第10話ルーカスとの夕食
1週間が過ぎるのはあっという間だった。一般科目の座学を受け、休み時間には友達と会話する。
朝の登校に至ってはお隣さんのベネディクトが迎えに来るので、毎日一緒に登校するようになった。
「いいねー。こんな暮らしが毎日続くなんて幸せ。学生って感じだよね」
家に戻ってからテディに話すと「これが普通の12歳の生活かと思われます。獣なのでよく分かりませんが」と感動に同意してもらえなかった。
*
5日目の帰りのホームルームにルーカス先生がやってきた。
「では、帰りのホームルームを行う。
皆初日にはいろいろあったが、順調に1週間を終えることができたと思う。
来週からはそれぞれのコースに分かれた実技と座学も行われるようになるため、クラスがバラバラに行動する事となるが、各々の能力を高めるべく学んでいくように。
クラス全体への連絡は以上だ。
また来週から元気に登校するように」
ルーカスの話が終わると、皆帰り仕度をして去っていく。
ティナと帰ろうと教室を出るとルーカスが入口のところで待っていた。
「ユーリアこの後時間はあるか?」
「うん」
「少し時間をもらいたい」
「私も話ある」
ティナはベネディクトたちと合流し手を降る。ドニだけは心配そうな顔でこちらを見ていた。
「とりあえず、生徒指導室へ移動だ」
*
ルーカスの後を追い、生徒指導室へと移動する。
本棚と机と椅子があるが、スペース的にはそれでいっぱいだ。
奥の椅子にルーカスが座り手前にユーリアが座る。
「ユーリア、せっかくの休日前の放課後の時間を奪ってしまい申し訳ない。だが、来週の授業のためにも色々と話をしておいた方がいいと判断した」
申し訳なさそうな表情のルーカスが指を組み話を始める。
「先日の件だが、どんどんと噂が増長しているようだ。
これから錬金コースの座学の講義が入るが、君を見る目は恐らく獲物に飛びつく肉食獣だ。
奴らは、教師も生徒も皆研究欲に塗れているからな。
下手に答えると奴らの研究室に入らされて放課後、休日を取られ、研究三昧な日々になるぞ」
せっかく友達もできて楽しみが増えてきたのに、そんな日々はお断りである。
ルーカスの忠告を胸に刻む。
研究も魅力的なのは事実だが、今はまだゆっくりとしたいのだ。
「それから、医術クラスからも打診が来ている。
ヴィオラ先生が今は止めてくださっているが、治癒魔法を施したのも君になっているそうだ。
私が武術クラスに留めたいため隠匿しているとも言われている。
全く嘘でもないので聞き流してはいるが、医術クラスの先生に何か聞かれたら、この間ヴィオラ先生に言ったとおり、異動する意思がない事を伝える事」
自分は医術クラスには行くつもりはないのだ。今興味があるのは魔術具作りだ。授業で教わる程度でいい。
実家にいる時の延長で、また授業でも医術を学ぶ機はない。
師にするなら祖父が一番だ思っている部分もある。
ユーリアの祖父は国で1番の名医なのだから。
ルーカスの話にコクコクと頷く。
「一応忠告は以上だが、何か質問はあるか?」
「特にない」
「そうか。では君も話があると言ったが、何の話だ?」
「この前のご褒美もらってない」
シビアな空気から空気を読まない一言が出ると、ルーカスは笑い出す。
「ああ、分かった。今日は俺も疲れてるから17時30分には帰る。18時にチェストミル広場の噴水広場でどうだ? 晩飯も奢ってやる」
「うん」
ユーリアはとびきりの笑顔で指導室を出ると、家路につくのであった。
一旦家へ戻ってから噴水広場へと向かう。
「楽しみだなー。ご飯」
今にもヨダレを垂らしそうな顔をしているユーリアに「ニャー?」とペンダントから鳴き声が聞こえる。
「うふふ。テディには悪いけど、美味しいご飯には勝てない。ルーカス先生いい人」
「餌付けされたか……」と小さく声が聞こえた気がした。
*
「ユーリア、こっちだ。なんだ制服のまんまか?」
ユーリアは私服の数が少ない。お洒落に興味がないのだ。実家にいる時は義母や父の趣味でたくさん服があったが、必要最低限しか持っていない。
「ま、いいか。俺の馴染みの店だ」
門構えがシックな知る人ぞ知る隠れカフェという感じだった。
「ホルスト。適当に晩飯作ってくれ! ここは茶もうまいが、料理も絶品なんだ」
テーブル席につきルーカスには不相応な落ち着いた雰囲気だなと周囲を見渡していると、表情に出ていたのかルーカスに小突かれた。
「お前今俺には不相応だとか思ってるだろ。俺だって大人な男なんだよ」
クスクスと笑いながらホルストは淹れたお茶を置く。
「ルーカス様は学生の頃からこちらにいらっしゃってるんですよ。
よく怪我をされてはヴィオラ先生に連れられてお説教をされてました。
初めて連れてくる生徒さんですね」
頭をガシガシ掻きながらルーカスは苦い顔をする。
「ホルスト、生徒の前ではあまり昔話をしないでくれよ。
