第43話昔の夢とおでかけ
皆が出かけて行き2日目の昼過ぎ、小さな鳥型のニノンとマノンが、ふわふわと枕元に身を寄せてくる。
目を閉じると、そのふわふわ感が心地よい。
あっという間に睡魔に負けてしまった。
母のお気に入りの屋敷にいるせいか昔の夢を見た。
*
「ユーリア、おいで、今日はこの本を読んであげましょうね」
母の膝に乗り、母の足元には白い猫が丸くなって
眠っている。
母は、この国に伝わる物語を読んでくれている。
私は確かこの頃必死になって文字を覚えていた。
3歳くらいの時の記憶だ。
魔法を使って10人の魔法使いが、5匹の魔獣と共に、悪い魔獣を懲らしめる物語。
戦いの中2人が大怪我をして、残りの人たちに自分たちの力を託すと、残ったもの達で力を合わせて、悪い魔獣を封印するのだ。
「ユーリアいい。この話は本当にあったお話なのよ。この魔獣は神獣と奉られこの大陸で崇められているの。魔法使いのうち5人は王様になって、その子供たちが今もこの大陸を守っているのよ」
「お母様。じゃあ悪い魔獣も、どこかに封印されているの?」
3歳の子供にどう答えるか迷っているが、母は真実を告げる。
「封印というよりも、存在を消しきれなかったというべきかしら、もうこの世界には彼の体は存在しないわ。だけれども魔石は封印してあるの。力が強すぎて壊すことが出来なかったのよ」
ユーリアが知った事は、この世界に魔法がある事と魔獣と呼ばれる存在がいることだった。
母に教わりながら海へ向け魔法を放ったら、父が焦って屋敷から飛んできたり、母の見様見真似で新しい魔術具を作ったら母が大喜びしたり、楽しい思い出達。
視界が一点し、瓦礫の山が目の前に現れる。
人型のテディと共に瓦礫を掻き分ける。5歳の子供だ。テディの足手纏いだった。だが、必死に小さな石を掻き分ける。
その手には血が滲んでいる。
瓦礫を除けると、そこにいたのは小鳥型のニノンとマノンが母に寄り添っている姿だ。
「クラウディア何が……」
テディの焦った声と、母の弱り切った声が聞こえる。
「あの子をお願い……この子たちはあの子の支えになるはずよ……」
「何をしているんだよ! 我が子大事に身を滅ぼすつもりか!」
「もういいの。助からないのは分かっているわ。いずれはこうなると思っていたし……ユーリアは?」
テディが握る手は震えている。
「ユーリアお願い父さんのところへ連れて行って。表面だけでいいから傷を治してね。彼に会うのにこの姿じゃ嫌なの」
泣きながら、母の傷を治していく、治療していれば分かる。何故生きているのか不思議なくらいだ。
屋敷に移動して、母の望みである父と最後の別れをさせる。
「ユーリア、母さんが呼んでいる。最後はお前に看取られたいと……ここからは女同士で話すことがあるそうだ」
父は泣きながら部屋を出てくるとそう告げて、どこかに行ってしまった。
テディは母を抱え。ユーリアはテディにしがみつき、空をかける。
母が指定した場所へ下ろすと、母はユーリアの手を取った。
「ユーリアにはこれを……ユーリアあの人の事よろしくね……父さんによく似た髪色と私に似た目……きっと美人になるわよ……あなたも良い人に巡り合えますように……」
母から光が溢れそれを受け止めると、ユーリアを握る手には力が入らなくなった。
*
「母さん、母さん!」
空を切るその手を伸ばした。目の前に広がるのは見慣れた天井だった。
流した涙を拭い、胸元にあるペンダントを握りしめた。
「ユーリア大丈夫?」
「うなされてた」
ニノンとマノンが顔を覗き込んでくる。
夢から現実へと戻ったようだ。
嫌な夢を見た。と一言告げると、ユーリアは力なく起き上がり、椅子をニノン達に移動させてもらい窓から海を眺めるのであった。
何故今この夢を見たのだろうか?この屋敷に来たから……何か胸騒ぎがする。
トントンとドアをノックする音が聞こえる。
誰だろうと首を傾げているとテディとフェリクスが部屋の中へ入ってくる。
「ユーリア様、フェリクスと共にただいま戻りました。それぞれ報告したい事がございますが、客人がいらっしゃっております。
