第10話 きらきら星 2

 それから数日、家に引きこもり真っ白な時間を過ごしていた。その白は純白ではなく、ただの無。当てはめるような言葉もないから、せめて綺麗な色でも思い浮かべたようなもの。

 あの公園で崇の話を聞いていたからと言って、金を貸せたわけでもないから、彼が辿り着く死までの通過点に、僕は何をしたのかと言うだけのことかもしれない。

 だが僕の行いは、彼の残り数時間の命に、息を吐く間も与えなかった。

 

 崇の葬式が原田家で行われた。最後の姿だけは、きちんと見届けたかった。

 参列者は棺の中に眠っている崇と同じ制服を着た者が大半だが、中学校の同級生や、彩乃さんの学校からも来ている様子。

 その参列者の中に奏子さんの姿を見つけると、目を逸らして、彼女は今ここにいないと自分に言い聞かせた。

 

 棺の中の崇に目を向けると、殴られた顔が別人に見えるほどで、丸みを帯びて痛々しい顔に真っ白な化粧がしてある。

 そんな崇の姿を目の当たりにして涙を零すことが、僕には許されないと思っていた。白く塗られた顔を拭えば、僕が与えた痣もあるかもしれないと思うからだ。

 遺族席に目を向けると、彩乃さんの姿が見えた。一例する際にはハンカチで押さえていた目を僕に向け、優しく微笑んでくれていた。

 遺影に向けて手を合わせるが、『ごめんな』と、それ以外の言葉が思い浮かばなかった。額の中では笑っている崇だが、きっとどこかで僕を睨んでいる。この場所の何処か、僕を見ている崇がいる。

 焼香を済ませると参列者に奏子さんの姿を見つけたが、知らぬふりをして横を通り過ぎた。


 参列者の全員が崇に別れを告げ終えると、黒塗りの車が棺を迎えに来た。崇のお母さんが遺影を持って立っている。その隣で彩乃さんは息を荒くして泣いていた。

 込み上げる涙を、ぐっと堪えた。涙を流す姿を崇が見ていたら、きっと僕を調子のいい奴だと思って、唾を吐き付けるだろう。

 ゆっくりと棺が運ばれる中、どこからともなく音が聴こえた……ピアノの音だ……

 その音には彩乃さんも涙を止めて、驚いているのを見た。

 その隣にいる崇の両親も、唖然とした様子で自宅の二階にある窓を見つめている。

「何、何?」

 騒めく人々の真上には、この場には不釣り合いな軽やかなテンポの曲が流れている。僕にはその曲が、あの学園祭の日に崇が弾いていた、モーツァルトのきらきらきらきら星変奏曲だと、直ぐに分かった。

