第13話生徒指導室とユーリアの本性

「着眼点もさる事ながら、素晴らしい出来栄えですね。特許を申請できるレベルです。

 せっかくなので私が代理であなたの名前で申請しておきましょう」



 トピアスはニコニコとしながら設計図を見る。他の生徒たちは感嘆の声をあげている。


 シェルトだけは「初日からトピアス先生に認められるとは……」とユーリアに対抗心を燃やしているようだった。



「魔力の節約という点では、まだまだこれからでしょうが、ですがこの面白い発想……。これからの授業、私も楽しみにしていますよ。

 さあ、皆さん席に戻って下さい。

 新しいものを作るためには自分が足りないもの、誰かが足りないものを考え、柔軟な発想が必要です。

 それが、他の錬金術師に埋もれないためには必要になって来ます」



 先生は座席に戻り、ある本を手に取るとユーリアの元へやってきた。



「ユーリアさんは今の時間の授業の内容を終えられてしまったようなので、他の方にアドバイスしてもいいですし、こちらの参考書をお読みいただいても結構です。

 貴重な物なのでこの授業の間しかお貸しできませんが……」


「ありがとう」



 ユーリアは黙々と参考書を読み始めた。

 魔力をいかに節約し魔石の力を最大限に発揮する事を念頭に書かれた本だった。

 魔石の応用方法も書いてあった。

 その本を読みながら、自分が作りたいものをリストアップしていくのであった。


 予鈴がなり授業が終わる。



「午後からは魔術具回路についての授業となります。それではまた午後に」



 シェルトと供にトピアスは実習室を去った。






 *


 今日のお昼はラウラ達3人と一緒に食べた。

 他のコースの子たちは授業から戻ってくるのが遅めだったからだ。



「どうしてあんなに簡単に素晴らしいものを作成出来るの?」



 とラウラに聞かれたが、さっきと同じ答えしか出てこない。

 手で一々洗濯するのが面倒なのだ。ある程度実物を想像できれば設計は楽である。



「洗濯物を手で洗うのは普通だったから、魔石を使って自動にするなんて思いつかなかったよ」


「面倒くさがりの思考から、そこまで真剣に楽する事を考えるなんて……」



 リュリュには感心されたが、カイには馬鹿にされているのか感心されているのかよく分からない言葉を受けたので一言返した。



「カイ。頭固い」


「自分でも分かっている!」



 カイは怒りながら麺を啜っているのであった。


 午後の授業では既存の魔術具の作成と魔力回路の説明、誤った魔力回路の魔術具の訂正の仕方を学んだ。午前の授業は考える力を養う一種のデモンストレーションだったようで、本当に魔術具の作成までしなくても良かったようだ。


 授業が淡々と進められていき、あっという間に終わった。

 自分の興味のある授業は体感時間が違う。




 *


 授業の終わりの予鈴がなり、実習室を出ると、やはりトピアス先生が待っているようだ。



「ユーリアさん。今日の放課後お話があります。生徒指導室へお越しください。

 場所は一度ルーカス先生がお連れしてるようですから、分かりますよね?」



 ルーカスと生徒指導室で話をした事がバレている。警戒したのが分かったのかトピアスは黒い笑顔を向けた。



「警戒しなくても大丈夫ですよ。

 ルーカス先生とは学生時代からの付き合いで色々と話す中なのですよ。全て聞いておりますからご安心ください。

 あ、一応ルーカス先生の保身のためにもお伝えしますが、古い付き合いですので、お話を聞くのにいろいろと譲歩していただいただけなので、決して彼の口が軽いというわけではありません」



