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「そうか」


「社長はお嫌いですか?」


「俺は普通。コースのデザートぐらいは食える」


中の下ってとこか。


「でもお前が美味そうに食っているのを見てると、食べたくなるな」


「ウエイターを呼びましょうか?」


「そこまでするほどじゃない。お前のを一口くれ」


「どれが良いですか?」


「ショートケーキ」


「はいはい」


わたしはフォークでケーキを切り取り、社長の口元に運んだ。


「はい、どうぞ」


「んっ」


甘い物を食べる38歳、男性…。微妙に可愛いとも思えなくもないかも?


お兄ちゃんに食べさせているようなものだし。


まあ兄はいないけど。


「ああ、ここのは美味いな」


「売っていないのが惜しいぐらいです。家に持ち帰って食べたいですね」


「ここで食べれば良いだろう? また連れてきてやる」


「ホントですか? 楽しみにしています!」


「ああ」


社長は優しく微笑み、またわたしの頭を撫でる。


…何か、本当に兄ができたみたいだ。


でも! 仕事はキチンとこなさなければ!


食事を済ませた後、会社に戻って来た時にはすでに定時近かった。


慌てて事務室と秘書室を行ったり来たりし、引き継ぎを何とか終わらせた。


秘書室にはすでにわたしの机が用意されていて、仕事がすぐにでもできるようになっていた。


「それじゃあ、ゆかりさん。明日からよろしくね。助かるわ。私達、計算が苦手で…」


「はい、課長。こちらこそよろしくお願いします」


秘書課長とは、戻ってきて改めて挨拶した。


イギリス人とのハーフなだけに、アンティークドールのように美しい人だ。


本当に生きて、動いているのが不思議なぐらい、キレイな人。


…この人がわたしの上司なのか。ちょっと気が重いな。


帰る準備をしていると、社長室から社長が出てきた。


「お帰りですか? 社長」


平の秘書達(わたしも含め)が頭を下げる中、課長が前に出て社長に尋ねる。


「ああ、ゆかり。お前も仕事終わったんだろう?」


「引き継ぎは何とか…」


いきなりの人事異動だったから、細々としたことがまだ残っていた。


多分、1ヶ月は事務と秘書を行ったり来たりになる。


「そうか。なら食事に付き合え」


「…はい?」


えっと、もう定時は過ぎていて、わたしは自由の身のはず…。


「社長としての命令だ。付き合え」


がはっ!? けっ権力を盾にするとは卑怯なりっ!


「…分かりました。お付き合いいたします」


…しかしわたしは権力に弱い小市民だった。

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