第41話

「ヴィヴィアン、貴女は魚をさばいてちょうだい。

 デリラも果物くらいはむけるわよね?

 ダメなの?

 仕方ないわね。

 じゃあ八つには切れる?

 時間がかかってもいいから、綺麗に八等分して塩水で洗ってちょうだい。

 貴男は火を見てくださるかしら?」


 母上が張り切って料理してくださっています。

 ドルイガであろうと絶対に発見する事ができない、ハント男爵家とっておきの隠れ家に逃げ込んだので、安心出来るのもありますが、他に何もすることがないという、追い込まれた状態だというのもあります。


 父上は政商として貴族として、常に情報を集め分析し、的確に対処しなければいけません。

 そうしなければ、政敵や商売敵に裏をかかれ罠を仕掛けられ、財産も名誉も爵位も、そう、全てを失う事になるのです。


 ですがこの隠れ家は完全に孤立しています。

 父上が金を貸して返せなくなった貴族家から取り上げた、数ある山の一つにある廃鉱山を、密かに隠れ家にしてあるのです。


 誰にも見つけられないように、廃鉱山は入り口を含めて数カ所で落盤させてあり、誰も入る事ができません。

 魔法で転移する以外入る方法がないのです。

 万が一ハント男爵家が国外逃亡しなければいけない場合に備え、再起の為の現金と魔道具を隠してある場所なのです。


 ほとぼりが冷めるまで潜伏する事も考えてあり、長期保存が可能な食料品と酒と水が大量に蓄えられています。

 それも年に一度は家族で入れ替えていますから、傷んでいるという事もありませんし、どこに何があるか分からないという事もありません。


 愚かな人間は、最後の隠れ家に逃げ込みながら、それでも財産や名誉に未練を残し、痕跡を残してしまうモノです。

 例えばここに隠れながら、転移魔法で連絡ができる場所に移動して、情報を集めたり指示をだしたりします。


 そんな事をすれば、敵に急襲される危険があります。

 大切な最後の隠れ家の場所を敵に探られる可能性があるのです。

 自分が跡をつけられる可能性もあれば、伝令用使い魔を追尾されてしまう可能性もあります。

 

 最後の隠れ家に逃げ込んだのなら、もうジタバタしてはいけないのです。

 もっとも、この隠れ家がハント男爵家の最後の切り札と言う訳ではありません。

 父上も母上もとても慎重なので、他にも色々と準備しています。

 今回一番有効なのがこれだというだけです。

 一代で帝国一の資産家になった父上と、その父上を裏で操る母上です。

 常識では考えられないほど慎重なのです。


 更にデリラは父上と母上の斜め上をいく策略家です。

 特に私の事になると、何をしでかすか分かりません。

 こんな早々に最後の隠れ家に籠ったのですから、何か裏があるはずです。

 またレナードに負担をかけなければいいのですか……

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る