お通ししてもよろしいでしょうか」
テディの言葉に上着を羽織り、来客を通す準備をする。
最初に女性が部屋に入り、後にはエドガーとヴァイセルが続く。
「ユーリア、体調はどうだ?」
部屋に入ってきた女性が問う。
ユーリアは座っていた椅子を立ち上がり、片膝を付こうとするが、バランスを崩し転びそうになる。
「無理をするな……」
即座に反応をしたのはエドガーだった。
体を支えられて立ち上がる。
「ユーリア、無理はしなくてもいい。椅子に座ったままでいいから、少し話をしようではないか」
女性に促されて、エドガーに支えられながら、椅子に座る。
テディ達が客人を席へと案内し、お茶を出す。
「イェン二様ご足労をいただきありがとうございます。体調は徐々にですが、戻りつつあります。魔力の方は主治医に確認して経過が良ければ、元通りになるはずです」
イェン二はお茶を優雅に啜りながら、ユーリアを見つめる。
「それは何よりだ。ユーリアは本当に厄介事に巻き込まれるな……こちらにも被害が出る」
イェン二からの言葉でユーリアは恐縮する。
巻き込まれたくて巻き込まれている訳ではないのだが、皆に迷惑を掛けている自信がある。
ユーリアが俯くとイェン二が笑う。
「半分冗談で、半分は本当だ。あの日ユーリアの魔力が感知されたと思えば、ヴァイセルが国防の会議中にカルステンとカルアスを連れて席を外すし、怪我をしたと聞けばエドガーは諜報活動を切り上げ、ジョエルを使い最速で国まで戻ってきた。
予定が狂わされたのは事実だからな」
イェン二が高笑いすると、ヴァイセルとエドガーは苦い顔をする。
2人はユーリアの危機と知って飛んできたようだ。
ヴァイセルは院生時代の先輩でもあり、魔法の師でもあるのだ。
「ご心配をおかけしました」
「そう、謝ることではないさ。ユーリアのお陰でキメラの街への侵入を阻止する事ができた。
あれはこの国に掛けている魔法すら、隠蔽魔法により掻い潜る。
下手に何もないところから侵入されていれば、被害は大きかった。礼を言う。
にしても、あのキメラ全く情報が入って来ぬ。まだ、2日とはいえ上位種が使われたのだ。取引の痕跡くらい残していてもいいものを……」
イェン二は首を横に振り、下を見た。国の情報網に置いても情報が入ってきていないようだ。
フェリクスが挙手をして発言をする。
「失礼ながら私の方も全くと言って情報はございませんでしたが、恐らく元から上位種という訳では無さそうです。
海に済む魔獣には疎いのですが、各地方の魔獣より話を聞くに、青のルクイドの上位種は、皆いなくなったという話を今のところ得ていないのです。
恐らくは何者かが、ルクイドを捕獲し強化させた上で、放ったと考えるのが妥当かと思います」
フェリクスの言葉にイェン二は思考を巡らせる。
「ただのルクイドの捕獲であれば足もつかないか……なるほど、余計に情報は集まりそうにもないな。ましてやスライムまで改造されているとなれば、尚更情報が入って来ないのが妥当か……。
情報が得られないとなれば、今後も同じキメラが入り込んだ時の対策だな……。
後は大量に殻に仕込まれていたという魔石の入手経路か……。
どれも藁をもすがる話だな……。
キメラの件こちらでもう少し探ってみる。今はゆっくりと体を治せ」
「はい、イェン二様、どの国や組織が関与しているか分かりません。お気をつけください」
イェン二は微笑むとお茶を飲み干した。
そして、ユーリアを見る。
「ところで、今回連れてきた学園の者の中に、ボーイフレンドはいるのか? ヴァイセルの報告によると男が多いそうだな?」
ボーイフレンドという言葉にユーリアは慌てる。
エドガー、ヴァイセルもむせている。
「ボーイフレンドなんていません。私にこんな短期間で作れるとお思いですか?
それに、学園には殿方を探しに行った訳ではないのです。
我儘を言ってこの国を出てはしまいましたが、私は陛下のお役に立てるよう少しでも普通の生活に溶け込み、見聞を広め、隠密の行動が取れるように、日々学生として鍛錬している所です!
