第35話レストランと師の再会
レストランに入るとホールには楽器が置いてあり、演奏を楽しみながら食事ができるとはなかなかの店のようだ。
入ってくる客も皆それなりの服装をしている。
ドレスを借りて良かったのかもしれない。
店内の様子を見て、ユーリアは疑問に思ったので、テーブルに着いてから小声で聞く。
「ルーカス先生。ここ高くない? 支払い大丈夫なの?」
ルーカスはニカっと笑うと自分の腕を軽く叩く。
教師という職業がこんなに儲かるとは思えない。
「俺の財布からと言いたいところだが、潜入資金はたんまり貰ってる。こういう所に入る事も想定内だそうだ。本来はベティーナと入る予定だったが、問題ないだろう。ベティーナがお前に押し付けたと言ってもいいなあの流れだと……」
そんな事は初めて知った。ベティーナがルーカスの嫁役というのはなかなかハマる。完璧に尻に敷かれていそうだ。
「安心しろ。シュペルノヴェイルではベティーナは俺と組むようになる。流石に馴染みがいるところでの設定は困難だ」
4人という少ない人員の中での諜報活動では、ベティーナは男と組むしかないので、カップル役はやらねばならないだろう。
そして、シェルトとイーヴァルはモテるので女性相手に話を聞くには持ってこいなのだ。
必然的にルーカスと組むようになる。
「ベティーナ先輩はここではその任から逃れて、ティナの育成に回ったという事なのですね」
ティナは耳がよく諜報活動向けの人員なので、ベティーナは恐らく、学園にいる諜報員に組み込むつもりなのだ。前々からそんな気はしていたが、今回の夏休みを利用してそれを磨かせるようだ。
だから、ティナと2人でバイト先で夏休みの計画を練っている時に話に入ってきたのだろう。
ベティーナの思慮深さには頭が上がらない。
「まあ、そういう事だな。お前はそんな事より、アルコール類は出さないよう、予約の時には言っているが、自分でも気をつけろ。夜はテディと人に会う予定ができた。誰も守ってやらないぞ」
ユーリアの酒癖を考慮して先回りしていたらしい。知らぬ土地で記憶を失くすと危険なので、有難い。
「お飲み物は何にされますか?」
店員がテーブルへとやってきた。ルーカスはワインを頼み、ユーリアはフルーツのフレッシュジュースを頼んだ。
おしゃれな名前の飲み物ばかりである。
飲み物が運ばれて来た時には、ちょうど夕食時になって来たので、店内には客が入り始めていた。
「それにしてもこのレストランは楽器があるのですわね。今日は楽器の演奏はあるのかしら? ピアノを見ると幼い時に習っていた事を思い出しますわ」
飲み物を運んできた店員にさりげなく会話を振る。
「申し訳ございませんが、本日は演奏家は参りませんので、展示のみとなります」
「そうですか。残念ですわね」
ユーリアはルーカスと共にグラスを軽く掲げ、飲み物を口に含む。
「ユウは楽器も習っていたんだな。護身術は分かっていたが。教養もやはり習っていたのか」
「演奏会にも出させられてたのですよ。義母が教養に熱が入ってまして……その婚約者に恥じないように一通りは習わされてました」
ユーリアもルーカスも苦い顔になり、沈黙が生まれる。そんな中ほかの席へ案内されていた顔に見覚えがあった。思わずギョッとする。
*
「これはユーリア様ではございませんか? お綺麗になられまして、ヴァルヴィストにご入学されたと聞いておりましたが、里帰りですか?」
ベストタイミングで出くわしたのは60代くらいの男性の音楽の師と30歳前半の体術の師である。
シュペルノヴェイルの中枢の人間である。
「ローラント様にエドガー様、お久しぶりでございます」
「ローラント様、お連れの方に悪い、席へ向かいましょう」
年下のとエドガーがローラントを促すが、ローラントは引かずに言葉を続ける。
