第34話カフェでの情報収集と新婚ごっこ

 露店街を抜けると、レストランが並ぶ少し高級な通りとなった。

 ルーカスは手を引っ張り続けている。全然カップルっぽくない。



「ルーカス。歩くの早い。もう少し速度落として、今日はヒールなの」



 ルーカスは我に返ったような顔をして、ユーリアの足元を見る。



「すまん。ついいつもの速さで歩いてしまった。足は大丈夫か?」


「少し痛いかも」



 そういうと、ルーカスは路地に入って、跪きユーリアの靴を脱がせた。ユーリアはルーカスの肩を借りる。



「少し赤みが出ているな」



 ルーカスはウェストポーチから布を出し、小さくちぎると、ないよりはマシだろうと靴からはみ出ないように、かかととつま先部分に当ててくれる。



「ルーカス彼氏っぽいかも。今日一番にカッコよく見える。きっとこういう所出してけば彼女できるんじゃない?」



 ルーカスはしかめた顔を見上げると、ユーリアの額に軽くデコピンをする。



「お前も一言多いんだ。教師として充実しているから女は作らないだけだ。それに作ろうと思えばいつでも作れる」


「あー、ルーカスお一人様コースの言葉だよ。それ……。ちゃんと婚活しなきゃダメだよ。……ヴィオラ先生も独り身だったよね。ねね、先生同士とか……」



 ヴィオラを勧めた所で、ルーカスは立ち上がる。



「そんくらい、話せるならまだ余裕だろ。とりあえず今晩入る店を決める。俺たちの新婚旅行だ少し良い店を選ぶぞ。ドレスコードとかあんのかこの辺の店は……」



 ルーカスが腕を出したので腕を組む。

 いつの間にかに新婚夫婦になったようだ。

 とりあえず、上流階級の話も聞きたいらしいので、どの辺りの店が適当か少し見たら情報収集をカフェでするらしい。


 お腹がパンパンになりそうだ。



「あそこかあそこ辺りが適当かな。一応近くのカフェで情報収集だ。ドレスとか貸し出してる店もチェックだな。俺も何も持ってきてないからな」






 *


 レストラン街から少し外れたカフェに入る。

 小洒落た少し狭目なお店だ。ホルストのカフェを彷彿させる。


 店内に入るとテーブル席が満杯のためカウンターに案内され、適当に紅茶と茶菓子を注文した。

 先ほどの芋が効いている。


 店員たちに会話を聞かれている事を考慮して少しお上品なお嬢様をイメージしてルーカスと会話をする。



「イルムヒルムに立ち寄って正解でしたわね。ルーカス。こんなに素敵な街ははじめてだわ」


「ああ、素晴らしい。この紅茶もなかなかのものだな」



 すると、目の前にいる初老くらいの男性、恐らく店長と思しき人に「お褒めに預かり光栄です」と言われた。



「このように深みのある紅茶は久しぶりだ。長らく戻っていないが故郷にいた頃の味を思い出させる」


「そういえば、ルーカスはご実家とは疎遠だからと、いつも話してくださいませんよね。いつになったら私はご挨拶に伺えるのかしら」



 頬を膨らませお茶を飲む。設定を勝手に作っていくのだ。ルーカスも話に乗ってくれる。



「もう少し待ってくれ、あちらも今は内政が悪い。だから折合いを見て必ず紹介しよう」


「そうやって、はぐらかすのですから……」



 ルーカスは面倒になったのか、ユーリアを一睨みする。ユーリアは肩をすくめそっぽを向く。



「ユウ。必ず話す時が来れば話すから、そういじけるな」



 言葉だけは優しい。店長も苦笑し、機転をきかせて話題を転換してくれる。



「それにしても若い奥様なのですね。こんなにお綺麗な方の側を添い遂げられるなんて羨ましい限りです。新婚旅行か何かですか?」



 実はルーカスは小細工用にあの露店で指輪を買っていたのだ。カフェに入る前に渡されたので、薬指につけていた。



「綺麗だなんて、そんな事ありせんよ。ふふ。この春にやっとルーカスと結ばれたのです」


「失礼でなければ、馴れ初めをお伺いしても?」



 店長がニコニコと質問をしてきたので、ルーカスに目配せした上で、即興で話を作り上げる。



「ええ、聞いてくださる?

