第44話はまりはじめたピース

「私はあれを構いすぎたな……あそこまで忠義心があるとは……学園へ行くよう促せば、少し外の世界で生きようとするかと思ったのだが……」



 夕方、城の一室にイェン二、ヴァイセル、エドガー、ローラントが集まって談話をしていた。



「だから、あまり関わりを持たぬ方がいいと申したのに、陛下が事あるごとにからかうからじゃ」



 ローラントはイェン二を嗜める。

 イェン二とは下町で行動する時に使っている名で、本来はこの国の国王陛下にあたる存在なのだ。

 イェン二は気まずそうに肩を竦めると、頭をかく。



「あれは、ちょっかいを出せば出すほどちがう方向に動くから、面白くてなー。それにしてもユーリアは成長魔法使い続けているのか……益々大人びているぞ。成人は超えているだろう?」


「陛下のお役に立てるようにと、なるべく少しずつ魔法を使い続けているように思います」



 イェン二の言葉にヴァイセルが答える。



「そろそろ成長を止めろと言わねば、あれは命令が出ないと気づかずにどんどんと大人になって行きますよ。中身が13歳の子供なのに外見は17、18の女になってしまっている」



 エドガーもヴァイセルの言葉に続けて発言する。

 イェン二は腹を抱えて笑い出す。



「あれの中身は不思議だ。大人びた事を言うかと思えば、子供のような素振りもたまに見せる。

 恋愛関係なんて本当にまだまだ子供だ。

 早く男の1人や2人できれば中身も成長しようものを……見た目は完璧にいい女だな。ヴァイセルよ」



 ヴァイセルは咳払いをし、動揺を誤魔化している。



「そうだ。髪色は父であるエルノにそっくりだが、顔立ちやスタイルはクラウディアそっくりだな。エドガーよ」



 今度はエドガーが明らかに目を泳がせた後、腕を組み目を閉じている。



「陛下、2人とのお戯れはその辺りにしてくだされ。ユーリアは貴女がエルノを助けにきた時に魔力の暴走を止めてくれた事に恩義があるのでしょう。

 8歳の少女が自分では制御できない力を目の当たりにして、自分自身に恐怖を覚えた時に支えたのは紛れもなく貴女じゃ。

 それに恩義を感じてもなんら不思議ではない。

 体を成長させろと言えば成長させるし、隠密として諜報活動をしろと言えばその言葉に忠実に動こうとする。あれはまだ子供なのじゃ……。その分陛下のお戯れであっても、従順にこなそうとする。それは分かりきった事であろうに……」



 ローラントの言葉にイェン二は素の表情へと戻った。

 イェン二の友人である母クラウディアの死を看取り、目の前で父親が死にかけ、その幼い子は自分の無力さを嘆いたのだ。


 ただ、自分のそばに置いて見守ってやりたかったのに何故こうなってしまったのか分からない。


 クィントン家から少しでも離れ、他の者達が生活する場を見せてやる為にも隠密の仕事と偽って、いろいろな世界を見せてやったつもりだった。


 だが、彼女はイェン二のためにと学業の面でも優秀さを露見し、早々に修業過程を終わらせ院まで進み、クィントン家の派閥争いに巻き込まれてしまう。


 自らどんどん泥沼にはまっていく様子を見守るしかなかった。


 幸いにも、たまたま嫁ぎ先は良縁だったため、クィントン家から引き離し、婚約者との仲を深めようと思えば、ユーリアは逆に離れてしまった。


 全てはイェン二のためだと分かっている。


 色恋沙汰は不要と6年間シュペルノヴェイルを離れる事で縁談を破談とし、6年後には感情を抑える術を身につけてイェン二の元へ戻ってくると約束して、イェン二の手の中から離れていった。


