第39話一時の休息

 ユーリア達の夜は長かった。

 男子達と別れて、ティナ、ベティーナと一緒に過ごす。

 夕食を食堂で食べ、風呂へ皆で入りに行く。

 そこまでは普通の流れだったが、部屋に戻ると話が止まらず、夜更かししてしまった。



「ユーリア、男性に慣れていませんか?学園では男性とお付き合いしていると聞いた事がなかったのに……。

 その、ルーカス先生との距離感があまりに自然だったので……始めての演技にしては素晴らしいと思ったの」



 男性とお付き合いはした事はないが、ルーカスを兄やテディに置き換えれば、自然と距離感は近くなる。そう言われると、恋人というより兄のような感覚で接していたかもしれない。



「兄に置き換えてた」



 ユーリアはポツリと呟く。ベティーナが笑顔で答えてくれる。



「まあ、お兄様とは仲が良いのですね!」


「兄、会える。海来る。フェリクス言ってた」



 ユーリアの言葉に反応したのはティナだ。

 フェリクスという単語に物凄く反応する。



「フェリクス様は海へ来るの?」


「来る」



 それからはティナの理想のシチュエーションを語ったり、それに便乗してベティーナも理想の男性について語ったり、ユーリアも聞かれたり、他愛もない会話で一晩が開けた。



 朝起きれば皆少し寝不足だった。

 男子達と合流してご飯を食べた。



「あれ、ティナ目の下にクマできてるぞー」



 ベネディクトに突っ込まれたティナは睨み返す。



「昨日はユーリアの好みの男性について聞いていたのよ」


「そうなんだ。なんだか女性陣は楽しそうな夜だったんだね。僕たちは早くに寝ちゃったよ」



 ドニがティナとベネディクトとの間に入る。

 寝不足のティナとベネディクトの相性は最悪なのである。



「ユーリア、好みのタイプってどんなんだ?」



 ヤンがズバっと聞いてくる。他の面々も聞き耳を立てている。ユーリアは面倒なので適当な事を言う。



「かっこよくて、イケメンで、見目が素敵な人」


「全部見た目重視って事じゃねえかよ」



 ヤンの突っ込みにティナが笑い出す。昨日は真面目に女子トークをしていたので、初恋話など詳細を語っていたのだ。



「ユーリア昨日言ってた事と全然違うじゃない」


「テディが一番でいい。それ以上の癒しはない」



 テディは召喚魔石に入っているためこの場にはいないが、テディ以上に私を癒してくれる存在は今のところいない。


 ユーリアの理想に対して話していると、あっという間に朝食の時間が終わり、すぐさま出発の準備をして馬車へと乗り込む。


 馬車は二台で、ユーリアはティナ、ベティーナ、ルーカスとベネディクトと一緒に乗る。


 馬車に乗ってもティナの女子トークは続く。

 夕方にユーリアの別宅に着く予定なので、時間があるのだ。


 ベティーナにユーリアが隠居生活を送る男性を、文化祭の時に紹介してもらう約束を取り付け、男を落とす演技指導も暇なのでしてもらった。


 ティナはベネディクトと練習していたのだが、それ以降二人の距離感が変わった気もする。






 *


 馬車の長旅が終わり、ユーリアの別宅へと着いた。テディはこっそり人型へと戻るとユーリアの後ろへ立つ。



「これが別宅なのかよ……」



 ベネディクトの一言にヤンとティナが同意している。


 別宅の扉の前には、おじいさんが一人待っていた。



「ユーリアお嬢様お久しぶりです。お待ちしておりました。準備は全て整えております。

 ご友人の皆様も何かございましたら、すぐにお申し付けください」



 ユーリアはおじいさんに近づくと皆には聞こえないように、小声で話しかける。



「キンモ、お久しぶりです。

 急なお願いになってしまい申し訳ありませんわ。

 少しの間ですけれど、よろしくお願いしますね。

 変装していますが、これが学園での姿なのですよ」



 テディがユーリアの後ろから、キンモに話しかける。



「ご無沙汰しております。キンモ様。私もこの屋敷にいる間はお嬢様方のお世話をいたしますので、お手伝いさせていただければと思います」



 テディはキンモに挨拶を終えると、ユーリアにコソッと耳打ちした。



「ユーリア様、屋敷にいる間はいつものユーリア様に戻って構いませんよ。

 他の者が対応に困ってしまいますから。

 この屋敷にいる皆が望むような、お嬢様としてお振舞いください」


「学園にいる姿よりかは、こちらの方が慣れているわ。

 友人たちは少し戸惑うでしょうけど、ティナにここへ来たいと言われたときに、それは腹をくくったの」



 ユーリアは後ろを振り向き、今日まで旅をしてきた面々を見る。このメンバーであれば、元の自分の生活がある程度露見しても構わないだろう。



「先生、先輩たち、それからみんな。長旅でお疲れでしょう? 屋敷の中へお入りください。

 ささやかではございますが、夕食の準備が整っておりますわ」



 お嬢様らしく微笑み、皆を屋敷の中へと招いた。

 ルーカスとイーヴァル以外は皆驚いているが、ユーリアの後を着いてくる。


 使用人たちがそれぞれの荷物を持って、順番に部屋へと連れて行った。



「ユーリア様、お召替えはどうされますか?」



 テディがユーリアに尋ねたがユーリアは首を横に振った。



「しばらくはこの姿でいましょう。先日の件を説明していない面々がいますので、落ち着いてからでいいでしょう」


「かしこまりました。明日の海で驚かせるとティナ様が仰っておましたからね。ドニ様にヤン様の反応が気になります……あ、シェルト様もご存知ないのでしたね……これは見ものですね」



