第37話それぞれの情報

 夜寝る時は両脇にフワフワがいたはずなのに、朝起きると酒臭い男が隣で寝ていた。



「臭い。最悪。酒飲むといびきもうるさいんだよね。師匠って……」



 掛け布団が奪われていたので、奪い返し、寝返りを打って寝直す。


 少し寝直すと、また布団を奪われていた。



「師匠お布団使わなくてもいいじゃないですかー。暑がりの癖に!」


「うるさい。二日酔いなんだ。でかい声出すな。

 ないとないで朝方は寒いんだよ。ほれ、これでいいだろう」



 エドガーはめんどくさそうにそばに寄ってきて、布団を掛けてきた。すると扉の方からフェリクスが声を掛けてくる。



「ユーリア様お迎えが来ておりますが、どうなさいますか?」


「ほへ?」



 ユーリアは眠い目を擦り、こんな早い時間になんの迎えか考える。

 故郷にいる時の師匠と迎えるいつもの朝の感覚なのだ。



「そこにいると目立つわ。入って来なさいよ」



 ジョエルは勝手に通してしまったようだ。驚くルーカスの顔を見て思い出した。今日は皆でシュペルノベイルに向けて出発する日であった。


 急いで布団から出て、寝癖のついた髪を手ぐししながら、ルーカスの元へと向かう。



「ルーカス先生おはようございます。

 今支度するのでちょっと待ってて下さい」



 ユーリアはウィッグを被り、いつもの学園スタイルへと着替えた。

 鳥型のニノンとマノンを窓から外に出してやり、フェリクスは一旦召喚魔石の中へと入る。


 出発の準備を急いで終えたユーリアは、エドガーの寝ている布団に飛び乗った。



「エドガーありがとう。行ってきます」



 寝ているエドガーに一言告げて、部屋を出るのであった。


 ユーリア達が居なくなった部屋は、しんと静まり返っていた。






 ユーリア達は皆がいる宿には戻らずに、森へと直接向かった。ルーカスも軽い変装をしている。

 カフェへのおじいさんには悪いが、そちらには寄らずに、シュペルノベイルに向けて出発するとの事だ。

 森の中に入ると、すでに皆いつでも出発できる状態だった。



「皆ごめん。遅くなった」



 ベネディクトは少し視線が合わない。ティナがこちらに走ってきて、抱きついてきた。抱きついた後は、ユーリアに怪我がないかチェックを始める。



「ユーリア大丈夫だった? フェリクス様から話は聞いたよ。変なチンピラに絡まれたんだって? 昨日のユーリアは可愛すぎるから……あの姿になると本当絡まれるね」



 ティナ達には闇の組織の事は伝えずに、事情を説明してくれていたようだ。

イーヴァルやシェルトは闇の組織について知っているので、険しい表情だ。



「ユーリア、大丈夫か? お前ルーカス先生と離れて何やってたんだよ。ルーカス先生は先生で、こんな時に美人な人と遊んでるし……潜入調査とかじゃなかったのかよ」



 ヤンがルーカスに対して怒っている。あの後すぐ酒場にいったようで、まだ事情を説明していないらしい。

 ティナやイーヴァル、ベティーナは昨日のことを思い出してかクスクス笑い、残りの面々はルーカスを少し睨む。

 ルーカスの顔には面倒という表情が出ている。



「説明はこの都市から離れたら行う。ユーリア今日は最速でこの都市から離れるぞ。魔獣達へもそう言ってくれ!」


「最速でいいんですか?」



 ルーカスはヤンたちへの説明を後回しにして、都市を離れる事を優先した。



「ああ、お前はなるべく早くこの都市を離れた方がいいだろう。」


「わかりました。では皆さんこの魔術具を展開してください。こういう事もあろうかと作成済みです」



 鳥型に乗り込む面々に魔術具を渡す。

 ティナとベティーナは、今日も人型のフェリクスとカルアスに運ばれるので、必要ない。



「これは、風圧を軽減する魔術具です。振り落とされないよう。しっかり捕まってて下さいね」


「では参りましょうか」