 実は幼い頃より父の勧めで護身用にと体術を習っていたのです。この細腕でかなりの術者なのですよ。

 一度、縁あって二人で過ごす機会がございまして、その……私の気持ちを伝えたのです。

 その時は当然生徒としてしか見れないとおっしゃったのですが、私はずっとこの気持ちを捨てる事が出来ずにおりました。

 そんな中私の父が病にかかり、気を落としているともっと自分を頼って欲しいとおっしゃってくださったのですわ。

 そこから少しずつ距離を縮めて今に至るのです」


「ユウ、あまり詳細を話すな……恥ずかしいだろ……。私も修行を続ける身でありながら、お恥ずかしい話です。

 まだまだ本当に未熟で……。生徒の一人である彼女にこんな感情が芽生えるとは思っていなかったのですよ。

 身分も違えば年も離れている。今でも悩む事があります。

 けれども、彼女は純粋で優しい心を持ち、何事にも首を突っ込むので、目を離すとどこか遠くに行ってしまいそうで、側に置く事にしたのです」



 ルーカスは先程購入した指輪に触れ、店主はその様子を見ながらクスクス笑っている。



「お優しいのはいい事ですが、活発な方なのですね」


「はい、彼女を繋ぎ止めて置くためにも、この旅行を終えたら養うために稼がなくてはなりませんよ。身分違いの恋というのも、いろいろと思うところは多いのです」



 今日ユーリアが来ている服は、大人っぽいコンセプトで上等な故郷にいる頃の服なのだ。安物の指輪とは格が違う。

 店主は服と指輪を見比べながら、頷く。



「恋というものは落ちてしまえば、一瞬ですからね。それを1つ乗り越えて今にい至るのでしょう。お二人ならこれからの困難も乗り越えられるのではないでしょうか」


「だと良いのですが……」



 ユーリアはルーカスに目配せされたので、そちらを見る。

 席を外すように言われているようだ。



「ルーカス、私少し席を外しますわ」


「ああ、店主と話しているさ、気を使わずにゆっくりしてきなさい」



 ユーリアはポシェットを手に取り化粧室へと向かった。

 出来るだけゆっくりとお化粧を直し、ルーカスの元へと戻る。



「有意義な話をありがとう。ユーリア、今晩は少し良いところで夕食を取らないか?」



 何かしらの情報を得たのであろうルーカスは、上機嫌に言った。

 


「ルーカス。私はそれほど、この旅で贅沢をしたい訳ではないのです。普通の旅でいいのです。2人で楽しい思い出ができれば……」



 ルーカスはユーリアの言葉を遮り、首を横に降る。



「たまにはいいだろ? せっかくこんなにも素晴らしい都市に訪れたのだ。店主。予約はないのだが、これから入れる上等な店はないか? ドレスコードがあるなら、ドレスを借りれる店も紹介して欲しいのだが」


「それでは、ナターエルの店はいかがでしょうか。あそこでしたら当日の旅行者の方々の受け入れもされてます。

 念のため、私からの紹介だとおっしゃって予約を取って貰えばいいでしょう。

 ドレスコードまではございませんが、せっかくですので貸衣装屋でドレスを借りて奥様にご満足いただければと思います」



 店主はニコニコとしながら、何か紙に書いている。



「全く、ルーカスったら気にしなくていいのに……そういえば、この街の後はシュペルノヴェイルの海へ行こうと思うのだけれども、何かオススメのお店ご存知? 隣の国だけれども何か分かるかしら?」



 店主はルーカスを見て、何か目で合図しているようだ。



「先程店主に聞いたのだが、海辺の街にゆっくりと過ごせる場所があるらしい。女性専用らしいのでしばらくそこに滞在するのもいいと思ってな。ここまでの長旅だ疲れただろう?」


「あら、ではルーカスは側にいてくれないの?」


「私は私で少しゆっくりするよこれからまた帰りの旅路があるだろう? 君をゆっくりと休ませてあげたいんだ。日程の最終日にまた2人で街を回ろう」



 少しむくれるユーリアに優しくルーカスが諭し、店主がユーリアに声をかける。



「旦那様のお気持ちも考えてあげて下さい。可愛い奥様との旅をよりよくする為に少しでも稼いでおきたいそうですよ」


「店主よ。それは内密にと言っていたではありませんか」



 頭を抱えるルーカスに店主は笑って答える。



「これは失礼。奥様の目が懐疑的な目だったもので、差し出口でしたかね……。

 奥様、貴女の旦那様は貴女しか見ておられないようですから、ご安心ください」


「まあ、ルーカス」



 ユーリアは恋に焦がれた目でルーカスの手を取り、見つめる。ルーカスもそれに答えるように手を握り返す。



「ユウ、男の意地だ。一生に一度の旅行だから、君には最高の思い出を残して欲しい」


「ルーカス……」



 ユーリアは目を潤ませ、涙を流す。ルーカスは涙を拭う。



「泣き虫なのは昔からだな」


「こんな時にその話はしないで下さい」



 新婚夫婦の演技を一通り終えたところで、ナターエルの場所と貸衣装屋の地図、紹介状を店主から預る。



「有意義な時間をありがとう。この街を出る時には再度訪れよう」


「またのお越しをお待ちしております」



 ルーカスはユーリアの肩に手を添え、店を出た。






 *


 店主から聞いたレストランの予約を取ると、貸衣装屋に向かう。

 道中小声でヒソヒソとルーカスに話しかける。



「この茶番まだ続けるんですか? 流石に飽きてきました」


「お前の名演技のお陰で有力の情報を得たぞ。宿に帰ってから話す」


「ルーカスだって、名演技だったじゃないですか。私の事をそんなに思ってくださるなんて、感激致しましたわ」



 冗談で腕に抱きつくと頭をルーカスの肩に寄せる。一生徒を想ってしまうなんてなかなかときめくシチュエーションではないか。正直ルーカスにそこまでのアドリブが効くとは思わなかった。



