第26話夏の郊外演習 治療と策士に思うところ

 ユーリアはヴィオラから離れるとジーグルドを診る。ヴィオラもユーリアに治療を任せてくれるようだ。

 手を当て大きく損傷している部分に治癒魔法をかけていく。

 傷は深いが、血は止まり傷は癒えていく。


 魔力の流れも確認する。少し乱れがあるようだが、大丈夫そうだ。

 血と共に魔力も多く流れ出てしまっているので、常備している魔力回復薬をポーチから出すと、ジーグルドへ飲ませる。


 冷えてしまった体を毛布にくるみ、体温が下がらないように温熱の魔法をかけてやる。


 一通り終え、ヴィオラの方を向いた。



「血と魔力失っている。魔力は回復薬飲ませた、血は造血剤の薬を投与。今日は治癒魔法は危険。魔力回路、神経の一部はこれから徐々に直す。血管については治療完了」


「問題ないでしょう。流石は夜の守護者ナイトガーディアンですわ。先ほどの姿には逆に驚きましたが、あなた本来のチカラが発揮されたようでよかったわ」


「その名前嫌」



 ユーリアは頭を抑える。実はここ1ヶ月治療院で夜勤の非常勤の仕事を時々していたのだが、急患を相手にしているうちに変なあだ名をつけられたのだ。そんな話をしているとルーカスに怒鳴られる。



「ジーグルドを治療班本部に連れて行くぞ!」



 ルーカスはジーグルドを抱える。



「ユーリア、後はこちらに任せて、あなたも疲れたでしょう。少し観覧席で休みなさい」



 ヴィオラに肩を優しく触られる。ルーカスは4班を人睨みし、一言残してフィールドを後にする。



「上級生は指示、4班は会場を戻しておくように」


「はい」



 4班のメンバーはルーカスの声にビクッとしながら、会場を戻し始める。






「ユーリア戻ろうか」



 ティナがそばに寄り添って観覧席に向かった。ティナは席に座ってからもずっと手を握ってくれていた。



「ユーリア。大丈夫だった? ジーグルドは容態安定してよかったね」


「うん」



 ティナは頭をなでなでしてくれる。ユーリアの緊張は完全にほぐれた。ずっと気遣ってくれたティナに感謝だ。



「取り乱した。心配かけた」


「んーん。いいの」


「ユーリアは完璧人間だと思ったが、意外と人間地味ているのだな」



 空気を読まない男ステンが話しかけてくる。ティナはキッと睨む。



「そんな言葉はないでしょう? ユーリアだって人間だよ。チームメイトが大怪我してるって思えば取り乱すよ」



 ティナは顔を真っ赤にさせてステンを怒ってくれる。ステンは「すまない」と一言で言うと口を閉ざした。



「医術師としては、最悪。こういう時こそ冷静」



 ユーリアは頭を抱え俯く。ティナは背中を撫でる。



「母の事思い出す。瓦礫、見えない魔力」



 ユーリアは震えていた、そんな弱々しい姿を見たことない面々はトラウマを前にしたユーリアに声をかけられない。



「ユーリアのトラウマを刺激するなんて、アイツら勝つためとはいえ、最低だ。

なんで後方支援のジーグルドまで傷つけなくちゃならないんだ」



 ベネディクトが怒りを露わにする。チームの皆その意見に同意した。



「いくら勝つことを目標にするとはいえ、あそこまで大規模な魔法で、戦いにもならないような魔力量をぶつけてくるなんて……あり得ないだろ。普通。僕がもっと魔法を扱えていれば、ジーグルドは……」



 ドニが自分の力を嘆き、拳を握りしめる。



「あの魔法に即座に反応するなんて無理ですわ。

こちらの砂煙を逆に利用するなんて……視界の不利を逆手に取られるとは2班との試合を見て即座に対応してあの魔法を放ったイーサクの奇策には感嘆しますが、許せません。やり過ぎです」



 アネットも自分の拳を見ている。ユーリアは皆が嘆いている姿に自分の策の甘さを感じた。

 二回も視界を防ぐ戦法を取ったのだ。読みが甘かった。一回までは視界を防ぎその間にゾーイを防ぐ戦法を使った。

 二回目ではあえて視界を防ぐ事にして、相手に無闇に攻めいられないようにし、ステンに撹乱してもらって、フラッグを破壊する予定だったのだ。


 規模の大きい遠距離用の魔法で魔力も標的も絞らない攻撃が来るとは、想定外だった。



「皆頑張った。私が提案。二回も視界を防ぐ駄作。ごめん」


「そんな事ないよ。ユーリアは悪くない。あの火力じゃなきゃ相殺したのに、体術コースの子にまで高威力の魔法を教えていたなんて、イーサクはすごいよ」



 ティナは悔しがりながらもイーサクを褒める。本来体術に秀でていて出力の魔法に長けておらず、魔力量も魔術師より少ない者たちに高威力の魔法を教え込むのは至難の技なのだ。イーサクは指導者としても優れているらしい。



