第36話接触と相談
店員が飲み物の替えを持って来てくれたので、それで一息つく。
順次料理も運ばれてきた。
食事も見た目、味ともに洗練されているが、喉を通らない。
ルーカスは全て平らげているが、恐らく同じ心境なのだろう口数が少なくなった。
「ユーリア、次はデザートだ。楽しみにしていたのだろう?」
「ええ、ここの料理はとても美味しいのでデザートも楽しみにしていたのです」
デザートが運ばれてきて、ユーリアは笑顔で堪能する。ルーカスはクスッと笑うとワインを一口飲む。
「ここにきて一番の笑顔じゃないか? そんなに美味しいのか?」
ルーカスがデザートを一口食べた。
「このデザート、酒使ってるぞ……ユーリア大丈夫か?」
「え、お酒使ってましたか、全然平気ですが……」
ユーリアは何ともない顔をしていたが、ルーカスは嫌なことを思い出したようで、すぐ様会計を済ませに席を立つ。会計額は知られたくないようだ。
「あれ、この前のお嬢さんじゃないか? こんなところで会うとは奇遇だ……この前のペンダントはしてないんだな……」
急に声をかけられたと思えば、いつぞやのイーヴァルとシェルトと行ったカフェで会った闇組織のチンピラだった。
「また、一段と今日は綺麗じゃないか? もう帰るところか? 俺たちも帰るんだ。一緒にどこかに飲みにいくか?」
チンピラと一緒にいるのは見知らぬ小綺麗な男と貸衣装屋の近くで見かけた夫婦と子供だった。急いでルーカスを探すが、姿が見えない。
「連れは今いないんだろう。俺たちの一人がまだ残ってるから、伝言させよう。ほら立てよ」
チンピラに腕を掴まれ、立たされる。
険悪な雰囲気が周りの客にも流れるが、店員は割って入ってこない。もしかしたら、組織の人間だということが知られているのかもしれない。
「悪いが、彼女の手を離してくれるか、我々との先約があるのでな」
チンピラの腕が振り払われる。エドガーがチンピラと私の間に入り守ってくれた。チンピラは顔色を変えるとチンピラらしく尻尾を巻いて退散する。
「これはこれは先約があったとは失礼した。では今日の所はお暇しますか。行くぞ」
やはり子供は引きずられるかのように店から出て行く。あのチンピラが一緒にいるのだ、何かあるに違いないが、今何かしてあげる事は出来ない。
「大丈夫か? 顔色が悪いぞ」
エドガーに声を掛けられる。自分の事というよりも子供の事が心配でならないのだ。
ユーリアは首を振り何でもないとエドガーに伝えた。
「連れはどうした? 肝心な時に居ないとは全く頼りにならない男ではないか」
エドガーはルーカスが座っていた席を睨みつけている。会計を済ませお手洗いにでも行ったのであろうか?
「会計を済ませに行ったのです。女性には気を使わせないものでしょう?」
「連れが戻るまではここにいよう。
アイツらの連れがまだいると言っていたし、お前のペンダントについても何か知っているんだろう。
お前は学園で平穏な生活を送るんじゃなかったのか?
その為に送り出したんだぞ?
今日だって何をしている? こんな茶番をしていて故郷にいる時と何が違うというんだ?」
エドガーは周囲に聞こえないよう、冷静に声を荒げないよう努め、ユーリアに話しかけている。
エドガーはユーリアにとって一番親しみがある師だ。幼い時より体術などを習っていたのだ。
「同年代の友達と過ごせて普通の時間が過ごせる分、平穏なのですよ」
エドガーは言葉なくユーリアを抱きしめた。
「師匠。苦しいです」
エドガーは手を緩める事なくユーリアに問いかける。
「ヴァルヴィストでの生活は息ができるのか? 自由はあるのか?」
「はい、シュペルノヴェイルに友達を連れて向かっている道中なのですよ。お時間がある時には母のお気に入りの場所で過ごしておりますので、顔を出して皆に稽古でもつけてくださいな」
ユーリアは笑顔でエドガーを見上げた。エドガーは心痛な面持ちでユーリアを見て、腕に込める力を緩めた。
「ああ、分かった。顔を出そう」
「はい、体術コースの子もいるので喜ぶと思います」
「来たか……」
ユーリアが後ろを振り返るとルーカスが一人の男と何やら言葉を交わし、男は店を出て行った。
ルーカスはこちらに視線を合わせると、唖然とした。
嫁役のユーリアが先ほど挨拶を交わした男と抱擁を交わしているのだ。無理もない。
「これは、エドガー様。一体何が……」
たじろぐルーカスを睨みつけ、エドガーはユーリアから離れ、ルーカスに押し付ける。
「ユーリアから目を離すな。どこぞの客に声を掛けられていて連れて行かれるところだった。他に護衛は?」
ユーリアにルーカスは視線を送り、ユーリアはいつもペンダントをつけているあたりに手をあてる。
それだけでもルーカスには伝わったようで、ルーカスは一度きつく目を閉じ、目を開くとエドガーを見る。
