第2話学園生活のはじまり
ガラーンという鐘の音が辺りに響き渡る。
「宣誓、新入生代表ユーリア・クィントン」
「はい」
大きな講堂の中には、初々しい笑顔を輝かせた青少年250人ほどとその保護者、上級生が座っていた。
壇上に上がるのはメガネをかけ、大人しそうな茶髪の子供だ。ブレザーに赤のネクタイ短パンで顔は中性的だ。
大勢の観衆がいる中、動じもせずに、淡々とした表情で読み上げる。
「我々新入生は、あらゆる知識を求め追求し、先輩方や先生方に教えを請い、次世代を担う一人としての責任を、果たしていくことをここに誓います」
大きな拍手が講堂におこり、壇上から降り座席へ戻る。
ここは学園都市ヴァルヴィスト。
様々な国の人材が知識や技術を求めやってくる。
知識を欲するものに差別はなく、この国にいる間は身分や種族は関係ない。
*
「はぁー、やっと終わったよ」
深いため息とともに安堵の声をもらすのは、先程、宣誓を行った生徒である。
現在入学後のホームルーム前にトイレで小休憩中である。
「煙管ないかなー。まだ未成年だけど……」
12歳という若さが欠けている言葉が漏れるなか、胸元から「にゃぁー?」という気遣う声が聞こえ、白い猫がペンダントから出てくる。
「しんどい。でもここならいろいろなものから解放されるんだ。少しは頑張らなきゃだね。ほら戻って」
少し猫の顎を撫でてやると、白猫は胸元にあるペンダントの中へ戻って行く。
「戻るか」
ゆっくりとこれから学園生活の説明が行われる教室へとむかう。
*
教室の中に入ると先程講堂にいた新入生のうち40人ほどがいた。
皆、座席表通りに席に着きながら、周りの子たちと会話をしている。
席に着くと隣の席の子が話しかけてくる。
「君、新入生の宣誓してた子だよねー。優秀な子がこのクラスなのか。ちょっと不思議」
淡いピンク色の髪をツインテールにし、緑色の眼をキラキラさせて話す。
「私はティナ。魔術師を目指してるんだー。よろしくね!」
「ユーリアです。よろしく」
端的に自己紹介を終えると、教室に助手を連れた先生が入ってくる。
「今日からこのクラスを担当するルーカスだ。この学園の案内は送付していると思うが、改めて説明する」
学園都市ヴァルヴィストにあるグランアカデミーは生徒数約1500人。12歳から入学でき6年制の学校でクラスは4つ一般、武術、医術、生産である。そこからさらに専門コースに分かれて学ぶ。
「このクラスは武術クラスだ。基本的な知識は共通座学としてクラス全員で受け、後はコースに分かれて専門分野を学んでもらう。なお、錬金コースをとるものは生産クラスではなく武術クラスで共に学んでもらう」
先生は一通りの説明を終え、1日のタイムスケジュールなどの書かれている紙を配る。
「私からの説明は以上だ。後の詳細についてはこの者から説明する」
助手のように控えたものが一歩前へ出る。
「僕はイーヴァル皆の先輩だよ。4年生。武術クラスのもうちょっと詳しい内容を説明するね」
見た目は、高身長で髪は銀髪、優しげな水色の目に、柔らかな物腰、人懐こそうでモテそうである。
*
「今年の武術クラスは計36名。体術コースでは主に身体強化を行いながらの武器の扱い、簡単な魔法を学ぶ。魔術コースは自分の適正にあった魔法を見つけその才能を伸ばし、魔法の知識を向上させてもらう。錬金コースは魔石を使って武器とかを作っていくんだって。ここまでで質問あるかなー?」
ざっとした概要の説明の後、質問するために手を挙げる者がいる。赤髪の少年だ。
*
「ステン君どうぞ」
イーヴァルに名前を呼ばれると少年は少し嬉しそうに、はにかみながら起立して、胸に手を当て話し始めた。
「イーヴァル先輩、我々は魔力持ち。魔力持ちでないものと共に学ぶという事ですか?」
ステンの言葉に6名ほどの生徒の視線が下を向く。反対に俯く者を嘲笑うような視線の生徒が数人いる。
錬金には技術があれば個々の魔力は必要ない。
魔石を核に魔術具に魔力を注げば、魔石から魔力を引き出す事もできるのだ。
日用品については魔力持ちが定期的に魔力を補充している。
「君は錬金コースの子たちの事を言ってるんだと思うけど、この学園の信念を忘れちゃったのかな? 知識を求めるものに差別はない。魔力の有無で優劣はつけないよ」
イーヴァルは厳しい視線を差別視する生徒たちに向けながら説明を続ける。
「ふふ。武術を磨く者だけが強いって思ってると後から後悔するよ。錬金コースにだって実は力を隠している子がいるかもしれないよ」
微笑みながら何故か彼はこちらを見た。何か疑われている気がする。
「貴重な助言ありがとうございました」
ステンは気まずい雰囲気の中、表情は崩さず席に着く。
イーヴァルは、腕を組んで教室の隅の椅子に腰掛けているルーカス先生に視線を送ってから、さらに言葉を続けた。
「魔力持ちの人は、魔獣から皆を守るためには必要な力だ。けれど、国を治めるもの、商いをするもの、食物を作るもの、どれが欠けても僕たちは生活できないでしょ? 皆が助け合ってお互いの存在を尊重できるような考えになっていってくれたらいいな」
優しげな笑みをステンに向けながらクラスの皆に語りかけた。そして、後ろにもう一人いた助手(おそらく先輩)に声をかける。
「ねえ、シェルト僕今ものすごくいい事言ったよね。僕も少し威厳が出てきたんじゃない。先輩って感じ」
*
声を掛けられたシェルトは癖なのか眼鏡の位置を直し、頭を抱えながら答える。
