第2話

「ヴィヴィアン嬢。

 くどくどとは言わん。

 貴女との婚約を破棄する。

 理由は番い(つがい)が現れたからだ。

 人間の君には分からないだろうが、獣人に番いは絶対なのだ」


 私には何も言えませんでした。

 余りに驚愕したからです。

 正義のオースティン侯爵家が約束を破るとは、思ってもいなかったのです。

 ですが、直ぐに理由が分かりました。


「クリスチャン様。

 なにを言い訳されておられるのですか。

 男爵家が侯爵家と結婚しようとするなど、不遜の極みでございます。

 今まで婚約してあげていただけで、男爵家の名誉でござますよ。

 さぁ、もう行きましょう」


「いや、だが、正義に恥じる行動はできん」


 徐々に腹が立ってきました。

 最初は余りに予想外の衝撃で固まってしまいました。

 ですが横の令嬢の言葉で呪縛が解けました。

 あの女のせいでクリスチャン様が狂われたのでしょう。

 番いの呪いと言われるゆえんです。


「何を言っておられるのですか、クリスチャン様。

 正義と言われながら、婚約を種に莫大な支援金を引き出し、家が立ち直ったら、支援金も返さずに婚約を破棄するのですか?

 よくそれで正義を騙れますね。

 これからは婚約詐欺のオースティン侯爵家と名乗られればいいでしょう!」


「なんですって!

 金で男爵を買った成り上がりが!

 天下のオースティン侯爵家を愚弄し、クリスチャン様に汚名を着せるなんて、なんて思い上がっているんでしょう。

 みんなもそう思うでしょう?」


 言ってしまいました。

 ここで黙っている方が賢いやり方だと分かっていました。

 ですが余りに腹が立って口に出してしまいました。

 なにが腹が立ったと言えば、横に立つブリーレ嬢に腹が立ったのです。

 ブリーレ嬢と言えば、腹黒で有名な子爵令嬢です。

 こんな性格の悪い女の言いなりになって、正義の金看板を穢すなんて!


 獣人にとって番いが大切なのは聞いています。

 何百万とも言える確率で幸運をつかんだ者だけが出会えるとも聞いています。

 千人近い貴族士族が学ぶ帝国学園でも、番いに出会える獣人は、十年に一人とも聞いています。

 そんな中で番いに出会えたクリスチャン様とブリーレ嬢は幸運なのでしょう。


 ですが同時に、呪いだとも聞いています。

 抗い難いフェロモンを放ち、気性の強い方の言いなりになってしまうとも聞いています。

 今回は予想外に、クリスチャン様よりブリーレ嬢の方が強かったようです。

 だから正義を蔑ろにして、傲岸不遜で愚かな態度に出たのでしょう。


 ですが狡猾でもあります。

 番いを前面に押し立てて獣人を味方につけた上に、爵位を盾に貴族も味方につけようとしています。

 家に帰って父とデリラに相談してから動くべきでした。

 なんとかこの場を切り抜けないといけません!

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