第28話夕食とテディの甘やかし

「今日は本当に色々ありましたわね」



 アネットが帰り道につぶやく。ユーリアも同意だ。ヤンが氷漬けになり、ジーグルドは大怪我、懲りないステンのようなイーサクの言葉と、感情が乱れすぎた。



「うん。色々あった」


「ユーリア、貴女は溜め込みすぎるようですから、土日にゆっくりとおやすみになられるのですよ。感情の発散も大事です」



 アネットの優しさに思わず抱きついてしまった。



「アネット〜」


「今日のユーリアはいつもより純粋で可愛いですね。いっぱい甘えてください。見たくないものを見たんですから」



 アネットは優しく頭を撫でてくれる。アネットが甘やかしてくれるのは珍しい。



「実は私は兄を亡くしているのですが、やはり戦場で亡くなっているのです。ユーリアと違い現場は見ておりませんが……少しは気持ちが分かるのです。思い出した時は気持ちが大きく揺れますもの」


「アネット〜」



 頭をポンポンされ安心したところでアネットから離れ、再度歩き始める。そして、ぎゅーっと腕にしがみつく。



「本当に今日のユーリアは子犬のようですわ。可愛い。この目を潤ませて縋るのはいつものユーリアでは見れませんもの。ね、ルーカス先生?」



 ユーリアの頬をプニプニ突きながらアネットは顔を綻ばせる。

 美少女の母性がユーリアによって刺激されたようだ。



「ん、ああ。いつもは金とメシと魔術具以外ほぼ無表情だからな」



 ルーカスは少し後ろを振り返るだけで、また歩みを進める。



「無表情じゃない。関心がほかにない」



 アネットはその言葉にクスクス笑う。



「私も気持ちが分かりますわ。私も剣術の事しかほぼ関心がないですもの。でも、ユーリアには関心がありますわ。コロコロと表情が変わるのが最近では分かってきましたもの。私に素晴らしい武器も作ってくださいますしね!

 ねぇ、ユーリア良かったら今日はうちに泊まりに来ないかしら?

 もう少しお話したいわ」



 アネットはユーリアの頬をプニプニさせ続けながら言う。ユーリアはテディにワイドの話をしなくてはいけないし、アネットとも語り合いたいし、迷ってるとルーカスがそれを断った。



「アネット悪い。ユーリアは保護者に頼まれて今日は送って行かねばならないんだ。

 また、後日誘ってやってくれ」


「あら、残念ですわ。一緒に過ごしたかったのですがまたの機会ですわね」



 女子寮の前に着き、アネットに別れを告げる。最後にぎゅーっと抱きついた。アネットもポンポンと頭を撫でながら、別れを惜しむ。



「また、来週お会いしましょう」


「うん」



 ルーカスと共にホルストのカフェへと向かう。テディは今日はバイト中である。



「いらっしゃいませ」



 今日はテディが迎えてくれた。テディの顔を見て、ユーリアは安堵する。



「2名までございますね。ではこちらにどうぞ」



 案内されたのは奥の個室だった。他の客から見られる事はないし、ある程度聞こえないはず。溜まっていたものを吐き出す。テディの首に勢いよく抱きつけば、テディは抱き上げてくれる。



