第23話夏の郊外演習 白狼のしつけ編

 目の前に白い狼側の先頭とというよりも、小さな狼達を置いてきた大きな白狼と、一足先に対峙する事となった。


 ジリジリと距離を詰めたかったのに、白い狼は尻尾を振って戯れてきた。


「ウォン」


 犬の遊んでポーズをとる。とりあえず怒ったので炎を発生させた剣を喉に突き立てる。



「おすわり」



 これで喉に突き立てやすくなった。



「ユーリア様これは無いですよ。せっかく近くに来たから会いに来たのに! 今なら奴の匂いもしないので絶好の機会だと思ったのです」



 クーンと言いながら、大きい狼は尾を丸める。



「私は極力平穏に生きたいの。こんな目立つ事ってか紛らわしい事するな! 学園の生徒たちが巻き添え食ったでしょ!」


「ごめんなさい。早く会いたくて……。ウサギ追いかけてたらユーリア様の匂いがするんですよ。そして、この炎の剣を喉元に突きつける感じ、クラウディア様を思い出します」



 ユーリアの堪忍袋の尾が切れた。頭の中が煮えたぎっている。火の魔法で大きい狼を炎で囲う。



「伏せ。ステイ。私がいいというまで出てくるな」


「ユーリア様あんまりです」



 また、クーンと鳴いている。しばらく許さない。


 やっと後ろから来ていた白狼たちが追いついた。炎に囲われている大きな狼を見て、「だから言った。長、悪い」白狼たちも敵意はないようだ。

 誰か1体くらいこの大きな狼に忠義を尽くしていれば、少しは暴れられたのに……。



「長に代わり詫びる。長あなた関わると馬鹿。我々に敵意ない。あなたの怒り治るまで長を待つ」



 大きい狼の次に大きい狼がユーリアに詫びた。このお詫びとやらに何をさせようか迷っているとルーカスと騎士団がやってくる。







「これはどういう事だ。ユーリア」



 皆が見ている光景は奇抜だろう。腕を組む私の前に15体の白狼が伏せをして待てをしており、脇の方に炎が燃えているのだ。

 ユーリアはとりあえず本人に詫びを入れさせる事にした。火魔法を解除する。



「ユーリア様お許し下さったのですねー!」



 大きい狼が突進してくる。お陰でルーカスたちは剣を構え、ユーリアを助けようとする。



「ステイは解除していない。その場で伏せ」



「ワォン」とすぐ目の前で伏せをする。



「本当にどういう事なのだ」



 騎士団の面々が唖然としている中、ルーカスはなんとなく状況を察知したようで、「アホな」

 と言いつつ、説明をするよう促す。



「ワイド。自己紹介」



 ユーリアは白い大きな狼をワイドと呼ぶと、尻尾をふりユーリアの元へくると擦り寄ってくる。顔を大きな舌でなめられ、頭をさするように合図される。しょうがないので、頭をさすってあげる。

 一通りさすられ満足したのか自己紹介を始める。



「はい。私はワイドと申します。白狼の長をしております。ユーリア様とはお母様の代からのお付き合いで、ユーリア様が幼い時にはよくお散歩しておりました。お久しぶりにお会いしたら本当にお綺麗になって……」


「ワイド先に言うことがあるでしょ。皆さんを驚かせたの」



 ユーリアはワイドの頭を撫でて目を見る。ワイドは尻尾を丸め反省したようだ。



「皆さんに誤解させて驚かせて申し訳ございませんでした。ユーリア様にお会いしたい一心で何も考えておりませんでした」



 ルーカスを始めとする面々は呆気に取られている。



「分かった。許す。貴方達は我々に敵意があるわけじゃない事が分かれば問題ない。騎士団の皆さんはあちらに戻ってください。私の代わりに生徒たちのご指導をお願いします。ここは私が引き受けます」



 なんとか、頭を働かせたルーカスが対応している。ユーリアはワイドの喉を撫でながらずっと何かを考えている。



「ユーリア、さっきの炎はお前の魔法か?」


「はい。私の魔法です。この子は温度の高い炎には弱いので、反省のために炎で囲っていました」


「テディと同じような関係なのか? 召喚魔石はないよな?」



 テディという言葉を聞いてワイドが唸る。相性が良くない2人なのだ。猫と犬では相容れない。



「テディとは一緒にして頂きたくはないです。私は召喚魔石などなくともユーリア様に忠誠を誓っております。あの温度の炎の剣を喉元に突きつけられる感覚は本当にクラウディア様をほうふつ……」



 ユーリアが再び静かに怒る。炎の剣を発動させ喉元に突き立てる。



「ワイド母様の名前を出すな。まだ反省が足りぬと思う。一度業火に焼かれるか?」



 その場にいる白狼やルーカスはゾクっと怯えるが、ワイドにはご褒美だ。尻尾を振っている。



「ゾクっとしますね。反省させて下さい」



 ユーリアは炎の剣を解除する。脅しが全く効かない。熱くなるのが間違っているようだ。



「ルーカス先生、ずっと何かお詫びさせたいと思っていたのですが、例えば、この子たちに森の弱い魔獣たちを追い立ててもらって平原へとおびき出してもらい、それを生徒に倒してもらうのはありですか?

