2 海辺でキャンプ
〈食事をどうするか〉
衣・食・住の順にしたがえば、次は〈食〉がテーマである。
不幸なことに、人間はなにかを食べなくては生きていけない。何をどう食べるか、どんな準備が必要か。
そこでの最大の問題はリュックの大きさや重さとのバランスである。ヒッチハイクはなるべく身軽なほうが良い。となると、減らすことのできるものは食料しかない。食料は現地で調達すればいい。いずれなくなるものだから、最初は持てるだけ持ったほうがいい、という考えも成り立つ。ようするに、そのバランス点を見つけることである。
ヒッチハイクであっても、一応いくつかの目的地を予定している(予定は未定であって、決定ではない)。ぼくの場合、たいていは自然の中のキャンプ可能な場所で、そこに2~3日(気に入ればもっと)滞在し、また次の目的地へ移動するというケースが多い。その場合、あらかじめ持って行く食料の目安は、最初の目的地へ着くまでの移動中の食料と、着いてからの1~2日分の献立だ。
移動中用としてはフランスパンとチーズ、ハムといったところか。ビスケットやクラッカーも非常食としての価値が高い。米は重いけどかさばらないし、そのわりに食べごたえがあって、なにかと便利。できるだけ多めに用意するが、キャンプをして落ち着いた時でないと調理ができない。缶詰としてはコンビーフやシーチキンなどの多用途に使えるもの。そしてインスタントラーメン類。これは軽くていいのだが、かさばるのが玉に傷。せいぜい3~4個といったところか。あとはミソ、ショウユ、塩、コショウなどの調味料類。コンソメやカレーパウダー、バター(炒め油用にも使う)も重宝だ。
食器類は鍋、フライパン、ヤカンなどがコンパクトにセットされたコッヘルひとつで充分である。そして箸。なくなれば、お店でラーメンなどを食べたついでに2~3本もらっておく。ナイフで削れば串や爪楊枝にもなるし、使用後は焚き木に使える。あとは包丁代わりにもなるちょっと大きめのナイフを1本。
燃料に関しては、いまは小型で高性能なガスバーナーが出回っているし、寒冷地用のガスも用意されているので問題はないが、ガス切れにならないように気をつけること。予備に固形燃料をひとつ持っていったほうが良い。当時ぼくの使っていたのは、ポンプで圧力を高めて使う灯油バーナーで、ときどき調子が悪くなって苦労した。火が使えないときの食事ほどみじめなものはない。
忘れてならないのは、折り畳み式のバケツかタンクである。水の確保は最優先課題なのだ。特にちゃんとした設備のないキャンプ場や、キャンプ場ではない場所でキャンプしなければならない場合(けっこう多い)は、事前にどこかで水を手に入れておく必要がある。
ついでにもうひとつ必需品を挙げておこう。〈食〉に限らず、なにかと便利なシロモノ、それはトイレットペーパーである。これを一ロール持っていれば、ティッシュペーパーなど要らない。急ぐときや水の少ない場所では、これで食器を拭けばいいし、使用後は燃やせばゴミにもならない。薪の火つけにも使える。もちろん本来の用途にも。量のわりにはかさばらないし、とにかく惜しげもなく使えるところがいい。中の芯を抜いて、つぶして持ち歩くのがコツである。これは内緒だが、もし無くなったらどこかのトイレから失敬するという奥の手もある。
さて、食料の現地調達であるが、これは現地の事情に大きく左右される。2~3日ならともかく、長い旅行になると肉や野菜などはどうしても現地で調達するほかない。この現地調達には二つの方法がある。ひとつは現地の市場などで買うこと。もうひとつは、自分で狩猟・採集することである。
ぼくのヒッチハイクは海辺でキャンプをすることが多い。
理由は二つある。第一に、山と違って冷え込むことがないからだ。夏用の薄い寝袋ひとつで充分だし、荷物も軽くて済む。大きな声では言えないけど、海は巨大な露天風呂でもある(夏季のみ)。
第二は食料の入手に便利なことである。たいてい近くに街がある。港が近ければ安くて新鮮な海の幸も手に入る。それだけではない。海自体がまた食べものの宝庫でもあるのだ。
