第30話ジーグルドのお見舞いと夏休みの計画

 新しいバイトも増え、楽しい錬金術の授業があるので毎日充実した日が続いていた。


 明日から約2ヶ月間は夏休みとなるため、故郷に帰るものもいるためしばらくは皆では会えない。


 今日の放課後はチームの仲間たちとジーグルドのお見舞いである。


 治療院へは非常勤の医術師として度々顔を出しているので快方に向かっていて面会できることを知っていたが、直接会う暇はなかったのだ。

 皆の予定を聞いて午前で授業が終わる今日になったのだ。

 何故かヤンも付いてきている。ベネディクトと何か話しているようだ。



「ジーグルド元気そう?」


「もう少しで完治らしい」



 道中ティナに話しかけられた。久しぶりにジーグルドに会うので皆嬉しそうである。



「ユーリアに会った時にどんな顔をするか僕は楽しみですよ」



 ドニはクスクス笑いながらティナの隣に来る。

 私の両脇はティナとアネットである。



「どういう意味?」


「久しぶりに皆んなの顔を見れて嬉しくなるんじゃないかって話!」



 ティナはドニの脇を肘でつき、何かドニと話し始めた。



「ジーグルドが、元気になってホッといたしましたわ。ずっと心の中で心配していたのです。クラスが違うのに一度チームになるとこんなにも思いが変わるんですね!」


「うん。仲間大事!」


「私はユーリアとしばらくお会い出来なくなるのも残念ですわ」



 アネットは明日から休みの終わりまで故郷に帰る。馬車で往復3週間かかるらしい。

 家が剣の道場をしていて帰ってからは剣の指南と鍛錬が待っていると言っていた。



「僕も帰らなくてはならない。母上と父上に僕の成長の成果を見ていただかないといけないからな」



 ステンも明日から帰るらしい事は言っていたが、半分は身内自慢だった。



「皆が会えなくなるのを寂しがるとは思っていたが……僕も少し寂しいよ」



 哀愁漂う感じで話してはいるが、全く寂しがっている感じがしない。



「あ、治療院だってー! 初めてくる! ユーリアここだよね」



 いつの間にかに先行していたティナが看板を見つけたようだ。

 ここの都市の治療院はかなり大規模だしベット数も多い。

 個人院というより大学病院という感じだ。



「ティナ。症状の重い患者いる。中では静か。ジーグルド個室、そこでは少しならいい」


「はーい!」



 病棟へと向かう。ジーグルドの部屋は学園が用意しているのでかなりいい部屋で一番奥にある。



「ジーグルド元気ー?」



 病室に入ると同時にティナの元気な声が響く。横になって眠そうな目をこすったジーグルドがいた。身を起こし、「み、皆?」と寝ぼけた声を出している。ユーリアは背中にクッションを置き、少しカップに水を注ぐ。