 そして、こんな真似をするのが、僕の知る人で彼女しかいないのも直ぐに分かった……相原奏子、彼女だけだと。

 確かに僕は、彼女の弾くピアノが好きだ。人の心を掴んで虜にする。

 その音に魅了されて、聴いていると幸せな気持ちになれる。辛いことや苦しいことも、そのメロディーと共に流れてしまう……そんな彼女を、やはり僕は愛している。

 けれど、辛いことや悲しいことを、全て流せばいいわけじゃない。

 だから、今日ばかりはやりすぎだ。この音が憎らしい……

 あの窓の向こう側、彼女が僕等に笑えと言っているようで、憎らしい。

 僕は慌てて玄関に靴を脱ぎ棄てると、音の聴こえる二階へ駆け上った。突き当りの部屋……扉の向こう側では、悪びれることなくピアノを弾いている彼女の姿が思い浮かぶ。

 扉を開ければ思った通り、人の気配も気にせずにピアノを弾く奏子さんの姿があった。

 奏子さんのピアノを初めて聴いた日、観客のいなくなったホールで崇が弾いていた曲……軽やかなリズムのきらきら星。

 あの場にはいなかった奏子さんが、何故この曲を弾いているのかは分からないが、軽やかなリズムで流れる音が、僕には歓喜の声に聴こえて憎らしい。

「止めろ……」

 奏子さんは僕がいることに気が付いているはず。だから声を掛けると、その音を響かせて誤魔化している。

「だから止めろって!」

 ピアノを弾く指がピタリと止まった。けれど奏子さんは、座ったままで顔を見せようとしない。

 僕にはそれが丁度よかった。顔を見れば、彼女へ情が出てしまう。ただ、その後ろ姿は、いつもの毅然とした彼女でなく、撫で下ろした肩が、とても小さなものに思わせる。

「何やってんだよ!崇、死んだんだぞ!そんな時に、こんなもの弾いて、あんたには常識がないのかよ!」

 奏子さんは黙ったまま、ピアノの鍵盤を見つめているようだった。背中を丸めて、頭を下して、その姿が抜け殻のようで生気を感じられない。

 その背中を見ると、最後に見た崇の後ろ姿を思い出した。彼は、一人で悩みを抱え込み、家族にも、誰にも相談することなく解決しようとしていた。その解決策は非道徳的なことばかりだが、それ故に落ちて行く自分にも苦しんだのだろう。

 崇は最期の時まで、そんな素振りを見せなかった。自分の身に泥を塗りつけても、家族や友達を巻き込みたくないと思う彼の人情かもしれない。

 それでも悩んで、悩んだ末に助けを求めてきたのに、その上辺面を見ただけで、僕は彼をあしらった。

 だから同じ間違いをしてはいけない。奏子さんにだって、こんなことをする意味が、きっとあるはず。

「ねぇ、彰君……崇君は、悪い事したから死んじゃったんでしょ?」

 いつもの知的に見える奏子さんの話し方ではなく、幼い子供が問い掛けるような物言いに、僕は少し戸惑った。

「あ、うん……でも……」

「じゃぁ、彼、地獄に落ちるよ……小さい時に、お母さんが言ってたもん。嘘ついたり、悪い事したりすると、死んだら地獄に落ちるって。」

 

 頭の中で鋏の音が聞こえた。感情の糸を切り落としたのか……少しでも彼女の気持ちを分かろうとした自分を馬鹿だと思った。

「いい加減にしろ!」

 この人は、人と感性がずれすぎている。亡くなった人を仏様と呼ぶような日に、これほどに無慈悲な言葉があるのだろうか。

 彼女を見る目が一変した。僕の目は今、きっと灰色の眼差しで彼女の背中を睨みつけている。

「あんた、やっぱり普通じゃないよ、異常だ。考えられない。そんなこと言っているあんたこそ、死んだら地獄に落ちるよ……帰れ、崇の前から消えろ。」

 彼女の肩が震えていた。それが怒りなのか、悔しさなのか、悲しさなのかは分からない。ただ僕は、言いたいことを言ってやったと思うだけ。

「そうだね……彰君には嘘までついてたんだもん。私も地獄に落ちるよ、きっと。でも、崇君はちゃんと天国に行くって思わせないと、彩乃が可哀そうだよ……残された人たちは、辛いよ……」

 奏子さんは再び鍵盤に指を添えると、きらきら星の続きを弾き始めた。その音色はとても優しく、崇には良い子守歌になりそうな音に聴こえる。

 彼女のすることは、いつもそうだ。奇抜すぎて理解に苦しむ。彼女が今、何をしたいのかが分からない。

 窓の隙間から差し込む西日が、僕の目を眩ませて瞼を閉じると、涙の生暖かさを感じる。

 外は夕焼けが始まっていた。いつか見た空と同じ色をしている。その空に向かい奏子さんの弾くピアノの音が流れてゆくと、その音色に交えて、崇との別れを知らせるホーンの音が茜色の空に鳴り響いた。

 窓を開けて覗き込むと、それは不思議な風景だった。奏子さんの弾くピアノが流れる中、崇の乗せられた車を見送っている人々の様子は、この音を当たり前にしているようだった。