 少し倒した魔獣を分けて貰えば、この子たちも1日くらい問題ないと思うのですが……」


「白狼たちを使う気か? 少し動きが違うが、数を経験させるためには参考になるが……」


「じゃあ、時間をロスした分今日はそうしましょ! どうせ私が白狼従えてるの見られてるでしょうし……誰かさんのせいでまた平穏が遠のく」



 文句を言いつつも、ずっとワイドを撫で回していた。

 ユーリアは疲れたので、ワイドの背に乗り移動し始める。








「久々ですね。ユーリア様を背に乗せるのは、幼い頃を思い出します」


「うん、このモフモフいいよねー」


「お前目立ちたくないんじゃないのか?」


「先生、そうなんですけど。もういろいろと遅い気がする……いいんです。もう」


「帰ったら愚痴聞いてやるよ、また飯食いに来い」


「はい、お邪魔します」



 そのあと、気合の入ったワイドの号令により白狼たちの絶妙な連携プレーで魔獣たちを追いたて、訓練が再開された。


 ユーリアは生徒たちからも騎士たちからも恐れられたのは間違いない。魔獣と知り合いというのは普通ではあり得ないからだ。






 この世界では暗黙のルールがある。人が狩るのは襲われたときや害があると調査のされた者のみ。害がない魔獣については手を出してはならない。

 魔石の色と同じ色付きの魔獣はもっての他だ。襲われる事がない限りは手を出さない。


 色付きの魔獣の中には必ずワイドのように知能の高い者が率いている。

 種族によっては話し合いが可能である。戦えば人間側に甚大な被害が出るからだ。


 魔獣達の生活圏もワイドのように自分のテリトリーから移動するものは稀である。

 ワイドはユーリアに会うために遠くから小規模の数を率いて今回やって来ている。


 上位種の率いる魔獣も人間を襲えば自分の群れに被害が出る事が分かっているので、お互いに手を出さない。

 はるか昔から守られてきたこの暗黙のルールが現在崩れつつあるのも現状だ。


 恐らくではあるが、自分のテリトリーから出た上位種の魔獣が率いていくつかの都市が滅んだ。


 なんの魔獣が攻めてきているかは現在調査中らしい。というのも、誰も敵の姿を見たことがないからだ。

 だいたいは小売商が商いのためその都市に赴く事で判明している。見るも無残な状態になっているらしい。


 そんな現状の中、各都市では領地内の術者のレベルを上げるべく訓練に励んでいる。


 いつ自分たちの都市が狙われるのか分からないからだ。都市や国の上層部は日々情報収集に追われていたのであった。





 *


 今日の実習が終わり、いつの間にかに生徒たちに打ち解けていた白狼たちは、施設までくっついてきた。


 ワイドが勝手に人型になり、「この姿ならお供できますよね」とついてきたからだ。

 ルーカスと話し合い今日は一緒に過ごすこととなった。


 他の3体も人型を維持できるようで、人型になってもらい、他の狼は中型犬くらいの大きさまで小さくなってもらった。


 獣を狩る側と狩られる側の不思議な1日の始まりだった。

 一緒に食事をとり、雌の狼はお風呂でシャワーをしてあげていた。女子たちに狼たちの毛並みは上々のようで撫でると気持ち良さそうにするポイントを教えてあげた。

 ティナには「ユーリアって本当に不思議だよね」としみじみ言われたが、狼の事は気に入ってくれたようだ。


 小さめの狼型になったワイド夜は一緒に寝て、疲れを癒した。


 翌朝、朝食を取り今日の魔獣狩りを行う場所まで移動する事になった。

 ワイドたちとはここで別れ、狼たちは帰路に立つのであった。


「ユーリア様、また今度会いにきますね。今度は感情を抑えられるようにします」


「うん。出来ることなら魔力隠蔽をして人型で会いに来て」


「分かりました。ではお達者で!」


 狼たちが去った後は無事魔獣狩りを終えた。

 脱力感が否めないが、実技が終わった事に安堵する。


 明日はチーム対抗戦が終われば都市へ帰還だ。気合いを引き締めて応援を頑張ろうと思う。

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