魔石を残すはずがない」
「ああ、人間の仕業だろう。それも故意に魔石を残していった……だから、奴らも怒り狂っているのだ。番いを亡くし、子までいなくなった。まだ子はどこかにいるかもしれないと、今は魔獣の縄張りの中で探している。猿に至っては人間の縄張りに攻め込むための有志を募っておる」
今回の背後には何らかの思惑がある。
明らかに魔獣を暴れさせている。
それがイルムヒルムによるものかは分からないが、色付きの魔獣たちが軍をなして、人間のいる町に攻め入るだろう。
フェリクスはウルトに問う。
「魔獣の縄張りの中にはいないのだな? それは間違いないのだな?」
「間違いないだろう。ジャグール平原は猪共が探し尽くし、ウルフィードの森は我々も手伝い探したが、全く臭いがしない。だが、痕跡は残っておった。ウルフィードの森から北東の森の街道に、猿の魔石が落ちておった。その方向からして人間の住む都市がある」
ウルフィードの森の北東の街道となると、大きな川と峠を越えた先に、イルムヒルムへ向かう街道がある。
「魔獣たちはイルムヒルムに向かうということね……魔獣を使い、何をする気なのかしら……。
魔獣たちも罠っていう事は気づいていても、そんな状態じゃ諦めきれないわよね……。なんて卑劣な事を……」
ユーリアは目に涙を溜めて、拳に力を入れる。
そんな様子を見てかワイドがそばに寄り、肩を貸してくれる。
「ユーリア、我々の一部も偵察部隊として参加するよ。魔獣の縄張りを犯し、何か企てているならこれからこちらに火の粉がかかるかもしれない」
「ええ、分かっているわ。私も情報を集める! フェリクス。超特急でテディへ手紙を届けて頂戴!」
ユーリアは急いでワイドから離れて魔獣達の動向を手紙で書くと、フェリクスに渡す。
しかし、フェリクスは首を振り、ニノンとマノンにその役目を促す。
「ユーリア様のおそばを離れるわけには行きません。ニノンとマノンであっても今晩中には手紙を届けられるでしょう。
私はおそばにいます」
ウルトが頷き、ニコリと笑う。
「それがいいでしょう。ユーリア様はワイドもおりますし、今晩はこちらにお泊まりくだされ。些か夜の闇に紛れての空の旅は今は危険です。こちらに残られれば万が一の場合でも我々がお守りしますよ」
ユーリアはワイドにいつの間にか流れてきた涙を拭われ、頭を撫でられる。
「ユーリア様落ち着く? 僕はユーリア様に頭を撫でられると落ち着きますよ?」
ワイドの純粋さに癒されて、ニノンマノンに手紙を渡す。
そして、ワイドにナイフを借りて血を一滴ずつニノンとマノンに渡す。
「ニノン、マノンこれでしばらくの間いつもより早く、強くなれるわ。テディによろしく頼むわ」
「「分かった。行ってきます!」」
ニノンとマノンが飛び出すと、しんと静寂に包まれる。
赤い魔獣達の話に、酒を飲んで浮かれていた狼たちも少し静かになった。
「さ、僕たちのやる事は変わらないだろ! これからの働きのためにも皆は飲め!」
ワイドが陽気に声を掛け、お酒を飲む。
狼たちが吠え始めると再び宴が始まった。
まだ、魔獣たちはすぐには動かないのだという事が分かり、少し安堵しながらも、これからのことが不安で仕方ない。
そんな表情がわかってかウルトが話しかけてくる。
「今からそんなお顔では持ちませんぞ。
有志の件は明日こちらで猿に回答する予定ですから、その際に猿めらがこの集落を訪れます。
その時に少しでもお話されてはいかがかな。
赤い魔獣達の憤りを聞いてやるだけでも奴らの心は違うと思うのです。
さ、ユーリア様もお飲みになられるといい」
ユーリアは頷くと少しだけ果実のジュースをもらった。
明日は魔獣達の話を聞こう。恐らく話し合いにはならないし、待ったと言われても待つような魔獣達ではないだろうが、人間側の一人として話を聞いてあげよう。そう思ったのだった。
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