第41話海での戦闘

「ハインツ! これは一体どうなっている。なんだこの液体は!」



 黒い鷲に乗った男は下降してきて、ユーリア達のそばへとやってきた。

 それに食らいつこうと液体が鷲に向かって動き始める。



「ヴァイセル様、青いルクイドが海に現れ、テディが切った所、中から魔力を吸う液体が出てきました!

 ユーリアはルクイドに魔力を吸われ、魔法の発動ができません」



 ヴァイセルと呼ばれた男は「厄介な。」と呟くと、黒鷲に向かって命令する。



「カルステン。黒の風魔法で少し押し返すぞ。私は浄化魔法を使う。やれ!」



 カルステンから黒い風が起き、ヴァイセルからは強烈な光が放たれた。


 風で押された黒い塊は光に当たり体積を減らした。

 だが、徐々にまた液体がこちらにき始めている。


 カルステンはハインツ達の元へ下降し、ヴァイセルが足場の氷へと降り立った。



「ハインツかなり魔力を消耗しているようだな。カルアス! ハインツを浜へ! その後浜の警護にあたれ!」



 ヴァイセルが乗っていた黒鷲の後方にいたカルアスが、下降してきて人型となり足場へ降り立った。


 ハインツはヴァイセルにユーリアを渡した。



「ユーリアの事頼みます」


「ああ、恐らく自分が思っているよりも多く、あの液体に魔力を取られているぞ。ディオンの元へ急げ!」


「はっ!」



 ハインツが敬礼すると、カルアスは羽を広げ足場から飛び立った。







「ユーリア、久しぶりだね。挨拶がゆっくりできないのは残念だが、君も浜へ連れていくからね」



 ヴァイセルはユーリアを抱えたまま、カルステンの背へと飛び乗り、浜へ向かおうとする。



「ヴァイセル様……ダメ……テディが……。ルクイド普通じゃない」



 ユーリアは力の篭らない手で必死にヴァイセルの服を握る。



「テディを心配な気持ちは分かるが、今は自分の体を大事に……」



 ユーリアはヴァイセルの言葉を遮り、腕を首に回し耳元で話しかける。



「お願い……あのルクイドの上空に。

 殻の中に何かある気がする……んっ……」



 ユーリアは体に走る激痛に、腕を引っ込める。

 ヴァイセルは頭を抱えると、ユーリアの1番深い傷口に触れる。

 激痛でユーリアは悶えるが、ヴァイセルが優しく声をかける。



「仕方ない。治癒魔法は専門外だが、簡単な解毒なら行える。体に負担は掛かるだろうが、許せ。カルステンは上空へユーリアの解毒がすみ次第、ルクイドの元へ近づく」



 ヴァイセルが傷口の1つ1つに触れ、解毒魔法と治癒魔法をかけていく。

 その度にユーリアには声が漏れるほどの痛みが襲う。

粗方の傷が治り、毒もだいぶ解毒されたので、少し魔力が回るようになってきた。



「ヴァイセル様、もう大丈夫です。ルクイドの元へと連れてってください」


「あ、ああ。カルステン、向かえ!」



 治療に集中していたのか、ヴァイセルは少し反応が遅れたが、カルステンへと指示を出す。


 さっと自分が来ている上着をかけてくれて、ヴァイセルの服に包まれる。








 ルクイドの上空へと向かうと、テディが側にやってきた。ヴァイセルにより縮小した液体を、ルクイドごと魔法で閉じ込めるのに成功していた。



「ユーリア様ご無事ですか? 私の軽率な判断で窮地に追い込み、申し訳ございませんでした」



 テディは額から汗を流し、魔力の消費が激しいようだ。テディほどの魔力量でもこの魔獣を抑えるのは難しいようだ。



「テディ、ヴァイセル様に解毒と治癒をしていただきました。ある程度魔力を動かせます。

 ルクイドの殻の中に何か仕掛けがあると思うのですが……」



 ユーリアは金属で覆われているルクイドを指差す。

 テディとヴァイセルは少し考えるとお互いに頷く。



「テディ、一旦包囲している魔法を解き放て、ユーリアに見させる」


「はっ!」



 テディが魔法を解除すると元のルクイドの姿へと戻っている。

