第四章三幕 時を動かす能力の新たな可能性
「あなたが対戦相手か。僕の名前はトゥーレ・ソリヤ。国籍は違うが日本で育ったから日本語は堪能だ。もっともこの世界じゃ意味ないそうだが」
「俺は志島十樹。見た通り生まれも育ちも日本だ。お互い変なところで出会ったもんだな」
ニヤリと笑ってみせるが、トゥーレは反応を示さず表情を変えることがない。どころか今日出会ってから一度も変わっていないのではなかろうか。
無表情かと言われると違うのだが、感情の起伏は浅いようだ。
「いつまでもこのままじゃ観客も冷めるからさっさと始めるわよ、クソカグヤ」
「それはこっちの台詞よ、駄女神イヴ」
口を開けば口論しかしないのかと辟易するが、それも戦闘さえ始まれば関係ない。
今か今かと待っていると、イヴとカグヤが互いにピストルのような構えをする。ついに始まるかと合図を待っていると、どうも様子がおかしい。
「十樹、いくわよ!」
「トゥーレ、衝撃に気をつけて!」
どういうことだと思うよりも先に両女神は指先から発光体を放った。これまで見たのはしっかり視線で追えるような速度で飛翔し中央でぶつかるのだが、今回のは放たれたと思った瞬間には衝突したらしい。らしいというのはまばゆい発光と衝撃で思わず目を瞑ってしまったため、何もわからなくなっていたからだ。
「こなくそっ」
発光がやんだ瞬間を狙い十樹は先手必勝として時を止め、トゥーレが立っていたところへ走っていく。視界は強烈な明かりで見えてはいなかったが、時間が止まっている間ならば相手からの反撃もないため戻る瞬間まで待てばいい。
時間に制限はあるが、それでも十分に時間はあるのだ。
鈴木曰くまともに戦うこともできずに倒されたそうだから油断できる相手ではない。速攻で決めるべき相手だ。
だというのにこれはどういうことだろうか。
「ぐふっ」
気付いた時には倒れ伏してしまい、気が散ったことで思わず時間停止の能力まで解いてしまった。
「なんだ、この重さ、は」
訳もわからない間に地面に這いつくばっている自分に驚きを隠せない。しかも起き上がろうとすると何かに押しつぶされるような感覚に襲われ、立ち上がることができない。
軽く周囲を目配せし、近くに誰もいないことを確認し、今度は全身に力を込めて踏ん張りながらやると何とか立てたが、体が重いことは変わらない。
「十樹その場から直ぐに離れなさい」
イヴの叫び声に反応して後ろへ一メートルも移動しない内にふっと体が軽くなり、反動で転びそうになりたたらを踏む。
「なんだこれ、能力か」
「上を見なさい」
言われるがままに空を見ると、そこにはトゥーレとカグヤがいた。足場も何もない中空に。カグヤは神なのだからその程度のことはできるのだろう。だがトゥーレはどういうことだ。
「風……いや違う……さっきのはもしかして重力か!?」
「へぇ、そいつ馬鹿そうに見えて頭は回るようね」
ひょっとしてと思い口にしたことなのだが、ご丁寧にカグヤが答えを教えてくれたおかげで種が完全に割れてしまった。
「馬鹿はお前だ。何故能力を教える」
「え、だって答えてたし」
「予測で言っただけかもしれないだろう。神と言いながらその程度もわからないのかこのマヌケ。どれだけ僕の足を引っ張れば済むんだ」
「ごめん、なさい……」
「ふん、まぁいい。あの人の能力もおおよそ予測がついた。高速移動か瞬間移動と言いたいところだが、それならここまですぐにやって来れるのにしない。ということは考えられるとしたら限定的な、それこそピンポインとなワープ。ただ能力に反応するならこれも違うし、マーカー等をつけるタイプの可能性もあるが、そこまで複雑な能力にする理由はない」