「お前だって俺をそんなに慕っていたとはな。その歳でこれだけの演技力は素晴らしいな」



 ルーカスはクスクスと笑い反対の手で頭をポンポンした。



「もう少しで貸衣装屋だ。気を引き締めて行くぞ」




 *


 貸衣装屋の通りの路地を曲がると、夫婦と1人の幼い女の子が向かい側から歩いてきた。

 皆帽子を被り俯いている為、顔が見えない。その親子が気になったのは、母親達が子供の歩調を全く考えず、大人のペースで無理矢理手を引いているように見えたからだ。



「あ、危ない」



 子供が転ぶ。思わず子供に手が伸びてしまったが、距離的に届かなかった。帽子が転がってきたので、帽子を渡す。



「大丈夫?」



 母親がバッと帽子を受け取ると、すぐにその子に被せた。立ち上がらせる訳でもなかった。



「拾っていただいてありがとうございます。ほら、お礼を」



 子供は自分で立ち上がり、痛いのを我慢しているのか涙目だ。



「ありがとう」


「いいのよ。膝から血が出ているわ。ちょっと待って」



 ユーリアはポシェットから自分のハンカチを出すと、血を拭き取り、くるっと膝に巻いてあげる。



「お薬は持ってないんだけど、ごめんね。これで血は抑えられると思うから」



 頭をポンポン撫でてあげると、子供は涙を流し始めた。落ち着くまで撫でてあげる。

 両親は何をするでもなく、ただ成り行きを見ていた。


 子供が泣き止むとすぐに両親は礼を言って去っていった。



「あの子供大丈夫か?」


「傷は後は洗えば問題ないでしょうけど、あの両親ひどいです」



 ユーリアが泣き顔になると、ルーカスはユーリアの頭をポンポンしてくれる。

 なるべくしんみりにならないように気遣ってか、おどけて見せる。



「俺たちにあの子をどうこう出来ないが、俺たちの子にはあんな思いさせないようにしてやらないとな」


「ルーカスのばかぁ。こんな時に冗談言わないの。かわいそう過ぎるよー。絶対お家でも碌な扱い受けてない」



 ルーカス軽くユーリアを抱き締めて、背中をトントンしてくれる。落ち着くのを見て貸衣装屋へと足を運んだ。




 *


 ドアを開くとチリンと鈴の音がした。

 店内から気の良さそうなおばさんが出てくる。



「いらっしゃいませ。こりゃ美男美女がいらっしゃった。今日はどんな服がご要望だい?」



 新婚旅行の途中で立ち寄った事とこれからレストランに行く事を伝える。



「そりゃ、いい旦那だあ。一生に1回の新婚旅行でたまの贅沢だこっちのドレスから選びな。なんでも着こなせそうだ」



 おばさんとユーリアは一緒にドレスを選ぶ。ルーカスも自分のを選んでいるようだ。



「ねえ、ルーカスどれがいいかな迷う」



 ルーカスは自分の服選びをすでに終えたようで、待っていたのだ。



「ユウならなんでも似合うさ。俺は近くを散策して時間を潰してくるよ。出来上がりが楽しみだ」



 ルーカスの女性の服選びに付き合うのは面倒だという心の声が聞こえた気がする。

 徹底的に驚かせてやる。



「それにしても、2人は結構年の差があるんじゃないかい?」


「10歳差ですよ。この春に私は成人したので結婚したんです」


「そうかい。許嫁って感じでもなさそうだね」


「ええ。私からの毎日のように思いを伝えていて、向こうが折れたって感じですかね」



 おばさんと2人で笑う。おばさんは選んだドレスをテキパキと着せてくれた。

 場所を借りて化粧直しと髪を結う。



「アクセサリーはどうするんだい? 今付けてるのだと心許ないだろう?」


「イヤリングだけお借りしようかしら。ネックレスやブレスレット、この指輪は彼から贈られた物なので……」


「そうかい、じゃあ、イヤリングだけ、派手にならないのを選ぶかい」



 ユーリアの身支度が終わる。ルーカスもすでに着替えたようで、対面した。



「どうだい、ますます別嬪さんに磨きがかかったろう?」



 ユーリアは白地に藤色のレース。花やパールをあしらったの膝寸のドレスを着ていた。

 少し落ち着いた色味の藤色だが、デザインは可愛いのを選んだ。



「ああ、綺麗だ。ショールはつけなさい。では、行くぞ」


「楽しい時間を!」



 おばさんに笑顔で送り出され、ルーカスの腕を取りレストランへと向かう。



「本当なら馬車に乗った方が箔がつくんだがな、それに何故安物のアクセサリーをつけたままなんだ。アクセサリーも借りれば良かっただろう?」


「だってルーカスが初めて贈ってくれたものだもの。それを身に付けないのは失礼でしょ」



 ルーカスは頭を抱えながら、レストランへ向かった。

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