第33話イルムヒルムへの潜入
何度か休憩を挟み遊覧飛行をしていると、いつの間にかに今晩泊まる小さな町の姿が見えてきた。
すぐそばの森へと降り、徒歩で町まで向かう。テディを除いた魔獣達は人の中で生活する事に慣れていない為森で過ごすらしい。
ちなみにテディは人間の姿でなく、猫の姿で同行している。
ティナに「素敵紳士さんが可愛い猫になった」とずっと頭を撫でながら抱っこしている。
最高の癒しの意味が分かっていただけたようで何よりだ。
学園に比べると簡易な門の前では兵士が番をしていた。
厳しい目の門番に、ルーカスが学園から得ている身分証を提示して中に入る。
「それにしても、門の警備の人数が少なかったな……以前訪れた時には気さくな感じだったが、今日は雰囲気も変わっていた」
ルーカスがポツリと呟いた。
ユーリアも学園に向かう時にこの町には入ったが、フランクに「学生さんかい? あそこは人が若くて活気がいい」くらいに世間話をした記憶がある。
「こんな小さな町にも今回の要請に絡んでいるという事でしょうか?」
シェルトが一番に口を開き、ルーカスに尋ねた。
「まだ、何とも言えないが、探りを入れた方が良さそうだな。ベティーナ、イーヴァル得意分野だ。それとなく探れ」
「はい」
2人は夕食までの間少し買い物に行くと言って、別行動を取った。
先に宿に入り2人を待っていると夕食の前に戻ってきて、宿の食堂で皆でご飯を食べる。
その後は男子部屋に集まり作戦会議だ。
「やはり、救援要請が出て魔獣狩りの部隊に兵を出しているそうです。
人数に応じて報酬が出るそうで、町に残された兵は少なく、尚且つ、出兵していないものには臨時報酬が出ないため、兵の選抜時に諍いが起きたと聞きました。
自分の夫も徴兵されなかったと宿の女将さんも嘆いていらっしゃいました」
イーヴァルがルーカスへと報告する。
いつの間に宿の女将さんと話をしていたのだろうか……そういえば夕食の時にも他のテーブルよりも、一品学生サービスとして、多めに配置されていたような気がする。関係しているのだろうか。
「徴兵の他にも、町長への不満が爆発しそうな感じでしたわ。残った兵士の方々にお話を伺いましたところ、今はただでさえ魔獣がこちらにも出て、農作物や家畜にも影響があるそうですの。そんな中、ギリギリまで他所の都市へ出兵させる意味があるのか、という意見もあるそうですわ」
ベティーナはベティーナで兵士に話を聞いている。どうやって怪しまれずに話を聞くのだろうか。
「それに、なんだか不思議な盗賊も増えているそうですよ」
「不思議というと?」
ベティーナの話にルーカスが身を乗り出して食いついてきた。
「なんでも、金品には目もくれず、赤い魔石だけを取るらしいのです。小売商の者たちも殺さずに生きたまま返されるらしく……ただ、顔を見たはずなのに覚えていないそうなのですよ」
「赤い魔石だけか……何か目的があるのか……」
シェルトは難しい顔をしながら、考え込む。
他の魔石や金品を取っていないことから、赤い魔石を何かに使う事は分かるが、売買目的なら当然金も全て奪うはずである。戦争目的であってもだ。
1つの魔石だけを狙うというのは理解できない。
「盗賊の方は情報が足りないな。継続して情報を得よう。明日の午後にはイルムヒルムに到着する。
恐らく、情報は得難いと思うが、少しでも今回の要請の裏を調べよう」
*
翌朝、町を出発してイルムヒルムへと向かった。
旅路は順調で14時にはイルヒルムの西門へと付いたのだった。
全員の身分証を提示し、旅の理由を聞かれる。
シュペルノヴェイルへの帰郷だと告げると、情報が得にくくなる可能性が高いため、夏休み旅行でシュペルノヴェイルに行くつもりだと告げた。
「都市の中は普通なのだな……まるで要請など出ていないかのように」
シェルトが都市の様子を見て呟く。
近くで魔獣が暴れているのに、住民たちに何の焦りもないのだ。
もしかすると、住民たちには知らされていない可能性が高い。
今回は皆で宿に向かっている。町と都市では街並みが違い、いろいろな露店や店が並んでいる。
住んでいる人の数が違うのだ。活気がある。
宿に入り荷物を置くと、ルーカスの部屋へと向かう。
「それでは、今日は自由行動とする。それぞれ好きに動きなさい。長旅で疲れていると思うが、少し気晴らししてくるといい。その中で何か得られればそれで良しだ」
