第6話

 何故だかは分かりませんが、王太子殿下が颯爽と現れました。

 その場の雰囲気が、劇的に変化しました。

 私を嬲り殺しにするのを見る見世物だったのが、戦場と変わったのです。

 血で血を洗う実戦を潜り抜けてこられた王太子殿下が、正義のオースティン侯爵家の、いえ、貴族の変心と卑怯の振る舞いに激怒されておられます。


 普通の学生なら、この場の雰囲気を変えられたのは、王太子殿下の地位によるものだと思う事でしょう。

 ですが私には分かるのです。

 幼馴染みのレナードが、何十何百と言う文を送ってくれているので、共に戦ったと言う王太子殿下のお人柄を知っているからです。


「なにか言ったらどうだ。

 クリスチャン!

 何時からオースティン侯爵家の当主はブリーレになった。

 直ぐに答えよ!」


 これが裂帛の気合と言うもでしょうか?

 王太子殿下の御言葉に、誰一人身じろぎ一つできません。

 周りに集まっていた貴族士族の子弟が、本当に震えあがっています!

 クリスチャンもブルブルと震えてしまっています。

 ですが、ブリーレはいけません!


 あの眼は反逆の眼です。

 熱く冷たい恨みの籠った眼です。

 父に支援を受けたのにもかかわらず、放蕩の限りを尽くし、自業自得で没落した貴族が、父を殺そうと徒党を組んで家に押し入って来た時と同じ眼つきです。

 助けに入って下さった殿下に恨みが向くなど、とんでもない事でです!


「ブリーレ!

 なんだその眼は!?

 余の弑逆でも企んでいるのか?

 オースティン侯爵とブラック子爵も同心か?

 その方らも一味同心か!?

 ならばこの場で掛かってこい。

 魔獣のように叩き斬ってくれる!」


 何と慈愛に満ちた方でしょう。

 私が動こうとしたのを察しられたのでしょう。

 即座に喧嘩を売って、私が動かないようにしてくださったのでしょう。

 私を護ってくださっているのです。

 レナードの教えてくれた通りの方です。


「違います。

 父もブラック子爵も関係ありません。

 僕の独断です。

 ブリーレも関係ありません!

 全て僕が考えてやった事です」


 この期に及んで、クリスチャンがブリーレを庇っています。

 しかしブリーレは、未だに熱く冷たく暗い眼を王太子殿下に向けています。

 恐ろしい女です。

 こんな女が番いだったクリスチャンが哀れに思われてきました。


「違います」

「そうです、違うんです」

「弑逆など企んでいません」

「頼まれただけなんです」

「そうなんです、ブリーレに頼まれただけなんです」


 私を襲おうとした八人が、異口同音に言い訳しています。

 聖騎士とも戦人とも評される王太子殿下に睨まれては、噓をつく事も黙っている事もできなかったのでしょう。

 全員がブリーレの悪行を証言してしまいました。

 この裁きはどうつくのでしょうか?

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