「その発言がなければ、いい先輩だと皆感じただろう。そして、表情も少しは引き締めろ。君に威厳という言葉は相応しくないと思う」
おそらくこの教室にいる全員そう感じたであろう。
「シェルトはいつも否定するんだから、僕は上級生としての威厳が出るように頑張ってるんだけどなー」
「君がもう少し言動、物腰を改善すれば私も否定はしない」
イーヴァルがシェルトとじゃれ合い始めた頃、ティナが声を潜めて話し掛けてくる。
「あの二人は学園のイケメントップ3の二人だよ。いろんな人が狙ってるんだってー。ちなみに二人は同郷の幼馴染でいつも一緒に行動してるらしいよ」
学園が始まって1日目のだというのに情報が早いと思ったが、わりとクラスの女子達は皆彼等に熱い視線を送っているようだ。
女子のこういうネットワークは侮れない。
「二人とも脱線しているぞ。そろそろこれからの授業の流れも説明してくれ」
ルーカスは二人を睨みながら、話をする。
「はーい。でも先生授業の話は本来先生の領分だと思うんですけど」
「イーヴァル、ルーカス先生に説明を求めるのは間違っている。これは我々が下級生に教える事で、上に立つ者の立場を理解する機会でもある」
反論するイーヴァルをシェルトは嗜める。
ルーカスは満足げに足を組む。
威厳というのはこういうものなのだろう。だが、イーヴァルの一言で先生の威厳が崩れ去る。
「そうだね。ルーカス先生は拳で教えるって感じだもんね。言葉で説明したら1年生戸惑っちゃうよね。いつもとりあえずやってみろだから」
シェルトは頭を抱え、ルーカスは瞬時に立ち上がり、イーヴァルのこめかみを拳でグリグリする。
「痛い、痛い」
涙を浮かべながら抵抗するが、成人男性にかなうはずもなく、されるがままだ。
「拳で語るんだったよなぁ。俺は今何を教えているんだ?」
不敵に笑いながらルーカスは少し力を緩める。
「武力は絶対って事かな」
再び拳に力を込めたところで、後ろから救済の声がかかる。
「阿保、無駄口をたたくなって事だ。失礼しましたルーカス先生。これ以上考えさせても彼は反省できません。今日のところは1年生の前ですので穏便に……」
シェルトが胸の前に手を当て侘びる。ルーカスは拳を離し、イーヴァルは安堵した表情を浮かべ振り返る。
「ありがと。シェルト。助かったよー。ルーカス先生手加減してくれないんだもん。僕は事実を1年生に伝えただけなのに……」
「愚か者……」
シェルトの溜息混じりの声と共に鉄拳が降る。
「——いたっ」
「シェルト続きを……」
涙目のイーヴァルを置いて、疲れた表情の二人はそれぞれの位置に移動する。
ルーカスは椅子へ、シェルトは前へ一歩出る。
*
「これからの6年間の流れだが1、2年は座学が中心となり、学年が上がるに連れ実習が増え、高学年になると今度は下級生への指導が加わる。この学園では、生徒数の割には教師の数が少ない。というのも、生徒の自主性と故郷に帰ってから国の中枢を担うため、様々な立場を理解するためである。その事も踏まえて知識や技術だけでなく、たくさんの事を吸収してほしい」
クラスの子達はおそらく皆思った。
シェルト先輩がこのクラスの指導をしてくれてよかった。
後ろで涙目から復活したイーヴァル先輩が笑顔で相槌を打っている。
「続いて、催しについてだが、夏には演習。秋には文化祭がある。演習は郊外での訓練と魔獣狩りの実習だ。文化祭は学年、クラスに分かれて出し物をする。後は……武術クラスがメインだが有志で学年問わずのチーム対抗戦がある。模擬戦をし、トーナメントを組んで年2回行われる。夏と冬だな。これで、一通りの説明は終わりだ」
シェルト先輩が後ろに下がるとルーカス先生が立ちあがり前へ出る。
「チーム対抗戦は追々という事だろうが、この学園の対抗戦で上位に入賞したとなれば、国に帰ってからそれ相応の待遇を受けるだろう。何より副賞として食堂の半額券半年分がもらえる」
最後の一言は、親元を離れお金を自由に使えない思春期の男子には嬉しい話かも知れないが、女子にはあまり受けは良くない。
その雰囲気を感じたのかルーカス先生は咳払いをして説明を続ける。
「ゴッホン。このホームルームが終わってから、皆の実力を確認したい。イーヴァルに続き、体術・魔術コースは訓練場へ、錬金コースは簡単な試験をこの教室で行い体術・魔術コースの試験の見学だ。試験が終わり次第今日は寮へ帰ってもらう。明日は先程渡したタイムテーブルの通りだ」
「はい」
*
最初のホームルームを終え、クラスの皆がそれぞれ動き出す。
ティナは立ち上がり移動の準備をすると話しかけてきた。
「先輩達優しそうな人だったねー。面白いし。成績優秀者が多いって聞くから、もっと厳格な感じなのかと思ってたけど、楽しく過ごせそう」
「私も同意見」
深く頷きながら答える。お互いにクスクスっと笑う。
「初めて笑った顔見たぁ。ユーリアは何コースなの?」
可愛らしく首を傾げ、こちらを見る。軽く揺れる髪が愛らしさを増す。
「私は錬金コース。ここに残るよ」
驚きの表情で見つめられるが、詮索はしないようだ。
「そっか、同じ魔術コースかと思った。じゃあまた後でね」
「うん、また後で」
ツインテールを揺らしながら手を振ってティナは教室を出て行く。
教室に残ったのは7人だけだった。
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