「ジーグルドが、元気になればいい。悔やむのはやめよう。次は守れるよう、また、鍛錬しよう」



 ベネディクトは悔しげな表情で皆の顔を見ながらそう言った。


 フィールドの整備が終わり、4班は休む間もあまりなく1班と4班の試合が始まる。


 フィールドに向かうヤンに絶対に勝ってと声援を送る。


 1班と4班の戦いはすぐに終わった。明らかに疲弊した4班とヤンの勢いや前の試合を見て憤っていた1班が怒涛の攻めを見せたのだ。

 4班は魔力不足で手も足も出ない。


 ヤンは相当頭に来ていたのか、フラッグを破壊するのではなく、全員フィールドから吹き飛ばしてしまった。


 皆怪我をしている。



「そこまで、全員フィールド外。勝者1班」



 ヤンは雄叫びを上げ、喜ぶ。すると、観客席に飛び込んでくる。



「ジーグルドの仇はとってやったぜ!」



 と握手を求められたが、ユーリアはヤンに抱きついた。



「ヤン、正直スッキリした」



 背中にぎゅっと力を込めると、ヤンは困ったように頭をポリポリ掻く。



「おう。ユーリア離れて、視線が痛い」



 ヤンは色々なところから視線を集め、居たたまれなくなっている。ユーリアは御構い無しだ。先程恐怖を覚えるほどの衝撃を受けたせいか、感情の振り幅が大きくなってしまっている。



「ヤン。分かった。少し屈んで」



 ユーリアは抱きついていた手を離しヤンへとお願いする。



「こうか?」



 ヤンは少し屈んでくれた。ユーリアはヤンの首に抱きつき頰に口づけした。



「ありがとう。ヤン強くてカッコいい」



 コソッと耳元で囁く。

 ヤンは顔を真っ赤にさせて、固まった。

 ユーリアはニコニコしながら離れると今度はティナに抱きついて喜びを分かち合っていた。


 ベネディクトとドニはヤンの肩を叩き「ユーリアは手強いぞ」と告げたのであった。

 ヤンは触れられた頰に手を当てながら「ああ、今痛いほど実感している」と言った。


 全ての試合が終わり夏の郊外演習の全日程が終わった。


 都市へと皆で帰る。ジーグルドだけはヴィオラと医術クラスの上級生と共に施設にまだ残るらしい。迎えの馬車を待ってだそうだ。


 都市へと帰りホームルームが行われた。






「今回の郊外演習ではいろいろと学ぶことが多かったと思う。ユーリア、アネット、後は4班のチームは残れ。少し話がある。明日から2日間は休みだ。ゆっくり体を休めるように」



 ルーカスはキっと睨みながら、ホームルームを終えた。



 ティナが話しかけてくる。



「ユーリアも居残りなんだね……大丈夫?」


「大丈夫。多分アネットの武器の件だから」


「そっか、あれもなかなか威力が強かったもんね」



 ティナは心配そうな面持ちでユーリアとアネットを見た。アネットも「大丈夫ですよ」と言う。



「私も故意ではないにしろヤンに大きなダメージを与えてしまっています。そこは反省しなければならない点です」



 アネットは強い眼差しでティナを見る。



「分かった。ルーカス先生のお説教頑張って! ジーグルド早く良くなるといいね! そしたら、快気祝いも含めてパアッとチーム皆で遊びに行こう!」


「ええ、皆さんとまた遊べるのを楽しみにしています。それではいい休日を!」



 ティナに手を振る。ティナは一旦帰ろうとしたが、ユーリアの元へ帰ってきた。



「ユーリアごめん。こんな時になんなんだけど、店長から頼まれてたの忘れてた。バイトの件来週の私のシフト入ってる時に連れてくるって話してたの。だからよろしくね!」


「うん。紹介してもらえるなら、有り難い。自分でバイト探す大変」


「ユーリアらしいね。じゃ、また、来週」



 ティナは教室を出た。

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