 トピアスに対して安心してはいけないという事と、ルーカスは防波堤とは言えない事が分かった。

 先生とはもう呼ばない事に決めた。


 帰りのホームルームが終わって、視線を合わせず教室を出て行くルーカスに対し、皆にはバレないよう軽く蹴りを入れて生徒指導室へと逃亡する。


「痛っ」という声が聞こえ、身体強化を無意識に使っていたような気がするが、聞こえない事にした。





 *


 生徒指導室に入ると、トピアスが椅子に座って書類に何か書き込みながら待っていた。



「お待ちしておりましたよ。早速ですが、ルーカスから聞いた話の事実確認をさせていただきます」



 トピアスが確認した事は、魔力を吸収したのは召喚獣を使った事、魔力の流れを見て治癒魔法が使える事などだ。

 ルーカスに伝えた事が全て筒抜けである。国王陛下との関わりについては一応話していないようだった。



「……以上でお間違えないでしょうか?」


「はい」



 トピアスは少し身を乗り出し、本題へと話を移行する。



「ユーリアさん、ご存知か分かりませんが、召喚獣を扱う魔術師はそう多くありません。大変稀有な存在です。

 そして、魔力量を見る事は魔力持ちの医術師であれば行う事ができますが、人間の魔力回路に干渉しその流れを見ることの出来る存在は、この都市でも数名です。

 そんなあなたが何故錬金術を学ぼうと思ったのか、お聞かせ願いますか?」


 ユーリアはどこまで話すか迷うが、下手な答えよりも本心を伝える事にした。


「私は、生まれが大変恵まれていたという事がこの学園に来てから分かりました。亡くなった母は優秀な魔術師でした。

 召喚獣は母が使役していた獣をそのまま引継いでいます。

 医術に関しては、父も祖父も兄も皆当たり前のように行っていた治療法だったので、何の疑いもなく行使しました。

 私がこの学園で錬金術を学びたいと思った理由は2つあります。

 まず一つ目は自分の身の回りで不便な事を魔術具を使って解消できる事、二つ目は自分の魔力量にあった魔術具を欲している人がいる事を知ったからです。

 亡くなった母の影響です。

 とは言え、錬金術においては母が幼い時に亡くなっているため、多くを学べておりません。

 私は自分の知りたい知識を身に付けたいのです。医術や魔法についてここで学ぶ事はありません」



 トピアスは顎に手をやると何か考え込む。何か余計な事を言ってしまったかと不安に思ったが、違うようだ。



「片言の言葉もやはり演技でしたか。ルーカスはまだまだのようですね。何か事情があっての事なのでしょうが……」


「ふふ、トピアス先生には演技が通用しないと感じましたから、本心を偽りなく話すためにも演技はしませんでした」



 トピアスは苦笑し、準備してくれていたお茶を勧める。



「ほほう、なかなかの慧眼ですね。私は教師という役職についているので、人の嘘や違和感を感じる事が出来るのです。今の話に偽りがないのは分かりました。

 私は今日、あなたの意思をこの目で確認したかったのですよ。

 現在の魔獣の活性化から優秀な人材を適材適所にという学園の方針がありましてね。

 どうしても錬金コースはお座なりにされやすい傾向なのですよ。

 ルーカスが本人が望んでいないと強く言っていたのですが、能力のある者を伸ばす事は教師の本懐ですから。


 ただ、あなたはすでに医術、魔法に関しては学ぶ事はないと言った。あなたがいた国のレベルからして、それは事実なのでしょう。

 あの国は魔獣の侵攻が多いせいか色々な分野でここより優れている。

 錬金術もあちらで学べばよかったのでは?」



 トピアスの疑問にユーリアは俯きながら首を横に振る。

 故郷の技術が優れているという点では惜しい所もあるが、そもそもあの国では学園に錬金術を学ぶ科目がなかったのだ。

 錬金術を身につけるためにはどこかの工房に弟子入りするしかなかったが、その選択肢はユーリアに与えられるはずがなかった。



「ルーカス先生からお聞きになっているかもしれませんが、私は国では自由がないのです。それこそ適材適所という事で、役割を与えられています。

 学びたい事も学べず、同年代の子供と会話する事も遊ぶ事もない。

 柵の中でしか生きられない私を哀れに思い、この6年間だけは自由に生きるようにと国から送り出されています」


「そうですか。本当に優秀なのもお辛い。

 それでは、私はルーカス同様、あなたが錬金コースで無事6年間平穏に過ごせるように、尽力いたします」



 その言葉を聞いてユーリアはクスっ笑う。



「トピアス先生は私の話を聞く前から、ご助力くださるつもりだったのでしょう。私の魔術具のテコ入れや特許の取得、あの参考書は私を錬金コースへ引き止めて下さってるのかと思いました」



 トピアスは笑い出すと、ユーリアに見抜かれたのが恥ずかしかったのか、照れた表情になった。



「さすがは、優秀な方ですね。全て見抜かれておりましたか……。お恥ずかしい話です。

あなたの今回の魔術具の着眼点に惚れ惚れとしてしまったのが、1番の要因ですよ。

 それまでは話を聞いてからと思っておりましたから。本当は放課後の魔術具の研究室に所属してもらいたいくらいですが、ルーカスからそれは止められていますので、強引なお誘いはしませんよ。

 授業でも十分面白いモノが見れそうですしね」


「ふふ、ルーカス先生から研究室のお話を聞いていますよ。

 毎日研究三昧ではお友達との交流がなくなってしまいます。

 しばらくは、ほのぼのとした生活を送らせてください」


「分かりましたよ。平穏な生活に飽きが生じた頃にまたお誘いしますね。

 それはそうと、私にも例の魔石を見せてくれますか?」


「ええ、召喚獣もご紹介します。テディ」





 *


 ユーリアは胸元からペンダントを出す。トピアスは食い入るように魔石を見て、召喚された猫型のテディをその後みつめた。



「テディ、人語を話すこと許可します。自己紹介を」


「主人の命でございますので、私はテディと申します。幼少の時よりユーリア様にお仕えしております。以後お見知り置きを」



 驚きの表情を浮かべ、顎に手をやりじっくりとテディを検分している。



「人語を扱うとは……人から聞く話と自分の目で確かめるのは大きく違いますね」


「ユーリア様は優秀でございますが、色々と抜けているところがございます。

 私では人前でなかなかフォローすることができませんから、トピアス先生にもどうか、ご助力いただければと思います」


「ええ、私でフォローできる事は尽力いたします。

 ユーリアさん、貴重なものを見せていただきありがとうございました。

 ルーカスから無茶な指導を受ける事があれば、いつでも私に相談してください。

 彼の弱みならいくらでも存じております」


「ふふ、機会があれば……」



 テディとトピアスの会話が終わった事で、テディはペンダントへと戻っていった。ユーリアは話を続ける。話しておきたい事があったからだ。



「そうでした。私が皆さんと普通に会話できる事は、秘密にして下さい」


「分かりましたが、何か理由があるのですか?」


「ええ。学園生活ではなるべく自分を出さないように、テディや上司より助言いただいております。

 理由は分からないのですが、私が素の状態で皆さんと接するといらぬ諍いが起きるとの事です。

 なるべく平穏な生活を送りたいと思っておりますので、この事はトピアス先生と私だけのヒミツですよ」



 そっと唇に人差し指を当てトピアスを見つめる。

 トピアスは大きく頷き、了承してくれた。


 ユーリアは指導室を出るとホルストのカフェへと向かいお茶をしに行くのであった。




 *


 残っていたトピアスは、椅子の背もたれによりかかり胸をさする。


「収穫は大きかったが、私でもどこまで守れるか……。それに素を出させない周りの気持ちも分かったような気がしたな……。12歳とは思えんな……。ルーカスなら一発だ」


 意味深な言葉を呟きながら、書類仕事にとりかかるのであった。

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