岩場をしばらく潜れば、サザエに似た小さな巻き貝(たぶんさざえだと思う)や岩にはり付いた三角の貝、めったに見つからないがアワビやホタテなど、鍋に一杯ぐらいは獲れるものだ。(ウニはどこでもたくさん見るが、食べられるものかどうか見分けられなくて敬遠している)。それにワカメやコンブなどの海草を加えればけっこういい食事ができるのである。ぼくの得意料理はそれらを全部まとめて鍋にぶち込み、ミソで味付けしたもので、自分では磯鍋と呼んでいる。できればネギ、ニンジン、ゴボウなどの野菜や、油揚げとかとうふなど、手に入るものはなんでも一緒に煮込む。貝にはよく海藻がこびり付いていたりするが気にせずそのままぶち込むと、これがけっこういいダシになるのだ。隠し味にしょうがや酒を入れたりもする。磯鍋は海辺でのキャンプの最大の楽しみといえるかもしれない。
運がよければ魚も釣れるし、タコも捕れる。でもぼくは、タコは捕まえたが、まともに魚を釣り上げたことはない。釣り糸と針だけはいつも持っていき、そのへんの棒に結んで海にたらすのだが、餌だけ取られて逃げられてしまう。海はきれいに澄んでいて、魚がたくさん泳いでいるのが見えるのに、どうしても釣れないもどかしさ。そんなときは海に潜って、餌のついた釣り針を魚の口元にたらし、ホレホレ喰いつけとやってみるが、魚はフンと横を向いてしまうのだ。むこうも命がけだから、そう簡単にはだませない。
バカな魚はフグである。ヘリコプターのようにヒレを回してゆっくり泳いでいる。毒を持っているから食われることはないと思っているのか、近づいても逃げない。指でつつくと、怒ってプーっとふくれる。ふくれ過ぎて海面に浮き上がり、裏返しになってジタバタしている。だから簡単に捕まえられるのだが、さすがに食べようと思ったことはない。フグには迷惑だろうが、ぼくにとっては愉快な遊び相手なのである。
海はどこにでもある。日本は島国だから、いつでも簡単に海へ出られる。北の海もいい。南の海もいい。それぞれ違う海がある。
だが、なんといっても、やはりぼくは海が好きなんだろう。それが本当の理由だと思う。べつに泳がなくたっていいのだ。波の音を聞きながらぼんやり海を見ているだけでいい。夕焼けや朝焼けの海は誰をも感動させるが、その刻々と変化する光と空気にすっぽり包まれて暮らすのは格別である。砂浜に寝そべったまま陽が沈み星が輝きだすのを見ていると、背中の大地から地球の運行がじかに感じられるような気がする。
ぼくのヒッチハイクはいつも海を求めて旅をしていたように思う。
高校一年の夏休みに北海道をヒッチハイクした。そのときは地平線に憧れていて、雄大な大地を走り、森や湿原を見たいと思っていた。深い山に囲まれた神秘の湖も魅力だった。
友達のヒデを誘って、二人で二週間、使ったお金は一人約2500円。青函連絡船に余分なお金を使ったが、それでもなんとか安くできたのは、食費がほとんどかからなかったためである。(その後、下北半島の大間からフェリーで室蘭へ渡るコースを見つけた。当時は札幌へ向かうトラックの多くがこのコースを利用していて、うまくそのトラックに乗れれば、タダでダイレクトに札幌まで行けた)
湖畔のキャンプ場に滞在していたときのことである。
食料もなくなりかけてきたので、そろそろ次の目的地(もちろん食料の豊富な海辺のキャンプ場だ)へ向けて出発しようかと話しながらも、ぼくもヒデも動こうとはせず、テントのそばでダラダラしていた。ぼくはもともと、自然のなかで何もせずただぼーっとしているのが好きなのだが、それだけでなく、充分に体を休めておく必要もあった。ヒッチハイクをしていると、手足を思いっきり伸ばして、体を横にできるようなチャンスはそう多くないからだ。
隣にいた連中がテントを片付けはじめた。ぼくらはぼんやりそれを眺めていた。べつにもの欲しそうな顔をしていたわけではないと思うが、彼らは残った米や野菜やショーユなどを「よかったらどうぞ」と置いていってくれた。じゃあもう一日滞在しよう、と決めた。テントのそばには石を積んで作ったカマドもあるし、枯れ木や小枝も集めてあった。長くいると、テントのまわりもだんだん生活に便利なように整ってくるものだ。そうなるとなかなか離れがたい。