一つ一つ能力の可能性を探り、潰していく。実際そのどちらかがあれば今トゥーレがいる上空七メートルまで届くだろう。だが生憎と違う。予測が付く前にどうにかしようと周囲を見回しても、建物の上に乗ったところでギリギリ届きそうもないだけに気持ちだけが逸る。
「となると考えられるのは時間を停止させている、か」
ギクリと思わず動きを止めた。不要なことを口にすればばれる可能性がある。これはあくまでも予測にすぎないのだから。
しかしその考えが甘かった。
「そうか本当に時間を止めているのか」
「どうしてわかっ」
言いかけしまったと口を塞ぐ。それこそが狙いだったと思ってのことだったが違ったようだ。
「安心していい、その前からわかっていたから。あなたが能力のことを口にしたらあからさまに動揺して動きを止めたから当たりが付いただけだ」
何でもないように言ってくるが、頭の回転が早すぎやしないだろうか。しかも戦いを告げる合図の中、的確に能力を使用して道を塞いでいたりと、一筋縄で行きそうにない。
先程解除されてしまったからいいものの、それでもすでに一〇秒は使ってしまっている。同時使用ならば残り六秒程度しか保たないのにどうやって攻略するべきか。
「時間を止めるだけなら大したことはない。連続して使っている節もないことを考えると使える時間も短いようだ」
制限時間がどれくらいかバレるのもそう長くはなさそうだが、かといって無理に跳んだところで重力で叩き落されるのが関の山だ。そもそもまだ五メートルも跳べないのだから物理的に届かない。
──残された手段って、相手が能力を過剰に使用して倒れるのを待つしかなくないか?
よく見ればトゥーレの周囲は重力が違うのか風景が歪んでいるようにも見える。それがマジックならお手上げだが、能力であるならチャンスは十分にある。
「へぇ、闇雲には狙ってこないか。となるとお互い狙っていることは同じになるからどう動くべきかな」
口では悩む素振りを見せながら能力を使ってきたのだろう、再び体にずっしりと重くのしかかる感覚に襲われ、即座に飛び退く。
そこから五回ほど跳ねて停止し、トゥーレを見やると拍手を送ってきた。
「いやはや回避して安堵したところをと思ったけど全部避けられたか。意外と実戦慣れもしてる感じだねこれは」
正直体が勝手に動いただけだ。考えてのことではない。
ブリトニーとの実戦形式で何度かやった時に、一度回避できても二度目三度目と追撃がやってきたのを避けるよう、繰り返していたのを体が覚えていただけだ。
軍隊の反復練習とかがどう役に立つのか不思議ではあったが、存外体というのはこういう時に染み付いた物が出るものなのだろうと、土壇場で学んでしまった。
しかし遊ばれていることに変わりはない。相手は射程内でこちらは射程外。距離すら詰めさせてくれないのだから現状打つ手なしだ。
「こっちはまだ余裕はあるけど有限だし、のんびりやるのは得策ではないかな」
これまでずっと突っ立っているような状態だったトゥーレは初めて動く。手を左右開き、前に差し出した。まるで十樹を招き入れるかのようなポーズで。
どういうことだと思った瞬間、ざわりと背筋に寒気が走る。
直感を信じて前転していると、トゥーレは手をパンッと音を立てて閉じた。十樹は前方に回避行動を取るも、足先に何かが触れたのか激しい痛みに襲われる。
「がぁっ」
「初見で今のを避けたか。でも遅い」
痛みに堪えつつももう一度ジャンプしようとしたが、足の痛みで動きが鈍り、トゥーレが下から上へと腕を振り上げると途端に上空へと飛ばされていた。
「あなたならもう察しがついているかな? 重力の操作は何も上からだけじゃないと」
──そんなこと考える暇があるかよ!