 テディの一声で皆飛び立つ。テディも優しくユーリアを抱き上げると、空へと舞い上がった。








「昨晩はご不安な時にそばに入れず申し訳ございませんでした。

それ程身入りもなく、シュペルノベイルにお送り次第、引き続き情報収集をします」


「そうなの? 私はニノンとマノンに癒されてたから大丈夫。そういえば、なんだか師匠は、今朝全身から酒の匂いがして酔い潰れてたよ」



 テディは進行方向を見ながら、笑う。



「エドガー様は飲み足りないからと、お一人で残っておいででしたから。我々は今日のことがあったので早々に退散したのです。

 エドガー様に付き合っていたら、ルーカス様も今日の出立はお辛かったでしょうね」


「あれは相当飲んでたよ」


「ユーリア様の匂いを嗅げば分かります。エドガー様と酒の匂いが残っております」


「げっ、臭いついてる?」



 ユーリアは顔をしかめ自分の匂いを嗅ぐが、分からない。

 テディはそれを視界に入れて、クスクス笑うとユーリアヘ教える。



「我々魔獣にぐらいしか分からない匂いですよ。人では感じられないでしょう。それよりもカルアスの配下の最速には合わせていますが、皆さん大丈夫でしょうか?」



 テディの懸念は正しかったようで、夕方にはシュペルノベイルへ着いたが、皆へとへとだった。


 海までは距離があるので宿を取り、明日海辺にあるユーリアの別宅を目指す事となった。

 カルアス達はエドガーに叱責を受けたので、すぐ様任務へと戻った。

 フェリクス、ニノン、マノンも別行動だ。



 男性陣は今回個人部屋でなく、他の旅人も泊まる大部屋になったので、女性陣の小部屋で会議する事となった。



「魔獣の最速は恐ろしいな」



 ベネディクトがベットの縁へと腰掛けると、ユーリアの隣へと座り話かけてきた。

 それを見てかドニも隣に座る。



「ユーリアの魔術具があって助かったよ。あれがあっても振り落とされないように必死だった」



 ドニは目の焦点を遠く、苦笑していた。



「あれでも一番遅い者に合わせた。テディだけならもっと速い」



 向かい側のベットの縁にはヤン、ティナ、イーヴァルが座る。

 ユーリアの言葉に男性陣はげんなりとした。

 馬車での日程の4分の1以下で目的地へと着いたのだ。それだけの速さだ。当然負担はかかる。


 ティナやベティーナはしっかりと抱き抱えられていたので、自分の体を支える必要がないので、男性陣より負担は少ない。


 男性陣の姿を見て女性陣は笑いながら、和やかな雰囲気が流れた。








 ルーカスとシェルト、ベティーナは部屋にあった椅子へと座り、会議が始まる。

 それぞれがイルムヒルムで聞いた話を持ち寄るのだ。そこから情報を精査していく。

 ルーカスは皆を見ながら、シェルトは机に向かい書記をする。



「皆無事シュペルノベイルまで辿りついけた事は何よりだ。では、イーヴァルたちから報告を」



 男性陣の代表としてイーヴァルが発言する。



「はい。イルムヒルムの都市の民間人には頑なに情報が入っておりませんでした。

 ただ、魔術師のお姉様からの情報ですと、現在魔力持ちが都市から出ることを禁止する命令が出ているそうですよ。都市にいる以外は兵として招集される訳でもないそうです。

 国の警備も固めているのかと思いきや、魔獣の話も聞かされておらず、警備する兵も増援されたと言う話もなく、常時の動きしか見えないので何も分からない状態らしいです。

 都市から出るなと言う言葉で、何かことが起き始めているのではないかくらいの認識でした」



 イーヴァルの話をきくと、ルーカスは腕を組み何かを考えているようだ。

 シェルトはルーカスを見ると顔をしかめながら話す。



「魔獣が活発化しているなら、まずは自国の防衛から固めなくてはならないのに、魔力持ちをただ待機させるだけなど、イルムヒルムの連中が何を考えているか全く分かりません」


