第42話海での戦闘の終焉と休養

「残ったのは殻と魔石だけか……」



 ヴァイセルは海に浮いた残った殻に近づく。ユーリアも下を覗き込み殻を覗き込む。


 中には黒魔石が主に組み込まれており、殻自体が媒介として魔術具になっているようだった。

 組み込まれている魔石とは別に黒魔石や他の色の魔石が散在し、透明な魔石がいくつか日の光を反射して輝いている。



「魔獣だけでなく、魔力持ちの人間が犠牲になっているのだろう」



 ヴァイセルは魔石を回収しようと殻に降りたとうとした。



「ヴァイセル! だめっ!」



 殻に組み込まれた魔力回路が赤黒い光を放つ。


 黒魔石に取り込んでいた魔力を、他の魔石に移動させ力を増幅させた上で爆発した。


 ユーリアが最後の魔力を込めて殻を覆う防御魔法を放った。


 中では無数の爆発が起こり続けている。


 ヴァイセル、イーヴァル、カルステンがそれぞれユーリアに続き防御魔法を張った。


 中の爆発が落ち着く頃には、今日ユーリアの意識は途絶えていた。






 気がついたときにはベットの上だった。

 側にはテディがいて、心配そうにユーリアの隣に座っていた。



「ユーリア様、目が覚められましたか……本当によかった……心配させないでください」



 テディはユーリアの手を握り、安堵した顔を見せる。



「ごめん。テディ心配かけたね。無我夢中で魔力使っちゃったから……そういえば皆は無事?」



 テディは優しく微笑むと「皆様は大丈夫ですよ。元気にされています」と一言返してくれた。しかし、すぐに苦い表情に変化させながら言葉を続ける。



「皆様は無事ですがユーリア様……。いくら緊急時とはいえ、毒の効果で魔力が回らない状態で無理矢理あれ程の魔法を使うなんて……。

私もすぐに対応できなかったのが悔やまれます。主人の身を二度も危険な目に合わせるとは……シモベ失格です」



 テディの視線が下を向き、自分の行いに後悔しているようだ。

 ユーリアは体を少し動かし、もう片方の手でテディの手を包み込む。



「テディ、予想できないことが立て続けに起こったのです。あなたには十分守っていただきましたよ?

あそこであのキメラを撃破出来たのはテディの火力があったからです。

 私の大事な家族や友人を守る事ができました。

 だから、悔やまないで。

 それはそうと、なんだかお腹空きました……美味しいデザートが食べたいです。テディ」



 ユーリアは優しく微笑むと、テディはその顔を見つめ、微笑み返してくれた。



「丸一日眠っていらっしゃったのです。お腹もすくでしょう。甘いお菓子と暖かいお茶をご用意しますね。ユーリア様はこんな時でもデザートが1番なんですから」



 テディは「少しお休みください」と言い、部屋を出て行った。


 あれからの事が全く分からない。あの後あの殻やキメラは恐らく大破しているため、そこからの情報は得られない。

 残骸なしで、情報を集めるにもどこから手をつけるか、迷うところであろう。

 他国なのか、それとも組織なのか……。


 何にしても、アレだけのキメラがもし街に入っていたとしたら、規模の大きさは計り知れない。

 騎士団がテディのようにルクイド部分に深傷を合わせれば、液状化したスライムが押し寄せ、あたりの魔力を食い尽くす。

 もしかすると見境なく魔力のもたない人間も被害に遭う可能性もある。


 精鋭部隊でなくてはアレは対処できないのだ。


 今回は国を誇る二人の魔力持ちに、上位種の魔獣が2体いたため、被害が最小限にとどめられた。


だが、キメラには高度な隠蔽魔法を使っているため、今後、いつどこに侵入してくるか分からない。


 大切な家族や友人がいる今は不安な事だらけだ。


 ユーリアが考えを巡らせていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 ドアから顔を覗かせたのはディオンだった。



「ユーリア、目が覚めたんだって……少し診察させてくれないかな?」


「お兄様。はい、まだ魔力の流れが安定しないので、お願いします」



 ディオンはユーリアのベットの縁に腰かけると、魔力の流れや怪我の具合を確認する。



「まだ、無理に魔力を流そうとしちゃダメだ。少し回路が荒れている。自分で確認するのは禁止。

僕が見てあげるから、暫くは大人しくしてなさい。

怪我や毒の方はヴァイセル様が治して下さっているから、ある程度は大丈夫だと思うよ。3日間は屋敷で安静にしてなさい」


「はい」



 ユーリアは大人しくディオンの言うことを聞き、魔法は暫く使わない事にした。



「ユーリアは起きてすぐデザートが食べたいって言ったんでしょ。

医術師の端くれなら、もう少し栄養あるものを食べなきゃダメって分かるだろうに……。

いつまでたってもそういうところは子供なんだから」



 ディオンに鼻先を人差し指で突かれる。小さい頃から我儘を言った時に言うことを聞かせる時はいつもされていた。

 なんだか、懐かしい気持ちになる。



「ジェルジュも心配してたぞ。

あの後すぐニノンが屋敷に連れてったから、あの子だけは戦闘は見ていないんだけど、何かが起こったのは分かって、意識のないユーリアをテディが屋敷に連れてきた時はもう大変だったよ。