「ほほう、ユーリア様もそんなお年頃ですかのぉ。ご紹介いただけますか?」
ローラントは顎に蓄えたヒゲをさすりながら、ルーカスを品定めしているようだ。
「彼はルーカス。ヴァルヴィストで知り合った私のパートナーですわ。体術の心得があってとても頼もしいのです。ルーカスこのお方はシュペルノヴェイルの宰相ローラント様と陛下の右腕であるエドガー様です」
「お初にお目にかかります。ルーカスと申します」
ルーカスは席を立ち、胸に手を当て少し頭を下げた。
「うむ、なかなかの紳士よのう。エドガー。ヴァルヴィストのルーカスといったらジークヴェンデルの出身だったか……鬼神と呼ばれておったのぉ。よもやこのようなところでジークヴェンデルの鬼神に会えるとは嬉しいこと限りない」
ローラントはニコニコと温和な雰囲気だが、エドガーは険のある表情でルーカスを見ている。
「のう、ユーリアよ。一曲久し振りにどうかの? ユーリアの演奏する曲が聴きたい。ルーカス殿よ。某も教養は一通り受けているのであろう。ユーリアと共に一曲披露してくれ」
ルーカスは驚いた表情をしたがすぐに戻した。
ローラントはその表情を無視してニコリと微笑むと、店員へ楽器を使わせてもらえるよう交渉している。
店員から許可が降りたので、仕方なくルーカスと弾くことになった。
「ルーカス大丈夫?」
2人で合奏できる楽曲を探し、奏でる。
意外にもルーカスは楽器の腕前もなかなかだった。
レストランに来ている人たちからパチパチと拍手がなった。
ローラントの無茶振りには答えられたようだ。
一礼をして、ローラントの席までむかう。
「ユーリア。よかったぞぉ。全く楽器に触れていなかったとはいえ、なかなかの腕前だ。
ルーカス殿も相当の腕前であるな。さすがだ」
「もったいないお言葉でございます」
ルーカスが胸の前に手を置き頭を下げる。ローラントはルーカスの身の上を知っているようだ。
ルーカスの顔に緊張の色が見えた。
「某は国へ戻るつもりはないのか? 生まれはいいのだろう? ユーリアは6年を迎えればシュペルノヴェイルに戻る立場にある。
ただし、某が家に戻りそこへ嫁ぐとなれば、シュペルノヴェイルに戻る必要はない」
ローラントはユーリアの置かれた立場を危惧して、ルーカスが今後どうしていくかを聞いているようだ。私が嫁ぐという話が出るということは恐らく貴族か何かの出なのだろう。ルーカスも顔を下に向けたままだ。
「ローラント様、私はまだユーリアとは出会ったばかりです。これから乗り越えなくてはならない事は多いと思いますが、今はまだ2人の時間を楽しみたいのです。お時間をください」
ローラントはふむと言うと、難しい顔から優しい顔に戻る。
「ルーカス気に入った。某であれば家と関係なくシュペルノヴェイルに迎えることも考慮しよう。ユーリアもその方が気が楽だろう。
お互いに、家のことは考えず自由に暮らすのもいいだろう」
いつの間にかに結婚後の生活を保障されてしまった。
パートナー違いである事を訂正したいが、この場で情報収集するためにも設定を否定する事は出来ない。
必死にエドガーへと視線を送るが、一瞥される。
声に出さずに、口と目で暗部で使われる合図で、諜報活動中であることを伝える。
エドガーは溜息をつくと、ローラントとルーカスの会話へと入る。
「ローラント様後は2人の時間にさせてあげて下さい。せっかくの時間だ。今こそ自由にしてあげなくては……」
「ほほう、エドガーにしては気が利いておるのー。
いやはや2人ともすまなかったの。
久しぶりの弟子との再会だったもので思わず我を忘れてしまったようじゃ。
2人の時間をゆっくりと過ごすがいい」
2人は一礼すると一気に互いに別の意味で疲れた足を進め、自分たちの席へと戻った。
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