第三章四幕 肉体の使い方

 翌日ご丁寧にも鈴木はもう一度顔を出し、体術の教育をしてくれる人を紹介してくれた。


「フレイムに聞いたよ。あんたが教育希望者」


 場所はギルドの総合受付窓口。ジェイミーと会話していたのもそこそこに、背後から声をかけられた。


 振り向いた先には髪をポニーテール纏め、上着は赤いシャツだがその上に白いジャケットに白いズボンを履いていた。ジャケットには拳を交差したようなバッヂがついており、ひょっとしてあれが自警団フォースの証であり制服だろうかと察する。


 ただ上着は丈が短く、ジャケットも前を留めていないことからへそが丸見えであった。


「お、女の人……」


「なんだい不服か?」


 女という言葉は地雷だったのか、顔をしかめている。


「違う違う。女の人が来るって知らなかったから。それに美人だし」


 慌てて取り繕う。実際目の前に表れた女性は身長も高く、一七〇センチにギリ届かない十樹よりも少しだけ上。胸は適度にあるようだが、モロに見えている腹部は薄っすらとながらも割れており、その影響か上から下までスマートな印象を与えてくる。


「ぶっあたしみたいなガサツなもん相手に美人とかあんた冗談が上手いね」


「あら、私もあなたは美人だと思っているわよブリトニー」


「ジェイミーさん、冗談はよしてくれ。あんたが言うと嫌味にしか思えない」


「そんなつもりはないのよ?」


 やはりというべきか顔なじみなようで、楽しそうに会話を繰り広げる。


「で、だ。フレイムの奴はどうしたんだい」


 唐突に会話をこちらへ向けてくるが、彼女の言う通り今ここに鈴木はいない。


「なんか用事があるから帰るって言ってたな」


 ジェイミーへ視線を投げると頷いていた。


 家からここまで送ってもらった、それは間違いない。ただ着くや否やジェイミーに後は任せたと投げられたのだ。


「あんにゃろ逃げやがったな」


「あーもしかしてあいつ」


 何となく想像がついた。契約はしたものの辛くて逃げ出したか、もしくはシゴキが辛すぎて顔を見ると思い出すから見たくなかったのだろう。


 どちらにせよ自分を都合よく弾除け代わりデコイに使われたようだ。


「まぁいないもんは後でしばきあげるとして、まずは貰うもん貰っとこうか」


「すずっ、フレイムに言われたけど紹介で値引きになるでよかったのか?」


「おっとそうだった。えっと幾らだったけ」


「一週間コースだから銀貨三十枚ね。今回はギルド本部を挟んでないから仲介手数料はないわ」


 ジェイミーとは今日のことを話していたため、先に教えてくれた。


 言われた金額を渡された袋から取り出す。


 今日はシモーヌをイヴに取られたことで一緒には来てくれていないため、自分で全部やらなくてはならない。袋の紐をベルトに結んでいるだけという危なっかしい状態だったため、ヒヤヒヤしながらもここまで来たことを思い出す。


「三十枚となると多いな」


「確かに持ち運びは不便だな。頭のいい奴らは紙に書いた金額だけでやり取りしてるらしいが、あたしにはさっぱりだ」


 小切手というものだろうかと疑問には思うが、生憎知識の中にはなかったようで、とりわけ必要になるとも思えずスルーすることに。


「これで契約は成立だな。あたしの名前はブリトニー・ソーンスウェイト。自警団フォースの所属だ。うちの名にかけて半端なことはしないから、これから一週間覚悟しとくんだね」


「あぁ。俺の名前は志島十樹しじまとおきだ、よろしく頼む」


 決意を胸にがっしりとブリトニーと握手を交わし、努力することを胸に誓ったのだった。


 この後どれだけの過酷な訓練が待っているかも知らずに。








 ブリトニーと契約して三日が経った日のことだ。


 二回戦目の報せが一昨日にあり、昨日勝利を納めた。そのため勝利祝などから本格的な訓練は今日からとなっている。


 期間が一週間。しかも出張型ということでお互いに満足行くまでできるという特典があるのだが、今はそれが裏目に出ていると十樹は思っていた。


「いだだだだだだだだ」


「何言ってるんだい。ちょっと腕を極めたくらいで」


 現在絶賛腕ひしぎ十字固めをかけられており、腕が彼女の胸に触れているという本来ならば幸せな状況下だが、痛みでそれどころではない。


 教育のメイン題材は受け身の練習だが、明日は戦いもないことからたまには実戦的なことをしようと、ブリトニーからの提案に乗ったのがそもそもの間違いだった。


 完璧に極められた腕は筋が伸ばされ、このままでは骨までもを折られることを容易に想像ができ、脂汗が出る。


「たんまたんまたんま。マジでこれ以上は駄目だって!」


「ったくしょうがない奴だね全く」


 やっとこさ開放された右腕だったが技の影響か、曲げるのにも痛みが伴い暫し使い物にならなくなっていた。腕を地面につくこともできず、痛みを堪えながら立ち上がると、そこへブリトニーはお構いなしにパシンと手の平で叩いてくる。元々あった痛みへ追撃がやってきたことで喉が引きつり、せっかく立ったのにしゃがんで腕を抑えてしまった。


