第45話空の旅と周りの反応

 ユーリアは日が落ちてきた空を飛び、ワイドの縄張りを目指していた。


 魔獣化したフェリクスの上に跨がり空を飛ぶ。

 ニノンマノンは後ろを飛んでいる。


 隠蔽魔法で魔力は隠して、高度を上げてなるべく人目につかないように移動している。


 ちなみにあの後テディには残ってもらった。友人達が万が一でも自分を追わないように、1人くらいシュペルノヴェイルにいた方がいいのではないかと思ったからだ。


 テディは少し戸惑っていたが、御命令とあればと残ることを了承してくれたのだ。


 今回は赤い魔獣達とやりとりしなくてはならないので、同じ赤い魔獣であるフェリクスがいた方が上手く話しが回ると思ったのだ。


 シュペルノヴェイルの海の音が消え、あっという間に街並みが明かりに包まれ始める。


 街を抜ければ、森が現れ、ワイドの縄張りに着く頃には、辺りはすでに真っ暗になっていた。





 *


 街の中ではユーリアたちが飛び立った事に気づき、空を見上げる物が数人いた。


 まずは、馬車の中を移動中のディオンたちだ。ハインツはディオンに話しかける。



「ディオン、屋敷に着いたらきっと驚くぞ……俺しーらーない」


「ハインツ何のこと? ユーリアに何かあったの?」


「脱走癖のあるお嬢様だな……。全くどこに行ったんだか……。とりあえず屋敷に戻ってみるしか無さそうだ……」



 ハインツとディオンの会話を聞いていたのはイーヴァルだ。



「ユーリアちゃんって確かまだ療養中ですよね……。

 ハインツさんは何か感じたの?」


「そりゃ、惚れた女の隠蔽魔法なんて逆に分かるさ……。なんだか今上空をものすごい勢いで飛んでった気がする」



 ハインツの言葉にディオンが笑う。



「ハインツの場合本当に感知してるんじゃなくて、勘なんだよね。兄として少しユーリアがかわいそうに思えるよ」


「けっ、いいじゃないか。魔力量が違いすぎて、アイツの隠蔽魔法なんて感知出来るわけがないんだよ。あいつがこの街を出たのは間違いないさ……」



 ハインツの自信にイーヴァルはため息をつく。



「はあ、ルーカス先生には黙ってよ。僕は何も知らない」



 ベティーナも笑って話す。



「この馬車にルーカス先生が乗ってなくてよかったですわね。

 これ以上ユーリアが危険に晒されるとわかったら、働きが鈍ってしまいますわ。

 ヴァルヴィストの為にも内緒にしておきましょう。

 屋敷に戻ってユーリアがいない事に気付いた時には適当に誤魔化してしまいましょう。

 仕事させなくては……。ユーリアには騎士がいるようですから必ず守ってくれるでしょう」


「あの魔術師といい、召喚術師といい、この国のトップである術者たちが心配するとはユーリアは一体何者なんだ……。まあ、考えただけで無駄が……」



 シェルトが考えを巡らせるが、遠い目をして考えを放棄する。

 その様子にディオンが笑いながら答える。



「力は普通じゃないけど、心は普通の女の子だよ。面倒だって言いながら可愛い小物や服を買い込むし、初恋をすれば毎日ぼーっとして、時折顔を真っ赤にして一人で百面相をしてるし……」


「ユーリアって初恋経験済みなの? そんな気配はなかったのに……」



 イーヴァルが食いつくが、ディオンは昔を懐かしむように優しく微笑んだ。



「恋する気持ちに戸惑うユーリアは可愛かったよ。それが湾曲して学園にまで行くとは思わなかったけど……」


「それって失恋したって事ですか? あれ程の美しさを持っていたというのに……」



 イーヴァルが目を爛々とさせて話を聞いている。



「失恋なのか僕もよくは分からないけど、ユーリアはそう思っているのかもね……。相手が相手だから……」


「でも、院まで迎えにきてた事あったじゃん。これからデートだって言ってユーリアの事連れてってたし……。脈はあったんじゃないの? それに先輩って確かユーリアの……」



 ハインツがディオンの言葉を否定して話をするが、ディオンに睨まれる。



「ハインツ、今はもう何も関係がないだろ。学園にユーリアが行くと決めた時点でその話は無くなった。僕は学園で幸せならそれでいいんだ」



 優しかったディオンの険のある表情に、その場のものはそれ以上質問ができなくなってしまった。



「とりあえず、屋敷に帰って今日はゆっくりしよう。ユーリアにはテディ達がいるし、大丈夫だろう。そうそうあんな魔獣が現れることはないだろうから……ユーリアも守るモノが無ければ無理をしないよ」