 彩乃さんの姿が見えると、僕と目が合い微笑んでいる。その笑顔に僕は気づかされた……

 悔しかった。悔しさが込み上げると、必死でこらえていた涙が、声を上げて溢れ出した。奏子さんの持つ才能と人間力を思い知らされると、浅はかな自分が悔しかった。

 僕はまた人の上辺だけを見ていた。人の死というものは、皆が同じ感情を持つことではないのだ。故人に深い思いがある人が悲しみを懐き、生前を偲ぶもの。

 僕が崇のことを偲ぶように、奏子さんにとっては、今、労わるべき人が彩乃さんなのだ。

 この人も、お母さんを亡くした時に、酷く辛い思いをしたのだろう……その時に懐いてた気持ちが、この音に表れている。

 きっと、お母さんが天国に行けるように、願い続けた日があったのだ。

 それを考えずに僕は、彼女に卑劣な言葉を浴びせた。それは、崇を殴ったあの日と同じことだ。

 あのホールで崇が弾いていた、きらきら星を思い出す。軽やかで、勢いのあるメロディーは、僕が初めて聴いた、きらきら星だった。それと同じ音が、今、この部屋に流れている。

 奏子さんは顔を俯かせ、小さく肩を震えさせながらピアノを弾いている。何処となく力強く聴こえる奏子さんの演奏が、僕の泣き声を誤魔化してくれているように思えた。


 相原奏子のいない毎日は、僕にとって月の見えない夜のようだ。その雲の裏側で光る月を、僕は知っている。

 月明かりの道標が突如、黒い雲に遮られると虫たちは街灯のまやかしに吸い込まれ、そこから抜け出せずに群がっている。

 満員電車に押し込まれている僕も、それと同じようなものだ。

 あの日から一週間。奏子さんを見ることは無かった。いつも二人で乗っていた電車にも彼女はいない。

 僕の渡したPHSも電源を切ったままの様子で、ポケベルにメッセージを入れても返信のないまま、彼女はいつしか幻のようになっていた。

 今度こそ、彼女を想う気持ちは本物だ。彼女のいない毎日を、僕は失望と共に過ごしている。

 ノストラダムスは一九九九年七の月に、世界は滅亡すると予言している。それが本当の話ならば、あと二年ほど相原奏子に会えない世界で生きることは、すでに滅びたようなもの。

 昨晩は、悪魔に抱かれる奏子さんの夢を見た。童話の世界から抜け出したような紫色の悪魔が笑みを浮かべながら、裸の奏子さんを腕の中に飲み込む。その奏子さんに表情はなく、悪魔の手にされるままの様子。

 そこには、僕の声だけが響いていた。やめろ、やめろと。

 誰に抱かれたことのある奏子さんでも、今の僕には関係のないことだと思っている。しかし妄想は僕の胸を締め付ける。

 彼女の裸など見たことが無い。しかし、その体には抱かれた男の痕が残っているように思える。

 彼女を今すぐ抱きしめたい、それは性欲を満たすためではなく、彼女の体についた痕を、僕の手で抱きしめたい。強く、強く抱きしめて、僕の色に塗り替えたい。


 教室からは、崇の机が無くなった。ぽかんと空いた場所は誰も埋めようとせずに、横田先生も「後ろの奴が、前に詰めろ」と、ぎこちなく言う。

 崇を幽霊扱いして気持ち悪がっている奴等を見たくはないから、僕がその場所に机を移動した。

 奏子さんの言葉を思い出す。崇は地獄に落ちると……

『神様、どうか崇を天国に……』なんて言葉は、届くものか分からない。だが、彼が苦行に耐えられず、この世に逃げ込んできた時に、彼の座る場所を置いておこう。そんなことを思っていた。