 この時に叫ばなかった自分を褒めてやりたいものだ。


「あんた基本も何もできてなさすぎなのさ。体も硬いし。あるのは能闘士が貰える能力と体力だけ。それ以外は話にならないね」


「む、無茶言うな。ちょっと前まで善良な一般市民だったんだぞ」


「関係あるかい」


 懸命に反論するもバッサリと切り落とされた。


 どうして鈴木が敬遠していたのか何となく理解した。これは確かに逃げたくなる相手だと。


 この三日で大体のことは把握していた。ブリトニーは原住民でありながら能闘士であること。能闘士ではあるがパートナーとなる神はいないこと。何よりまだ二十歳なのにとんでもなく強いことを。


 原住民が能闘士となった場合、転生者と同じく神がパートナーとしてあてがわれるそうだが、能闘士の集いサバトへ参加しない場合はあてがわれずに放置されるそうだと、先日貰った時計の辞書機能に乗っていた。


 他にも原住民が能闘士には全員なれるわけではなく、転生者との混血児や隔世遺伝等がなければいけないことと。また最初からなれるわけでもなく、覚醒しなければ能力を使えるようにはならないそうだ。能力の選択はランダムだそうだが人間性に合うものが勝手に選ばれるのだとか。しかも転生者と同じく覚醒した瞬間から同等の身体能力も有するそうで、この内容を知った時には物語の主人公じゃんと思ってしまったものだ。


「体が固いのはまぁ仕方ないとして、あんた能闘士になる前は運動とかしてこなかったろ」


「なんでわかるんだ」


「そんなもん動き見ていたらわかる。元々鍛えていれば体幹ができていくから動きの無駄が減るし変にヨタヨタしない。あんたはただ与えられたものに頼りすぎてるだけ」


 ぐぅの音も出なかった。


 実際ブリトニーの言っていることは全て当たっているため、言い返すどころか言い訳さえできそうもない。しかも何処からどう見ても経験からくる言葉であるために、迂闊に反論してもけちょんけちょんにされて突き返されるのが目に見えていた。


「でもだ、これまで運動してないからできないだけとも言えるわけだね。重要なのはこれまでじゃなくてこれから。これからできるように成長できればいいわけさ」


 追撃でやってきた言葉が凹んでいた胸に染み込んでくる辺り、諦めかけた心を再燃させるには十分だった。


「あんた人を動かすのが上手いな」


「何がだい?」


 気付いてないフリとかでもなく純粋にわかっていないようだ。


 こっちに来てからシモーヌで多少は慣れてきたことで、耐性ができていることから助かったが、もしなければコロッと落とされるところだった。


「いやなんでも。それよりもういっちょだ」


「なんだい潔いじゃないか」


 ブリトニーは笑みを浮かべてバックステップを踏んで距離を取った。その際に一々後ろも見ず、反動も最小限に着地できている辺り自分との差をそれだけで感じ取る。


 できないならば学べばいい。重要なのはそこだ。


 呼吸を二度行い心を落ち着け、腰を落とし、駆け出した。


 ブリトニーにこの模擬戦を行うと時に言われた言葉は二つ。自分より強者に当たるなら先手を取るか油断させたところを狙うかの二択だと。


 ただ相手を油断させるのは今の十樹には至難の業。相手の誘い方も知らないため、先手必勝で立ち向かう他ないのだが、


「だぁっ」


「遅いし腰が回っていない。それじゃあ力が分散する」


 殴りかかりにいっても容易に反らされてしまった。


 それもそのはず。ブリトニーは幼いことから自警団にあこがれていたため、ずっと訓練を重ねてきたそうだ。自分より何年も経験しているのだから、未経験だった自分が直ぐに越えられるはずもない。


 現に今も切り替えして殴りにいった左の拳を反らしてから手首を掴み、腹部へアッパーカットをきめられていた。


「────んぶっ」


 人の急所を熟知しているのか、難なくみぞおちへ拳を叩き込まれ、空中で怯んでいる十樹へ蹴りを叩き込んできた。


 脇腹へ突き刺さった蹴りは問答無用に振り抜かれ、優に八メートルほど吹き飛ばされていた。


──っそ、ここだ! 


 痛みが体を襲いはするが、それよりも体勢を整えることに集中し、落下する前に手を折り曲げながら地面の芝生に触れ、直後に腕力だけで跳ねる。これにより重心がかわり、二度目の着地の時には足から降りることに成功し、すぐさま構える。が、ブリトニーは既に目の前まで攻め込んできており、拳を振るっていたところだった。


 着地へ意識が集中していた弊害がここで出たかと思いながらも、思わず目をつむってしまう。


 襲う拳の衝撃に備えて体をこわばらせたが、やってきたのは額に小さな衝撃だけだった。


 恐る恐る目を開くと、目の前にはやはりブリトニーが立っており、伸ばされた腕の先は人差し指が突き出ており、自分の額を押していることがわかる。


「やるじゃん。今のは昨日今日でできるようなもんじゃないよ」


「え、何が……?」


 彼女が何を言わんとしているのか、痛みと驚きでわからなかった。


「何々無我夢中だった? まぁでもそれも悪くない。一度できたなら体が覚えるもんだからね」


 頭の上に疑問符が大量に表れていたが、やや時間をあけることで自分が何をやったのかを思い出す。


──あれ、本当に俺がやったんだ……。


 創作上の動きではたまに見る動きではあったが、自分がそれを再現できるとは思ってもみなかった。


 両手に目を落とすと震えるのがわかる。危機を脱したという安堵からではなく、達成感という名の震えだ。


 ゆっくりと握りしめて噛み締めた。


「おし、今のができるなら受け身の練習も再開しようか。もっと上手くなるぞ」


 しかしゆっくりと満足感には浸らせてはくれず、早速訓練は開始された。


 この日から更に三日が過ぎ、遂にブロック最終戦の日が決定された。

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