「申し訳ありませんでした。ユーリアを救っていただいてありがとうございます。
護衛はございません。宿までは我々二人です」
「そうか、なら私が共に宿まで行こう。ローラント様はまだ会合が終わっていない。
先に帰ることを伝えてくる」
エドガーはローラントの所に行き、事情を説明し、ユーリア達と共にレストランを出た。
そのまま何も話さずにルーカスの先導で宿まで向かう。尾行がいることも考慮して少し遠回りをして宿屋へとたどり着いた。
宿屋の通りに入る時にはエドガーが自分が着ていた上着をユーリアに被せて抱き上げ、エドガーの胸に顔を押し付けるようにして、顔を見えないようにしてくれた。
3人は急いでルーカスの部屋に入り、椅子やベッドに座ると、現在の状況を説明する。
ルーカスがまずは口を開いた。
「改めて、自己紹介いたします。ヴァルヴィストで体術の教師をしております。ルーカスと申します。
イルムヒルムからの救援要請がこちらの学園に出まして、その調査をユーリアとしておりました」
「ルーカス殿、話は分かった。
ユーリアに話しかけてきた奴らはユーリアのペンダントについて話していた。
その事で何か思い当たることはあるか?」
エドガーもユーリアが秘密にしていることは大体知っている為、ルーカスがどこまで知っているかを探っているようだ。
ルーカスよりも先にユーリアが口を開く。
「師匠、ルーカス先生には私の召喚魔石を見せテディの姿も見せています。
そして、奴らと直接関わったのは私です。カフェで声を掛けられ、ペンダントを見られてから執拗に尾行されました。
普段ならテディが動く所ですが、腕に印があった者がいた為、現在泳がせていた所なのです。
警戒はしていたのですが、まさかこの都市で会うとは思っていませんでした」
エドガーが頭をボリボリ掻いている。腕に印とぼかしたが恐らく検討はついているのだろう。
「学園都市に奴らがいるのは不穏だな……声をかけてきた者のうち1人はなかなか厄介そうな気配がした。この都市にいる間も護衛をつけた方がいい。
ルーカス殿は今夜はそばにいれるのか?」
エドガーの問いにルーカスは首を横に降る。
「テディをユーリアに借りて酒場で、ある人物と会う予定です。後は学園の生徒がいる程度です。
恐らく今回会うのは奴らに関係する者だと思われます。なので、今後のユーリアのためにも少しでも情報を得たいのです」
ほう、とエドガーは顎に手をやり何かを考えている。
そして、何か思いついたのか顔に笑みを浮かべている。
「ルーカス殿、私も同席していいか? 変装はしよう。ユーリア、フェリクスを呼びなさい。後はジョエルを置いておこう」
エドガーは腰のポーチから懐中時計を取り出す。
スッと懐中時計時計を撫でた。
「ジョエル話は聞いていたな。出てこい」
懐中時計が少し光ると目の前に黒髪ロングの妖艶な女性が現れた。
ユーリアを見て目を細めると、ユーリアの髪に触れた。
「ユーリア、久しぶりね。美しさに磨きがかかったわね。男の一人や二人できたのかしら?」
ジョエルの視線はルーカスへと向かう。
ユーリアは一生懸命首を横に振り、否定した。
「ジョエル違うの! ルーカスは先生なの。恋人とかそういうのじゃないから」
「あら、そうなの。若くていい男じゃない」
ジョエルがふふっと微笑みながらルーカスの前へ歩みを進めると、するっとルーカスの胸に触れる。
ルーカスは戸惑い、エドガーは頭を抱え、ジョエルを叱責した。
「ジョエル、ユーリアを守れ。ユーリア、フェリクスはどれくらいで来れる?」
ユーリアはフェリクスの魔石に触れ確認を取った。今日も近くの森に待機しているのですぐにくるそうだ。
「すぐに来ます」
「まさか、ここにくるのにフェリクスを使ったのか!」
エドガーはユーリアを睨み、ユーリアは視線を泳がせた。
「ユーリアは私たちが少しでも情報方法収集が出来るように考え、時間を短縮するよう手配してくれたのです。
今回の要請には裏があると我々学園側も睨んでいたので、ユーリアの申し出には助けられたのですよ」
ルーカスの助け舟も虚しく、エドガーはユーリアを睨み続けている。
「ルーカス先生庇わなくても分かっています。
ユーリアは自分の利になる事にはなんでも利用する。
ユーリア今回は何が目的なんだ。不用意に魔獣を使うものではないと教えただろう」
エドガーはルーカスよりも長い付き合いだ。分かっている。誤魔化すのは難しいだろう。
「お友達とシュペルノベイルの海で遊びたくて……なるべく長く遊ぶためには馬車での移動は時間の無駄なのです。
バイトもあるので、夏休み期間の半分しか使えませんし……最初はワイドを使おうかと思っていたのですが、陸路だと救援要請が出るくらい魔獣たちが荒れているのでしょう?