『なぁ崇、どうすればいと思う?』

そんな問い掛けをすれば、『自分で考えろ、バカ。』なんて言葉が聞こえる気がしていた。


 放課後に崇の家を訪れた。初七日が過ぎて線香もあげていなかったこともあるが、彩乃さんに訊きたいことがあった。

 崇の遺影に手を合わせ終えると、彩乃さんはニコリと笑って、僕に紅茶を入れてくれる。

「崇にちゃんと、謝ったぁ?」

 彩乃さんの言葉に驚いた。もしかすると、崇と最後に会った日の出来事を知っているのだろうか……ならば、謝るのは崇だけでない。この人にも謝らなくては。

「崇に会いに来たんじゃないでしょ?目的は、奏子のことでしょ。」

 この人の笑みが怖い。美人は人に騙されないために、心を見透かす方法を知っているのだろうか……『そうです。』なんて言えないから、僕は言葉に詰まってしまう。

「会ってないんでしょ?奏子ね、来週コンクールの校内選考があるから、そのことで忙しいのよ。朝も早い時間から練習しているみたいだし……」

「奏子ね、って……彩乃さんは出ないんですか?やっぱり崇のことがあるから……」

 彩乃さんは、「違うよ。」と言いながら、首を横に振っている。

「崇のことを考えたら出るわよ。馬鹿な弟だったけど、私の演奏は、いつも聴きに来てくれていたから。でも、私はもう奏子と張り合うのは嫌なの、だから出るのやめたの。だって敵わないもの。あのピアノ《きらきら星変奏曲》聴かされたら、お手上げ。私のピアノなんて楽譜通りに弾くだけで、普通の演奏よ。才能のある人間って、こういうところが違うんだなって思った。」

 確かに奏子さんは、将来の夢を肖像画になることと言っていた。彼女は自分でその素質に気が付いているのだろうか……だが人にはその素振りを見せることがなく、それもまた偉人への素質かも知れない。

 奏子さんの人間性は、確かに人とは外れている。しかし、今日までの時代、そういう人がつくり上げた物や作品で僕等の生活は成り立ち、心を豊かにしてきたのだろう。

 ますます彼女に惹かれていく僕がいる。そして、彼女に相応しい男になるために償わなくてはならないことがある。

「彩乃さん……実は僕、崇が死んだ日の夜、殺される前に会ってるんです。」

 彩乃さんは、「そう……」と言いながら微笑んで見せると、その顔に誘われて僕は涙が溢れた。

 今更になって、崇が二度と帰らぬ人だという実感が湧いてきた。

 棺の中に納められた崇の姿を見ても、こうして遺影に手を合わせても、その死はどこか遠くのもので、その時の悲しみに理由はなかった。

 その感情を説明する言い回しもないが、そこで悲しみを見せることが、あるべき姿のようなもの。

 けれど彩乃さんを前にして、僕が助けられなかった崇のことを考えると、涙を流す理由が纏まった。

 それを言葉にすればするほどに、僕の中にいた崇が遠ざかってゆく気がする。

「あの日、崇は僕に金を貸してくれと頼んできたんです。でも、こんなことになると思ってなかったから、金をせがまれたことにも……それに他のことでムシャクシャしていたから崇を殴っちゃって……僕がちゃんと理由を聞いていれば、崇は死ななかったかもしれないのに、……」

 彩乃さんは泣きじゃくる僕のことを、どういう顔で見ていたのかは分からない。けれど、「羨ましいな……崇には、悩んだ時に相談できる友達がいたんだね。」と、優しい声が聞こえる。僕の心に刺さった棘は、その言葉に抜かれた。


 コンクールの校内選考が行われる日を彩乃さんから聞いた。内輪で執り行われることだから、外部の者が演奏を聴くととはできないらしい。しかし、奏子さんがここで外されるわけがない。