 ユーリアは魔眼を使いルクイドを見つめる。

 しかし、強い隠蔽魔法がかかっているせいか魔力の流れが見えない。



「ヴァイセル様あれの隠蔽魔法を解除できますか。その後は魔法を加え、魔力を吸収させ、奴の流れを見ます」


 ヴァイセルはユーリアの言葉に、隠蔽魔法解除の魔法を使う。

 ヴァイセルだけの力では難しいようなので、カルステンの魔力を借りて二人の魔力で解除した。



「私の魔法で解けないとは、これはルクイド単体の魔法ではないぞ……」



 その言葉に皆同意する。

 ヴァイセルは陛下の腹心の一人の魔術師だ。

 魔力も国一番といっていい程の量を誇る。



「裏で何かが動いているのは間違いないでしょう。あの液体といい、通常ではルクイド程度にここまで手こずるとは思いません」



 テディの分析は正しい。何かがおかしいのだ。ただのルクイドならテディの先程の一撃で絶命している。


 ユーリアはルクイドの魔力回路を探るべく、ルクイドを覆う量の炎魔法を浴びせた。

 殻にも防御の魔法陣が仕込まれているようで、薄く光る。


 少しは魔力を吸収したようで、ルクイドの殻の内部へと魔力が流れていき、魔力の質が中で変わった気がする。


 あの液体といい、上位種の荒れようといい、1つの可能性が出た。



「テディ、ヴァイセル様。恐らく奴はキメラ化しています。殻の中には黒のスライムが寄生しているのでしょう。殻についている魔法陣も、人の手により加えられたものでしょつ。

 表面のルクイドだけ攻撃したのではだめなのです。中のスライムから魔力を供給し、元の姿へと戻るだけです」



 テディは魔獣が人の手によって改良された事に怒り、全身から魔力が溢れ出てきている。

 ヴァイセルは顎に手をやり、現状を打破する策を練っている。



「テディ、もう一度キメラに攻撃はできるか? あの殻の魔法陣ごと破壊してもらいたい。

 その後は私が浄化魔法をかけ、スライムを無に変えそう。研究材料が無くなるのは痛いが、やむを得ん。このまま街の中に侵入されては被害者が増える」



 テディは怒りを魔力に変えるようで、キメラに放り込む魔力を練り始めた。



「先ほどは魔法陣の存在が分かりませんでしたからね。出力を間違えないよう徹底的に潰します」



 ユーリアは残りのテディの魔力を考え、テディに問う。


「テディ、私の魔力を使って……今の私じゃあのキメラに対抗できる魔法を発動するのは無理なの。お願い……」



 テディはユーリアの結っている髪を解くと、20センチほど髪を切り、吸収した。

 召喚魔獣は主人の髪や血から魔力を吸収しているのだ。テディがあまり魔力を欲する事はないが定期的に渡している。



「ユーリア様、ありがたく使用させていただきます。後で整えて差し上げますね」



 テディは魔力を再び練り始める。ユーリアの魔力も得てさらに大規模な魔法を放つようだ。

 ヴァイセルはその様子を見ていると、口を開く。



「ユーリア、悪いが私にも魔力を分けてくれないか? あのキメラはユーリアの魔力やテディの魔力を吸収しているわけだろう?

先程の解除魔法で魔力が少し心許ない」



 そういうとユーリアを抱きしめる手に力が篭った。



「私の魔力を同調させれば、体にご負担になりますよ?」



 ユーリアの言葉にヴァイセルは首を横に振る。



「チャンスは一回だけだろう? 私の体に負荷がかかれば、ユーリアが後から癒してくれればいい」



 ユーリアはヴァイセルの覚悟に頷き、ヴァイセルに触れて魔力を同調させていく。


 テディが魔力を込め終えたようで、剣を振り上げる。



「いきます!」



 テディからの剣から轟音がして、キメラを真っ二つに切る。

 中から再び黒い液体が飛び出してくるが、ヴァイセルの洗浄魔法により、跡形もなく消え去った。


 残ったのは真っ二つに両断された殻だけだった。

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