 黒い笑みのテディと話している間にも、続々と部屋から戻ってきている。






 *


 夕食が終わり、お茶を入れてもらうと使用人たちを部屋から出して、力を抜く。



「皆ごめんね。うちではこうしてないと義母の目がどこで光っているか分からないの……」


「ユーリアって本当にお嬢様だったんだー。お金持ちなのになんでバイトしてるの?」



 ティナの質問はいつも直球なので、変に裏でいろいろ言われるよりいい。ティナを気に入った1つの要因でもある。



「私ね、両親やおじい様に反対されて学園に行っているの。だから生活費も自分で稼がなきゃなの」


「反対されてるの? 知らなかった」



 ベティーナや事実を知らなかった面々は、驚きの表情を浮かべている。



「言ってないから……なかなか言い出しにくいし。

 とりあえず、今まで通りに学園で暮らせれば私は幸せなの。ティナ達にはいろいろ言ってないこともあるけど、お友達でいてくれる?」



 ティナ、ベネディクト、ドニ、ヤンは顔を見合わせるとユーリアを見て頷いた。

 4人がこれまでと変わりなく友達でいてくれると知って嬉しい。



「よかったわテディ。私これからもお友達とお話できる!」



 テディの袖を引っ張り、手を伸ばす。テディは何がしたいのか理解してくれたようで猫型に戻り、抱っこさせてくれた。


 テディをぎゅっと抱きしめた後は、膝の上で頭を撫でる。



「テディの立ち位置は確かに安泰ですわね」



 ベティーナがお茶を飲みながらゆったりとした仕草をして、こちらを見ている。



「護衛と癒しを与えられる男って絶対いないよね……人間にそこを求めてるユーリアには彼氏できないよ」



 ティナにも苦笑される。ユーリアはその言葉に、自分は男に惑わされる生活は御免だと思った。



「私は男はいらないって言ったでしょ。そばにいても不安になるだけだもの」



 ユーリアの言葉に、ルーカスが鼻で笑いながら答える。人生経験はこの中で確かに上である。



「今までの経験からなのか知らんが、13歳の子供が言うことではないな。本当の愛を知ればそんな事言ってられないさ。

 不安の中に信頼が生まれ、お互いを支え合うようになるもんだ。

 お前の言う男とやらは、そこまでの信頼を築けなかっただけだ。まだまだ若いんだから、しっかりとその目で見極めていけばいい」



 ルーカスの真剣な表情に、イーヴァルはプハッと吹き出すと、お腹を抱えながら笑い始めた。

 シェルトはイーヴァルの態度を見て「失礼だぞ」と怒っているが、イーヴァルは態度を改める気はないようだ。



「だって、あのルーカス先生が愛を語ってるんだよ。爆笑ものじゃないか。ずっと彼女なしのルーカス先生に言われても説得力ないって!」



 ごつんといい音がして、ルーカスの鉄拳がイーヴァルの頭を直撃する。いつの間にかにイーヴァルの背後に立っていたのだ。



「お前より人生経験は豊富なつもりだが?」


「彼女の人数は勝ってると思うけどね……痛い」



 イーヴァルの余計な一言で、更に鉄拳が増えた。

 シェルトが仲裁に入りルーカスは席へと戻った。



「それより明日早速海へ行こうと思いますが、先生方はどうされますか? ベティーナ先輩は来てくださるのですよね?」



 ベティーナは笑顔でこちらを見ると、頷く。

 ティナは嬉しそうに笑顔になる。



「情報は得られてないけれど、当初よりも早くシュペルノベイルに入っているのですもの。

 1日くらい遊んでも大丈夫ですよね? ルーカス先生?」



 ベティーナの問いにルーカスも頷いた。



「1日くらいゆっくりしよう。俺も色々あって疲れた。小休憩だ。

 イーヴァル、シェルトも遊ぶぞ!」



 これで全員明日の海へ行く事となった。

 4日間の疲れが溜まっていたので、皆今日は早めに休むようだ。


 ユーリアもテディと共に自室へと向かった。





 *


「ユーリア様。4日間お疲れ様でした。今日はゆっくりお休みください。明日はこの館を出るまではウィッグをしているとよろしいでしょう。ティナ様のためにも私の為にも……」



 テディはいつも声に出して笑う事はしないのだが、ペンダントの中から聞こえる会話が面白いと言っていた。

 今回は堂々と皆の前に出るので、声だけでなく面白い表情も見えそうだと喜んでいたのだ。


 テディの趣味の1つは人間観察なのだ。

 人が慌てたり、驚いたり、恐怖する姿を見るのが一番の至福の時だそうだ。



「ねえ、テディ。そんなに私の友人達って面白い?」



 ユーリアの問いに、笑いを含めた声でテディは答える。



「ユーリア様も含め面白いのですよ。私の主人は私をいつでも飽きさせないでいて下さいますからね。ユーリア様がご計画されてる隠居生活も面白い事がありそうなので、是非ともお供させて頂きますよ」



 馬車の中で話していたのだが、在学中に農家の息子と縁を結び、農業など自足時給の生活をして、田舎で隠居生活をするという計画だ。ペンダントの中から話を聞いていたのだろう。



「結構、本気の計画だからね、ベティーナ先輩にも紹介してもらう予定だから!」



 クスクスと笑いながら布団をかけ直してくれる。



「私はどんな場所にいこうともこの魔石と共にユーリア様のおそばから離れる事はございませんよ。ご安心ください」


「ふふ。それを聞くだけで私は安心だわ。おやすみテディ」


「おやすみなさいませ」



 ユーリアは目を瞑り、テディは猫型へとなりベットへと入る。

 猫の温かみを感じながら、眠りにつくのであった。

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