『モンノトコロデ』『マツテマス アキラ』

 この学校の校舎からはピアノだけでなく、バイオリンやトランペットなど、色々な楽器の音が聴こえてくる。

 ピアノコンクールの校内選考は終わったのだろうか、校門からはぞろぞろと下校する生徒達の姿が見える。

「何やってるの?」と声を掛けられ、驚いて振り向いてみれば彩乃さんがいた。

「奏子でしょ?多分もうすぐ来るよ。結果は来てからのお楽しみね。」

 彩乃さんは相変わらずの笑顔を見せながら、手を振って去って行った。結果なんて聞かなくても分かる。

 あの相原奏子だぞ。僕にとっては、ショパンよりも、モーツァルトよりも、相原奏子なんだ。

 土曜の夕方、世の高校生たちは明日の休日を理由にして、今頃街へ繰り出している。

 ファストフード店では、ポテトをつまみながらケラケラと笑っていたり、フリータイムのカラオケでは、歌ったことのない歌を一番だけ歌ってみたり、ゲームセンターのプリクラでは、どの角度が可愛く写るか試してみたり。

 そんな日常の中にも、未来には世の中へ名前を残すような人がいるのだろうかと、奏子さんに出会ってからは思うことがある。

 音楽室の壁には、モーツァルト、ショパン、ベートーヴェン、確か眼鏡をかけた日本人の絵もあった……誰だっけ……あぁ、滝廉太郎だ。

 そして僕の来世で壁に飾られる人が今、前から歩いて来る。目が合うと、彼女は口を大きくあけている。来世の僕は音楽室でこの人の肖像画を見て、今の顔を思い出すだろうか。

「……どうしたの。」

 校門の向こう側、立ち止まる奏子さんの横を、他の生徒たちが通り過ぎて行く。

「あなたを抱きしめに来た。」

 通り過ぎる女子が、奏子さんと僕を見てヒソヒソと話している。声を出して笑う連中もいる。確かに僕がしていることは、ブラウン管の中だけでしていることだ。けれど、そんなことはかまわない。抱きしめたい……奏子さんをこの手で、強く抱きしめたい……ただ、そう思うだけの衝動。

「ここ、学校よ?」

「だから?」

「恥ずかしくない?」

「全然。」

「そう……じゃあ、いいよ。」

 僕は奏子さんを強く抱きしめた。小さくて細い体を抱きしめると、彼女の感触が伝わってくる。

 通り過ぎる人々の群れは、より一層のざわつきを見せている。あの美人まで、帰ったふりして見ていやがる。そういう所は弟そっくりだ……


 奏子さんに僕のセーターを着せて制服姿を偽ると、僕等はホテルへ入った。

 休憩二時間三五〇〇円。その間に愛を確かめ合う。

 奏子さんは過去にあった忌々しい出来事を、正直に話してくれた。その話を聞くと胸が締め付けられる思いになり、どうしても彼女の肌に触れたかった。

 離れる間もないほどに唇を合わせ続けた。初めはぎこちなかった彼女の舌が、僕の真似をして絡み合う。

「奏子さんの初めては、今日でいいんだよね。」僕の問い掛けに、彼女は小さく頷いている。

 彼女を優しく抱きしめたい。そっと唇を合わせたい。けれど、彼女の髪に隠れた首筋を、うなじを、乳房を見た奴がいると思えば、その我を失い、荒々しさを出してしまう。

 僕は彼女と一つになって、強く、きつく抱きしめた。何度も、何度も……

 しかし、彼女を抱きしめた後のシーツに、初体験の女性に見られる血の跡がないことに、僕は激しく怒りを覚えた。

「殺してやる!その男、殺してやる!」

 奏子さんが暴れる僕を背後から捕まえると、頬が当たる背中には零れる涙の温い感触が伝わり、「ごめんね、ごめんね……」と、小さな声で言っているのが聞こえる。

 本当ならば、僕がこのことを忘れることが、奏子さんを苦しめない一番の方法かもしれない。

 けれど僕には、奏子さんを傷つけた男への恨みと、体を奪われた嫉妬が募るばかり。

「奏子さん、約束する。僕は何があっても、奏子さんを一番大切に思い続ける。だから奏子さんも、僕のことを一番に思い続けて。そうでないと不安で潰されそうだよ……」


 明かりの落とされた部屋の中、奏子さんが静かに揺れ動くのを、僕は背中で感じていた。

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