「ユーリアありがと」



 ジーグルドは微笑むと水を一口飲んだ。



「さすが、ユーリア医術の心得があるね。さっと患者の体を気遣う感じなかなかできないわー」



 ティナがしみじみとした顔で言う。皆も頷いている。



「さすがに、ティナのように大きな声までは出さないが、そこまでの気遣いはできないな……」


「何よ。ヤン問題あるー? 久しぶりに会うんだもん。楽しみにしてたのよー!」



 ティナの興奮はなかなか冷めないようである。

 ジーグルドはその様子を見てクスッと笑う。



「ありがとうティナ。それに皆、来週には退院出来るみたい。夏休みに間に合わなかったけど、早めに退院できてよかった」


「そっかぁ。よかったー夏休み明けに皆が揃ったら快気祝いしようね!」


「うん。楽しみにしてるね」



 ジーグルドがコホンと咳き込んだのでユーリアは背中をさすってあげる。



「ユ、ユーリア大丈夫だよ。この位。本当にユーリアのお陰で元気になってるんだから」


「ユーリアは介護してるだけだ。患者特権だ。甘えとけっ!」



 ベネディクトがどんとジーグルドの肩を叩く。

 うわっと水を少しこぼしてしまう。慌ててふきんでユーリアが水を拭いてあげる。



「ベネディクト力入れすぎ!」


「すまんすまん」



 ベネディクトが謝り、ジーグルドは顔を赤くする。


 ティナが話題を変えるため、あの後の学園で起こったことをダイジェストで伝える。


 もちろん私がすごく動揺してたことや、怒ってイーサクを村八分にした事を告げた。

 なぜかメイドカフェで時々ホールに出ることまで伝えている。



「ティナ言わない約束」


「このメンバー内ならいーじゃない。宣伝、宣伝」



 それに一番食いついてきたのはアネットだ。



「まあ、制服が可愛いのですか? 私鍛錬ばかりでそう言うのに疎いのですけれど、たまにはそういうお洋服を着たユーリアを見に行きたいですわね」


「なんならバイトに来ちゃう? 可愛い服も着れるよ。」


「そうですね……夏休みの間に考えておきますわ」



 ティナは少しずつバイト仲間を増やそうとしているらしい。微笑みが黒い。



「僕もユーリアとティナのメイド服見てみたいな。少しはティナの姿も見れるんでしょ?」



 ドニが話しかける。ベネディクトもヤンも頷いている。



「んじゃ、夏休み中にジーグルドの退院祝として俺ら男だけで行くか? ジーグルドの分は俺のおごりだ」



 ベネディクトはジーグルドにも声をかける。ジーグルドは嬉しそうだ。ステンは「僕はいけないけど、皆んなで楽しんで来てくれ」と言っていた。



「夏休みの前半はユーリアと私休みなの。だから後半ならシフトいっぱい入ってるからいつでもおいで! ベネディクトならユーリアのシフトいつでも聞けるから大丈夫でしょ。そっちから回して!」


「お、おう。なんで前半休みなんだ?故郷に帰るのか?」



 そんな話は聞いてなかったとベネディクト達は言う。



「話してなかったっけ、三日後からユーリアの故郷に行くんだよー。ユーリアのお家にお邪魔して海で遊ぶんだ」


「確か、ユーリアの故郷ってシュペルノヴェイルだったよね。大陸の南側だから海があるのか……僕見た事ないや」



 ティナが自慢気に話すとドニが肩を落とした。

 海側には別宅があるのでドニ一人くらい増えても問題ないだろう。



「ティナいいならドニ行く?」


「私はいいよー。ドニ故郷に帰るんじゃなかったの?」


「いや、後半で帰るからいいよ。あっちで特に予定はないし、ユーリアの故郷行ってみたいし!」


「「俺も!」」



 ドニの動向が決まるとヤンとベネディクトが挙手した。後二人か……。

 食料は自前でいいとして寝具を家族に用意して貰わなくてはならない。



「僕も行きたかったんですけど、補講があるので……。残念です。カフェにはご一緒します」


「うん、ジーグルド無理しない。体休める」


「んじゃ、そろそろ行くか、あんまり長居も良くないだろうから、ジーグルド休め。カフェ楽しみにしようぜ!」



 ジーグルドに別れを告げると皆病室を出る。



「ユーリア、その話があるんだけど……」


「ん」



 ユーリアは病室を出ようとした足を止めた。



「その意識を失う前の事なんだけど……」



 何かあっただろうか。あの時は気が動転していてあまり覚えていない。ユーリアは首を傾げる。ジーグルドの顔は真っ赤だ。



「その、あの……み、耳に……」


「ジーグルド、大丈夫だよ。ユーリアは気づかないから。」



 ドニが扉からひょこっと顔を出してジーグルドに伝える。

 耳。あの、感謝の言葉の事だろうか……。



「あー、感謝? ジーグルドは元から才能ある。私なんて少し手助けしただけ、これからも頑張る。良い医術師となれる」



 クスクスっとドニが笑い「ね?」とジーグルドに話しかけた。



「は、はい、頑張って良い医術師になります。あの今日はお見舞いありがとうございました」



 顔を真っ赤にさせたままのジーグルドにバイバイといい、ドニと一緒に病室を出た。


 ドニはクスクスずっと笑っている。



「ドニ何? 面白い?」


「いや、想定の事が起こって笑っているだけ、そんなに簡単に気づくならユーリアじゃないなって思っただけの話だよ。ね、この後ユーリアの故郷に行くメンバーで夕食たべよ!」