ルーカスからは情報集めもしつつ、各々楽しんでいいとのお達しだ。
先日のカフェでは、1年生の諜報活動を危険だと言っていたベティーナ先輩も頷いているので、何かしら考えに変化があったようだ。
「ティナ、ここの街で一緒にお買い物してみない? 可愛い服に着替えて一緒に回ってみましょ?」
ベティーナは元から情報収集の得意なティナに目をつけ、情報収集の仕方を教えるようだ。
ベティーナから教えられたら、益々ティナの情報網は広くなる事だろう。
魔術師ではなく、情報屋になれると思う。
「じゃあドニ達も僕たちと一緒に夕食でもどう? さっきこの宿に入った時に、美味しそうなお店見つけたんだよね」
イーヴァルがドニ達を誘う。5人で夕食を食べるようだ。
1人あぶれたユーリアだったが、ルーカスに肩へ手を置かれる。
「ユーリア。俺はお前と来い。なるべく大人っぽい服を着てこい。
後はテディ。すまんがティナ達に今日は付いてくれ、警備が手薄だ。
こちらに何かあったらユーリアに連絡させる。後、夜は酒場に付き合え」
「承知致しました。ユーリア様の事もルーカス様好みのレディに仕上げましょう」
恐らく人型であれば不敵な笑みを浮かべているだろうテディを連れ、一旦部屋を出た。
着替えてルーカスの部屋に戻ると、皆それぞれ先に部屋を出たようだ。
ルーカスは色々と情報収集をするにあたり、色々と対策を考えていたようだ。
私が入ってくると目をまん丸にして驚いている。
「ルーカス、変?」
「いや、テディの手腕に驚いただけだ」
「お褒めに預かり光栄です。しかしながらルーカス様好みのイメージをお伝えしただけで、お洋服選びやお化粧はご自身で行っておられるのですよ。ユーリア様は面倒なだけで、なんでもこなせるのです」
テディに面倒くさがりと貶されてる気がしたが、とりあえず最終的には褒めてもらえたので不問とする事にした。
「それでは、私はティナ様とベティーナ様の警護の方に付きますので、くれぐれもユーリア様から目を離さぬようよろしくお願いしますね」
「ああ。二人を頼んだぞ」
テディを見送ると、ルーカスがユーリアに質問してくる。
「お前はこういう諜報活動も経験済みなのか?」
ルーカスの言葉に耳を疑った。自分が故郷で諜報活動の指南をされていた事は、誰にも言っていなかったはずだ。
「酒入りのつまみを食べた時に酔いに任せて色々とこぼしていた」
「え、本当に?」
あの日の事は途中から全く覚えておらず、何を話してしまったのか分からないのだ。
「じゃあ、私の初恋話とかも聞きました?」
1番の黒歴史である初恋の話までしていては、ルーカスと顔を合わせられないと思い、ポロっとこぼすが、ルーカスは怪訝な顔でこちらを見る。
「初恋? 何故諜報活動に関係する?」
墓穴を掘ったようだ。
ユーリアは逃げ道を探すが、ルーカスは質問を続ける。
「まさか、調査対象と恋に落ちたとかか? お前は惚れやすいタチなのか? それとも同じ諜報員と恋に落ちたか?」
「どちらかというと後者ですけど落ちてなんてないです! 彼の方は私なんて眼中にないですよ……。婚約者さん一筋らしいです。
それ以来恋なんてしてないので、惚れやすくもありません!」
ルーカスはあきらかに動揺したユーリアの慌てようが面白かったのか腹を抱え笑い出し、すまんすまんと言葉を続けた。
「すまん。初恋の傷を抉る気は無かったんだ。お前が恋なんてするんだな。鈍感だから、自分の気持ちにも気づかないのかと思ったぞ」
「失礼な私は鈍感なんかじゃありません。恋愛ネタには鋭い方なんですから!」
ルーカスは笑ったまま「本当にそうか?」と呟いた。
「これからお前は旅行中の俺の恋人だ。付き合いたてって事で初々しさは誤魔化して、お前は愛想振りまいてればいい。適当に露店で商品見たり、店に入って店員と世間話して情報を得るぞ」
宿を出て二人で街へと出た。
初々しいカップルと言われたので、とりあえずルーカスと腕を組む。
ぎょっとした顔をされたが、カップルとは腕を組むか手を繋ぐだろう。
「ルーカス、人前で腕を組むのはダメ?」
上目遣いでルーカスを見ると、ルーカスは頭を抱える。
「お前の演技力のレパートリーは計り知れない。別に組むのは悪くない」
「やったー。とりあえず褒めて!」
演技力を褒められたので頭を撫でてもらう事にした。