こいつはユーリア。こう見えても今年の1年生の首席合格者だ」
「首席とはなかなか優秀な生徒さんを連れていらしたのですね。どうぞごゆっくりとお過ごしください」
ホルストは和かな笑みを残し他のテーブルの注文を取りに行った。
「もー、ホルストは余計な事言って……」
「ルーカス先生やんちゃ」
「やんちゃってな。若い頃は皆誰もがチャレンジャーなんだよ。何事にもぶつかってみなきゃ分からんだろって、今先生って呼んだか?」
「チャレンジして玉砕。ご飯奢ってくれる先生いい人」
「玉砕は余計だ! お前の尊敬基準はメシかよ」
笑顔のユーリアをルーカスは小突く。現金なやつだと捻くれてしまった。
「そういえば、お前。ヴィオラ先生が言ってたバイトするのか? この都市の治療院の」
「する。治療院、金いい」
今度は金かと頭を抱える。
「あのな、医術クラスから打診が来てると言っただろ。厄介毎に首突っ込む事になるぞ」
「生活するためには金は必要」
「実家からの仕送りがあるだろ? それなら、別にそこまで高くなくても別のところでいいんじゃないか。あまり医術に対して前向きでもなさそうなのに……」
ルーカスはユーリアの金に対する思いに納得いかないようだが、ユーリアは実家から援助を受けてきたわけではないのだ。
「実家かからの仕送りない。陛下のところで稼いだ金で来た」
「お前両親から反対されてたのか? あの設定はなんだ」
「あれは、陛下からは言われた。祖父と父は家を出るの心配。母は口では心配。けど、本当は婚約破棄になるのが見えてたから。兄は本心分からない。でも応援してくれた。いつも味方兄だけ」
婚約者がいるというと自分には彼女すらいないのにと嘆きながらも話を続ける。
「そういう事か……。って婚約って言ったか、婚約者おいてこっちに来たのか? というか、お前の歳で婚約者だなんだって本当どれだけ柵があるんだ」
「6歳で婚約。パーティーで一度顔合わせた見たいだけど、その時婚約知らない。10歳上」
「6歳で16歳か……本当面倒だ。あれ、兄貴は大丈夫なのか?」
兄は血の繋がりはないが、兄の勉強を興味深そうに覗いていると、優しく声をかけられ勉強をさせてくれた。その他にも義母からの圧力を自分に向けるようにして守ってくれていた。
「兄、誰とも血の繋がりない。父の先輩の子。両親死んだから養子。後継なれない。母安心。でも、血に関係なく優秀」
「さらに複雑だな。本来はその兄が後継者になった方が良いとか周りでは思っているだろうな。弟もいたはずだが」
5歳になる弟はワガママで手がつけられない。両親といる時は天使のような可愛い子供だが、2人がいない時は全く言うことを聞かないのだ。
「まだ、5歳。先は見えない。けど、甘やかされてる。多分そこまで優秀にはなれない」
「お前がこっちに来たくなる気持ちが分かった気がするよ。バイトの件は一応考えてくれ……他に実入りがいいバイトがあればそちらにして欲しいとは思うが、俺も一教師として生徒に援助は出来ない」
辛そうにため息を吐くと料理が運ばれてきた。
「よし、食うか」
ルーカスは意外にもキレイに食事をしている。育ちはいいようだ。
「お前、また顔に出てるぞ」
少し怒られながらも食事に手をつけた。頰が落ちてしまうくらいに美味しかった。
*
「先生、ここ求人募集ある?」
「ん。ホルストに聞いてみるか? お前賄い目当てだろう」
ジロリと睨まれたが、ルーカスはホルストを呼んで求人募集があるか聞いてくれた。
残念ながら昼の時間も入れる成人スタッフは募集しているらしい。
すると、胸元で「にゃー」と鳴き声が聞こえた。
「先生、テディが応募したいって」
「テディってまさか……」
「そう」
「誰かご紹介いただけるのですか? 実は先日2人ほど辞めまして、すぐにでも人手が欲しいところだったのです」
ホルストが先生を縋るような目で見つめる。テディはペンダントの中にずっといるので、学園にいる時間帯は暇を持て余していたのだ。
先日少しでも家計の足しになるよう働きに出たいと話していた。
「あ、ああ。俺は一応会ったことあるが、人当たりも良さそうだし起点がきく。それにしてもあいつはメシ作れるのか?」
「テディ上手。最短で明日の午後以降なら連れてこれる」
「そうですね、では早速面接いたしますか。明日の16時ぐらいならおそらく大丈夫かと。客足によって若干お待ちいただくと思いますが……」
「大丈夫16時に連れてくる」
賄いゲットの目論見にうまくテディが乗ってくれて、明日面接となった。
ルーカスとの食事を終え家に戻るとテディは、「ユーリア様が美味しいと思われる料理にも興味がありますし、私の料理のレパートリーも増えそうですから、構いません。
ああいったカフェでは意外と良質な情報も集まるものですよ」と言っていた。
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