そろそろ夕食の準備をはじめようかというころ、隣に新しいキャンパーがやってきた。女の子の五人組で、テントの設営に手間取っている様子をみると、どうやらキャンプは初めてのようだった。ぼくとヒデはテントの中で、「今度はおまえがメシを作れ」と言い合って、どちらも一歩も外へ出ようとはしなかった。そのうち隣の連中がキャーキャー言いながら夕食を作る声が聞こえてきた。
「おい、オレたちのカマドが使われちゃっている。どうしよう」
と、ヒデが外をのぞいて言った。
しょうがない、彼女たちが食事を作り終えるまで待とう、と決めた。
彼女たちの夕食は定番のカレー、定石通りだ。これは時間がかかる、とぼくたちは腹をくくる。その腹にツーンとする匂いが襲いかかる。
「すいません。そのカマドぼくたちのなんだけど、もういいですか」と彼女たちに声をかけたときは、もう完全に真っ暗になっていた。
「あら、ごめんなさい」
「それで、今まで待っていたの? 早く言ってくれればいいのに」
「今から夕食の準備じゃ大変! カレーでよかったら食べない?」
「いっぱい作り過ぎちゃったから、じゃんじゃん食べて」
という話の展開になって、ぼくとヒデは笑いを押し殺しながら背中でピースサインを作り、彼女たちの食卓についた。彼女たちは札幌の高校の同級生で、それぞれ東京の大学に進学し、里帰りで集った記念にキャンプに来たという。食事を終えたあとも次から次と果物やお菓子が並び、そのくせ懐中電燈を持って来ていないなど、ほとんど遠足と同じに考えていることがよくわかる。
カマドの火が消えかかって、彼女たちがワイワイ言いながら火をおこそうとした。キャンプファイヤーをやろう、と言ってドンドン薪をくべるから、とうとう火が消えてしまった。代わりにぼくが火をおこしてあげた。火はすぐに高々と燃え上がった。中央に燃えやすいものを置き、まわりに風が通るように隙間をあけながら薪を組む、と火をおこすコツを説明し、「キャンプのことならぼくらにまかせてくれ」と胸をはった。「じゃあ、食事のことはこっちにまかせて」と彼女たちは言った。その瞬間ぼくとヒデは顔を見合せ、「もう2~3日ここにいよう」と目線で合意した。
その夜遅く、彼女たちをぼくらのテントに招待してトランプをやって遊んでいると、バイクの音が近づいてきてすぐそばで止まった。彼女たちの声が外にも聞こえたのだろう、突然テントの入口が開き、「彼女、一緒に遊ばない?」と皮ジャンの男がのぞき込んだ。
「嫌がっているだから、やめてください」と、ぼくとヒデは彼女たちを背中にかばった。
「なんだよ、このガキ」と言って、男は諦めたかに思えたが、すぐに2~3台のバイクがテントのまわりをぐるぐる走りはじめた。そして、カマドに残したままの火のついた薪をテントに投げつけてきた。その火を、ぼくらは内側から必死で遠くにはじきかえそうとした。熱でテントの側面がだらっとたるんでしまった。ぼくのテントはその後もたるんだままで、その部分から雨漏りするようになってしまった。
バイクの男たちはしばらくしてどこかへ走り去り、ことなきを得た。その一件でぼくたちはさらに親密になり、東京に帰ってからも何度か彼女たちと会って一緒に遊んだ。
「ぼうやたち、起きなさい。朝ごはんができたわよ」
と言われて起きて食べるごはんの有難さ。昼間は彼女たちの借りたボートに一緒に乗って競争したり、湖畔を散歩したり。夜は夜で豪華な夕食。まるで殿様かヒモにでもなった気分。彼女たちが帰るまでずっと一緒にそこで過ごした。気に入ったところや、居心地のいいところではトコトン滞在するのがぼくの流儀である。(海外旅行をするようになった今もそれは変わらない)
余ったショウユや油を他のキャンパーにあげて、彼女たちと一緒にキャンプ場を後にした。彼女たちの帰るバスの時刻までだいぶ時間があったので、せがまれてヒッチハイクの実演をしてみせた。道端に立ち、車道側に約15度体を傾け、親指を立てたげんこつを伸ばす。その左手と体のラインがまっすぐ直線に伸びる姿が美しい。右手は軽く腰に添える。と、講釈をしながら格好をつけてやっていたが、車は止まってくれない。それではと、彼女たちがやってみたら、一発でトラックが止まった。どうしても女の武器にはかなわない。最後まで世話になってしまった、と礼を言って彼女たちと別を交わし、そのトラックに乗り込んだ。運ちゃんはがっかりした様子だった。