この国に戻った時には、よりお役に立てるようになっていたいのです!」
ユーリアの熱弁ぶりを、イェン二は大笑いで聞いている。
「ユーリアの場合隠密は無理だろう。私はユーリアが学生の間くらいは普通の生活を経験するといいとは言ったが、そこまで気合を入れる事ではない。ボーイフレンドの1人や2人、紹介してくれるのを楽しみに待っているのだぞ。
卒業する時にはボーイフレンドも国へ連れて来ればいいさ」
イェン二は腹を抱え、涙を拭う。
ユーリアは顔を真っ赤にさせ、頰に手を当てている。
イェン二は急に真剣な顔つきになると、立ち上がりユーリアを抱擁した。
「ユーリア自分の秘密をすべて打ち明けられる者に出会えたならば、無理に私のそばに居ようとしなくていいんだ。
其方はもう十分に苦しんだだろう? 忠義など考えなくていい。
前から言っているが自分の幸せも見つけなさい。
いいか、今はまだ分からない事かもしれないが、運命の相手とはどんな苦難があっても添い遂げたいものだそうだぞ。
母君がよく私に説教していたものだ。
ま、私はまだそんな殿方と出会った事はないがな」
再び笑ってユーリアの頭をポンポンとしながら離れる。
「ユーリア様イェン二様からのお墨付きも出ましたし、ベティーナ様からのご紹介楽しみでございますね。
隠居生活のために農業か畜産を行える方とおっしゃっていましたが、流石に生産クラスのロドルフォ先生はお年が離れすぎておりますので、せめて上級生の生産クラスの方にしてくださいね」
テディが和んだ雰囲気の中、会話に混ざってくる。
私が隠居生活しようかと言った事を、サラッと暴露してくれる。
「テディ余計な事言わなくていいの。あくまで理想の話だったじゃない。それに父さんより歳下なら守備範囲!」
「ユーリアに理想の殿方がいたとはいい傾向だ。隠居生活も大いに歓迎だ。その時には、シュペルノヴェイルの農村に、土地をくれてやってもいいぞ」
イェン二は「それにしてもユーリアは隠し事ができないな。隠密には向いていない」と笑いながら言った。
「申し訳ありません。あくまで私は隠居生活よりイェン二様の元で……」
ユーリアの言葉を遮ってイェン二は頭を抱えながら、口を開く。
「だからその忠義などいらぬ。十分に其方の父には今でも働いてもらって本人から恩は返してもらっている。これ以上責任を感じるな。父からも言われているだろう。隠居生活でもなんでも送ればいい」
「ですが、私はあの時イェン二様の少しでもお役に立てるようにと心に決めたのです」
ユーリアはイェン二の手を取り見上げる。
イェン二は困ったように笑うと言葉を濁した。
「その事は、もう十分に役目は果たしている。其方が絡むと飽きる事はない。それだけでも私の心に安寧を抱かせる。またシュペルノヴェイルに訪れると良い。次はボーイフレンドを連れてくる事。これが命令でよいか?」
ユーリアは頰に手を当てると、驚愕の表情を浮かべる。
「イェン二様その言葉はあんまりです……私どうやったら男性を落とせるんですか……未知数です」
イェン二はまた高笑いをして、後ろにいる2人を見やる。
「其方の鈍感さでは難しいか。男を落とすならもっと自分の周りを見る目を養わなくてはな。
ユーリア体調の悪い中、長居したな。
療養せよ。次の帰郷の際は期待しているからな。」
イェン二は笑いながら部屋を出ていった。
テディもイェン二を送り出すと、部屋へ戻ってきて笑いを堪えながらユーリアへお茶を煎れ直す。
お茶を飲み直し少し感情が落ち着いたのを見計らって、テディが話しかけてきた。
「ユーリア様、イェン二様のおっしゃる事はごもっともです。
もう少し自分の周囲に目を向けてくださいね」
「帰郷しなきゃいいだけなので問題ないでしょ……。たぶん。けど、命令だから、やれる事はやってみる。
それより、テディ、イルムヒルムの件の報告を……」
テディは肩を諫めて、報告をし始める。
「それでは、ワイドより得た情報ですが、暴れ回っているのは、ウルフィードの森の一角を縄張りとする赤猿たちとジャグール平原の赤猪だそうです。
なんでもただ縄張りを荒らしていくだけで、魔獣たちに危害を加えている訳ではないようです。
ただ、下級の魔獣たちがその勢いに怯え、縄張りから出て、人のいる所にチラホラと流れ始めているのが問題のようです」
色付きの魔獣が暴れているだけなのであれば、その暴れている原因を確認すれば、他の魔獣達も元の縄張りへと引き返す可能性がある。
ひとまず、テディたちを連れて魔獣に直接接触を取るのがいいが、何が原因かが問題だ。
「フェリクス、赤猿、赤猪は話の分かる者たち?」
色の繋がりのある者たちは、面識があったりお互いの特性を知っている事が多い。
ここは赤い魔獣であるフェリクスに確認する。
「赤猪は怒ると手がつけられなくなりますが、赤猿はまだ話ができるかと思います」
「そう。すぐ出立しよっか。今日はとりあえずワイドのところに泊めてもらおう。明日赤い魔獣達を探すよ!」
ユーリアは立ち上がり出立の準備を始めようとする。しかしテディに止められる。
「ユーリア様、ディオン様に一度診察していただき、体調の確認をしてもらってからの方が良いのではないでしょうか? あまりお身体を休ませないのはご負担になるかと……」
2人に見つめられるが、できるだけ皆を巻き込みたくない。今日の夕方にはここに戻ってくる予定なのだ。
その前に出立したほうがいい。
それに、話ができる魔獣なのであれば、解決策を練った方がいいと思うのだ。
人と魔獣、両方に被害が少ない方がいい。
ましてや、ヴァルヴィストの生徒が巻き添えをくうのだ。
3日後にやってくる先輩達の為にも今から動いたほうがいい。
「私は大丈夫。それに優秀な召喚獣を2人連れていくからね。出立の準備を。ニノン、マノンも着いておいでね。キンモには皆への言伝をしよ!
んー、昔馴染みのうちへ遊びに行った事にしよっか!」
「ユーリア様、そこは具体的にエドガー様とお名前を出したほうが信頼性が増しますよ。
エドガー様の元へであれば、急遽予定が入ったとしてもディオン様に怪しまれる事はないでしょう」
流石、テディである悪知恵が働く。エドガーには申し訳ないが、名前を拝借する事とした。
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