言い返す暇もなく空に吹き飛ばされる。
足が地についていないことがこれほど不安を誘うことを今更ながら気づく。イヴにやられた時はまだ原理がわからず混乱しかしていなかった。でも今は違う。明確に相手がこちらを傷つけようとしていることを理解しているだけに、恐怖心が加速する。
だが好機でもあった。
今十樹の飛ばされている軌道が、回避の反動でかトゥーレへと向いていた。このままいけばしがみついて地上へ落とすことができるのではなかろうか。
丁度頂点に達したのか、徐々に落下を始めている。
──悩む時間はない、か。
ギリギリまで引っ張りたい衝動に駆られたが、重力を張られてしまうと元も子もない。腹をくくり、ここが決め時だと時を止める能力と時を動かす能力を同時使用する。
全てが停止した世界。
その中でも重力は相変わらず仕事をしており、自由落下は止められそうもない。
しかも想定通りトゥーレがいる場所へ落ちていっているのだから、最高に都合が良かった。
「もらったへぶっ」
だが相手は一枚上手だったようだ。
掴みに行った直前で十樹の体は弾かれ、後方へと飛ばされる。能力は解除されたことで静寂だった空間は再び歓声の中へと戻る。
何度も練習してきた受け身だが、これだけ高く下が石畳では意味ないだろうと、無理に足から着地を試みた。が、まだ足の先が痛いのか手をついたところで、三度目の重力が上から潰さんとのしかかってくる。
「がっ、くぅっ」
「時を止める能力か。中々に興味深いね。でもやはり時が止まった世界でも重力には逆らえないか。まぁでなければ空も飛べるだろうし、それ以前に窒息死してもおかしくないのだから。となると今ある情報をそのまま停止させているだけか。実験したかいはあったようだ」
人が一生懸命戦っているのにどうやらトゥーレはお遊びにすぎないようだ。もう飛んでいる必要もないのか、足を地におろしていた。それでも念の為なのだろう、近くの二階建ての屋根の上に降りて十樹を観察している。
「ふふ。イヴ、あなたのパートナーはどうやらこの程度のようね。地面に這いつくばって私たちを見上げてくるだなんて無様だわ」
「カグヤあんたいい加減にしろよ」
「凄んでも無駄無駄。あなたはもう私に勝てないのよ。どんなに粋がっていてもね」
「黙れ、これは僕の戦いだ。邪魔をするな」
「ごめんなさい。でも少しだけお願いトゥーレ。私に時間を頂戴」
「ふん。従者の頼みを聞くのも主の努めか。いいだろう少しだけだ」
「ありがとうトゥーレ」
「念の為にもう一回しておくか」
トゥーレが言うと体にかかる重圧が更に増し、骨が嫌な音を立てていた。
「ぁ、ぎ、ぎっ」
「十樹しっかりしなさい!」
「十樹さん頑張って!」
応援をされはするが、どうしようもない。能力の温存なのか重力の重さからは開放されはしたが、何とか立ち上がるのが精々で、膝に手を付き肩で息をしていた。しかも骨が折れているのかヒビが入っているのか、呼吸するだけ痛みを伴っている。
傷つきにくい体になっているとイヴは言っていたが、やはり限度はあるようだ。逆を言えば普通ならばとっくに死んでいてもおかしくはないということなのだろう。
「最高位から地に落ちた女神とそのパートナー。本当にあなた達お似合いね」
カグヤは一人降りてきてイヴの目の前まで行って尚の事煽る。
どうしてそこまでするかなんて知らないが、目の敵にしているのは終始変わることはないようだ。
「っあんたずっとこの時を狙っていたわけか」
「ご明察。長かったわ。三千年前からずっと、ずーっとこの瞬間を作る舞台を考え続けたのよ」
「キモ、ストーカーか何か」
「あなたが私をぞんざいに扱うからでしょ!」
カグヤの地雷に触れたのか、唐突に激昂する。
「私がいたのに、私だっていたのに。なのにあなたは!」
カグヤは手の平に一つの球体を作り上げる。それが何なのかなんてわからない。イヴも同じく作ってはいるが、嫌な予感がした。
故にふらつく体を押して向かった。
──これなら。イヴに作ってもらった時計なら。
左手首に巻いていた時計を外して右手へと握りしめ、今正にイヴへ危害を加えんとするカグヤへ殴りに行った。
少しでも助けになればと思っての行動だ。
そして予想通りカグヤは切り替えしてこちらを狙ってきた。
「邪魔だぁ!」
放とうとしていた球体は腕時計へクリーンヒットする。これはイヴと同等か、それ以上の力がないと壊れない時計。故に信頼していた。が、