「う、うん」



 ユーリアはドニに手を引かれ前を行く皆の元へと向かうのであった。


 病院の前で、帰省組と別れる。



「それでは皆さん次は休み明けですわね。お土産話期待しておりますわ」


「では、僕も失礼するよ。僕も土産話をたくさん用意しよう」



 ティナ、ドニ、ベネディクト、ヤンといつものカフェ、コジュマを目指す。


 カフェに入るといつものコーヒーフロートを注文する。皆は各々の好きなものを注文した。


 初めて一緒に食べるヤンは夕食なのにパンケーキを注文したユーリアを凝視したが、今日は甘いものをとことん食べたい日なのだ。なんならパフェじゃないだけまだ大目に見て欲しい所である。


 ベネディクトはヤンに声をかける。



「だいたいユーリアが選ぶとデザートだ。しかも全部は食べきれないから、俺かドニがもらう事になる。それを気にしてたらユーリアとは飯に来れないぞ」


「いや、だいぶ少食だと思って……普通何か腹に溜まるモノを頼むだろう。ティナみたいに……」



 ヤンは余計な一言をいうと、ティナにものすごい目で見られた。



「パスタとパフェくらい大丈夫よ。その分飲み物は紅茶にしたんだからー! 成長期なの」


「サラダ食べる。ドニに一口お肉もらう。甘いもの美味しく食べる」


「分かった」



 ヤンはものすごく適当な相槌を打った。

 成長期の男の子には足りないかもしれないが、何か食べたら甘いものまでありつけなくなる。



「本当少ししか食べないのになんでそんなに育つのよー。私にも分けて……水着買いに行くのがこんなにも億劫なんて……」


「分けられない。水着可愛いの買う!」


「水着!」



 男子の声と成人男性の声が混ざって聞こえる。

 後ろのテーブルからだ。何か飲んでいたのか咽せている。

 聞き覚えがある声にティナが反応する。



「先生なんでいるの?」



 後ろのテーブルにヒョコッと体を乗り出すティナ。



「やあ、なんだか楽しそうな話が聞こえたね」



 ルーカスとイーヴァル、シェルトが三人で座っていた。

 まだ咽せているルーカスに変わり、イーヴァルが話しかけてくれる。



「先生聞いてくれます? 明日ユーリアとベティーナ先輩と水着買いに行くんですよ!」


「待て 、ベティーナ先輩って誰だ? 一緒に行くのか?」



 ベネディクトが先輩の名前に反応する。伝えることを忘れていたのだ。



「ベティーナ、カフェの先輩。行くけど途中から別行動」


「そう、最初の海に行くのと、帰りに買い物行く以外は別行動するんだって、ちょうどユーリアの故郷に用事があるから、宿代わりに最初の1週間くらいユーリアのうちに泊まるらしいよ。

 っていうか、なんで私がナイスバディな二人と水着買いに行くの? 惨めだ〜……」



 ティナは机に突っ伏して嘆く。ドニが背中をトントンしてあげている。



「ティナ。成長期。焦ることない」



 ユーリアはフォローのつもりで言ったつもりだが、ティナは首を横に振り、机から顔を上げない。



「いやいやいやー!」


「海行かない?」



 ユーリアが悲しげな声で聞くと、ティナは顔をパッと上げる。目は涙目だ。



「海は行くから買いに行くよ。ドニー、悲しい。胸が悲しいー」



 胸を押さえたと思いきや、ドニに抱きついて泣き真似をしている。



「大丈夫だよ。ティナ。女の子は中身が大事だよ」


「ドニに言われたくない。あ、知らないんだった。ドニは当日ベネディクトみたいに顔を真っ赤にして唖然とすればいいんだー!」



 そういうと、どさくさに紛れてティナはユーリアの前を通り、隣のテーブルのイーヴァルは抱きつきにいった。



「ね、イーヴァル先輩」



 イーヴァルは困ったようにこめかみを指で掻きながら、同意した。



「そうだね。ティナちゃん驚いてもらおうね〜」



 イーヴァルがよしよしとティナの頭を撫でている中、ドニとヤンが顔見合わせてハッとしている。何に驚くのだろうか。



「先輩たちは何で先生と一緒にいるんですかー?」


 イーヴァルはルーカスに目配せすると、ルーカスが口を開く。



「南の地で魔獣が増えて応援要請が出た。騎士団についてはこの学園都市の南に位置するイルムヒルムの都市に拠点を置き、5日後に他の先生や生徒を含めて出立する予定なのだ。そして、我々はイルムヒルムの更に南にあるシュペルノヴェイルにて情報収集の任務を行う事となった」

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