「テディ、会いたかったー。いろいろあったんだよ。いろいろ。お家に帰ったらゆっくり話すね」


「畏まりました。落ち着きましたら、注文をお伺いしますよ」



 背中を優しくトントンしてもらう。今日は色んな人に抱きついている気がするが、感情が爆発しそうだったのだ。



「テディ」



 チュッと頬っぺたにキスをすると、テディは「本当にいろいろあったんですね」と優しく頬に頬を擦り付けてくれる。



「俺は空気か……」



 と言い、ルーカスが呆れて座る。メニュー表に目を通しているようだ。



「ルーカス先生今はテディで充電させて下さい。本当はなでなでしたいけど、これで我慢です」


「ルーカス様、ご注文が決まるまで少々お時間を下さい。ユーリア様の気がまぎれるまでは」


「テディ大好き」



 テディの気遣いに感謝しキュッと手に力を込め抱きつく。

 少し抱きついていると、テディが今日のメニューについて耳元でで説明してくれる。

 少しくすぐったいが、堪える。



「んー、じゃあ、オムライス!」


「ふふ、元気のない時はいつもオムライスですよね。デザートもおつけしますね」



 テディはさっと椅子に座らせてくれて、ルーカスのオーダーも聞き取る。



「それでは少々お待ちください」



 テディがいなくなると甘えられる対象がいなくなり、ユーリアはテーブルに顔を付けいじけた仕草をしている。



「ユーリア、甘えたりないのか? 何があった。まあ。いろいろあったからどれということはないんだろうが……」



 ルーカスはユーリアの頰をプニプニ突いている。ユーリアはプスっと頰を膨らませると起き上がる。



「いろいろ、ありすぎましたよ。ヤンを氷漬けにするわ、ジーグルドは大怪我するわ、イーサクにはイライラするわ。ワイドへの怒りなんてすっ飛んで行きました。」


「ワイドか……いたな。あの白狼。昨日の事なのに、今日いろいろありすぎて忘れてた」



 今日起こった事が濃すぎて問題児のことを忘れかけている。



「テディにも内緒なんですけど、ワイドも癒し対象なんです。

 昨日も夜寝る時は狼の姿で寝てもらってモフモフしながら、寝かせてくれたんですよー。

 ただテディのように主従関係を契約しているわけではないので、あんまり言うこと聞いてくれないというか、噛み癖が酷くて、夜中に寝ぼけて急に首とか窒息しそうな程に噛み付いてくるんですよー。

 人を起こすのはマイナスです。そして、命に関わるのでさらにマイナスです」



 ルーカスは水を飲んでいたが急に水を吹きむせた。



「お前テディにワイドと寝るの止められてないか?」


「え、なんで分かるんですか?ワイドはそれだけ危険なんですけど、モフモフが私を呼んでいるのです」



 ユーリアは指を組み乙女モードだ。ルーカスは溜息をつく。



「お前完璧獲物だと思われてるだろ。あいつ馬鹿そうだしな。間違っても食われるなよ」


「大丈夫です。噛まれた時は必ず、炎で包んであげますから」


「あいつ炎で包んで欲しいから噛むんじゃないのか?」


「……盲点でした」



 ワイドはユーリアに構われたいが為に噛み付いてる線が濃厚となった。



「お待たせいたしました」



 テディがご飯を運んできてくれた。


 オムライスと肉だ。肉は言うまでもなくルーカスだ。



「今回は私が愛情を込めてユーリア様の為にお作りいたしました。

 どうぞお召し上がりください」


「ありがとう! ——美味しい!」



 テディの料理スキルはどんどんと上がっている。オムライスのこのフワフワ感と中のご飯はガーリックライスである。

 満面の笑みのユーリアにテディは尋ねる。



「先程、あまり聞きたくない名前が聞こえた気がしたのですが……そして、ユーリア様を抱き上げた際に何かの間違いかと思ったのですが、あの狼の匂いがしたのですが……まさかあいつが来たのですか?」


「んー、お家に帰ってから、話そうと思ったんだけど、ワイドが来て大変だったの。皆魔獣と勘違いしちゃうし」



 笑顔のテディが実に怖い。ルーカスはニヤニヤしている。



「まさか、一緒に寝てませんよね?」


「んー」



 ユーリアはテディを視界から外す。

 その行動だけで寝たかどうかなんて丸分かりだ。



「ユーリア様お忘れになったのですか?お小さい頃一緒に寝ていて、足を食べ掛けられた事をー! あれは馬鹿なのです。食欲しかないのです。

 ユーリア様がお許し下さるから咎めてはおりませんが、本来は魔石となりユーリア様の御為に尽くすのがヤツの為なのです」


「いやー、魔石になったらモフモフ出来ない!」


「ユーリア様は甘いんですよ……」



 テディは徐ろに片膝をつくと、ユーリアの手を取る。



「ユーリア様、このテディめを撫でるだけではダメなのですか?」



 普段甘えない猫が自分を振り向いてくれた時の感覚だ。テディは一点にユーリアの目を見つめている。だがテディはふわふわサラサラ、ワイドはモフモフなのだ。全く毛触りが違う。甲乙つけがたい。出来るなら両方である。