「がああああああああああああああああああっ」
腕時計は砕け散り、同時に握りしめていた右腕が折れる感触が伝わってくる。右腕で折れていない箇所がわからないくらいに。
「十樹!」
イヴが叫ぶ。
「貰った!」
カグヤは勝利の笑みを浮かべる。
イヴの躊躇いをカグヤは見逃さなかった。
油断したイヴの、人間で言う心臓部カグヤは貫いてみせる。
「────あ、あぁ」
「イヴ、イヴ!」
「とお、き」
イヴが見せるはずないと思える悲しそうな顔をし、手をこちらへ伸ばしてきた。
他なんて何も目に入らない。ただ手を伸ばし、握ろうと十樹も懸命に手を差し出したが、
「さようなら、イヴ。私の中で眠りなさい」
カグヤが引き抜いた瞬間。イヴは目の前で消え失せた。
「イヴ、イヴ?」
探す。周囲を見てみるも、どこにもイヴはいない。
いつの間にか歓声も鳴り止んでいるが、それすら気付かずに十樹はイヴを探す。
「シモーヌ、イヴがいないんだ。何処か、知らないか」
「わ、私もなにがなんだか……」
二人して右往左往し探すも見つからす、そこへ声が降ってくる。
「イヴは消えたわ。私の中に永遠にね」
「そんなイヴ様っ」
「嘘だ!」
シモーヌは崩れ落ち、自分はというとカグヤに食って掛かる。しかし力の差は歴然。容易に弾き飛ばされてしまった。
「ま、そのうち別の神がやってくるから安心なさい。もしくはどうしてもと言うなら私がかわりにやってもいいわよ」
「……るな」
口が自然と動く。
痛みなんて最早どうでもいいほどに、体は自然と動いていた。
「ふざけるな!」
もう一度殴りに行くが、ため息交じりの腕振りだけで吹き飛ばされる。
「ふぅ、あなたは理解力があるからトゥーレとどっちにしようか悩んでいたけど、トゥーレにしてやはり正解だったようね」
「何を、言っている」
「あぁそうか知らないか。じゃあ最後に教えてあげる。あなたを殺したのは私なのよ。イヴをこの世界に来てもらうのに利用させてもらったの」
「なん……だと……?」
こいつは一体何を言っているんだ。この世界には不慮の事故。本来あるべき運命よりも先に死んだものがここへ来るはずだ。だというのにカグヤが自分を殺した?
なんとも馬鹿馬鹿しい言い分だろう。
「信じてないようだけれど本当よ。あなた駅のホームで待っている時に背中を押されて死んだでしょ? あれ私」
自分が死んだときのことは薄っすらとだが覚えている。けどそれを知っているからといって証拠にはならない。まだ神の力で知っただけかもしれないからだ。だがイヴと同程度の力を持ち、そのイヴを消した。
目の前に自分の仇と言いはる存在が現れて、はいそうですかと言えるほど上等な頭はしていない。そんなことを言われても混乱し、頭がパンクするだけだった。
「で、どうする? 仇でも討つ?」
「うるさい」
ボソリと呟いた。
カグヤには聞こえなかったのか首を傾げているようだが、関係ない。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい!」
「な、なんなの急に」
「急な訳あるか馬鹿。それだけ煽れば誰でもそうなる」
トゥーレが説明してくれたが、そんなことはどうでもいい。
まだ戸惑いは大きいが、それでも一つだけハッキリしていることがあった。それはもう一度イヴのいる時間に戻りたい、ただそれだけだ。
そこで一つの可能性に行き着く。
「時間が戻る……」
口にした瞬間カグヤがぎょっとした顔をするのを見て、途端にグチャグチャだった頭の中が一瞬でクリアとなり、即座に頭が回りだす。
「主観時間で言えば時間は未来に向かって動くもの」
「トゥーレ早く十樹にトドメを」
「トゥーレだって重力を下から上にやっていた」
「何故僕がお前の言うことを聞かなければならない」
「なら、過去にだって動くはずだ」
「やめなさい。それは人間の枠を越えるわよ!」
カグヤが説得をしてくるがもう遅い。
体の内側にある時を動かす能力を開放。本能が警鐘を鳴らすがどうなろうと知ったことではない。もう十樹の中で覚悟は決まっていたのだから。
「俺は、時間を過去へ動かす!」
宣言した瞬間、視界はブラックアウトした。
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