巻き込まれたら面倒じゃないですか? それに移動費、宿泊費の節約です」
「分かった。金の節約がメインだな……魔獣をそんな形で使うな!」
頭をワシワシと掴まれる。セットした髪は乱れるし、痛いしで最悪だ。
髪を戻していると、窓の縁に数羽の鳥が止まった。
その様子を見てエドガーにまた怒りが満ちている。
ユーリアは窓を開けて鳥を部屋の中へと入れた。
「ユーリア、身の危険だと言うから急いできたぞ!」
フェリクスより先に人型になりかけやってきたのはカルアスである。エドガーのボディが決まる。
カルアスはむせて腹を抑えている。
「カルアス。なぜここにいるのだ? 今はここにいるはずがないよな。お前の父には言ってきたのか?」
カルアスは黒鷲の種族の長の息子なのだ。そして黒鷲はシュペルノベイルの中で、諜報活動の一部を担っている。闇に紛れて情報を運んだり、闇に紛れて情報を掴んだりしている。
エドガーは体術の心得もあるが、魔獣達を従えるどこの国にもなかなかいない逸材なのだ。
「ユーリア様の一大事と飛んできただけです!」
「嘘を言うな。フェリクスと共に行動していたのだろう。情報が早すぎる」
カルアスは頭をグリグリされている。お許しをとエドガーに言っているが、エドガーの手は止まらない。
「ユーリアたちを目的地まで運んだら分かっているな? 己の職務は全うしろ! でなければ某の父にこの事を告げる!」
「本当に申し訳ありませんでした。後日任務は全うします!」
カルアスは一言言い残すと、人型から鳥型に戻り森へと戻っていった。フェリクスはその姿を冷めた目で見つめながら、エドガーに詫びた。
「エドガー様申し訳ございません。ユーリア様が絡むとなかなか引かないものですから……何度もお止めしたのです」
「ああ、あれは阿保だ。分かっている。ユーリアにいくら言い寄ってもなびかない強い心を他に生かして欲しいのだが……それより、ユーリアの護衛を頼む。少々厄介なモノに睨まれているような気がするのだ。学園の生徒だけでは心許ない」
「承知しました」
エドガーはフェリクスにユーリアの護衛を頼んだ後、ジョエルを見る。
「ユーリアはフェリクス達がいれば大丈夫そうだが、ジョエルはどうする? 我々と一緒に来るか?」
ジョエルはルーカスに寄り添うと妖艶な微笑みを浮かべる。
「エドガー、私がこちらの彼の女になってもいいと言うことかしら。喜んでお供するわよ」
「何故そうなる……まあ、いいか。ユーリアを匂わすよりほかの女を当てた方がいいか。ルーカス、どうする?」
ルーカスはユーリアを見ると、少し考えるような顔になり、首を横に振った。
「私とユーリアが夫婦を演じていたと分かるものがいなければそれもいいでしょう。
だが、どこで見られているか分からない。それにユーリアの警護は厚くしてもらっていた方が安心です。
できるなら、今日はこれからでも別の宿を取り、生徒達と関わらないようにしたいくらいです」
ユーリア目当てで宿にやって来られるとほかの生徒も命の危機が出てしまう。
もう少しセキュリティの高い宿を取り、私を匿う方がいいのだろう。
ここは安価な宿なのだ。チップをもらえばどんな情報を漏らすか分からない。
「それでは私のとっている宿の部屋を使え、顧客の秘密は漏らさない。ジョエル、そういう事だ。ユーリアを部屋に案内するように」
ジョエルは「あらあらせっかく若い男と居られると思ったのに残念だわ」と言いながら、ユーリアに着替えるよう言う。
「では、ジョエル頼んだ。ルーカス。我々はそろそろ行こうか……ユーリア大人しくしていろ」
エドガーに一言注意されるとルーカスの部屋を出て自分の部屋へと入る。
途中ティナ達に会ったが、ニコリとフェリクスに事情を軽く説明するよう促し、会話はせずにエドガーの宿へと向かった。
宿の部屋に着くと、ニノンとマノンが人型へ戻り、ジョエルへ抱きついている。
「ジョエル久しぶり! 今日も綺麗」
「私もジョエルみたいになるのー!」
「あらあら。嬉しいわ。じゃあ、私が大人の女になれるようレクチャーしてあげるわ」
ニノンとマノンの頭を撫でながら優しく声をかけている。
ニノンとマノンは綺麗なモノが大好きなのだ。ジョエルもその1つである。
ジョエルもジョエルで男癖は悪いのだが、意外にも子供にはとても優しいので、益々二人に好かれているのであった。
「じゃあ今日は遅いし、皆でお風呂に入りましょうか? ユーリアいいかしら?」
「うん。久しぶりに入ろうー! フェリクスはお部屋で待機しててね。
「承知しました。ごゆるりと水浴びのお時間をお過ごし下さい」
「水浴びやったー。ニノンユーリアと洗いっこ!」
「マノンはジョエルと洗いっこ!」
ニノンとマノンに癒されて張り詰めた空気が緩んだのであった。
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