「確かに、他国にばかり要請を出すとは……」



 ルーカスは目を閉じ、考えを巡らせているようだ。だが、考えることをやめベティーナを見る。



「では、次は私から他の都市への要請の件ですが、シュペルノベイルを除いた周囲の町や村、各都市に要請している可能性が高いです。

近隣の町や村の魔力持ちが、徐々に入り始め街で滞在している模様です。

 ある程度人が集まれば出陣となるため、現状待機という事で、既に前金も出されているようです。

集まった魔力持ちたちが、都市の中を暇を持て余しながら、自由に出歩いているようですよ」


「ユーリア、わたし結構モテるのよ。何人も声かけられたんだから。これ、成長したらユーリアよりモテるようになる」



 ティナは無邪気に笑いながら自慢しているが、恐らくベティーナに直接声をかけにくいので、はじめにティナへ声をかけそこから話を始めたのではないかと思う。



「ティナのおかげで、たくさんの方からお話をいただけたのですよ。ありがとう。これからレディになるための訓練もしましょうね」



 ベティーナは優しく語りかけ、周囲はティナへと視線を合わせようとせず、黙っていた。


 ティナとベティーナは二人でどういう訓練をするのか、演技にどのような幅を持たせるかなど話し始めている。


 ルーカスが咳払いをすると、二人は会話をやめ、部屋の中が静かになった。ルーカスが口を開く。



「ベティーナの話は分かった。わたしの方もいろいろと探ってみたが、詳しい情報は得られていない。

唯一得られた情報と言えば、赤魔石を相場の1.5倍で買い取る話を受けたぐらいだ」


「それは、一昨日の町で盗賊が出たという話と繋がりそうですね……」


「ああ、なんでも、新しい魔術具の開発をしている組織があるらしい。

 昨日その組織の人員と接触し、ある程度シュペルノベイルで赤魔石を購入し、再度イルムヒルムに赴き売却時に情報を得るつもりだ」



 赤魔石の盗難や買い占めに闇組織が絡んでいるようだ。

 各都市でも組織員以外のものに買い占めをやらせ、組織員は恐らく窃盗をメインに動いているだろう。


 ルーカスが金がいると話したのはカフェだった事から、あのカフェの店主も組織の関係者だ。

 普通の民間人の中に紛れ込んでいるという事だ。


 知らない間に犯罪の片棒を担がされている可能性もあるのだろう。


 ペンの動きを止め、シェルトが口を開く。



「やはり、半日では情報はこのくらいですか……

 もっと深く潜り込まねばイルムヒルムでは情報は得られないでしょう。もう少し情報を集める必要もありますが、組織の者が暗躍している中動くのは悪手かと……。

 ルーカス先生我々は元々シュペルノベイルでの諜報活動がメインですので、今得た情報をイルムヒルムに向かっているメンバーに伝えましょう。

 組織員が生活の中に溶け込んでいる可能性を示唆すれば、動き方も変わってきましょう」



 ルーカスは深く頷くと、シェルトの意見に同意する。ルーカスは手元についているブレスレットから1羽のフクロウのような鳥を出すと、シェルトが書いていたメモとは別に要点を書いた手紙を足にくくりつける。