 診察になかなか入れなくてこっちも焦ったよ」


 ジェルジュにも悪いことをした。戦闘を見ていない事はいい事だが、何も見ていなくても緊迫した空気を感じ取って、きっと怖かっただろう。



「ジェルジュには怖い思いさせてしまいましたね。後からテディに呼んでもらいます」


「そうだね、元気な姿を見せてあげるといいよ。今日の夕方には本邸に帰る予定だから、その前に会ってあげて。

 本当は義母さんの目があるから泊まらせたくなかったんだけど、ユーリアが目を覚ますまでいるって大駄々だったから、ユーリアが怪我した事を言わない約束で今いるんだ。

 ティナちゃん達が遊んでくれてるから機嫌は戻ったけどね」



 ダダダダっと廊下を掛ける音がこっちまで聞こえてくる。噂をすればジェルジュだろう。

 ダンとドアが勢いよく開く。

 ジェルジュの後ろにはメイドとハインツの姿が見える。



「ユーリア起きたの!?」



 ジェルジュはベットの上にダイブして、ユーリアに抱きついてくる。



「心配かけたわね。ジェルジュ。私はもう元気よー! ちょっと疲れて眠かったみたい」



 ユーリアの元気そうな声に安堵したのか、ジェルジュは笑顔だ。



「ディオン、診察終わってたか? これでも抑えてたんだが……」



 ハインツが困り顔で部屋に入ってくる。暴走した子供を止めるのは至難の業だ。



「大丈夫だよ。手間をかけさせたね。……ジェルジュ、兄様が戻るまでは大人しく遊んでるって約束だったよね?」



 ディオンはジェルジュを抱き上げると優しく諭す。ジェルジュは俯いて口を開いた。



「だってユーリアが元気になったところ見たかった。昨日のままじゃ、ノクトンみたいになっちゃうのかと思ったんだよ」



 ノクトンはジェルジュが可愛がっていたネズミ型の魔獣である。人になれるのでよく飼育されている。最近どうやら死んでしまったらしい。



「大丈夫だよ。ユーリアはノクトンみたいにはならないから。

ほら、お部屋から出て遊ぼう。ユーリアお姉ちゃんはまだ眠いんだって。

また午後から遊ぼう。じゃ、ユーリアまた後からくるからね」



 その後にテディによってお菓子とお茶が届けられると、ティナ達がやってきた。すごい心配されたが、3日安静にしていれば問題ない事を伝えると安堵していた。



 夕方ジェルジュが部屋に来て最後に抱擁すると、名残惜しそうに屋敷を出た。


 兄達には明日から2日間、ティナ達を観光に連れてってもらえるようにお願いをし、テディとフェリクスには魔獣側の様子を探らせる事にした。


 明日からはニノン、マノンと過ごす事となる。






 次の日の朝ティナ達はユーリアに見送られ街へと出た。


 国というだけあって、人の流れが違う。

 とても賑わっていた。


 露店には海の近くだけあって、沢山の魚介類が並ぶ。程よい磯臭さも新鮮で潮風が心地よい。


 民芸店や服飾店、飲食店などいろいろ回る。


 貝から取れる魔石も普段見ている魔石と違った色合い形をしていて、そのイヤリングをユーリアの分もお揃いで購入した。


 ユーリアの母校が見たいとティナがおねだりすると、翌日には国の中心部に向かい、学び舎が並ぶ通りへとやってきた。



「ここが、ユーリアが通ってた初等部で、あっちに見えるのが、高等部だよ。ユーリアは飛び級してたからね。

 初等部には本来14歳まで通うんだけど、10歳で高等部に入ってたよ。

 初等部にいた最後の年にはハインツに見つかって院の方にも顔を出すようになってね……」



 ディオンはティナへ愚痴とも思える話をし始める。

 そこにハインツが混ざってくる。



「確かディオンの親父さんが怪我してからだよな。ユーリアが本気になったの。

 それまでは飛び級の試験なんて受けてなかったんだろ? 初等部の先生が言ってたぞ」



 ハインツの言葉にディオンは深く頷き、遠い目をする。

その頃のユーリアの姿を思い返しているようだ。



「ああ、恐らく実力を隠していたんだよ。面倒だから目立たないようにと言いつつ、クィントン家の恥にならないよう成績はずっと首席だったけど、父の怪我から変わったんだ。