曲がりくねった道を下って、目の前に突然青い海がひらけたときは、それまでとは違った泡立つような感激を覚えた。北海道の海は自然そのままといった感じで、素敵だ。どこまでも続く白い砂浜をはさんで、右手には青い海原、左手には緑の草原、そこを馬が数頭づつ群れて走っている。
北海道では旧盆を過ぎると、もうめっきり秋である。全国からどっと集まってきた旅行者も、そのころには潮が引くようにいなくなる。
北海道の短い夏には、それこそ全国のありとあらゆる旅行者が集中するので、まるで旅行見本市の会場のようになる。日本一周ののぼりを立てた自転車野郎や、バイクのツーリング・グループ、日本縦断とかアジア一万キロとかを車体にペイントした乗用車、ショートパンツ、Tシャツ姿でぼくよりもでかいリュックを背負って黙々と歩き続ける日焼け男(カニ族というらしい)、さらには世界一周中の外人など、あちこちでよく出会った。有名観光地や駅前には、そういうのがまとまってたむろしている。これはちょっとした見物でもある。
そのようなお祭り騒ぎのあとだけに、人の去った北海道はいっそうさみしさを増す。やってくる秋に追われるようにして、ぼくらも東京へ帰ろうとしていた。ところが、その途中で寄った海岸が気にいって、またしても居座ってしまったのである。最大の理由は、いうまでもなく食べ物であった。
雑草の生える斜面を降りると、白い砂浜がゆるくカーブを描いて続いていた。湾は水平線に向かって大きく開け、まるでリーフの中のように波のない遠浅の海が広がっていた。上着を着けたままで二人の女の人が海に立っていたが、だいぶ沖のほうなのに水は腰の下あたりで揺れている。ほかに誰もいない静かな海だった。ぼくらは飽きずに海を眺めていた。今までの旅からすると、それは何のへんてつもないさみしい風景ではあったが、むしろそのさみしさに心ひかれるというふうであった。
ときどき薄陽のさすはっきりしない天気で、風は肌寒いほどだった。女の人たちが浜へ上がってきた。手に持った袋に何かがいっぱい詰まっている。「何か獲れるんですか」と聞くと、袋から一つ取り出して見せてくれた。手の甲ほどもある大きなハマグリだった。
女の人たちが行ってしまうと、ぼくらは適当な場所を見付けてテントを張り、急いで着替えて海に入った。もちろん今晩の夕食を獲るためだ。試しに足で砂を掘ってみると、ときどき固いものにぶつかる。たまにそれが石だったりもするが、たしかにハマグリがたくさんあった。
五、六個獲ったところでいったん浜に上がった。濡れた体が風に当たると震えるほど寒い。さっきの女の人のまねをして、シャツを着け、裾を濡れないように結んでから、また海に入った。足で砂をまさぐり、ハマグリに触れると足の指に挟んで引き上げる。膝ぐらいまで上げたところで手に取り、浮かべておいたコッフェルの鍋に入れる。その繰り返し。鍋がいっぱいになるころには、あたりも薄暗くなりはじめていた。海から上がってみると、長く水に漬かっていた足の下半分が紫色に変色していた。
わずかに残っていた米を全部炊き、ハマグリのみそ汁をぶちかけて食べた。なかなかいける味だった。静かな波の音を聞いていると、今までの疲れがいっぺんに吐き出されてくるようだった。泥のように眠った。
起きてみると昼近かった。体がなんとなくだるくて、出発する気にならない。もうしばらくこの海岸にいようと思った。米は尽きていた。その分ハマグリをいっぱい獲ろうと思った。砂を足で堀りながらゆっくり海の中を歩き、なるべく濡れる部分を少なくして貝を拾う。そうすると長い時間海に入ったままでいられた。きのう遠くから見た女の人の動きとそっくり同じである。
ふたりでずっと海に入っていた。夕方までにコッフェルの鍋三つがいっぱいになり、それでもたらず、砂を掘っていけすを作った。殻のままではかさばるし、砂抜きもめんどうなので、鍋でどんどんハマグリを煮て、殻が開くと身だけを取り出す。それを水で洗って別の容器にためる。何回か繰り返すと中身だけで鍋がいっぱいになった。味付けや料理のしかたを変えて、ハマグリづくしの夕食を作りはじめた。