 シュペルノヴェイルを離れる事で少しは気持ちが外に向けばいいが、まだ数ヶ月とは言え、忠義を忘れていない。


 あちらで恋の1つや2つをしてその忠義に勝る感情を知って欲しい。


 友人の娘である彼女には、友人のような顛末は迎えて欲しくないのだ。


 イェン二のそばにいるからこそ、クラウディアは狙われ、策にハマり命を落としてしまったのだ。


 彼女が自活して過ごせるようになるまでは保護しようと決めたが、その気持ちが逆に彼女を苦しめるとは思ってもみなかった。


 イェン二は深い溜息を吐く。



「あれを私の目の届くところで、保護したかっただけだったのだかな……そううまくはいかぬな。だが、外に出たのは正解だろう。良縁に恵まれる事を祈っている。

 クラウディアはエルノと出会い、幸せだと常々言って私にも早く家庭を作れと言っていた。

 さっさと忠義より自分の幸せを優先するような相手と、出会って欲しいものだ。さて、ローラント、エドガー持ち帰ってきた情報を聞こう」






 イェン二は早々とユーリアから思考を変え、イルムヒルムの動向について確認する。

 まずはローラントが口を開いた。



「儂の知り合いのイルムヒルムの者に聞いて回ったところ、今回我が国を除いて出されているという救援要請は、宰相のデニスによるものだそうじゃ。

 都市の警備は通常通りだが、念のため都市で生活している魔力持ちは都市外に出る事を禁じているそうじゃ。

 他国の魔力持ちが集まってきておるが、一定数集まり切るまで出陣はしないそうで、早くきた者達には都市で暮らす金を前金としてばら撒いていると言っておった。

 財政的にもそこまで潤っておる訳でもなかろうに、宰相がそこまでして今回の遠征に力を入れているのか分からぬと反発の声も上がっておるそうじゃぞ。

 実際魔獣も雑魚ばかりで、救援要請を出す程なのかと騎士団長も抗議したらしいが、抗議により罷免され、副団長が団長になり、それ以降異議を唱える者も居なくなってしまったらしい」



「あそこの長はお飾りだが、あの宰相は食えぬ男だからのう。何らかの思惑があると思って良いだろうが、騎士団長を罷免するのはやり過ぎではないのか?

あそこの団長は有能なものだったはずだ。あの男がそう容易に切り捨てるとは思わんが……」



 ローラントの話にイェン二が首をひねる。

 騎士団長はエドガーとも肩を並べる体術の猛者だ。頭もきれる。

 今度はエドガーが口を開く。



「騎士団長とちとばかし話をしたが、宰相は最近女を連れて歩いているらしいのです。その女というのがどうも怪しい。

 着飾って相当貢がされているだけだと思っていたらしいが、どうやら政治の事にまで口を出している様子があると言っておりました。

 その女について探っていたとも言っておりました。

 尻尾を掴む前に罷免されたようですがね」



 イェン二は顎に手をやるとニヤリとする。



「ほう、その女が黒幕と見て間違いないと……なにを裏で動いているやら……。こちらに被害が出なければいいが、今後もイルムヒルムの動きは注視していかねばならないな」



 ローラント、ヴァイセルがイェン二の言葉に頷くと、エドガーは再度口を開く。



「それともう一つ、今回の件に関連しているか分かりませんが、イルムヒルムに闇組織バルナバージェリの構成員がおりました。接触したところお耳に入れておきたい情報がございます。もしかすると、今回シュペルノヴェイルの海に現れたキメラは彼らの試作品かもしれません」



 その場にいた皆がエドガーを見つめる。



「組織では現在、赤魔石と透明な魔石を集めております。大量に集めた魔石を用いて魔獣の召喚及び精製を行うそうです。

 キメラは大規模な精製を行う前段として、自分たちの作った魔獣の生態を研究し、動きを観察するために作られたのではないかと思います。

 あくまで推察なので証拠も何もありませんが、十分に疑ってもいいのではないかと思います」



 ヴァイセルが驚きと恐怖に拳を握りしめると、声を絞り出す。



「つまり、今度はもっと凶悪な魔獣を生み出すと……。

あれはユーリアとテディ、カルステン と私の魔法でようやく片付いたんだぞ……。それ以上となると……」


「ああ、俺も奴らの話を聞いたときは、一から魔獣を作り出すのかと思ったが、魔獣を強化して作り上げる技術が、すでに完成しているのであれば可能だ。核となる魔獣に上位種を使ったところで、制御が出来るかは分からんがな……」



 その場にいる皆が凍りつく。この話をしたエドガーでさえ恐怖しているのだ。



「また、繰り返されるのか……まさか今回の要請に絡んでくる事はないんじゃろうな? 魔力持ちがイルムヒルムには集まっておるぞ?」



 ローラントの考えにエドガーが大きく頷いた。



「可能性があります。ジョエルに魔獣達の動向を探らせたところ、赤猿と赤猪がどうやら暴れているようです。今のところ人に害をなすようなところに出てきているのは、弱い魔獣ばかりですが。

 赤い魔獣ばかり暴れているのには裏がありそうです……陛下、私は明日シュペルノヴェイルを離れ、ジャグール平原に赴き、赤い魔獣たちに話を聞いてこようと思います」


「ああ、頼んだぞ。連絡用としてカルアスを連れて行け! 話ができないようであれば、すぐに引き返すように……」


「はっ!」



 エドガーが胸に手を当て命令を受ける。


「皆も再度情報収集をしていこう。イルムヒルムの件は否応でも関与して行かねばならぬ可能性が高い」



 その場にいる皆が返事をすると、会議はお開きとなった。


 1人残るイェン二は窓から夜空を見上げ、黄昏ていた。



「クラウディア、お前が生きていればといつも思うよ」



 一人で感傷に浸るのであった。

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