第3話

「申し訳ありません。

 余りに急な話に、狼狽しておりました。

 正義のオースティン侯爵家が約束を破るはずがありませんでした。

 オースティン侯爵閣下と父の間で、婚約破棄時の契約が結ばれているはず。

 その契約に基づいて慰謝料を請求させていただきます」


 本当にオースティン侯爵と父が、婚約破棄時の契約をしているかは知りません。

 ですが正義のオースティン侯爵家と商売人の父です。

 詳細な契約書を交わしているはずです。

 ここはそれに賭けましょう。


 番いの見つかった獣人相手に、正論は通用しないと聞きます。

 ここは上手くこの場を治めないといけません。

 獣人と貴族の敵意を、できるだけ少なくしなければいけません。

 三十六計逃げるに如かずと聞いたこともあります。

 ここは戦略的撤退です。


「あら、なんて馬鹿なんでしょう。

 さっき言った事が理解できないようですね。

 ならもう一度話して聞かしてあげましょう。

 男爵家が侯爵家に嫁を入れるなんて、不遜極まりませんわ。

 名誉を得て、もう十分利益を上げられたでしょう。

 だから先の契約なんて無効ですよ。

 ねえみなさん!」


 身勝手な言い分です。

 そんな話が通ったら、帝国法の意味がなくなってしまいます。

 確かに貴族領内は独自の法を施行できます。

 しかしそれでも、帝国基本法だけは守らなければいけません。

 そうでなければ帝国の意味がありません。


 ですが相手は、大貴族のオースティン侯爵家の威光を使っています。

 ブリーレは下級貴族でしかありませんが、今はクリスチャン様を操っています。

 ゴードン男爵家は士族でしかありません。

 同じ貴族家同士なら、間違いなく帝国基本法が適応されます。

 ですが貴族家と士族家の争いだと、貴族家に有利な裁定がくだされる可能性があります。


「それでは法の裁きにまかせましょう。

 婚約破棄と慰謝料契約の不履行が許されるかどうか、帝国司法局に判断して頂きましょう。

 正義のオースティン侯爵家が、裁判から逃げる事などありませんね?

 クリスチャン様!」


「それは……」


「お待ちください、クリスチャン様。

 貴族が庶民と同じ帝国司法局で裁判など受ける道理などありません。

 貴族の揉め事は貴族院で裁くモノです。

 あらごめんなさい。

 貴女は偽貴族の男爵令嬢でしたわね。

 でも貴族が偽貴族に遠慮して、帝国司法局になど行けませんわ。

 どうしても気に入らないと言うのなら、貴族院に文句を言うのね!」


 なんとも情けない事に、クリスチャン様はオースティン侯爵家の進退までブリーレ嬢の言いなりです。

 本当に情けなさ過ぎます。

 番いの呪縛とは言え、これでは帝国の重臣になった時も、ブリーレ嬢の言いなりに政を行ってしまう事でしょう。

 これは父だけでなくレナードにも相談した方がよさそうです。

 

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