「テディー。なでなでしてあげるから、私を許してー。マタタビ買ってあげるからー」


「はあ、あんなもの生かしておく価値もないのですが仕方がありませんね。マタタビは頂きます」



 ユーリアはテディをマタタビで懐柔した。ルーカスはクスクス笑っている。



「猫もユーリアには弱いのか。そしてワイドの事嫌いなのなー。ライバルって奴か」


「ユーリア様に保護されているから手出ししておりませんが、本来ユーリア様に噛み付いた時点で魔石となる予定でした。

 ましてやユーリア様の魔力を得て人型になるだけでなく。白狼の長になるまで力を蓄えるとは……あの若造気に食わないのです」



 見た目は20歳代とさほど変わらないのだが、実を言うとテディは結構歳らしい。ワイドはユーリアの子供の頃はまだ子供の狼で、ユーリアに噛み付いて魔力を得てしまったのだ。だから魔獣としてまだまだ若い方なのだ。



「テディはワイドより上の位なんだよ。だけどワイド張り合ってるんだよ。テディとは全然格が違うんだけどね。命知らずって奴だよ」


「そうなのか、同じくらいの年代に見えるが、魔獣はわからんな」


「そうだよー。テディは白い魔獣なら敵なしだよねー」


「ユーリア様、気を緩めすぎです」



 テディはユーリアの頰つねる。ルーカスにぽろっと言ってしまったのである。



「その猫そんなに強いのか?」



 テディはルーカスを睨むと他言無用と言い放つ。



「私はユーリア様の恩師に牙は剥ける予定はございませんが、この事はどうか、ご内密に……」



 むすっとしてしまうユーリアを置いて、テディは仕事へと戻っていった。

 ユーリアとルーカスは黙々とご飯を食べ始める。



「ユーリア、お前謎ばかりだよな」


「謎が多い方がミステリアスな雰囲気な大人の女性って事でいいんじゃないの?」


「お前は謎の規模が大きすぎる」



 テディが仕事を終えると、ルーカスは飲み直すそうでカウンターへ向かい、ユーリアはテディと一緒に家へ帰るのであった。






 テディとお家に帰るといつものようにお風呂に入ると髪をタオルドライしてもらう。



「ユーリア様5日間はお疲れ様でした。私は5日間悠々と過ごしていたのですが、ワイドの件をはじめいろいろあったご様子。今日は軽くマッサージもいたしますね。ぜひ5日間に起こった出来事をお教え下さい」



 テディは慣れた手つきで頭皮マッサージをしてくれる。

 疲れた時は頭から全身にかけてマッサージして貰っているのだ。

 手つきはプロそのものである。


 まずはワイドの説明からだ。魔獣狩の演習中に突然森から現れ、こっちに猛ダッシュしてき事、混乱させた詫びの為に魔獣狩りの練習を手伝わせた事、今日は帰らないと駄々をこね、一泊した事を告げた。



「ほう、それは少しお仕置きが必要ですね……今度例の組織のほうが終わりましたら、お時間をいただき奴の所まで赴き、ユーリア様の平穏が崩れる事の無いようにするべきですね」