 ディオンは馬車から街を見やり、馬車の中には静寂が満ちた。





 *


 そして、城では3人がそれぞれの場所で反応する。



「あのバカ……。俺たちが行った時はどこかに行く気配などなかったのに……」



 訓練場で騎士達と手合わせしていたエドガーがため息をつく。

 そして、投げやりになると騎士達への扱きが始まった。



「お前ら! 今日はもっと遊んでやるから、どんどん来い!」



 いつもやる気がないエドガーが、本気を出し始めた事に入りたての騎士達が驚き、先輩の騎士へとコソっと質問をする。



「エドガー様、今までにない気迫ですね。やはりイルムヒルムから他国へは要請が来ているという事ですし、魔獣が活発化しているのでしょうか」



 先輩騎士は首を横に振り、遠い目になった。



「エドガー様が本気になる時はだいたい女が関係している。憂さ晴らしだ。気を付けろ、今日はいつものようなぬるい打ち合いにはならない。気を抜けば、大怪我するぞ。

 油断すれば即治療院行きだ」



 エドガーは話をしている2人を睨みつけると、剣を突きつける。



「そこの2人無駄話は終わったか? 時間がない2人まとめて相手してやる! 本気で来ねぇとどうなるか分からねぇぞ!」


「はい!」



 訓練という名の憂さ晴らしが始まり、2人は間もなく治療院へと向かうこととなり、他の騎士たちにはいい教訓となった。

 エドガーは2人を治療院送りにすると、その場を後にしてイェンニの元へと向かった。




「何故ユーリアは危険な所に自ら足を突っ込んで行くのか……」



 ヴァイセルも自分の書斎で頭を抱えた。今回集められた情報を検分していたのだが、もう、頭が回らない。



「ユーリア頼むからじっとしていてくれ……」



 そう、呟くとイェンニからの呼び出しがかかるのを予想して、広げていた書類を片付け始める。



「彼女は本当に私の予想を超えた行動ばかりだ。学園に行けば、危険な事に首を突っ込まないと思っていたから、送り出したというのに……。

 これなら、無理にでも私の手元に置いておけばよかった……」



 深いため息を吐きながら、机の引き出しから一通の手紙を出す。



「ユーリアの羽根を奪ってしまいたいよ……。カルステン。何故私はあの時何も打ち明けなかったのだろうな……」



 ずっと書斎の中に待機していたカルステンが口を開く。



「あなたのおそばにいる事で、彼女を傷つける事になってしまう事を恐れたからでしょう? それにご自身に自信がなかった。

 後悔するくらいなら、うちのバカ息子のように何度も何度も口説けばいいのです。

 まあ、それが出来ないから今に至るのでしょうが……。その謙虚な所がヴァイセル様の良いところでもあります」


「カルアスか……。本当にあれは何度もストレートに自分の気持ちを口にしているな……。あれぐらい私も自分の思いを告げてみたい……」



 カルステンは優しく微笑むとヴァイセルの肩に手をそっとおき、声を掛ける。



「時がくれば、また今までのようにユーリア様とお話できる日が来ます。その時に思いを告げてみてはいかがでしょうか。後悔しないように……」


「そうだな……今度は思いを告げよう」



 ヴァイセルは手紙をぎゅっと握り、机の引き出しへと戻した。椅子から立ち上がり、扉を開けるのであった。





「はあ、血は争えぬな……」



 イェン二には自室にローラントと共にいた。


 イルムヒルムで集めた情報の詳細の聞き取りをしていたのだ。



「ローラント、エドガーの出発が早まりそうだぞ。ヴァイセルには国防のため残ってもらうがな」


「ユーリアが何かしたのか?」



 イェンニの言葉にローラントは頭を傾げる。


 ローラントはそれほど魔力を有していないのだ。

 イェンニは少し微笑むとユーリアと自分の亡き友人を重ねる。



「ああ、あれの娘だ。全く自分の危うさを分かっていない。至急、エドガーとヴァイセルを呼び出せ!」


「は!」



 ローラントは廊下に控えていた護衛の騎士達に声をかけ、イェンニの自室へ2人を呼び出しに行かせたのであった。



「して、何があったのじゃ?」



 ローラントの問いにため息を交えながら答える。



「ユーリアがシュペルノヴェイルの国境を出て、おそらくウルフィードの森へと向かった。おそらく魔獣の動きを召喚獣に探らせていたのであろう。

 あそこにはユーリアに懐いている狼がおるからのう。そこに今晩は泊まり、明日には暴れているという赤猿、赤猪の元へと行くつもりだ。

 闇の組織の事までは恐らく知らぬのであろうな……。情報源がユーリアにはない。

 どこに奴らが潜んでいるか分からない。1人のためにそう何人もは動かせぬから、エドガーに魔獣の動きの活発化について調べさせるという名目で派遣させようと思う。

 ユーリアがまたよからぬ方向に足を突っ込むと我々にも被害が出そうだからな……」


「たしかにユーリアは事を大きくするので、誰かお目付け役がいた方がいいでしょうが……」



 2人が話をしていると早々にエドガー、ヴァイセルがイェンニの自室へと入ってくる。



「陛下お呼びでしょうか」



 2人は片膝をつきイェンニの前へと出る。



「お主ら二人も分かっておるだろう? ユーリアが国を出た。二人ともは国からは出せない。なのでエドガー。明日行く予定だった魔獣の動きの確認の予定を早め、準備ができ次第向かえ。

 あれは誰かお目付け役がいないとこちらに被害が出る可能性がある。

 ヴァイセルは国防のため残れ。

 今は黒鷲達により各国から情報を集めている所だろうローラントともに情報を精査しエドガーとの連絡を密に取れ。

 闇組織が暗躍しておるとなれば、ただ無闇に突っ込むだけが、ユーリアを守る事ではない。

 それぞれの役目を果たせ! 一番はシュペルノヴェイルの民のために!」


「はっ!」



 3人は、それぞれの任を与えられ動き出すのであった。



 ユーリアは闇の組織が今回の件に絡んでいることを知らない。


 魔獣のことを知っている自分が、学園の皆の助けになりたいと先走った事により、周りにどれだけの被害を生むのか全くわからずに、ワイドの元へと辿り着いたのだった。

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