 窓を開けるとフクロウは空へと飛び立っていった。







「ルーカス先生も魔獣使役してるんだー!」



 ティナがウキウキとした目でルーカスを見る。

 ルーカスは面倒臭そうに首を横に振り、説明する。



「これは学園で有事の連絡用に飼育している魔獣だ。私のという訳ではない。

彼らは飯を食わせてもらう代わりに、遠征の時などは召喚魔石に入ったりして連絡役はやっているが、私を主人として認めている訳ではないさ。この魔石も学園の借り物だ。

 それに、ユーリアのように人型にもなれる高位の魔獣を使役しているのは普通はいない。テディやフェリクスのように人型にはならんぞ」



 ルーカスにもティナの考えはわかっているようで、魔獣の人形にイケメンが多いので期待している事がバレている。ティナは「そうですか」と肩を落とす。


 シェルトはルーカスのブレスレットについている召喚魔石を見て分析をしている。



「こうやって見ているとユーリアの待っている魔石は非常に大きいのですね。

学園都市で保有しているものでもこの大きさだとすると、ユーリアはそれを2つも持っているとは……狙われるのも分かる気がします」



 ティナが見比べたくてうずうずしているので、ユーリアはポシェットから2つの召喚魔石を出した。


 1つはテディが中にいるため乳白色になっており、もう1つはフェリクスが魔石から出ているため透明である。

 ティナに促され、ルーカスも手からブレスレットを外し、ティナの手へと渡す。


 ユーリアは魔石を掌に乗せ、皆に見せる様に手を伸ばした。



「こうやってみると、ユーリアの普段付けているペンダントが一番大きいんだね」



 シェルトも興味深そうに身を乗り出して見ている。

 ルーカスは生徒たちを見回すと、注意をする。



「いいか、お前ら、この召喚魔石の事は内密にだぞ。下手に存在が知れてみろ。情報を流した者のほうが危ない」


「人型の魔獣の敵になんて僕はなりたくないし、悪い組織に絡まれたりするのも嫌なので、僕は黙秘します」



 イーヴァルは戯けながらも、一年生の面々にわかりやすいように言った。男子たちはぶるっと身震いしながら、首を縦に振っている。


 ティナは不思議そうに首を傾げ、ルーカスを見て質問する。



「先生、召喚魔石ってことは皆しらないけど、お風呂の時とか着替えの時、女子生徒の多くはこのペンダント見てるけど、大丈夫ですか?」



 その言葉にルーカスは頭を抱え、ユーリアを見る。



「お前は気を付けろ! これがどれだけ貴重な物か分かっているだろ?」


「分かっている。肌身離さず、身に着けていた。今、私しか触れられない。テディと小細工。問題ない」



 ルーカスはユーリアの言葉に更に頭を抱え「そういう問題ではない」と呟いた。



「ティナいいな。これが召喚魔石であることは絶対に漏らすな。ユーリアに隠し事は無理だろう。自分に対する情報の大切さが全くわかっていない」



 ユーリア以外の面々がルーカスの言葉に真剣に頷き、ユーリアを見つめた。

 ユーリアが、なんでもポロポロ自分の秘密を漏らしているのを皆分かっているので、ルーカスの言葉に犠牲者が出ないようにと心に誓う。



「明日は徒歩でユーリアの家まで向かう。皆道中気をつけて向かうぞ! 何か情報があれば聞き逃さぬように……」



 ルーカスの言葉に召喚魔石が光り、猫型のテディが現れる。

 テディはティナの膝の上に乗ると、ルーカスに告げた。



「申し訳ありませんルーカス様。昨日の件がございますので、馬車にて移動するよう、エドガー様からのご伝言がございました。

 手配はすでにフェリクスによりされています。

 ユーリア様も別宅に着くまでは今の服装のままで行動していただいて、もし、街へ出るようならば変装して出るようにとの事でした」



 急遽告げられたが、馬車で行く分には時間の短縮となるため、問題ない。

 変装についてもだが、知り合いに会うと面倒なので元から外では元の姿に戻る事は予定していなかったのだ。

 変更点について何ら問題ない。



「エドガー様のご指示であれば、受け入れよう。ユーリアを送り届けてから、我々は行動を開始する。いいな、イーヴァル、シェルト、ベティーナ」


「はい」


 3人は声を揃え、ルーカスの一声で本日の会議は終わりとなった。

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