ぼくらのほかに誰もいない。星のまたたきだした空の下で、波の音を聞きながらのちょっと豪華な食事。これで隣にいるのが誰か素敵な女性だったら、どんなに素晴らしいことか。たぶんヒデも同じようなことを考えていたのだろう。ふたりとも黙ったまま空を見上げ、ハマグリの焼ける匂いを嗅いでいた。その後ろから、自転車を引いた男が浜に降りてきた。彼は斜面に自転車をねかして荷物をほどくと、懐中電灯でだいぶ暗くなってきた斜面を照らし、そこいらの雑草の中をまさぐりだした。
「なにか捜しものですか」とぼくは近寄って尋ねた。
「いや、なんか食べられるものがないかと思って」と言って、彼はそこらへんの葉っぱをむしった。
「ほら、タンポポですよ。ちょっとアクが強いけど、まあ食べられないことはない」 ぼくも彼と一緒にタンポポを捜した。そして、いけすに残しておいたハマグリを彼にわけてあげた。
「すごいなあ、いいんですか、こんなにいっぱい」
「うん、またいくらでも獲れるから」
「本当ですか、あしたぼくにも教えてください」と彼は言った。
彼は東京から大阪の大学に入り、アルバイトをして買った自転車でこの夏初めての旅行に出たと言う。できれば日本一周をしたいのだが、北海道をぐるっとまわって、もうひと月もたってしまい、疲れもたまっているので、このまま大阪に帰ろうかと思う、と語った。
「まだいたんですねえ。北海道で今ごろまでうろうろしているのはぼくぐらいかと思いましたよ」と彼は言う。
「ぼくらも帰る途中なんだけど、ここが気にいっちゃって」
「みんな消えちゃうのが早いですね。国道をひとりでペダルをこいで走っていると、ときどきものすごく怖くなるんです。今までたくさんいた仲間が誰もいなくなり、ぼくだけが取り残された気がして焦るんですが、ペダルをこいでもこいでも全然前に進んでいるように思えないんですよ。脇を車がビュンビュン追い越して行きますし」
ぼくはトラックの運転席から見た何台もの自転車のことを思った。あっという間に追い越してしまう自転車は、ほとんど止まっているように見えた。長い坂道を汗だくになって自転車を押して歩く人を見て、こりゃあホントに大変だと思ったものだ。
その日の夕食はタンポポも加わってさらに豪華なものになった。ハマグリのむき身ご飯、ハマグリとタンポポのバター炒めにみそ汁、そして焼きハマグリとタンポポのおひたし。考えてみるとこの食事が今日の唯一の、いわば朝昼晩兼用食だった。
後片付けを終えて、夜の海を見ていた。さっきまで輝いていた星が、ひとつ、またひとつと海に張り出す黒い雲に隠されていった。彼は自転車の横に一人用の小さなツェルトを張って、すぐに寝入ってしまったようだった。黒ぐろとした夜の海はどこか不気味なものだが、同じ浜に誰か一人居るというだけで心強く感じるものだということにそのとき気付いた。
朝起きてみると、彼が海の真ん中にぽつんと立って震えているのが見えた。ヒデをテントに残したまま、ぼくは海に入った。
「どうですか、獲れましたか」と彼のそばまで行って声をかけた。
「ええ、少し。でも水が冷たいですね」
足で掘って、こうやって獲る、と実演してみせて、濡れたTシャツを着替えてきたほうがいい、と彼に言った。黒い雲が低くたれこめていた。犬が一匹どこからか現れ、波打ち際を走り回ったが、いつの間にかいなくなった。浜にはぼくのテントと、少し離れて彼の自転車が見える。それと同じくらい離れて海の中にぼくと彼がいた。
彼は昼ごろ海からあがり、なにか作って食べると、自転車に荷物をくくり付けた。
「もう行くんですか」
「ええ、どうもありがとう。雨が降りそうなんで、本降りになる前に行けるところまで行こうと思って」
「気をつけて」
「そちらこそ、気をつけて」
彼が出発して、しばらくしてからぽつぽつと雨が落ちはじめた。傘をさしたぼくとヒデが、広い海の中に離れて立っていた。午後遅く、雨は土砂降りに変わった。海面が粒だち、誰もいない浜は薄暗くさみしかった。
雨音に包まれたテントの中でバーナーを燃やし、早めに夕食を済ました。
明日はこの浜を出よう。そして、一気に東京まで帰ろう、と寝袋にくるまったままぼくらは相談した。
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