「テディ、痛い。力入ってる」


「失礼致しました。思わず奴の行いを振り返ったら力がこもってしまいました。

 ユーリア様ももう二度と奴を甘やかせてはいけませんよ。

 あの狼は甘やかすとどんどんエスカレートします。炎もダメですよ。

 無視が1番効果があるかと……いえ、私をお呼び下さい。何処へでも駆けつけます。

 あれは鬱陶しいですからね」


「はい」



 ワイドを甘やかす事を禁止された。もはや、ユーリアには止めようがないから仕方ない、テディを呼ぼう。

 それから、チーム対抗戦の話をした。ヤンを氷漬けにしてしまった事、ジーグルドが大怪我をした事、イーサクが理解してくれなかった事を伝えたい 。



「ヤン様におかれましては、ユーリア様の優秀すぎるお考えがアネット様の実力に繋がっていなかったのですね。

 次からはもっと術者の力量を見極め武器の作成をすればなんら問題ありません。

 ジーグルドもユーリア様の魔術具があって命を救われたのです。悲観的になり過ぎない事です。

もしジーグルド様が拙い防御魔法を使っていれば、途中で魔力は途絶え、最悪生き埋めになっていたでしょう。

 イーサクの策は良いと思うのですが、ユーリア様のお仲間を思う気持ちからすると少々やりすぎでしょう。周囲の者から遠ざける情報操作はいい案でございます。クラスの孤立から何か学べばいいですね」



 テディのユーリアをべた褒めするのと、イーサクに対する黒い笑顔は、いつも通りだ。


 救われるようでまだ考えてしまう。



「ユーリア様、結果としては丸く収まったのです。今回の失敗からユーリア様も多くを学ばれて下さい。主人の成長は嬉しい事です」



 マッサージを一通り終えるとテディはいつものようにベットへ寝かせつけてくれる。



「テディ今日ははじめから一緒に寝よう。待ってるから……」


「はい、分かりました。急いで片付けてきますね」



 しかし、テディが戻る頃には睡魔に勝てなかった。



「ふふ。眠れたようで何よりです」



 テディは大きな手でユーリアの頭を撫でてくれる。



「それにしても、クラウディアの死を連想させるとはイーサクは許せませんね。ユーリア様の心の安寧を乱すものにはもう少し制裁が必要かと思います。ルーカス先生は甘い。

 ユーリア様この学園にいる間はどうぞ心安らかにお過ごしください。あなたの平穏な日常はお守りいたします」



 テディは猫型になるとベットに入る。



「しかし狼の匂いがまだしますね……あの狼どう始末するか……」



 テディはユーリアに擦り寄ると体を元の姿に戻した。人型でも猫型でもない。本来の姿だ。



「私の匂いに包まれていただかないと困りますね」



 そう一言いうと、大きな体を無理矢理ベッドにねじ込む白い大きな虎の姿があった。



「あなたに噛み付きたくなるのは肉食獣の性ですね。この姿になると余計に感じます。小動物のように可愛らしい無防備な姿で眠られるユーリアが悪いのです」



 クビに食らいつくのを我慢して自分の手を舐めて顔を洗うテディだった。



 寝苦しい夜を過ごしたユーリアは起きると大きな虎がこちらを見ていた。



「おはようございます。ユーリア様」



 テディが、虎型のままで挨拶する。



「テディ、昨日はその姿で寝たの? 全身汗だくなんだけど……」



 テディはスンスンと匂いを嗅ぐ。



「そのようですね。シャワーを浴びていらしてください。朝食の準備をいたします」



 テディが、人型に戻ろうとするが、それを止める。



「テディせっかくだから、待って」



 ユーリアはテディに抱きつく。大きくなったテディは最高にモフモフなのだ。

 喉を撫でてやる。



「ユーリア様この姿ですと少しくすぐったいです。もう少し力を入れてもう少し右でお願いします」


「分かったよ。ここ?」


「はい」



 テディは気持ちよさそうに目を細める。

 ネコ科は無敵だ。最後にもう一度抱きついて毛触りを堪能する。



「ご満足いただけましたか?」


「うん。満足ネコ科最高です」


「何よりです」



 テディも満足そうに人型になり朝食の準備を始めた。

 昨日までの疲れが吹き飛ぶ休日の朝だった。

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