*
ルーカスによると、露店の方が店主と距離が近くいい情報が得やすいという事なので、露店が並ぶ通りへと足を運んだ。
お土産の民芸品を売っている店や果物を置いている店、奥には美味しそうな軽食を並べている店などバラエティに富んでいる。
ユーリアはその中でも甘い匂いを漂わせている店へとルーカスを誘う。
「ルーカスあれ食べたい……」
見た感じチュロスだ。生地を棒状にして油で揚げて砂糖をまぶしている。
芋のフライも売っている。
「どっちにしようかなー」
ユーリアが迷っているとルーカスが待てないのか、自分も食べるので両方買えばいいと買ってくれた。
「ルーカスありがと。甘くて美味しいー!」
チュロスを一口食べる。油で揚げた生地に砂糖のジャリジャリ感がたまらない。あっという間に半分くらい食べてしまった。
その様子を見ながら芋を食べていたルーカスにも、一口あげる事にする。
「ルーカス食べる? すんごく美味しいの。」
「あ、ああ。美味そうだな」
ルーカスに食べかけのチュロスを差し出し、ルーカスが一口食べる。
「お、これ本当にうまいな……。ユーリアこれ気に入ったんだろ、夕食まで時間あるし食べればいい。俺は俺で新しいのを買う」
「うん。ねえルーカス。お芋ちょうだい」
「はいはい」
ユーリアは口を開いて待っているとポテトを1つ口に入れてくれた。
甘いものの次に塩気のある物を食べると、いくらでも食べれそうになるから不思議だ。
ユーリアがポテトも美味しいと堪能している間に、ルーカスは自分の分のチュロスを購入していた。
ユーリアが購入していたプレーンなものではなく、シナモンのような香りのするチュロスだった。
ルーカスが一口食べた後に一口もらう。やはり美味しい。
ルーカスのチュロスの最後の一口ももらい、次にまたポテトを要求し、口に入れてもらっているとルーカスの動きが固まっていた。
視線の先には男子5人組がいる。一人を除いて皆驚いている。イーヴァルを先頭にこちらにやってくる。
「これはこれはルーカス先生。例の噂の彼女とデート中でしたか。なかなかにステキな方だ」
イーヴァルは笑いをこらえながら話している。
ベネディクトはこの姿を知っているので、何に驚いているのか分からない。
「あれ、そういえば私学園内ではイーヴァル先輩の彼女って事になってなかったっけ? イーヴァル先輩に案内してもらったせいでその節はご迷惑をおかけしました」
「いいよ。気にしてないし。君のように美しい方の彼女という話は光栄だからね」
イーヴァルと雑談していると、ルーカスがヒョイっとユーリアの顔をルーカスの方へ動かした。
「口に砂糖だか塩だかがついてるぞ」
ルーカスは親指でユーリアの唇付近を拭うと、ぺろっと自分の親指を舐めた。
またイーヴァルは笑いを堪えている。シェルトはあの噂は本当だったのかと呟いていた。
ヤンとドニはユーリアを認識していないのでぽかんと成り行きを見ている。
「いつの間に二人はそういう関係になってたんだよ!」
ベネディクトも唖然としながら、それぞれのやり取りを見ていたのだが、急に声を荒げた。
ユーリアは考える。関係と言われても前から変わっていない気がする。強いていうなら、お泊まりしてからは前よりも仲良くなった気がする。
「お泊まりしてからかなー」
イーヴァルは笑いが堪え切れなくなり、声に出して笑い始めた。シェルトとベネディクトの顔が驚きの表情になり、ルーカスを睨んでいる。
「おい、そういう話は大っぴらにしない話だろ。そして、生徒たちに誤解を生むだろっ!」
「誤解って言われても、お泊まりした頃に距離が縮まったのは事実ですよ!」
ユーリアは頰を膨らませ、ルーカスの腕にしがみついた。ルーカスが頭を抱えると、イーヴァルが助け舟を出してくれる。
「ベネディクト、彼女はね。とある事情から保護するためにルーカス先生の家に泊まっただけで、まだ深い関係ではないよ」
「まだではない。深い関係にはならない」
頭を抱えたルーカスは散れとばかりに手を振る。
「後から俺の口から説明するから、イーヴァルは余計なことは言うな。今はそれぞれ自由行動だ。俺は俺で動く。以上だ」
面倒になったルーカスは、ユーリアを連れて軽食の露店街から離れた。
少し露店街歩くと露店の店主から声を掛けられた。
「そこのステキなお嬢さん。こちらのアクセサリーを旅の想い出にいかがですか?」