 本気を出したユーリアは怖い。1つの季節に一学年の知識を埋め込んでいくんだよ……。

高等部に入ってもそのペースだし、季節に一度ある飛び級試験に片っ端から合格して行くんだ。

先生方には相当驚かれただろうな……」



 そんなディオンの言葉に、ヤンが疑問を口にする。



「ユーリアって成績優秀なのは分かってたけど、高等部までの授業もう全て終わってたのか? ヴァルヴィストに来る意味がないじゃないか……」



 ヤンの言葉にディオンは首を振る。ユーリアは自ら知識を身につけていったが、どんどん厄介な重圧がかかり、抱えきれなくなってしまったのだ。


 優秀だからこそ、クィントン家の跡取りにという派閥が出来上がり、それを阻止しようとする義母の派閥がユーリアに嫌がらせを始めたりしたのだ。


 元々友達というよりも初等部でも家同士の繋がりというだけで、本当の友達はいなかったのだと思う。


 優秀さを露見してからは、さらに周囲から一目置かれるようになっただろう。

 本人が何を目指して行った事かは分からないが、周囲の重圧に耐えきれなくなったのだと思う。



「意味か……魔術具に興味があったし、普通の学園生活が送ってみたいって本人が考えを変えたのが一番じゃないかな?」


「クィントン家ってシュペルノヴェイルじゃ名家なんだぜ! ほぼ公爵家と同格の扱いだぜ。代々、位はいらないって国王を突っぱねられるほどの権力者って噂もあるくらいだぞ。

 ディオン達の爺ちゃんなんて、この国の宰相と釣りに行くくらい仲良いらしいしな……」



 ハインツは軽口を叩いているが、ディオンのそばにいるので、その重圧は分かっている。

 友達の前だからあまり、話が重くならないように気を使っているようだ。



「そう。優秀だからこそ、そして、名家であるからこそ平穏を望んでヴァルヴィストへ向ったんだと思うよ。

学びたいことも学べない。普通に友達作りもできない。

そんな孤立した中で育ったユーリアが、友達を連れてきてくれて本当に嬉しかったんだよ。これからも仲良くしてやってね」



 ディオンはユーリアのクラスメイト達を見渡す。遠いこの地まで足を運んでくれた。

 ユーリアの桁違いの強さや優秀さを見ても、ユーリアの体調のことを心から心配してくれた面々だ。



「分かってます。僕達はこれからも友達ですよ。どんなにユーリアが優秀だろうと、家が名家であろうとも優しくて僕たちを救ってくれるのはいつもユーリアです。僕は彼女のそばにいて彼女の平穏を守ってみせますよ。ディオンさん」


「優秀っていうけど、いろいろユーリアは抜けてるから私たちが支えていかなきゃだしね! ベネディクト!」


「お、おう」


「俺だって、支えてやるさ! ユーリアは本当に抜けてるからな」



 ディオンの言葉にドニ、ティナ、ベネディクト、ヤンは頷く。


 後ろから見守っていたルーカスも口を開く。



「ディオンさん。私は教師という立場から、彼女らの事をしっかり見守っていきます。

 彼女にどんな秘密があろうとも、一生徒である事には変わりません。

 在学中は彼女の事を守ります」


「私たち生徒会としても彼女の力は有益ですわ。それに、彼女がいると一気に学園生活が楽しくなるのですもの。

優秀でも自分に関係する事になると一気に頼りなくなりますから、先輩としてもそばで支えますわ」


「本当にそうだよね。秘密にするとか言いながら、ポロポロいろいろ話しちゃってるし、あんなに綺麗だと色々他のことも心配になっちゃうよね。シェルトー」


「学園にいる間は変装しているし、問題ないだろう。問題は露見癖だ。

何が重要な情報が全く分かっていない。その辺は我々も協力します」



 ルーカスに続きベティーナもイーヴァル、シェルトも口を開き、おどけながらもディオンへ返答する。



「ユーリアは本当に素晴らしい方々に囲まれているようで、安心しました。クィントン家の代表として感謝いたします。ユーリアをよろしくお願いします」


 ディオンは胸の前に手を置き、感謝の意を示し、ハインツも笑顔で頷いた。

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