たくさんのアクセサリーを置いた店だった。50代くらいのおじさんが店主のようだ。
そこにはすでに2人女性の客もいるようで、こちらを見た。
5人組の次はティナとベティーナだ。
あちらからこちらに話しかけてくる様子はないので、接触はしない方向でルーカスを見る。
「お客さん、そちらのお嬢さんにはこの辺りの首飾りがピッタリだと思うんだが、買ってやったらどうだ? 首元が少し寂しいんじゃないか?」
普段つけているペンダントはあの一件以来、この姿で出る時はポシェットにしまっているのだ。
確かにネックレスは普段はあのペンダントなので持っていなかった。
「少しつけてみたらいいんじゃないか?」
ルーカスはベティーナに目配せされながら、露店へとユーリアを連れて行く。
ベティーナは設定を分かっているようで、カップルのように振る舞えという合図なのだろう。
「ルーカス、可愛いのがいっぱ〜い。これとかどうかな」
「そうだな」
頰を膨らませ、ルーカスを見上げる。ルーカスに恋人役は難しいのではないかと思った時に店主から突っ込まれる。
「男はこれだからなー。だいたいこの店に来る男はそうだぞ。兄ちゃんたまには女を褒めなきゃダメだぞー」
ティナが必死に笑いを堪えている。恐らく恋人設定である事はティナにも分かっていたのだ。
やはり、ティナの目から見ても恋人失格なのだろう。
ルーカスは、頭をポリポリ掻き困っているようだ。
「あれ、嬢ちゃんこっちの嬢ちゃんと似たようなイヤリングをつけてるんだなー」
今日はティナとお揃いで買ったイヤリングをしてきていたので、急いで誤魔化す。
「このイヤリングは旅先で立ち寄ったヴァルヴィストで買ったんですよ。もしかしたらそちらの方も同じところで買ったのかしら? 偶然ね」
「私、ヴァルヴィストの生徒なんです。こんなにお綺麗な人とお揃いなんて嬉しいです」
ティナはうまく話を合わせてくれたようだ。
「あら、生徒さんなの。じゃあ、私たちもしかしたら趣味が合うかもしれないわね。私は普段あまり首飾りはつけないの。だから、このブレスレットなんていいかしら。これと揃いのネックレスはどうかしら」
可愛らしいデザインのものを選ぶ。ティナの魔術具の装飾をした時にこういうデザインだったので恐らくこの系統は好きだと思うのだ。
一緒に行動はしていないが、お揃いを買えるなんて嬉しい。ティナもそう感じてくれていたようで、喜んでいる。
「素敵。私とお揃いでいいんですか?」
「今日出会えた記念にいかがかしら?」
2人は早速購入しようとしたら、店主が一言いう。
「おい、兄ちゃん彼女に買わせていいのかー?」
ルーカスは溜息をつくと、露店の屋根の中に入るように首を下げて露店の中へと入ってくる。
「そちらの女性の分も購入しましょう。多めに出して置きますので、もう1人の方も何か選ぶといい」
3人分のお買い上げだ。店主は目論見が上手くいったと喜んでいる。
ブレスレットを手につけ、ティナの首にネックレスをつけてあげる。
更なるお揃いが増え、密かに喜び合いながら別れる。
店を出たところでルーカスが急にユーリアの後ろから首元に手を伸ばす。
「ルーカス、どうしたの?」
すると、いつの間にかに胸元には赤い魔石のついたネックレスが付けられていた。ユーリアは驚いてルーカスに向き直る。
「ペンダントつけられないんだろ? 胸元がさびしいと店主が言っていたから、買ってやっただけだ。彼氏としてな」
「最後の彼氏としてとか余計だと思うんですけど」
ユーリアが頰を膨らませると、指でプスっと押され、その流れで胸元のネックレスの魔石の装飾部分をルーカスが指ですくう。
「赤の魔石が君の髪色に映えて、とても似合っているよ。綺麗だ」
ルーカスは魔石に口づけをする。
ユーリアは思わず顔を真っ赤にさせてしまう。
店主はぐっと親指を立ててこちらにサインを送っているし、ティナとベティーナは唖然としている。
「ふん。店主に言われたんだ。女を落とすならこれが一番だとさ」
スッと指を離し踵を返す。露店街を出るようだ。
「最後の一言余計だと思うんですけど……」
ふんと不満な声を漏らしつつも、ルーカスは手を握ってユーリアを露店街から連れ去るのであった。
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